95:いくつもの壁

「決戦二十七士に話を聞くって……、おいおい、そりゃぁいくらなんでも無理があるんじゃねぇか……?」


 竜昇の発した言葉に真っ先にそう応じたのは、やはりと言うべきか、その名を持つ戦士の強さを実際に目の当たりにしている城司だった。

 否、そもそもの問題として、立ちはだかる壁はその強さだけではない。


「確かに、決戦二十七士とかいう人間たちがあのハイツと同レベルの戦士だというのなら、捕まえるどころか倒すのも難しい相手なのは確かでしょう。こっちの戦力は四人に増えてはいますけど、それだって決して勝てると確信できる要素じゃない」


 ここまで戦っていれば嫌でも理解させられることだが、敵を捕らえるというのは当たり前だが倒してしまうよりもよっぽど難しい。

 なにしろ相手を殺してもいいというなら全力の攻撃を撃ち込めばそれで済んでしまうのだが、殺さず捕らえるとなるとそれ相応の手加減をしなくてはならないのだ。

 相手だっておとなしく捕まってくれるはずもないし、下手な手の抜き方をすればこちらが返り討ちにされてしまう可能性が余計に高まる。

 理屈の上でならば竜昇自身最初から分かっていたことではあるが、しかしこのビルで実際に命がけの戦いを経験したことで、ある種の実感として竜昇もそのことは理解していた。


 それでも強いて希望的な要素をあげるなら、こちらの人数が増えていることや、スキルや武器の獲得によってこちらの戦力が強化できる可能性などが挙げられるが、そもそも人数に関しては相手がこちらと一人で戦ってくれるとも限らない。

 なにしろ相手は、最悪の場合二十七人の『集団』かもしれない相手なのだ。


 二十七対四などという、絶望的な戦力差を考慮するまでもなく、あのレベルの戦士が同数以上集まってしまえばそれはもう竜昇たちの手に負えるような相手ではない。

 残るはスキル習得や強力な武器の獲得による戦力強化だが、しかし竜昇があのハイツという男に抱いた印象は『完成された戦士』というものである。

 最初から完成された戦士に対して、果たしてスキルや武器による付け焼き刃の強化で何処まで追いつけるかは、はっきり言って不透明だ。


 そう考えると、最善なのは戦わず、敵対することなく話し合いに持ち込むことだが、それにしたとて実際にはそれができないだけの訳がある。


「そもそもの話、奴らとは言葉も通じないんだぞ。情報を引き出そうにも、相手が何を言ってるかさっぱりわからないんじゃ、何も聞き出しようがないだろう」


 実際問題、敵戦力以上に問題になるのが、こうして城司に指摘された言葉の問題だ。

 そう、敵を捕縛するだけならば、現状の戦力だけでもやりようによってはまだ可能性はあるのだ。どこまでできるかは不透明だし、確実に捕らえられると判断できる確証もないが、しかし逆に言えば不利な要素が多いというだけで絶対に負けるという保証もないわけで、ハイツに対して竜昇たちがどうにか立ち迎えたように、勝利の可能性は決してないわけではない。


 むしろ問題なのは、ハイツという男の使っていた言葉はそもそも竜昇たち自身聞き覚えの無い言葉なのだということだ。

 未知の言葉を覚えるというだけなら、まったくやってできないことはないだろう。

 もちろん時間はかかるだろうが、例えば歴史上でも漂流して外国に渡った人間が、そこで出会った人々の言葉を覚えて会話できるようになった例もある。


 だが、竜昇たちがやらなければいけないのは、それら一つ一つでも難易度が高いことをすべてまとめてやらなければならないという事態だ。

自分達よりも強い人間を生きたまま捕縛したうえで、言葉を覚えるまでの長期間拘束し、そうして覚えた言葉で必要な情報を引き出す。

 実際にはそれらは決して順番に行うことではなく、敵を拘束した後は相手の言葉を覚えながら同時にコミュニケーションをとり、何らかの関係性を築くことを同時並行で行っていくことになるのだろうが、それでもそれがいったいどれだけ大変なことかは、発案した竜昇自身が一番よくわかっていた。


「……それでも、どうにかしてやらなくては未来はありません。それに、敵が華夜さんを攫って行った事実が、一つの希望を俺達に提示している」


「――え? それってどういうこと?」


「多分ハイツだって、城司さんたちと戦う中で二人の使う言葉が自分達とは違うことには気づいていたはずだ。それなのに、あの場で無理やり、自分の命も危ない中でなお攫って行った。その目的が何なのかははっきりとはわかりませんが、もしもあいつの目的が華夜さんから何かの情報を引き出すことだったとしたら――」


「――あいつらにはたとえ言葉が通じなくても、情報を引き出す術がある、ってことか」


 もちろんこれは、推測に推測を重ねたうえでの不確かすぎる推論だ。そもそもハイツが華夜を攫った目的にしたところで、実際には『悪魔に捧げる生贄が必要だったから』といったような理由だったならば、この希望は風に吹き消される灯火のようにあっさりとかき消えてしまう。


 ただ、あの時のハイツの様子から考えるに、竜昇は何となくハイツの目的は何らかの情報だったのではないかとも踏んでいた。

 あの時のハイツの行動は、どうにも最初から誰かを攫おうとしていたというより、戦って危険に陥ったがゆえに、撤退するうえで無理にでも成果を獲得しようとして行われたように思える。

 そして最初から攫うことが目的でなかったとしたら、あの場で無理にでも華夜を連れ去った理由など情報以外には思いつかないのだ。

 ならば可能性は決してゼロではない。言葉の通じない相手から情報を引き出すという、無理難題を可能とする極小の可能性は。


(最悪それが無かったとしても、このまま闇雲にビルを攻略し続けても未来はない。どこかで何としてでも、このビルの正体につながる情報を掴まないと)


 そこまで考えてから、竜昇は意図して思考を不安定な未来から目の前の現状へと巻き戻す。

 先のことはどうあれ、今はまだ現状をどうにかしなければ何も始まらない。


「まあなんにせよ、どのみち今は下の階層に進む必要はあるでしょう。進んで、なにを目指すかは各々の判断になりますが、どの目的を達するにも、今は下に進む以外に道が無い……」


「私も、竜昇さんの意見に異存はありません。というより、多少根拠の数に違いはありましたが、私もほぼ竜昇さんと同意見ですから」


 他の二人に先んじて、静が素早く自身の立場を表明する。

 考えてみれば、途中から彼女の発言を奪う形になってしまっていた訳だが、どうやら竜昇と静の間でおおよその考えは一致していたらしい。


 わずかな逡巡の時間。

 それから先に脱して、続けて発現したのは案の定城司の方だった。


「――俺は、どのみち下の階層を目指す方針は変わらない。そもそも俺は脱出する前に華夜を助けなくちゃいけないんだからな。ただ、下の五層について、そこで華夜の行方が分からなかった場合、お前らの案の通り、【決戦二十七士】とかいう奴らを探すってのはありだと思ってる」


「では私たちの案には――」


「――乗る。少なくとも、華夜の行方がはっきりするまでは」


 静の確認に、城司が力強く頷いてそう返事をくれる。

 これで四人の内、三人の暫定的な方針が一致した形だ。残るは、一人返事ができずにいるあと一人。


「渡瀬さんはどうですか? まあ、渡瀬さんの場合は、先に行ってしまったお仲間の方々に追いつくことを考えてもいいと思いますが、それでもやはり行く方向は――」


「――え、あ、うん。そう、だね……。うん、私もその方針でいいと思う」


 静に水を向けられて、どこか迷いのにじむ様子で詩織がそう返事する。

 考えてみれば、城司の『華夜を探す』という主張が強烈で忘れていたが、彼女にしてみてもはぐれてしまった仲間と合流するという、そうした目的があってもよかったはずだ。

 もっともそれとて、彼女の仲間が同じように下の階に行ってしまった以上方針としては大きく変わらないのだが、しかし竜昇としては詩織が仲間について何も言及してこなかったことが少し気になった。


 それとも、合流したくないのだろうか。

 自分を半ば見捨てる形で、先へと進んでしまったその相手と、顔を合わせることに躊躇があるのだろうか。


「……まあ、何はともあれ、とりあえず暫定的な方針は決まりましたね。まあ、逆に言えば私達には下に進む以外の選択が無いことがはっきりしてしまったということでもありますが……」


「まあ、それについては少し思うところが無いわけじゃないけど、それは今は横に置いておこう。となると、あとは先に進むにあたっていろいろなすり合わせが必要だと思うんだけど、渡瀬さん――」


「あ、ちょっと待って」


 と、竜昇が詩織のスキルなど、詳しい情報を聞き出そうとしていたとき、それを制するかのように詩織が待ったをかける。

 否、実際のところ、詩織本人にはその意図はなかったのだろう。少なくともこの後に詩織がしてきた提案は、少なくとも竜昇にそう思わされるような些細で、しかしある意味では重要な提案だった。


「えっと、たいしたことじゃないんだけど……、その、呼び方……」


「呼び方?」


「ああ、実はそれ俺も気にしてたんだわ」


 首を捻る静に対し、城司が詩織の言わんとすることを理解したのかそう追従して来る。

 あるいは彼の方が、この問題については一際気を使っていたのかもしれない。


「いや、世代が一回り以上違うからさ、なんとなくこれまで『少年』とか『嬢ちゃん』とか呼んでたけど、『嬢ちゃん』に該当する人間が二人に増えちまったし、それになんか、この呼び方だとなんかイメージが悪いだろ。俺の個人的な感覚かも知れないけど、なんつぅか、個人の名前を呼ぶのを避けてるみたいでよ」


「ああ、まあ、確かに……。悪いイメージとまでは言いませんけど……」


 確かに、その呼び方は悪いイメージになりこそすれ、いいイメージを抱くのは難しいだろう。

 なんとなく、大人が上から物を言っているような印象を受けなくもないし、個人を名前で呼ばないという行為にもその当人を蔑ろにしているような、そんな印象を抱く場合もある。

 たとえその真意が、実際は世代の違い故に本人が気を使った結果であったという、それだけの理由によるものだったとしてもだ。


「だからこれからは、互いに名前呼びとかでいいか? 俺の方も、苗字だと娘とかぶるし……、いや、考えてみりゃ娘の方は名前で呼んでたか……」


「ええ、まあ、私はそれで構いません。私や竜昇さんは既に互いに名前呼びですし」


「わ、私もそれで」


「……俺も、まあ構わないよ」


 言いながら、一瞬竜昇の脳裏に静と互いに名前で呼び合うまでの、その時間の記憶が僅かによぎったが、しかし竜昇はその感覚をすぐに頭の中から振り払った。

 実際問題、これからどれくらいの期間になるかわからないものの、この四人はこれから命を預け合わなければならない関係なのだ。

 ならばこんな、呼び方一つで躓いているわけにはいかない。全員で呼び方を統一するというのも、変に気を使いすぎる心配がなくなる分プラスに作用する、ような気もする。


 そう考えて、竜昇が全員の名前呼びを胸に刻んだその時、ふと目の前の詩織が顔をあげ竜昇の向こうの壁の方へと注意を向けた。


「――、今……」


「え、えっと、詩織、さん?」


 ためらいがちにさっそく名前で呼びかける竜昇に対し、しかし詩織は何かを警戒するように目を見開き、一言言葉を口にする。


「――なにか来る」


 そのたった一言に、室内にいた残る三人に緊張が走る。


エネミー、ですか?」


「たぶん。けど――」


 端的で、具体性などまるで伴っていないそんな言葉。


「――なにか、違う」


 だがそんな言葉こそが、いつの間にかこの監獄内で起こっていた動乱を、最初に竜昇たちに察知させた言葉だった。

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