偶然の街
流酸
旅 / a journey around the
突然携帯電話が鳴る。激しいピアノの音が響く。慌てて手に取るが、止まらない。つやつやと光る黒い画面は、途中が透明なガラスになっていて、中では男が一人ピアノに向かっているのが分かる。私の人さし指もまた透明なガラスで、画面に触れてもひっかくだけだ。
「止めてくれないか」私は男に向かって言う。「止めてくれないか。電話に出られない」。男はピアノの演奏を止め、立ち上がりこちらを向く。何か帳面を持っている。なるほど彼は郵便配達人だと分かる。
「その指を離してはくれないかね」男が言う。男は帳面を置き、私の指をつかむ。私の指がガラスに沈む。ガラスの中はプールになっていて、気付くと男は泳ぎ回っている。魚が数匹、ピアノの近くへ向かう。私は鼻歌を歌いながら指を深く差し込む。魚の一匹が私の指を噛む。とっさに指を引っ込める。大きな泡がぼこぼこと立ち上る。泡の向こう、男は再びピアノを弾き始める。音に合わせて帆船がプールサイドを出航する。船首像は私だ。帆船は金色の航跡を残して西へと旅立っていく。
私は電話を諦めて外を眺める。川の岸辺から天の川が伸びている様子を見る。星々はきらめいている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます