134:情報交換

 事前に話すべきことに目星をつけていたことも相まって、情報交換そのものは非常に円滑に進んだ。

 話された内容はそれぞれのパーティーのここに来るまでの経緯、途中攻略した階層の簡単な概要と、そこでどのような事態が起きたかなどである。

事前に竜昇達が詩織を通じて誠司たちの事情を把握していた関係上、どちらかと言えば竜昇達の方から提供する情報の方が多かったが、誠司たちの方も何かを言う前に竜昇達と同じ答えにたどり着いてくれることも多く、目立った混乱などが起こることもなく話自体は非常にスムーズに進められたのだ。


 とは言え、全く問題が無かったというわけではない。

例えば【不問ビル】という名称がそうであるように、竜昇達も誠司たちもこのビルを攻略するにあたって、ビルに関連する各種用語を各々の判断で勝手につけている。

 それが【魔法】や【魔力】、【パーティー】などのような、スマートフォンに直接示される名前や、外におけるファンタジー用語やゲーム用語をそのまま転用したものなどはある程度の一致を見たのだが、竜昇達が呼ぶところの【不問ビル】や【エネミー】、【解析アプリ】などの名称はさすがに一致していなかったため、話し合うための大前提としてまずはそう言った名称の統一を計る必要はあった。

最終的にそうした名称の問題は、【不問ビル】や【解析アプリ】と言った名称は竜昇達が使っていたそれを向こうが気に入ったため採用され、逆に【エネミー】という名称はとりあえず竜昇達の方が相手に合わせ【影人シャドー】という呼び方に合わせるという形で決着したわけだが、逆に言えばそうした名称の問題以外では、ただ一点を除いてスムーズに情報交換を済ませることができたと言える。


 そうして、一通りの説明が終わったことで、話は情報交換からその情報を元にした推測の域へと移行する。

 中でも特に重要視されたのは、やはりというべきか誠司たちが知らなかった二つの要素についてだった。


「これがその【神造物】になります」


 そんな言葉と共に、静は自分のウェストポーチから一振りの石刃を取り出して机の上へと置き提示する。

 誠司たちの注目を特に集めた二つの要素、そのうちの一つはやはりというべきか、現在静の持ち物となっている破格の武器、【神造物】という明らかに普通ではない名前を持つ【始祖の石刃】の存在だった。

 詩織の反応などから予想していたことではあるが、やはり彼らも【神造物】なる用語についてはその存在すら聞いたことが無かったらしい。


「確かに、本当に【神造物】としか表示されませんね。これが第一層のボスドロップとして現れた訳ですか」


「……【神造物】、神が造りし物、か。これまでボスを倒した後は、他の敵よりも心成しかいいものがドロップしてきたような気はしていたけど、こんな大それた名前のものがドロップしたことはさすがになかったね」


 解析アプリを用いて【始祖の石刃】を調べる理香に対して、誠司が何やら思い出すようにそんなことを言う。

 竜昇としては、ボスドロップが心成し良いものだったという彼の言葉も気にはなったが、生憎とそれについての質問は諸事情あってこの場では控えることにした。

 その代わりというように、静がこの【神造物】について、再度詳細な情報加えてを語り出す。


「先ほどもお伝えした通り、ドロップしたのは第一層のボスを倒した直後、相手は骨格標本の上に毛皮をかぶせて、そこにさらに大量の石器を突き刺したマンモスの様なボスで、体に刺さった大量の石器をこちらに飛ばしてくる厄介な相手でした」


 先ほどの情報交換では話さなかったボスについての情報を付け加えながら、静は石刃がドロップした時のことを詳細に語り出す。

 否、それは話さなかったというよりも、踏み込めなかった情報、と言うべきか。


「ドロップした当初はごらんのとおり【神造物】としか表示されなかったため、ただの石刃として使う以外に使い方がわからなかったのですが、二層目に進んだ後からなにやら声の様なものが聞こえるようになりまして……」


「声、ですか?」


「はい、それがスキルシステムによって蘇る記憶に近いものだったのか、それとも本当に何者かが語りかけていたのかは定かではありませんが、ともかくその声に教えられるような形でこの【神造物】の詳細が判明した形になります。【始祖の石刃ルーツブレイド】と言うこの石刃の名前とその使い方、具体的には、他の武器――」


「あー、ストップストップッ!!」


 と、静が【始祖の石刃】の名前とその詳細を話そうとしたその瞬間、また・・しても・・・誠司から慌てたような様子で待ったがかかる。

 半ば理由を予想しながらも竜昇が静と共にそれを問うべく誠司に対して視線を向けると、当の誠司はどこか困った後輩でも見るような表情で、静に対してまるで言い聞かせるかのように語り掛けてきた。


「さっきそっちの彼がスキルの話をしようとしたときも言ったと思うけど、そうやって軽々に自分の手の内を口にするものじゃない。保有しているスキルやその内容、使える術技、装備している武器の性能や特性の情報って言うのは、もしも敵に知られればそれだけで敵に付け入る隙や弱点を知られてしまう、生命線ともいえる重要な情報なんだからね。こっちを信頼してくれるのはうれしいけど、そう言う大事な情報はそうそう軽々しく口にするものじゃないと思うよ」


 そう、実のところ、竜昇達が自身の手の内を明かそうとしてそれを止められるというのは、先ほど情報交換を行っていた際にもあったことなのだ。と言うよりも、全体的にスムーズに進んだ情報交換の話し合いの中で、唯一彼らにやんわりと拒絶されて、うまくいかなかったのがこのお互いの手の内に関する情報の交換であると言ってもいい。


 しかもそれは、単純に誠司たちが己れの手の内を明かしてくれないというだけの話ではない。

 元々竜昇としても、誠司たちがかつての詩織のように、こちらを警戒して手の内を明かしてくれない可能性は十分に考えていた。なので、その場合はこちらから情報を明かすことで少しでも警戒心を解こうとすら考えていたのだが、しかし予想外だったのは彼らがこちらからの情報開示にさえも待ったをかけてきたことだ。


「しかし、私達はこれから協力していかなければいけない立場です。今後連携などをとるときに、互いの手の内がわかっていないのでは不都合が生じるのでは?」


 誠司たちの方針には静も思うところがあったのだろう。言外にこちらは情報開示をためらう意図はないという意味を込めて、やんわりとではあるが誠司たちの方針に異論を申し立てる。

 だがそんな静の申し出を受けてなお、誠司たちの反応は芳しいものではなかった。


「確かに互いのことを良く知る必要があるのは確かだけど、そもそも僕たちはまだ出会ったばかりなんだ。君たちも出会ったばかりの僕らにそうそう軽々しく自分達の情報を明かすべきじゃないし、軽々しく情報を漏らす人間なのだと思われるような行動をとるべきでもない。大丈夫、これでも君たちの意図は分かっているつもりだから、そういった話をする機会はいずれ状況を見て用意するよ」


「……わかりました」


 穏やかでありながら、どこか有無を言わせない雰囲気のあるその物言いに、静は竜昇と少しだけ視線を交わし、やがて一言そう返事をして引き下がる。

 竜昇も内心、ここで強く出て情報開示に持って行くことを考えなかったわけではないが、しかしそもそも竜昇達の目的は彼らと良好な関係を築くことだ。下手な対応で相手の心証を損ねては元も子もないし、別に現状は急いで共闘体制を築かねばならないほど切迫しているという訳でもない。これが前の階層のように【影人シャドー】が徘徊する敵陣の真っただ中ならば話は変わって来るが、幸か不幸かこの階層には敵と思われる存在が一体たりともいないのだ。ならばここはいったん様子を見て、後々もう一度彼らに少しずつでも戦力情報の交換を求めていった方がいいだろう、


「わかってもらえたようで良かったよ。……さて、話はさっきの【神造物】の話だ。さっき聞いた話だと、これと同じものをその【決戦二十七士】って言う人たちの一人も持っていたんだよね?」


「はい、最もそちらはこれと同じ石刃型ではなく、苦無の形をした別の物品だったわけですが。……ただ、そちらの方は先ほどお話しした通り、戦闘後に探した際には発見することができませんでした」


 誠司の質問に、静は先ほど情報開示の件をまるで気にした様子もなく、まるでそんなことは忘れたと言わんばかりのポーカーフェイスで先ほどまでと同じように答えて見せる。

 【苦も無き繁栄ペインレスブリード】。静が【始祖の石刃】を用いてコピーしたことで、ようやくその名前が明らかになったあの苦無のオリジナルは、しかし戦闘後に探した時には忽然とその姿をくらましてしまっていた。


 状況から見て誰かが持ち去ったり、どこかに紛失したという可能性はありえないため、恐らくはフジンと言う持ち主が死亡したことで何らかの作用が働いて、【苦も無き繁栄】そのものがあの場所から消滅してしまったのだろうというのが竜昇達の目下の見解だった。

 それが本当に消滅だったのかそれとも転移だったのか、強力な武器の鹵獲を防ぐための手段だったのか、あるいは【神造物】そのものの性質だったのかも定かではない。現状ではそれらを判断できるだけの材料もなく、この案件は竜昇達の中で完全にお手上げの状態で、ひとまず棚上げにされているというのが実情である。


 誠司の方も、そんな竜昇達の実情をある程度推察してくれたのだろう。その話題の矛先を【神造物】からもう一つの、彼らにとって未知のものだった重要な要素の方へと移し始めた。


「それにしても、【決戦二十七士】、か……。いったい何者なんだろう。話を聞いている感じだと、僕たちと同じ普通のプレイヤーじゃないのは確かみたいだけど」


「それについては何とも言えません。ただこのクエストの内容から見て、このビル、もっと言えば俺達にこのゲームを仕掛けたゲームマスターに敵対している、ないしはゲームマスターにとって都合の悪い人間なのではないかと思われます」


 そう言って、竜昇は改めて【決戦二十七士】との遭遇前後に届いたクエストメッセージを誠司たちに見せる。

 どうやら彼らは、別の階層にいたが故なのかスマートフォンに届くこのメッセージ自体を受け取っていないらしい。

 そのメッセージの内容に、対面の二人がもう一度目を通し終えるのを待ち受けて、竜昇は自身が見出したこのメッセージの性質について述べる。


「どうやら、【決戦二十七士】の存在が確認されたとき、同じ階層にいる人間全員にこのクエストメッセージが行みたいです。もう一つ言えば、フジンがそうだったようにビルの側ですら存在を察知できていないと、クエストメッセージは送られてこない」


「なるほど。確かにそれを聞くと、【決戦二十七士】はこの【不問ビル】のゲームマスターの管理下にはない感じがするね」


 竜昇の見せたクエストメッセージを見ながら話を聞いた後、誠司はそんな風に、竜昇が以前抱いたのと同じような感想を口にする。

 ただ彼の考えは、竜昇達のそれとは少し異なる場所にあったらしい。


「けど、どうなんだろう。君たちは彼らを“人間”であると判断したようだけど、本当にそいつらは人間だったんだろうか?」


「え?」


「――それは一体、どういう意味ですか?」


 ふと漏らされた誠司の疑問に竜昇が驚く中、隣から静がいち早くその意味を誠司に対して問いかける。


(静……?)


 いつもと同じポーカーフェイス。口調も特にいつもと変わった様子の無いその質問に、しかし竜昇はふと何か違うものが入り混じっているようなそんな気がした。

 だがその何かの正体を竜昇が考えるその前に、誠司の方からまた別の思いもよらぬ問いが投げかけられる。


「うん……、そうだね、なんと言ったらいいか……。

 君たちはさ、これまで戦ってきた中で、【影人シャドー】が人に近づいていると、そう感じたことはないかい?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る