66:始祖の石刃
「声が聞こえた?」
【神造物】改め【
信じられなかったから、というわけではない。
単純に少々予想外だったからである。
「……それって、この石刃が小原さんに対して語り掛けた、ってことでいいのか?」
「石刃の声、だったのかはわかりません。何というか、スキルの習得の際と似た感覚だったので、あるいはそう言う言葉を思い出しただけかとも思ったのですが……。いえ、やはり違いますね」
どうやら自身の使う武器が喋ったという事態を受け止め、飲み込み切れなかったのは静の方だったようで、しばし静はこれまでの経験を参考に自分が受け入れられる説明づけを探す様子を見せて、しかしやがて観念したのか嘆息しながら首を横に振った。
「そうですね。やはりあれは誰かの声だったように思います。あまりよくは思い出せないのですが、眠っているときや意識があいまいになった時などにも、何度か同じような声を聴いたような覚えがありますし」
「そうだったのか?」
「ええ。とは言っても、つい今しがたまで私自身忘れていたくらいなのですが」
どうやら彼女の中でもはっきりとした感覚ではなかったらしく、静はもどかしそうにそんな言葉を口にする。
否、どうやら彼女がもどかしく感じているのは、それだけが原因という訳でもないらしい。
「酷く、そう、酷く聞き取りづらい声でした。かけられた言葉の内容も最後以外はほとんどはっきりしませんでしたし、そもそも記憶自体が曖昧です。
――ただ、恐らく声の主は女性だったように思います」
「女性?」
「ええ。聞こえてくる声はどうにも私のものに近かったのですが、口調や雰囲気の様なものが何となく……」
「女性、ねぇ……」
言われたその証言をどう受け止めていいかわからず、竜昇はもう一度石刃の方を見つめて考え込む。
声の主が女性だったというのなら、この石刃は女性の心を持った人格搭載型の武器ということになるのだろうか。
否、そもそもその声が本当に石刃のものだったのかどうかも定かではないのだ。石刃が本当に意思を持っているのかどうかについても、この先少し状況を見守る必要がある。
「まあ、とりあえず目下の問題は声の主よりも、その話の内容か。小原さん、その声が語った内容で、唯一まともに聞き取れたのがさっき言ってた……?」
「ええ。『其は全ての武具の始まり。始祖にして、やがて全へと至る神造の刃――
まるでおとぎ話か伝説の一節でも謳い上げるかのようなそんな言葉を、静は自身が聞いたそのままに淡々と復唱する。
生憎と、静自身が一連の言葉をうさん臭く感じているせいなのか、その語り口調は非常に淡白なものだったが、しかし妙に仰々しいその言葉の意味は、それを聞く竜昇にとっては非常に理解しやすいものだった。
「全ての武器の始まり、始まりだから全てに至る、か……。確かに、石器なんて人類が作った初めての武器だと言えるから、武器の始まりと言っても過言じゃないか。……まあ、文言自体がどこまで意味を持っているのかはわからないし、どっちかって言うとこの文句、石刃が持つ逸話というよりも雰囲気を出すための
なんとなく眉に唾を付けて聞きたくなるようなうたい文句だったが、しかしその文言が示す意味を考えれば、あの時何が起きたかは明白だ。同時にそれはこの石刃が持つ能力や特性とでも呼ぶべきものを明らかにしてくれる。
「他の武器への変身能力。あの時それが発動して敵の核を破壊できたってことか。しかもこの言い方だと、一つの武器限定って訳じゃなさそうだな」
「ええ、そうですね。なにしろ全てに至るとまで言っている訳ですから……」
同意して、静はおもむろに調理台の脇に置いていた石刃を手に取り、石刃に視線を落としたまま一瞬意識を集中させる。
すると案の定、石刃が一瞬光となってその形を散らし、直後にはいつの間にか静の手の中に一振りの小太刀が収まっていた。
先の戦いの中で敵の技によって砕かれ、失われてしまったはずの【加重の小太刀】が。
「見たところ、オリジナルの【加重の小太刀】と見た目は全く同じだな。……いや、刀身にうっすらと石刃の時にもあった赤いラインみたいなのが走ってるか?」
「そのようですね。それ以外は持った感じの、重さや手触りもまったく同じようです。オリジナルの小太刀にあった【加重】の機能もしっかりと機能しています」
魔力を流し、わずかに加重の機能を発動させてその重さを確かめるようにしながら、静は淡々と手の中にある小太刀の調子を確認していく。
どうやら調べた限りでは、この石刃から変身した【加重の小太刀】はオリジナルとほとんど同じものらしい。
そしてそうなると、俄然『他の武器に対してはどうなのか』というその点が気になって来る。
「小太刀以外の武器はどうなんだ? 小原さんが持っている十手とか、あるいはこれまで戦ってきた敵の持ってた武器なんかにも変身できるのか?」
「いえ、それが先ほどからやっているのですが、どうにもうまくいきません。少しお待ちいただけますか?」
言いながら、静は小太刀を元の石刃に戻したり、魔力を込めたりしながら石刃の変身を思いつく方法で試してみる。
だがどういう訳なのか、変身する武器は【加重の小太刀】のみで、それだけは意思一つで変身してくれるものの、それ以外の武器にはまるで変身しなかった。
「変身できる武器に、何らかの条件があるってことなのかな……。そう言えば、前に教室で小太刀に触れた時、石刃が何か反応したみたいなことを言ってなかったか?」
「そう言えばそうですね……。試してみましょう」
そう言って、静は自分の武器である十手を取り出すと、それに石刃を近づけそっと接触させる。
果たして、やはり何らかの反応があったのか、静は一瞬だけ何かを感じたかのような反応をその表情に浮かべると、直後には手にしていた石刃を触れたばかりの【磁引の十手】へと変化させた。
「……おお、ビンゴ」
変身を遂げた、表面にうっすらと赤いラインの走った石刃十手をオリジナルの【磁引の十手】と見比べて、竜昇は思わず拳を握ってガッツポーズをとる。
とりあえず十手への変身が成功したことで、石刃の他の武器への変身条件がはっきりした。
同時にこの石刃の、考えていた以上の有用性も。
「接触したことのある武器に自由に変身できる武器か……。これはなかなか」
流石に見たことのある武器に自由自在に変身できるような、そんな便利武装ではなかったようだが、それでも触れた武器になら変身できるというの相当に有用な能力だ。
なにしろ鍔迫り合いに持ち込んだりするだけでも相手の武器をコピーできてしまうのだ。加えて、相手の武器を絡めとるための武器である十手にまで変身できるようになったとなれば、静の戦闘センスならば敵の武器を片っ端からコピーしてレパートリーに加えていけることになる。
「いえ、互情さん。どうやらそううまくはいかないようです」
と、竜昇がそんな考えを表明したその直後、静が竜昇のそんな予想をやんわりと否定するように首を横に振る。
見れば、静は自身が持つもう一本の武器である投擲用のナイフを取り出して、それを石刃十手でつついているところだった。
続けて、静は十手を石刃へと戻すとその石刃でナイフに触れて、直後に石刃をナイフへと変化させる。
「どうしたんだ? 何か問題が?」
「いえ、どうやらこの石刃、“石刃の状態で”武器に触れないと他の武器をコピーできないようなのです」
「石刃状態限定? それってつまり……」
「戦闘中に相手の武器をコピーしようと思うなら、十手や小太刀の状態ではなく、石刃の状態で相手に斬りかかるか、攻撃を受け止める必要があります」
「えぇ……」
静の言葉に、竜昇は思わずそんな声を漏らす。
ドロップした当初から言われていたことだが、いかに【神造物】やら【
切れ味も悪く、リーチも短いため攻撃手段としては頼りないというのはもちろんのこと、柄や鍔の様なものも存在していない関係上、不用意に相手の攻撃を受け止めようとすると、石刃を握る手を攻撃されてしまう危険性すらある。
要するに、この命がかかった状況で、敵に対して石刃で挑みかかるというのが、いかに静と言えども自殺行為なのだ。
いかに相手の武器がコピーできるかもしれないとは言っても、そんなリスクはさすがに犯せない。
「――ああ、でもそれなら、さっきみたいに石槍の穂先として使うってのどうだ? あれなら切れ味はともかく、リーチの面ではそれなりのものとして使えるし」
「実はそれも考えたのですが、どうやらこの石刃、私が直接触って、握った状態でなければコピーできないようなのです。先ほどの戦闘の際、何度か石刃があの骸骨の大鉈と接触する機会があったはずなのですが、今どんなに念じても石刃が大鉈に化ける様子もありません」
「そう、か……」
静の話を聞いて、竜昇もようやくこの石刃の持つ能力の全貌を理解する。
相手の武器に接触することでその武器をコピー、変身が可能になるが、石刃という武器自体の性質も相まって、その条件を満たすのは難しいという、そんな武器。
とは言え、例え戦闘中に敵の武器をコピーできずとも、この石刃が持っているのはやはり破格の能力だ。
なにしろすでに【磁引の十手】に【加重の小太刀】という有用な武器二つに加え、【投擲用ナイフ】を含めた三つの武器への変身が可能となっているのである。コピーに際しての条件があるとは言っても、なにも必ず相手の武器をコピーしなくてはいけない訳でもないし、ドロップした武器に石刃を触れさせてコピーしていくだけでも相当に有効なアイテムになっていくはずだ。
となれば、後はこの石刃を、今後どのように運用するかである。
「とりあえず、現状変身できる武器で有用なのは【磁引の十手】と【加重の小太刀】の二つか。ナイフは、ないよりはましだけど接近戦で使うとなれば使い勝手は石刃よりまし程度だしなぁ……」
「そうですね。対象は武器に限られるようですから、【武者の結界後手】は対象にできないようですし。包丁ならコピーしていくことはできるかもしれませんが、ナイフや小太刀がある現状、あまり意味はないでしょう。思念符は……、ああ、これもどうやらコピーできないようですね」
調理台の上に自身の持つ装備品を並べていき、順番に石刃で触れさせて効果対象としながら、静はその対象の範囲を実際に試して確認していく。
とは言え、結局石刃がコピーできたのは、最初に変化した小太刀に加えてナイフと十手のみ。それ以外の装備品たちは、接触させても何の反応もなく、また他の三つと違って石刃が変化することもなかった。どうやら本当に、この石刃が効果対象にできるのは武器と言えるものだけらしい。
「とりあえずこの三形態が現状コピーできる全てですね。当面は無くした【加重の小太刀】の代わりとして使って、状況によって十手を二本に増やして対応、というのがメインの戦術になるでしょうか……」
「まあ、そうだよな。一応ナイフもコピーはしたけど、投げつけるのが主な使い方になるナイフに変化させるのは、この石刃の効果を考えると無駄が多いし」
この手のコピー能力の性能が、コピーできる対象のバリエーションによって左右されるというのは良くある話だが、そう言う意味では現状のこの石刃の性能はまだまだ発展途上と言っていい段階だ。なんとかして今後、より性能の高い武器をコピーできればいいのだが、それができるまでは現状失くした武器の代わりくらいの役割しかこの武器はこなせない。
「まあ、それでも失くしたメインウェポンが、十手の代わりまでできるようになって戻ってきたと考えれば、この石刃の効果がわかったのはそれなりに大きいだろう」
「そうですね。武器の性質を考えれば、今後応用の幅はさらに広がるでしょうし、この先ドロップアイテムなどの機会に、武器のレパートリーを増やしていくとしましょう。
――さて、あと話し合う必要があるとすれば、先ほどの骸骨のドロップアイテムですか」
「ああ、あれか……。さて、今回のこれは本当にどうしたものか」
言いながら、竜昇は問題のドロップアイテム、荷物の中にしまわれていた一枚のカードを調理台の上に提示する。
新たな戦力となりうるスキルカード。そう考えればこれは本来もっと重要なアイテムであるはずなのだが、しかし今回ドロップしたこのカードの話題が後回しにされていた理由は、偏にそのスキルの内容の問題だった。
描かれているのは、人間が片手逆立ちをしているというそんな絵柄。
解析アプリによって表示されるスキル名は【軽業スキル】。
足を失いながら、それでもなお腕だけで動き回っていたあの敵の、その軽業を支えていたと思しきそんなスキルが、今回ドロップした判断に困るスキルの内容だった。
「これは……、どう解釈すればいいのでしょうか? 私にはどうにも、あまり戦闘に向いたスキルとは思えないのですが……」
「攻撃力は……、正直あまり期待できないな。しいて言うなら立ち回りや、機動力を強化するスキルってことになるのかもしれないけど……」
続けてスキルによって獲得できる術技を確認して、竜昇はこのスキルに対してさらに微妙な感想を抱く。
表示された能力は二つ、【バランス感覚】と【逆立ちの心得】で、ためしに竜昇は先ほど遭遇した骸骨の動きを思い出し、それを自分がやっている光景を想像してみた。
「……これ、【バランス感覚】ってのはともかく、逆立ちの意味が……」
「ええ。正直どこで役立つのか想像がつきませんね。戦闘中に貴重な両腕を逆立ちに使っていたら無駄という以上に滑稽です」
二人で顔を見合わせながら、竜昇はそれでもこのスキルをどちらが習得するべきかを考える。
いかに使えないスキルのように感じても、それでもスキルというのは習得しておいて困るものではない。
できればもっと実戦に向いたスキルがドロップして欲しかったところだが、それは竜昇たちがどれだけ行っても無駄な話だ。もしかすると、この軽業スキルにも後々それ相応に使える技が発現する可能性だって一応ある。
「そうだな……。一応これ、こっちでもらっていいかな?」
「構いませんが、理由を聞いてもよろしいですか?」
「いや、たいした理由じゃないんだけどさ。小原さんはもともと体の使い方がやたらとうまいし、すでに【歩法スキル】って言う機動力もある。俺は基本的に後ろに下がって魔法を使う役割だけど、それでもいざって時にうまく立ち回れる身体操作系のスキルがあれば、相手から逃げたり攻撃を回避をしたりするのもしやすくなると思ってさ」
もちろん、【軽業スキル】だけで敵の攻撃を回避できるとは思っていないし、ましてや【逆立ちの心得】が戦闘中に役に立つとは全く思っていない竜昇だったが、しかし肉体の使い方を習得できるスキルがあるのなら、それは習得しておいて損はないだろうというのが竜昇の考えだった。
そして、どうやら静の方でも話を聞くうちに、その考えには納得してくれたらしい
「わかりました。そう言うことでしたら異存はありません。……というか、もともと私の方も、この【軽業スキル】に特別執着していた訳でもないですし」
「まあ、なにしろ微妙なスキルだからな」
苦笑いしつつも、竜昇はもらい受けたカードにスマホを向けると、習得の操作をすることでそのカードを光の粒子に変える。
光の全てが竜昇の体と意識に流れ込んだその直後、竜昇の持つスマホの画面に【軽業スキル】の習得が確かに表示された。
とりあえず、全ての話し合いが終わった後、今日はもう二人この場に留まり休息をとることにした。
昨晩教室で一夜を明かしてから、保健室やらここやらで休んでばかりのような気もするが、強敵と連続で戦う羽目になったせいか二人とも、特に静の方の消耗が酷く、一度この場で時間の許す限り体を休めた方がいいだろうという結論に至ったのだ。
幸い、この場は水道が有り、食料も相当な量がそろっているためやろうと思えば相当な日数留まることも不可能ではない。
相変わらずシャワーなど浴びられないのはつらいところだが、トイレに関してだけは先ほどバリケードを築いた際に付近にあるのを確認している。流石に竜昇も戦いを避けるためにここで暮らすなどという世迷いごとを言うつもりはないが、しかしこれまで状況に流されるままに碌な準備もできずに進んできてしまった分、この場である程度準備を整えるというのもありなのではないかというのが竜昇の考えだった。
まあ、何はともあれ、とりあえず今は休息である。
食事が終わり、そのことを二人で話し合った竜昇は、明らかに疲労の色が濃い静に対して先に眠るように促して、自身でその間の見張りと、ついでに食事後の片付けなども請け負って席を立っていた。
とは言え、見張りはともかく、後片付けに関してはほとんどやることはない。
これが普通なら使った食器を洗って元の位置に戻すくらいはするのが常識なのだろうが、竜昇はこんなビルの中に閉じ込められた状態で、そんなマナーを律儀に守るのがどうにも癪に感じられて、結局使った食器を流し台に放置する形で片づけを終わらせた。
当てつけのような嫌がらせである。まあ、水道の音というのは思いのほか周囲の音を遮断するので、周辺警戒を請け負っている状態でやるのは不適当だという、そんな合理的な判断もあったのだが。
それでも、やはりその行為は当てつけや嫌がらせに近かった。
理不尽な状況に置かれた人間の、その理不尽を強要した相手に対して抱くまっとうな感覚。
そんな感覚に根差した動機ゆえに、竜昇自身もそれを当然のことと考えていて、だからこそ竜昇はこの時気付けなかった。
食器棚に残る微妙な痕跡や、厨房の端に存在していた、小さなごみのビニール袋の存在に。
こんなビルに閉じ込められて、わざわざ内部の施設を綺麗に片づけていく、そんな律義な人間がいるなどとは思っていなかった、それゆえに。
互情竜昇
スキル
魔法スキル・雷:35→38
護法スキル:18→22
守護障壁
探査波動
治癒練功
魔本スキル:89→100
軽業スキル:12(New)
バランス感覚(New)
逆立ちの心得(New)
装備
雷の魔導書
雷撃の呪符×5
静雷の呪符×5
小原静
スキル
投擲スキル:20→25
投擲の心得
纏力スキル:25→31
一の型・隠纏(New)
二の型・剛纏
三の型・鋼纏
四の型・甲纏
嵐剣スキル8→12
風車
突風斬
歩法スキル6→13
壁走り
装備
磁引の十手
武者の結界籠手
小さなナイフ
雷撃の呪符×5
静雷の呪符×5
保有アイテム
集水の竹水筒
思念符×76
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます