71:学校の七不思議

 購買で渡瀬詩織なる年上の少女からの手紙を見つけた際、竜昇たちはそこに残された記述の中にあった『五つ目のと六つ目の不思議を突破して、七つ目の不思議に挑む』という奇妙な記述についても、二人で話し合って一応の推測を立てていた。

 その記述は謎のままで終わる可能性もあると、その時竜昇たちは考えていた訳だが、どうやら件の手紙の中にあった記述は、今竜昇たちがいる体育館を見た後で、あの購買に戻ったその後に書き残されたものだったらしい。


 渡り廊下を渡って体育館へと移動し、階段を下りて本来なら外に出られただろう地上の入り口付近に降り立った竜昇たちが見たのは、床二箇所、壁三か所、そして天井一か所に残された血文字の記述だった。


 すぐさま竜昇が【光芒雷撃レイボルト】を発動させ、それぞれ血文字の近くにまで飛ばしてその雷光で照らしだし、書かれている記述を一つ一つ読み上げる。


「……天井、これは……、七不思議の一、トイレの花子さんとありますね」


「壁のは……、七不思議の二、お化けピアノ、三、歩く二宮金次郎像。そして四の走る人体模型だな」


「床のは五の夜中に動く標本と、六の踊るデッサン人形です」


「決まりだな。つまりはこれまで倒した敵が全て、ここに記載されてるって訳か」


 二人で手分けして記された六つの不思議の記述を調べて、竜昇は脳裏にこれまで倒してきた七体の敵の姿を思い出しながらそう結論付ける。

 そしてそうとわかってしまえば、これまで特に考えてこなかった、この階層のコンセプトの様なものもある程度見えてくる。


「要するに、ここに書かれた敵をこの校舎の中から探し出して倒すのが、先に進むための条件だったわけか。……いや、それとも、六体や七体どころじゃなく、もっと怪談由来の敵が校舎内にいて、その中から倒した敵の記述だけがここに記述されてるのか?」


「どちらが先だったのかは今さらわかりませんね。なにしろここに来るまでの間に、先に進むのに必要な六体全てと遭遇して、そして倒してしまいましたから。なにより、七不思議の最後の七は、すでにこの先と決まっているようですし」


 そんな静の言葉に、竜昇は静に追従するように視線を同じ、体育館に入るための扉に向ける。

 両開きの金属製の扉に書かれていたのは、入り口付近にある六つと同じ血文字の記述。書かれている文章は、予想通りというべきか『七不思議の七』という非常にわかりやすいものだった。


 恐らく、七不思議の内六つの不思議を体現する敵を倒すことで先に進めるという趣旨なのだろう。校舎内に散らばった六不思議をここの記述を元に探し出して倒せという趣旨だったのか、それとも大勢の敵の中から六体を倒して、倒した敵の記述をここに揃えていくというものだったのかは不明だが、幸運なのか不運なのか、すでにここに来るまでに六体の敵と遭遇し、その全てを屠ってきた竜昇たちにはもはやあまり関係の無い話だった。


「となると、あの手紙にあったパーティがどんな経緯であの手紙を残したのかも予想がつくな。たぶん向こうは、俺達みたいに敵を一体一体倒すようなことはせずに、戦闘を回避したり逃げたりしながらここまでたどり着いたんだろう」


「あるいは、単純に遭遇しなかったという可能性もありますね。ともあれ、四体までは倒してここにたどり着き、先に進むために残る二体を倒す必要があると知って一度あの購買に戻り、準備をしたのち五体目と六体目に、そしてこの先にいる七体目に挑んで先に進んだ、というところでしょうか」


 もっとも、可能性としてはこの推測は多分に希望的な観測を含む。

 件のパーティは五人組という、竜昇たちよりもかなり人数の多い集団だったようだが、しかしいかに人数が多かったからと言ってそれで確実に生き残っているという保証はどこにもないのだ。

 五体目の敵に全員がやられてしまった可能性もあるし、流石にそんな最悪な事態にまではなっていなかったとしても、さらに一人二人の犠牲者が出ている可能性も否定できない。


(いや、これについては考えても仕方ない。せいぜい無事を祈るよりほかにないか……)


 考えを切り替え、竜昇は自身の目の前、『七不思議の七』と書かれた金属扉に意識を向ける。

何はともあれ、竜昇たちがもう後この階層でするべきことは、恐らくはこの先にボスとして存在するだろう七つ目の不思議を突破するというそれだけなのだ。

ならば竜昇は他のパーティのことよりも、まずは自分たちがいきてこの先に進むことに意識を集中させるべきなのだろう。


「では互情さん、この先には心して進みましょうか」


 竜昇がその意思を固めるのとほぼ同時に、静はそう言いながら自らの肩にかけていた先ほど調達したばかりのカバンを床に下ろして、自分の体に修得した三つのオーラを、武器に黄色い【甲纏】のオーラを纏わせていく。

 対して、竜昇の方も魔本を取り出してページを開くと、魔力充填(マナチャージ)の機能を使ってあらかじめ魔力を溜めておく。

 これまでの戦闘では、突発的な遭遇戦や、奇襲のために魔力の気配を発する行動がとれなかったためあまり事前準備としては使えなかった機能だが、ボス部屋に踏み込む前というこの状況は事前に魔力を溜めるこの機能にはもってこいの使いどころだ。

 本に魔力を注ぎ込みながら竜昇自身も持っていた荷物を下ろして身軽になると、同時に自分の体にオーラを纏わせた静が竜昇の体にそっと触れて来た。


「ありがとう」


「いいえ」


 自身の体にオーラによる力が満ちるのを感じながら、竜昇は魔本にあらん限りの魔力を注ぎ込み、続けて部屋の各所に散らしていた雷球を己の手元に呼び戻す。

 魔本を閉じ、術式目録インデックスの効果で思考と精神を補強すればそれですべての準備は完了だ。

 見れば、静の方も十手を引き抜き、【始祖の石刃】を【加重の小太刀】へと変化させて両手に携えている。

 二人で互いを見つめ合い、同時に頷いて注意深く七つ目の不思議の、その扉付近にまで近づいていく。

 静が先行し、竜昇がいつでも魔法を撃ち込めるように空いている右手に魔力を集めてその後へ続く。


 以前の作戦会議の際に、扉を開いて中に突入する際の手順についても一応の話し合いは済ませている。

 先行する静が扉に触れて、音を立てずにノブを捻って扉を押す。

 人が通るにはまだ少ない小さな隙間。その隙間から竜昇が雷球を送り込んで、中にいるだろう敵の反応を見ようと、そう指示を出しかけた、まさにその瞬間。


 『バンッ!!』という激しい音共にわずかに開いていた扉が一気に開かれて、同時に扉の向こうの闇の中から巨大なネットのようなものが竜昇たちへと襲い掛かって来る。


「――ッ、発射ファイア――!!」


 驚きつつ、しかし何があっても対処できるようにと、準備を整えていたのが功を奏した。

すぐさま静がこちらに向けて身を翻し、それと入れ替わるように、竜昇の方も飛び出してきたネットを迎撃するべく、体育館内へと送り込むはずだった雷球を光条へと変えて叩き込む。

同時に、襲い来るネット全体に浴びせかけるべく、竜昇自身も右手の魔法を差し向ける。


「【雷撃ショックボルト】――!!」


 四発の光条とくわえて放たれた電撃が向かってきたネットへと直撃し、正面から攻撃を浴びたネットがズタズタになって焼け落ちる。

 敵の攻撃の第一弾は迎撃成功と、竜昇がそう確信しかけたまさにその瞬間、闇の中からロープのようなものが竜昇の右足へと絡み付き、同時にそれが強く引かれて竜昇の態勢を崩させた。


「――ッォ!?」


「互情さんッ!!」


 転倒する竜昇に対して、静がとった行動は迅速だった。

 ほとんど体当たりするような勢いで背後から竜昇の体にしがみつき、同時に足に絡みつくロープがその力を強めて二人の体が丸ごと扉の向こうの闇へと飲み込まれた。


(なんだこれ、何も見えない――!!)


 片足を引っ張られ、ロープ一本で釣り上げられながら、同時に竜昇は引きずり込まれた体育館内の、そのあまりの暗さに驚愕する。

 もとよりここは夜中の校舎を模したビルの中だ。実際これまでの校舎内も、明かりをつけることができた購買以外では相当に暗い環境が続いていた。

 だが違う。先ほどまでの校舎内の暗さを思い出しても、今竜昇たちが飲み込まれてしまったこの体育館の暗闇は、明らかにその暗さの濃度が違う


 先ほどまでは暗いとはいっても外から差し込む街灯や星明りである程度の光源があり、視界は確保されていたが、この体育館内にはそうした光が一切なく本当に何も見えない。

 まるで視覚を丸ごと潰すかのような圧倒的な暗闇。暗幕などを使って窓から差し込む光を遮断したとしても、果たしてここまでの闇を作り出せるのか、その点にすら疑問を持つような圧倒的な暗闇がそこには有った。


「互情さん、とにかく足のロープを焼き切ってください!!」


「――ッ、わかった!!」


 圧倒的な闇に心を呑まれそうになったその瞬間、体に抱き付く静の声に我に返って、すぐさま竜昇は自身の右手を足に絡みつくロープへと差し向ける。

 幸い見えなくとも、足の感覚でロープの位置はすぐにわかった。【雷の魔導書】との意識接続によって補助された思考が瞬く間に脳内で術式を組み上げて、次の瞬間には電撃がロープ目がけて放たれる。


「【雷撃ショックボルト】――!!」


 一瞬の閃光。

 油断すれば自身の眼をくらませそうな光が足に絡むロープを焼き切って、宙づりにされていた竜昇の体がそれによって空中で支えを失う。

 唐突な浮遊感と、そこでようやく思い出す着地への不安。だがそんな不安は、直後に跳んできた静の言葉によってあっさりと撃退されることとなった。


「着地は私がします。互情さんはとにかく灯りの準備をッ!!」


「了解――!!」


 静の言葉に、竜昇が落下への恐怖を押し殺したその直後、静の履く体育館シューズが床を捕らえる音がして、そこから流れるような動きで静が竜昇の両足を床上へと誘導し着地させた。

 どうやら先ほど竜昇が電撃でロープを焼き切った際、その閃光の明かりで床との距離を視認していたらしい。

 自身の手さえ見えない闇の中、自身を抱きかかえる静の体温に頼もしささえ感じて、すぐさま竜昇は己の仕事としてこの場での光源を確保する。


「【光芒雷撃レイボルト】」


 体育館内に引きずり込まれた際、そばに残していた二発の雷球を外に残してくる形となってしまったが、もはやそれを手元に呼び出すのも効率が悪いと放棄した。

 術式を起動し、すぐさま竜昇の周囲に六発の雷球が現出する。

 だが。


「明るく、ならない……?」


 雷球が出現し、どうにか自分の手くらいは見えるようになった竜昇だったが、しかし逆に言うなら六つもの光源を出現させたにもかかわらず見えるようになったのはその程度だった。

 振り返れば、どうにか背後に静がいるのは確認できたが、周囲は相変わらず暗く、雷球の光で照らしても周囲の様子がまるで見通せない。


「互情さん。煙です。この体育館、中に黒い煙のようなものが立ち込めています」


「黒い、煙……?」


 言われてみれば、少し先に延ばした手を飲み込み、隠すように、黒い、闇のような煙があたり一面に漂っている。

 雷球を出現させたにもかかわらず、なぜこうも視界が効かないのかが疑問だったが、どうやらこの暗闇、体育館内部に大量の黒い煙が立ち込めることによって成立しているらしい。


「それでこの暗闇か……。まずいな。煙のせいで視界が一メートルも効かないぞ」


「厄介ですね。匂いなどはしませんから、火事という訳でもないのでしょうが……。これではどこにボスがいるのかもわかりません」


 一メートル先も見えない中、いつどこから敵が襲ってくるかもわからない状況に、竜昇はすぐさま危機感を覚える。

 とは言え、それについては対応する手段も一応ある。そもそもこういった状態で使える索敵法を、竜昇は随分と前に修得しているのだ。


「小原さん探査波動を使う。一時的に気配が顕在化するから、すぐに隠れられるように【隠纏】の準備を」


「承知しました」


 言葉を交わし、すぐさま竜昇は自身の中で魔力を準備する。

 周囲にいるものの、普段は感じ取れない魔力を刺激して、感じ取れる形にすることで気配として顕在化させる技、【探査波動】。その技を発動させて、周囲にある魔力の気配に働きかけた竜昇は、直後に感じた気配に背筋を泡立たせた。


「――うッ!?」


「これは――!!」


 感じた気配に、二人がそろって声を漏らす。

 至近距離に敵がいたというわけではない。感じられる気配が、あまりにも多かったという訳でもない。

 それどころの話ではなかった。

 あたり一面、それこそ竜昇たちのすぐそばから、索敵できる限界範囲に至るまで、恐らくは竜昇たちがいる体育館内部すべてが、敵の気配しかなかったのだ。

 同時に、闇の中、竜昇たちの視界を閉ざす黒い煙を見つめて、竜昇はようやくその事実に気が付いた。


「この、“煙”……!!」


 思い出してみれば間違いようもない、周囲を満たすこの煙は、これまで遭遇した敵達が共通して纏っていた、時に肉体そのものと化し、時に無機物の肉体を動かすのに使われていた、あの不可解な黒煙とまるで同一のものだったのだ。


 そして、そんなものが体育館全体に充満しているとなれば、嫌が応にも今回のボスの、その正体の様なものにも推測が立つ。


「この体育館全体が、ボスだって言うのか……!!」


 思わず口にした竜昇の言葉に応じるように、雷光に照らされた黒い煙が渦を巻く。

 闇の中で見えたその様子は、まるでこちらを嘲笑う怪物の、嘲笑の表情に見えていた。

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