140:剣獣捜査
【召喚スキル・剣獣】と、聞くところによるとそのスキルはそう呼ばれるものらしい。
触媒となるのはナイフが一本。恐らくは伝え聞く【魔刻スキル】を用いて自分で直接刻んだのだろう、術式が大量に刻まれたそれを目の前に構えて、誠司が目をつぶってナイフに魔力を注ぎ込む。
やがて手を放すと、重力に引かれたナイフが落下して、しかし真下にあった水面に到達するその前にナイフに注ぎ込まれた魔力が瞬く間に鋼鉄の肉体を形成し、それが核となるナイフを包み込んで一体の動物の形をとって着水した。
すぐさま頭を出したその召喚獣は、体長がちょうど人間の子供くらい。ただしこれは目的のために小さく作るということだったため、本来はもう少し大きくできるのだろう。胸びれと尾びれを持つが魚というには全体的に丸みがあるシルエットで、その額から生える鋭い刀剣から、外見的には酷く小さなイッカクといった印象を受ける。
ただし、非常に理不尽なことに、どうやら竜昇のその印象は外れのようだった。
「――【
「……え、これジュゴンなんですか? イッカクとかじゃなくて?」
「まあ、言いたいことはわかるけど、術名としてはジュゴンの名前で表示されるんだよね。というか、そこはこだわるところでもないから、できれば流してもらえると助かる。そもそも僕に何かを言われてもどうしようもないしね」
そう言うと、誠司は目を瞑ってその場に腰を下ろし、同時にジュゴン(仮)がプールの中へと潜行する。
そう、なにも誠司はどう見てもジュゴンに見えない召喚獣の姿の感想が欲しくてこんな召喚を行ったわけではない。
こんな生物的な魔法をわざわざ使用したことには、当然ながらそれ相応の理由があった。
「……ああ、あったあった。とりあえず排水口は見つかったよ。……けど思ったより小さいな。このままでも通れなくはないけど……。ちょっと待っててくれ。一回戻して召喚し直す」
眼を閉じたままの誠司がそう言うと、やがて先ほど先行していったジュゴンが戻ってきて水面から顔を出す。
明らかに重そうな金属材質のその召喚獣が、果たしてどうやって自由に水中を泳ぎ回っているのかは若干の疑問があったが、しかしそれに関しては竜昇ももはや余計なツッコミを入れるのをやめておくことにした。
ジュゴンが水面からプールのへりに飛び出して、直後に魔力でできたその体が消滅して核となっていたナイフ一本が残されると、誠司はそれを拾って改めて同じ召喚魔法を発動させる。
今度は言葉通りさらに小さい猫ほどの大きさで同じ召喚獣を召喚すると、同じように水中へと潜行させて誠司は再び目を閉じた。
誠司が使う【召喚スキル・剣獣】は、言葉通り術式を刻んだ触媒を核に魔力で仮想の肉体を構築し、疑似生物を作り上げてそれを操作するという特殊な魔法だ。
召喚系のスキルは一応竜昇達もこれまでに何度か目にしたことのある魔法体系ではあったが、生憎とドロップしたことが無かったため詳しい原理がよくわからず、ここに来るまでの間にざっくりとした説明を受けていた。
聞くところによると、召喚系のスキルには召喚した疑似生物を術者が直接操作するタイプと、触媒とする物品により高度な術式を刻むなどして、疑似生物を自立駆動させるタイプがあるらしい。
今回誠司が使っているのは前者で、このタイプの場合、召喚スキルを使用している間は術者の体が事実上二つになってしまうため、疑似生物の操作中は本来の肉体の操作がおろそかになってしまうという弊害こそあるものの、メリットとして疑似生物の五感情報を術者が受信できるようになるため、先行偵察や今回のように人が入れないような場所の捜索などにはうってつけの魔法であるとのことだった。
そう、例えば今回のような、水中の排水パイプの、その中を捜査しようなどというそんな場合には。
「……オーケー。どうにか中に入れそうだ。一応入り口の鉄格子は切ってしまうけど、問題はないかな?」
「大丈夫だと思います。一応愛菜さん達の動向にも注意する必要はありますが、流石に小さい子供ではないので事故につながる危険性は低いかと」
誠司とそんなやり取りを行う理香の様子に、竜昇は先ほど理香が提示した、この階層のボスがいるかもしれない、その可能性がある場所について改めて考える。
理香が提示したボスの居場所、それは今誠司が調べている、プールの排水口から中に入ったその先だった。
通常、プールの排水口というのはその莫大な水量を輩出するために、かなり大きく作られている。
そのため、時折そこに人が吸い込まれる事故が発生してしまう事例があり、それゆえ金網や鉄格子で塞ぐ必要がある訳だが、理香は今回そのプール特有の巨大な排水口が、この階層のボスの移動経路になっているのではないかと考えた。
『そもそもの話、こんなビルの中にある排水設備が、ちゃんと本来の用途通りに機能しているのかなど怪しいものです。ひょっとするとあの下の水路が、そのままこの階層のボスの通り道になっているのかもしれません』
聞くところによると、誠司たちのパーティーは以前にも、件の排水溝を通れるくらいの、小型の影人と遭遇したことがあったらしい。
確かに、竜昇達がこれまで遭遇した敵は人型かつ人間大の敵が多かったものの、その規格を超える存在が全くいなかったというわけではない。
竜昇達の場合、どちらかと言えば人間よりも大きい敵に遭遇する機会の方が多かったが、二層目の体育館そのものに憑りついていた敵や、前の階層の拘束具に宿っていた怨霊のように、その在り方が生物のそれですらない敵もいたくらいである。
ならばあるいは、プールの排水口から中に入れるほど小型で、かつ水中移動が可能な魚のような敵がいたとしてもおかしくはない。
現在のところプレイヤー側が人の歩ける場所しか探していないことを考えても、人の通れない排水パイプの中を移動している可能性は相応に高いと言える。
(加えて、地下のあんまり深いところとなると、流石に【探査波動】や【音響探査】でも探れないからな……)
強力な索敵能力を有する二つのスキルだが、しかしどちらも限界が存在しているというのもまた事実だ。どちらのスキルにも有効射程距離というものがあるし、加えて【音響探査】には遮蔽物に弱いという弱点もある。
そう言う意味でも、足元の排水口の、その先に地下空間が存在して敵が隠れているのではというその予想は、あながちバカにできない十分にありうる話ではあった。
そして、そう言う考え方をするのなら、実は足元の水路以外にも疑うことのできる場所がある。
「それでは竜昇さん、私達はこちらの設置に向かいましょう」
剣獣の召喚とそれによる調査が軌道に乗ったからか、静が売店から拝借してきたレジ袋を持ち上げこちらに示す。
中に入っているのはその表面に大量の術式が刻まれた、竜昇も昨日この階層のあちこちで目撃した探知用の金属板。
作成した誠司たちが適当に【索敵の護符】や【感知板】などという名前で呼んでいるそのアイテムのうち、現在使用できるものの、ほぼ全てがその袋の中に入れられていた。
「申し訳ありませんが、お二人にはそちらの設置をお願いいたします。とりあえずここと同じような排水溝はこちらで探しますので、お二人は通気口や換気口の類を探してください」
中身が金属である故にそれなりに重い袋を持ち上げる竜昇達に対して、誠司のそばに控える理香がそう告げてくる。
足元の排水管という可能性が浮上したことで、次に浮上してきたのが、同じく人の通り道ではないがゆえにこれまで見過ごされてきた、こちらは天井付近にある排気用のパイプの存在だった。
こちらのパイプは、足元よりも比較的人がいる空間の近くを走っているがゆえに可能性では排水パイプには劣るが、しかし誠司たちが索敵用の護符を設置していた箇所は基本的に人が通る通路ばかりで、こうしたパイプなどの中は想定されていない。
それゆえ、昨日と同じくこの階層を巡って【探査波動】による索敵を行いつつ、そうした通風孔の出入り口付近に護符を設置して、もしもこの階層のボスがそうした場所を移動経路にしていた場合察知できるようにするというのが、今回竜昇達が請け負うことになったミッションだった。
ちなみに、昨日は【音響探査】を持つ詩織と行動を共にしていたが、今回は詩織は城司についているため、静が探索におけるパートナーである。
「それでは竜昇さん。ひとまず出発すると致しましょう。まずは詩織さんがいる浴場フロアを目指しつつ、見つけた通風孔にこれを張り付けていくということで」
そう言う静に続く形で、竜昇は誠司たちに会釈して、己が役目を果たすべく出発する。
思考の端で、そう言えば静と二人で行動するのはいつ以来だろうと、なんとなくそんな考えが頭をよぎった。
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