156:求める答え

 どうやら自分は嵌められたらしいと、遅ればせながら静は、自身が陥ったこの状況をようやくそのように理解した。


 嫌な予感は以前からあった。あるいは瞳から攻撃を受けるかもしれないと、そんな可能性も一応念頭に置いたうえで動いていた。

 だがいくらなんでも、そうした予想がこのような最悪の形で結実するとは流石に思っていなかった。


 まずいことになったと、まるで弱点でも突かれたような気分でそう思う。

 実際弱点と呼んでしまってもあながち間違いではないのだ。

 なにしろ小原静という少女は生まれてこのかた、この手の誤解や疑いを自力で払拭できたことがほとんどないのだから。


「どうやらその様子じゃ投降は期待できないようだね……。捕らえろ、ヒトミ――」


「――オッけー」


「――!!」


 静が逡巡するその間にさっさと誠司が決断を下し、その指示に瞬時に従って素早く瞳が動き出す。

 先程静を攻撃しようとしてロッカーにめり込んでいた金属棍を力任せに一閃し、とっさに跳び退いた静の、その直前にまで胴体があったその場所を金属棍が通過して、今度は反対側にあったロッカーへと一切の容赦なく叩きつけられた。


(これは……、まともに喰らったら死にますね……!!)


 金属棍の一撃を受けたロッカーが激突の衝撃で一瞬浮き上がり、直後に向こう側へと倒れていくのを横目に見ながら、静はとにかく一度この場を脱するべく連続のバックステップで開けて置いた扉からロッカールームを脱出する。


 とは言え、静のその逃走を瞳が黙って見過ごすはずがない。

 静が廊下へと飛び出したその直後、【怪力スキル】による三重強化を施された瞳の腕が、まるでその重量を無視しているかのように己の得物を軽々と自身の手元まで引き戻した。


「――!!」


 静が真横に跳び退いたその直後、今度は静真後ろにあった廊下の壁を瞳の金属棍が突き穿つ。

 幸い、流石の瞳も槍の穂先までは展開していなかったようだったが、しかし砕けて大穴をあけられた壁の様子を見ればそんなもの何の慰めにもならなかった。


 こんな物、まともに喰らっていたら余裕で死ねると、そう確信させられるそんな一撃。


(今の魔力――)


 そんな攻撃を回避した直後でありながら、しかし静は変わらぬポーカーフェイスのままで、冷静にその攻撃のからくりを分析する。

 先ほどの棍を引き戻す動き、単純に【怪力スキル】の強化による力技で行っているのかとも思ったが、しかし動きの直前に、確かに彼女の左腕のあたりから魔力の気配があった。

 恐らくあれほどの速さで重量のある武器を操れたその理由は、単純な筋力だけの問題ではなくその魔力の効果もあってのことだったのだろう。


 そして今と前回の二度の交戦と、先ほどのアパゴとの様子を観察して、すでに静は瞳の戦闘スタイルにある程度の推測を付けている。


(馬車道さんの戦闘スタイルは【怪力スキル】によって強化した肉体で、あの形態を変えられる金属棍を振り回す白兵戦が主体。棍は槍や斧など様々な武器の穂先を魔力によって生成可能……。加えて武器を操るための何らかのスキルも習得している……。

 加えて、問題なのが彼女が両手両足に装備していたガントレットとグリープ……)


 今でこそ本来の手足と共に筋肉の鎧に埋もれてしまっているが、彼女が装着していた装備に関してはこれまで何度か彼女の姿を見かけた時に把握している。


 感じ取れる魔力の感覚の発生位置から考えて、恐らく両手両足に装備していたこれらが、彼女の重力系魔法の源であるのは間違いないだろう。

 同時に、思考能力に制限がかかっているはずの彼女がまともに魔法を使えている理由もそれで納得できる。自力で魔法を発動させているのではなく、魔力を込めることで魔法を発動させられるマジックアイテムに頼っているというのなら、いかに彼女自身の思考能力が低下していても問題なく魔法を使えるという理屈だ。


(恐らく彼女の装備するガントレットとグリープ、その一つ一つに違う重力の魔法が設定されている……。先ほどと昨晩の戦闘の様子から考えて、右手と右足がそれぞれ対象範囲の違う加重系、左手が手にしたものの重量を軽減する効果、左足の方は……、自身を対象とした重量軽減効果、と言ったところでしょうか……)


 そう分析する一方で、静は自身の立場という以外にも、別の部分でもこの状況のまずさを自覚する。

 瞳の武器が長物ということも相まって、狭い室内では武器が振り回せない可能性を考えていた静だったが、しかし彼女の防具に設定された重力の魔法の存在を考えるとこの狭さもまた一長一短だ。

 瞳の装備に設定された加重系魔法の効果範囲は恐らく彼女を基点とした一定範囲。となれば、彼女にはそもそも近づくこと自体を避けなければいけない所なのだが、この狭さでは静自身の逃げ場までもが大きく制限されてしまう。

 恐らくアパゴがそうだったのだろう、重力系魔法に対して何らかの対抗手段を持っているのならともかく、狭い場所でこの相手と戦うのは少なくとも静にとっては得策とは言い難い。


(この争いを竜昇さんたちがいる浴場エリアに持って行くわけにはいかない……。ならば、向かうべきはやはりプールエリア――)


 竜昇達のところに向かわねばならない理由はあるが、しかし今は背に腹は代えられない。

 そう思い、静がプールエリアへと戻ることを決めた次の瞬間、金属棍を携えた瞳が部屋から飛び出し、まるで重力を無視するかのように正面にあった廊下の壁へと垂直に着地する。

 否、実際に重力の多くを無視しているのだろう。瞳の左足からは、睨んだ通り、グリープの位置から重力に干渉していると思しき魔力の気配が感じられる。


(これはもう、話を聞いてくれそうには思えませんね――)


 瞳の血走った眼を見てそう思い、静が両手に十手を構えた次の瞬間――。


「――ルルゥアッ!!」


 壁を蹴りつけ、獣じみた声を漏らしながら、筋肉の鎧をまとって膨れ上がった瞳がその金属棍を静目がけて叩き付ける。


 間一髪、斜めに振り下ろされた金属棍を真横に避けて、その軌道上から逃れた静だったが、そうしなければそれだけで命を奪われていた。

 実際静が避けたことで、その軌道の先にあった壁に鉄棍が打ち付けられ、コンクリートの壁にひびが入る。


(まったく、よくぞこの方、あのアパゴという【決戦二十七士】を生け捕りにできたものですね――!!)


 手加減の三文字を明らかに忘れている瞳の様子に、静は半ば呆れながらも油断なく動きを観察し、危険を感じてその場から全力で跳び退き離脱する。


 直後にその場所を襲う重力の魔法。

 睨んだ通り、右手の籠手から発せられているらしきその魔法は、どうやら先ほどのような大火力だけでなく、弱い出力で瞬時に発動させるような使い方もできるらしい。

 離脱が遅れていればそれだけで自身が組み伏せられていただろうその光景を目の当たりにしながら、静は逃げ場を求めて【壁走り】を使用し通路の壁を駆け上がる。


「逃がサない、ってのォッ――!!」


 躊躇なく背中を向けて逃げる静に対し、即座に瞳は自身の右手を基点とした重力を解除。左足のクリープに設定させた魔法を起動させ、自身の体重を消して静目がけて飛び掛かる。


 壁を斜めに駆け上がる静の、その後頭部へと目がけて容赦なく金属棍を叩きつけようとした、その瞬間――。


「――ええ、そう来るのを待っておりました」


 まるで後ろにいる瞳の動きが見えていたかのように、そんな言葉と共に壁を駆ける静が反転し、次の瞬間には宙にいる瞳の眼前へと肉薄して来た。


「――ッ」


「【突風斬】」


 慌てて己の得物を構え直した瞳に対し、静がその対応すら予想していたように金属棍目がけて己の十手を叩きつける。

 武器と武器、その激突と同時に暴風の魔力が炸裂し、体重を消していた・・・・・・・・瞳の体を嵐の中の木の葉のごとくあっさりと吹き飛ばす。


「うキャッ――!!」


 理性を失っているにしては思いのほか可愛らしい悲鳴をあげて、なすすべなく瞳が錐もみしながら廊下の向こうへと消えていく。


 なまじ体重を消してしまっていたのがここにきて仇となった。

 本来の体重に加えて装備の重さと、そして【着装筋繊ドレッシングサルコレマ】という筋肉の鎧の重さすら加わって相当な重さになっていただろう瞳の体だが、しかしそこまで増えた体重も重力系の魔法によって消失させられていたのでは何の意味もない。

 未だ対処の着地点を決めかねているがゆえに傷つけるわけにもいかないそんな相手を怪我をさせないようにふっ飛ばし、静は着地と同時に再び反転し、広い場所を求めてもと来た道を走り出す。


(これ以上あの方を相手にまともにぶつかっては危険が大きすぎる……。この隙に――)


 不意を討ち、弱点を突く形でどうにか瞳の追撃を逃れたものの、静は瞳の戦闘能力を決して軽く見てはいなかった。


 先ほどからの攻防だけで見ても、動きが直線的で読みやすくこそあったが、あの筋力にものを言わせた攻撃そのものは非常に驚異的だ。加えて装備による魔法使用のことも考えれば、その戦闘能力は【決戦二十七士】と比較しても決して引けを取るものではない。

 恐らく今のような方法にしても、一度目ならばともかく二度も三度も成功するようなことはないだろう。加えて言えば、今は瞳だけでなく、彼女に指示を出せる誠司の存在もある。


 と、そんな分析を静が行っていたその時、背後に新たに一つ、自身を追ってくる別の魔力の気配が出現する。

 感じる魔力の気配は酷く小さい、しかし濃密な気配を放つそんな魔法。 

 恐らくそれなりの量の魔力を極小のサイズに押しとどめた結果なのだろう。振り返れば、小さな赤い光の玉が地を這うような軌道で一直線に静の足元目がけて迫ってきていた。


(速い……。こちらの【爆道】の速度にも追いついてきている……!!)


 自身に迫る魔法を視認して、そう思った次の瞬間。

 地を這うように迫る赤い光から大量の火花が噴き出して、その一つ一つが壁や床にぶつかると同時に一斉に起爆する。


「――!!」


 派手な爆音を響かせて、まるでねずみ花火のように周囲に爆発をまき散らしながら迫る赤い光の存在に、静は否応なくその魔法の脅威度の判定を引き上げざるを得なくなった。

 ねずみ花火本体に接触すればどうなるかわからない、それどころかまき散らされる爆発に巻き込まれただけでも足をふっ飛ばされかねないそんな攻撃が、まるで本物のネズミのごとき素早さで静の足元までみるみる接近して来る。


(――ッ、【空中跳躍エアリアルジャンプ】――!!)


 その危険な魔法の追撃に、とっさに静は中空へと飛び上がり、さらに宙を蹴りつけて加速してねずみ花火のような魔法が走る地上そのものから距離をとった。

 直後に【壁走り】を再び用いて壁に足を付け、そのまま壁面を走って迫るねずみ花火からの逃走を図る。

 だが――。


(当然のように壁を走って追ってきますか――!!)


 一瞬静の行く先を見失ったかに見えたものの、即座に逃げる静を追跡するように壁を登り始めたねずみ花火の様子に、静はこの魔法が思っていたほど単純なものではないらしいとそう判断した。

 恐らく竜昇の【光芒雷撃】と同じ追跡誘導弾か、あるいは自動追尾機能でもついているのだろう。

 だが逆にそうであるならば、それはそれで静にも対処のしようがあるというものだ。


「――フッ」


 そう判断するや、すぐさま静は自身の足元たる壁際をその手の十手で一閃させ、同時に壁を蹴って再び地表へと舞い戻る。

 そんな静を追って、周囲に爆発をまき散らすねずみ花火もまた壁から地表へと飛び移る。

 否、飛び移ろうとしたというのが正しいのだろう。

 なにしろ実際には、ねずみ花火は地表へと戻るその前に、なにかに引っかかったように動きを止めて直後に真っ二つに断ち割られてしまったのだから。


「【風車】……!!」


 次の瞬間、二つに割られたねずみ花火が同時に起爆し、その爆風でもって静か乗せを後押しする。

 魔力を込めた武器の軌道上に気流の斬撃を残す【嵐剣スキル】の技、【風車】。

 走る中で密かに仕掛けたその技へとねずみ花火を誘導し、これを迎撃して除けた静が、その縛暑さ絵も勢いに変えて一気に通路の先のプールエリアにまで走り抜ける。


(とりあえず、ここまで来れば……)


 開けた場所へ出たと見るや、静はすぐさまその場で通路に向き直り、自身を追ってくるだろう二人を油断ない視線で待ち受ける。

 現状これ以上逃げることに意味はない。なにしろ誠司達は、この階層中に索敵用の護符を大量に仕掛けているのだ。本来であればボスを捜索するための代物だが、今のこの状況では彼らも静を捜索するために容赦なくそれらを使用して来るだろう。

 それでなくとも、いかに広いとはいえ一つの施設の中でしかないこのウォーターパークの中で、逃げ回り続けるというのはさすがに無理がある。


 となれば、現状静が安全を確保するためには、追ってくる誠司たち自身をどうにかするしかない。


「やれやれ、油断したつもりはなかったけど、思った以上にやるみたいだね……。随分と判断が的確だったみたいだけど、もしかして詩織から僕たちの手の内が漏れてたのかな……」


 そうして待ち構えてからほどなくして、あまり急ぐ様子もなく、二人そろった形で誠司と瞳が通路の先からその姿を再び現す。

 あるいは、誠司の方も静が通路を出た後自分達を待ち構えていると予想していたのかもしれない。


「さて、できればおとなしく捕まってくれると嬉しいんだけどね。なにしろ瞳はこの通り手加減があまりうまくない。君にはいろいろと聞きたいことがあるから、勢い余って話ができない状態になられても困るんだ」


「残念ですが、お断りしておきましょう。弁護士を呼ぶ権利と裁判を受ける権利、それと取り調べの人道性を保証していただけるなら、その要請にも喜んで応じられるのですが……」


 言った瞬間、誠司の斜め前に立つ瞳が苛立ったようにこちらを睨む目に力を込めるのを見て、静は内心こういう自分の態度が誤解を招くのだろうかとそんなことを考える。

 とは言え、この状況で弱々しい態度を見せることがプラスに働くとは静にはどうしても思えない。

 それに彼らに投降するにしても、まず先に効いておかねばならないことがある。


「……解せませんね。中崎さん。あなたは先ほどの、何者かもわからない相手からの一方的な告発を鵜呑みにするのですか?」


 会話の糸口を探ろうという意図と共に、半ば本気の疑問として静は誠司に対してそう問いかける。

 実際疑問ではあるのだ。

 確かに昨晩話した時、誠司はこの【不問ビル】のゲームマスターが自分たちの敵とは限らないという、そんな見解を表明していた訳だが、しかし少なくとも昨晩の段階では、彼のその考えはあくまでもその可能性もあるという程度の、本気で信じるに足る根拠を伴ったものではなかったはずなのだ。

 だというのに、そんな敵か味方かもわからない相手からの告発を、今誠司は鵜呑みにする形で静の身柄を捕らえようとしている。

 昨晩話した際の感触でも、その意味が解らない相手ではなかったはずなのに。


「実をいうと、まだ半信半疑というのが実情なんだ。君におとなしく捕まってもらいたいというのも、あくまで念のためという、その程度の意味でしかない」


「……それにしては、ずいぶんと本気で、殺害もやむなしという雰囲気に思えましたが」


「まあね。何しろ半信半疑だ。半分は疑っているが、逆に言えば半分は信じているともいえる。実際僕らも、君に関してだけは少し疑わしいところがあるとは思っていたからね」


「……どういう意味ですか?」


「気付いていないとでも思っていたのかい? 昨晩の話し合いのとき、君は僕らに、いや、僕らだけでなく、元からの仲間だった竜昇君にすら、何か隠し事をしていたね? なにぶん身内に観察力に優れたメンバーがいてね。嘘をついている人間や隠し事をしている人間がいれば見るだけでそうとわかるんだよ」


(――!!)


 その言葉に、流石の静も内心少なくない驚きを覚える。

 思い当たる節は確かにある。昨晩あの会談を行った際、確かに静は自分が気付いたスキルシステムの秘密を隠したまま会談に臨んでいた。

 一つ上の階でドロップした【殺刃スキル】の存在を隠匿し、存在が明るみに出てしまった【盗人スキル】を、誰かが習得してしまわないように策を練った。


 だがそれらは、言ってしまえば自身が気付いた事実によって余計な混乱や被害の拡大が起こらないようにと考えた故の行動だ。しかもその事実とて、竜昇達と協議したうえで、今夜全ての情報を開示するべく準備を進めていたところである。


 否、それ以前に、誠司の言葉から考えれば、彼らは静が何かを隠していたことには気づいていても、その隠しごとの内容までは分かっていなかったことになる。なにしろ静がしていたのはその内容が伝わっていれば問題にならないような隠しごとなのだ。その内容を知っていたのならば、そもそも誠司とて静にこんな疑いをかけるはずがない。


「まさか……、私が何かを隠しているという、それだけの理由で私が内通者だなどという、あんなメッセージを鵜呑みにしたのですか……?」


「……まさか。他にも理由はいろいろある。たとえばそう、さっき君は瞳があのアパゴという男と戦っている現場に来ていたはずなのに、瞳に助太刀しようともせずに隠れていたね?

 あの時は渡瀬さんも一緒だったはずだけど、なぜわざわざ彼女と別れて、君一人でこんな場所までやってきた?

 そもそも君は、ずいぶんと嘘や隠し事がうまいみたいだね。なにも後ろめたいことがないのなら、いつどこでそんな技術を身に着け、今使用している?」


「それはッ、……!!」


 続けざまに投げかけられた問いにすぐさま反論しようとして、しかし静はすぐさまそれが無駄であることを悟ってしまう。

 かけられた疑い、その一つ一つにならば一応それなりの理由を話すことはできるだろう。

誠司が疑う行動一つ一つにも、実際には静自身がその場で下した判断と根拠があるし、嘘や隠し事がうまいというのは、単純に表情があまり変わらないが故の、雑な言い方をすれば生まれつきのものだ


 けれどそれらのどの理由を話したとしても、静にはこの相手を納得させられるという気がしない。

 なにぶん内面的な理由が多いゆえに物的証拠など示しようもないというのもあるが、それ以上に。

 すでに誠司たちの中では、静は疑わしい行動をとる『悪』なのだと、そう認定されてしまっていて、並べたてられた理由がそれを正当化するための理論武装と化しているのがありありと感じられてしまう。


 そしてそこまで考えて、ようやく静はもう一つ、自身が陥っているこの状況を構成する、重大な要素の存在に気が付いた。


(……ああ、そうでした。今の私は 決戦二十七士の一味・・・・・・・・・として告発されているのでした……!!)


 プレイヤーがスキルシステムによって、【決戦二十七士】に対する敵意を植え付けられているというのは既に判明していたことだ。

 そして、そうして植え付けられる敵意の性質が、言ってしまえば相手に対する強烈なまでの悪印象であることも、既に確認できていることだった。


 人間というのは非常に厄介な習性を持つ生き物だ。

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、ではないが、印象の悪い人間がやることというのはどうしても怪しい、なにかたくらみを秘めた悪事のように見えてしまうところがある。


 そして現在静が押し付けられた印象は、スキルによって憎むべき敵と思わされているその相手に内通する人物というものだ。

 そんなただでさえ印象の悪い相手と同一視されてしまっているのだから、今彼らから見た静の印象というのも相当に悪いものとなっていることだろう。


 それこそ、やることなすことすべてが怪しく見えてしまうくらいには。


 ましてや今の彼らは、スキルによって植え付けられる悪印象の存在を知ってすらいないのだからなおさらだ。


(あるいは、スキルシステムの秘密を今夜を待たずに今この場で話してしまえば状況を打開できるかもしれませんが……。いえ、ダメですね。こちらも負けず劣らず、証拠として示せるものが何もない……)


 そもそも今夜スキルシステムについて話すと決めた時でさえ、話の根拠が静達が実際に【決戦二十七士】と遭遇しての実感という、多分に内面的なものでしかないということが最大の問題だと言われていたくらいなのだ。

 実際にアパゴという【決戦二十七士】を目の当たりにした今ならば、あるいは彼らも指摘すればその実感を理解できるかもしれないが、しかし疑われているのが静である以上、その静からの証言を信じてもらえる可能性は限りなく低い。


 考えれば考えるほど、自身が泥沼にはまっていることを自覚させられる。

 打てる手が見つからない。厳密には思いつくには思いつくが、それがうまくいくイメージが全く持てないというそんな状況。


 とは言え、それでもここで黙り込んでしまったのはやはり悪手だったのだろう。


「その無言は肯定と受け取って良いのかな? それとも現実的に考えて、うまい言い訳が思いつかないのだと、そう見るべきなのかな?」


「――!!」


 そうこうしているうちに、誠司がそう勝手に結論を出して、いよいよ静も、もはや腹をくくらねばならない所まで来たと、そう思わされることになる。


 とは言え、流石にこの二人を相手に、そんな制圧や逃走などができるのか、よしんばできるとしても、ならばどこまでやるべきなのかと、静が厄介な問題に頭を悩ませ始めた、ちょうどそのとき。


「ま、待って……!!」


 不意に戦端が開かれる寸前のその場所に、静と誠司、瞳に続く、第四の人物が現れ、声をあげていた。

 自然、三人の視線が声のした方へと吸い寄せられる。


「やあ、シオリ。君は一体、どっち側の人間としてここに来たんだい?」


 青ざめた顔で立ち尽くす少女へ向けて、誠司が優しい笑みで、しかし残酷なまでに真っ直ぐにそう問いかける。

 まるで目を逸らすことなど許さぬとでもいうかのように。

 望む答えを相手が返すよう、促すように。

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