偶然の街

流酸

旅 / a journey around the

突然携帯電話が鳴る。激しいピアノの音が響く。慌てて手に取るが、止まらない。つやつやと光る黒い画面は、途中が透明なガラスになっていて、中では男が一人ピアノに向かっているのが分かる。私の人さし指もまた透明なガラスで、画面に触れてもひっかくだけだ。

「止めてくれないか」私は男に向かって言う。「止めてくれないか。電話に出られない」。男はピアノの演奏を止め、立ち上がりこちらを向く。何か帳面を持っている。なるほど彼は郵便配達人だと分かる。

「その指を離してはくれないかね」男が言う。男は帳面を置き、私の指をつかむ。私の指がガラスに沈む。ガラスの中はプールになっていて、気付くと男は泳ぎ回っている。魚が数匹、ピアノの近くへ向かう。私は鼻歌を歌いながら指を深く差し込む。魚の一匹が私の指を噛む。とっさに指を引っ込める。大きな泡がぼこぼこと立ち上る。泡の向こう、男は再びピアノを弾き始める。音に合わせて帆船がプールサイドを出航する。船首像は私だ。帆船は金色の航跡を残して西へと旅立っていく。

私は電話を諦めて外を眺める。川の岸辺から天の川が伸びている様子を見る。星々はきらめいている。

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