164:前哨交渉

 開けて翌朝、竜昇達は誠司達からの呼び出しを受け、彼らが滞在するホテルのロビーへと到着していた。


 どうやら方針はどうあれ、一度なんらかの形で話だけは付けておかなければならないと考えていたのは誠司達の側も同様だったらしい。


 昨晩竜昇達が方針を固めた後、ほどなくして誠司の召喚獣である剣獣のフクロウが手紙をもって来訪し、その手紙に従う形で今日この場での会談に臨んだ形である。

 とは言え、流石に竜昇達とてすべてが全て、誠司達に言われるがままこの場所まで来たというわけではない。


「……どういうつもりかな。僕は君と渡瀬さん、二人で来てくれと手紙に書いたはずなんだけど」


「生憎ですが、その要請には応じかねます。少なくとも俺達の方は、今の状況で静抜きで話を進めるべきではないと、そう判断しました」


 不快気な様子を見せる誠司に対して、竜昇はできるだけ毅然とした態度を装って、そんな返事を口にして見せる。


 少なくとも今この局面で、彼らに弱気な態度を見せることに意味はない。

 あるいは理香などは竜昇のそんな虚勢など見破っているのかもしれないと、そんなことも考えたが、幸いなことに彼女の方も竜昇のそんな虚勢をわざわざ指摘するような真似はしなかった。


 あるいはそこ・・を不用意に突くべきではないと、そんな考えも彼女の中で働いていたのかもしれない。


 ともかく、言いなりになるつもりはないという意思表示も含めてそう返答し、それによって竜昇と誠司が両者の間で見えない火花を散らしていると、そんな両者の雰囲気を全く感じとれない、空気を読む力を丸ごと失っている人物が話の中へと割り込んで来る。


「なんだよお前ら、やっぱり今日はそっちの友達と遊ぶのか? せっかく今日は俺もそっちで泳ごうかと思ってたのに……」


 と、どう考えても友好的とは言い難い雰囲気の中で、そんな雰囲気を理解できていない、周囲の状況を平穏なものとしかとらえられなくなっている城司が横やりを入れてくると、途端に場の雰囲気が緩んだ、あるいは白けたようなそんなものへと変化する。


 別にこうなることを狙っていたわけではないが、いい感じに場の空気がぶち壊されたと判断すると、これ幸いと竜昇はとっとと話を先に進めることにする。


「そのことなんですけどね城司さん。俺と静はそこの二人と、遊びに行く前に少し話したいんですよ。なんで、城司さんは詩織さんと一緒に、先にプールの方に行っててもらえますか?」


「あん? いや、まあそりゃぁいいけどよ」


「じゃあお願いします。そちらの方はどうしますか?」


 城司に詩織という護衛を付けて、先に遊びに行かせる決定を誠司たちの目の前で行って、そのうえで竜昇は同じ状況の仲間を持つ誠司達に対して暗に呼びかけ、誘いをかける。


 当の誠司はと言えば、投げかけられた誘いの言葉を受けてわずかに迷うような様子を見せていたが、すぐに傍に立っていた理香と視線を交わして、こちらの誘いに乗る決断を固めて来た。


「……そうだな。ならご一緒させてもらうとしよう。愛菜、悪いけど瞳と先に行って遊んでてくれるかな?」


「うーん……、まあいいよ。その代り、二人も早くこっちに来てよね」


「ああ、いいとも。――それじゃあヒトミ、頼んだ」


「……オッケー。わかった。けど、なにかあったらすぐに呼んでよね」


 誠司からの要請にそう応じて、瞳が静と、そして竜昇の方をわずかに睨んだ後、愛菜を連れて城司や詩織とともにプールの方へと歩き出す。


 これで両者は、互いに守るべき非戦闘員を護衛と共に遠ざけることに成功した格好だ。

 むろん竜昇達とてこの場で誠司たちと事を構えるようなつもりはないが、それでもなにかあった時に城司を守らなくて済むというのは、これからのことを考えた時ひとつの安心材料になる話だった。


「――それで、いったい何のつもりなのかな? 僕らとしては、君や詩織との穏便な会談を望んでいたんだけれど……」


「穏便に済ませたいのはこちらも同じです。けれど、そのためには静のことを見極めてもらう機会が絶対に不可欠だと思いました」


 と、竜昇がそこまで行ったところで、当の静が一歩前へと歩み出る。


「――そのためにどうすればいいか考えたのですよ。私という人間が疑われているこの状況で、いったいどうすればあなた方の信用を得られるかを……」


 そういうと、静は自身の腰に付けたウェストポーチの中を二人の前で探って一つのものを取り出して見せつける。

 提示されたその物品に、対面の二人が息をのむのが竜昇の目にもはっきりとわかった。

 それはそうだろう。なにしろ静が取り出したのは、一つ上の階層でドロップしたものをとっておく形で手に入れた、正真正銘、武骨で冷たい金属の手錠だったのだから。


「小原さん――、君は、そんなものを取り出して一体何を――」


「いえ、やろうとしていることは単純です。疑われているのでしたら、一思いに取り調べを受けてみようかと思いまして」


 明らかに狼狽する誠司に対してあっさりとそう言って、静はまず自身の左手にガシャリと音を立てて手錠をかける。続けて手錠のもう片方を左手で持ち、右手にもそれをかけようとして、ふと思いついたようにつぶやいた。


「ああ、単純に両手を繋ぐより、後ろ手の方がいいでしょうか……。いえ、拘束も万全を期すならば、どこかにつないでしまった方がいいですかね?」


 まるで何でもないことのようにそう言うと、静はロビーの一画に待合スペースへと降りるなだらかなスロープ、その両側にある手すりの傍まで軽い足取りで近いて、手すりを支えるパイプの一つに自身の両腕と手錠を後ろ手にして回して見せた。


「おや、意外とやりにくいですね……。すいません竜昇さん、手伝っていただいてもよろしいですか?」


「……あ、ああ」


 まるで服の背中のファスナーを閉じてくれと頼むかのような軽い口調に対して、竜昇は内心の動揺を押し殺しながらもどうにかそう返答して静の方へと足早に近づいていく。


 いきなり自分自身を拘束しようという静の行動にあっけに取られている様子の誠司と理香だったが、しかし驚いているというなら実は竜昇の方も同じだった。


 なにしろ、現在静が行っているこの行動は事前の打ち合わせなど一切行っていなかった行動だ。


 というのも、今回竜昇達は会談に臨むにあたって、先口理香の【観察スキル】を掻い潜るために一つの対策をとっていた。

 否、こんなものはとても対策とは呼べないかもしれない。なにしろ竜昇達が今回とった方法というのは、対談を成立させるための具体的な方法を静に一任して、竜昇達は彼女が何を企んでいるのかを一切知らない状態で対話に臨むという、かなり行き当たりばったりになる可能性が高いそんな策だったのだから。


(まあ、何も知らないとわかっている相手には邪推のしようもないって言うのは、確かにそうなのかもしれないけど……)


 水着姿の女子の手首を手錠で拘束するという、誰かに見られたら自分の手首に手錠がかかりそうな作業をどうにかこなしながら、しかし一方で竜昇は、やるとなったらここまでしてくれる静のその姿勢に感謝の念も覚えていた。


 同時に、何としてでも成功させたいと、改めて竜昇はそんな想いと共に気を引き締め直す。

 やはりなんとしてでも成功させたいと、そんな思いが自身の中でより強くなる。


「君たちは……、いったい何をやってるんだい……? そんな自分から拘束されるような真似……、いったい何を企んでいる?」


 そんな決意の元、真面目な顔をして静の手首を手すりへと繋いだ竜昇をよそに、それを見ていた誠司がどこか同様のにじむ声で二人に対してそう問いかける。

 それにこたえるのは、相変わらずあっけらかんとした静の平然とした声。


「――いえ、ですからを私自身を拘束して取り調べを受けるのですよ。とは言え、両手が自由なままではそちらも安心できないでしょう?」


「……!?」


 大胆不敵にそう言いってのける静の様子に、流石の誠司も動揺を隠しきれずにそれなりの反応を見せて絶句する。


 本人はあっさりとした口調で言っているが、一度は交戦状態にすらなった相手に対して、自身を拘束したうえで差し出して見せるなど、普通に考えればまずありえない、ほとんど捨て身のような行為である。

 実際、もしも誠司たちにその気があれば、自由に動けない静を殺害することもそう難しくないはずなのだ。

 そう考えれば、今の静の言動は、いっそ自殺行為に近いものであると言ってもそう間違いではない。


 ただし、そうはいってもここは常識から逸脱した法則がはびこる【不問ビル】。

 いかに金属製の手錠で拘束されていると言っても、その拘束の強度はビルの外の常識と完全にイコールでは結べない。


「――詭弁ですね。そんなことをしても、このビルの中ではそれほど意味がありませんよ」


 と、狼狽する誠司の言葉を遮るように、彼の隣に歩み出た理香が平静な口調でそう言い放つ。

 ポーカーフェイスと鉄皮面。表情から内心が読み取れない二人が正面から相手を見据えて、今度はこちらの二人の間で目に見えない火花が散らされる。


「意味がない、というのはどういうことでしょうか?」


「そのままの意味です。ビルの外の、常識的な世界にいたのならばいざ知らず、今の私達にその程度の拘束が意味を成すとは思えません。

 なにしろ今の私たちは魔法が使えるのですから。その程度の拘束、手錠を破壊する方法なんて、それこそ今の私達にはいくらでもあるでしょう」


 静の問いかけに対して、理香は一辺の動揺も見せることなく、淡々とした口調でそう言い返す。

 場に沈黙が下りたのは、しかしほんの一瞬の出来事だった。


「確かにそうですね。今の私達に、手錠を破壊する方法などいくらでもあります。だからこれは、言ってしまえば動きを封じるための拘束ではなく、いざとなった時に動きにくくするためのハンデなのだとお考え下さい」


「ハンデ、ですか……?」


「ええそうです。いかに手錠を破壊する方法があるとは言っても、眼の前にどなたかがいらっしゃる状態でやればそれは確実に相手にばれます。ですが、こうして手すりに拘束された状態からでは、何か行動を起こそうとしたとき、まず手錠を破壊するという一行程を挟まなければならない」


「……なるほど、あなたが少しでもおかしな真似をすれば、すぐさま攻撃できてしまう、という訳ですか」


 静の提案に対して、理香が淡々と、しかし目だけはしっかりと竜昇の方を見据えてそう宣言する。

 案の定、静の表情からはその内面を読み取れないと考えたからか、理香は傍に立つ竜昇の方から表情を読もうと視線で探りを入れてくる。


 とは言えその行為ははっきり言って意味がない。

 そもそも竜昇は、静がここからどう話を持って行くつもりなのか、そもそもどうやって手錠から抜けるつもりなのかさえ知らされていないのだ。


 否、知らされていないというよりも、【観察スキル】への対策のために竜昇はそれらすべてを静に任せて、意図的に話を聞かないままこの場所にまでやってきた。

 静がどうやって自身の安全を確保するつもりなのか、もっと言えばそんな方法があるのかもわからないままに、彼女のこの捨て身の策を頼ることにしたのだ。


 故にもしも、今の竜昇から読み取れる感情があるのだとしたら、それは静ならばなんとかするだろうという信頼と、彼女の身を案じる不安という、そんな相反する感情だけだろう。


 果たして、それらの感情がどこまで読み取られたのかは竜昇自身にはわからなかったが、しかしわずかな間のあと理香は静の方へと視線を戻して、そしてそれを待っていたかのように静が話の続きを口にした。


「ただし、もちろん無条件というわけではありません。

 一応私も女子ですので、殿方を相手にこの状態で、『さあ、いかようにもお調べください』などとは申し上げられません。ですので、私の取り調べはそちらの理香さん一人にお願いしたいと思っています」


 どこまで本気で言っているかわからない口調でそう言って、静は事実上自身と理香の二人を一対一で対談させるよう要求して見せる。


 ぬけぬけと目的を遂げようとするその様子には竜昇も舌を巻く限りだったが、しかし静の要求はまだまだこれだけにはとどまらなかった。


「そしてもう一つ。私のことを理香さんが取り調べている間に、竜昇さんを件のアパゴさんという【決戦二十七士】と面会させて欲しいのです。もちろんこれはそちらの誠司さんと一緒でかまいません。これは予想ですが、恐らくそちらも彼の尋問はうまくいっていないのではありませんか?」


「……なるほど、詩織の共感覚か」


 静の指摘に、誠司がしばし考えた末にアパゴの状況を竜昇達が把握している理由を正確に推測する。


 昨日アパゴを追跡している最中に、詩織が精神干渉の魔力を察知しているのはすでに竜昇達の間でも共有されている情報だ。

 少なくとも竜昇達が把握している限り、その影響を受けたと思われる人間は確認されていなかったわけだが、やはりというべきか、唯一確認の取れていなかったアパゴはその影響を受けてしまっていたらしい。

 静が彼が倒れていたその周囲の状況を見た時、戦闘を行ったにしてはやけに周囲に破壊の痕跡が少ないと思っていたらしいのだが、やはりというべきなのか、その理由は精神干渉によって骨抜きになったアパゴを瞳たちが昏倒させたからというのが実情のようだった。


 そして精神干渉を受けて愛菜や城司と似たような症状を発症しているとなれば、仮にアパゴが目覚めていたとしても満足な話など聞きだせるわけがない。


 もしも三人に影響を与えている精神干渉の性質が竜昇の思っている通りのものだとすれば、現在のアパゴは自身が【決戦二十七士】なる存在であるという、その自覚すら喪失しているはずだ。そんな状態で、しかも言葉も通じないとなれば、話を聞き出すなど到底無理な話なのだ。


 恐らくは誠司達の取り調べも、そのあたりで相当に難航しているはずだ。

 そしてそうであるならば、情報を求めているだろう彼らが状況の打開を求めて新しい要素を外部に求める可能性はそう低くない。


「君ならば、精神干渉を破ってあの男から話を聞き出せると?」


「流石にそこまでは断言できません。ですが、こちらはすでに二度、【決戦二十七士】のメンバーと遭遇し、交戦しています。そう考えれば、仮に話を聞き出せなくとも持ち物や格好などから読み取れる情報があるかもしれません」


 虚勢を張ってそう答えた竜昇だったが、しかし正直に言ってしまうと本当にそうなるかどうかは少々怪しいとそんな風にさえ考えていた。

 確かに【決戦二十七士】と二度遭遇している竜昇だったが、しかしそもそも【決戦二十七士】という集団についてはわからないことが多すぎる。


 そもそも本当に集団なのか、その点からしてまずはっきりとしないし、以前に会ったハイツとフジンの二人にしたところで、共通点と言えば戦闘技術において完成された技量を持っていたことと竜昇達とは違う言語を用いていたこと、両者ともキッチリとありあわせで無い装備で全身を固めていたこと、あとは二人が背中に纏っていた、手の平だか翼だかを交差させてその上に輝く十字星のようなものをかたどった紋章が刻まれていたことくらいだ。


 昨日見た限りでは、アパゴはその装備の大半を戦闘か何かで紛失していたようだったし、そのうえで言動まで信用ならないとなれば、いくら以前に【決戦二十七士】と遭遇した経験があると言っても情報をくみ取れるかどうかは相当に怪しい。


 けれどそれでいい・・・・・

 もちろん、情報がくみ取れるならそれに越したことはないが、しかし今回の竜昇達の目的はそれ・・ではないのだ。

 どちらかと言えば竜昇達の関心は、今はアパゴ本人よりも彼の元へと案内するだろう、中崎誠司の方にある。


 そんな竜昇達の思惑を二人が、特に理香の方がどこまで見通していたのかは定かではなかったが、しかし情報不足な現状を打開したいという欲求には抗えなかったのか、結局二人は視線を交わし合った後、竜昇達に対して肯定の意を返してきた。

 二人そろって頷いた後、まるでこちらを試すかのように理香が新たな条件を付けてこちらの要求を受け入れて見せる。


「いいでしょう。ただし、取り調べる間そちらの静さんからは、一時的にでも装備しているものを預からせていただきます。流石に裸になれとまでは言いませんが、どんな魔法効果があるかわからないので防具も含めてすべて」


「ええ、かまいませんよ。むしろ私としては、最悪裸になって見せることも覚悟の上でここに来ていましたから」


 竜昇が何かを言い返す前に堂々と静がそう言って、半ば強引に前哨戦ともいえる交渉が決着を見る。


 ちなみに、静のその宣言について、男二人は全く逆の立場でありながら、そろって何とも言えない表情をその顔に浮かべることとなっていた。

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