65:食卓の報告会

「やりました互情さん。やっと食事にありつけますよ」


 カウンターから厨房内へと侵入し、中を物色していた静が、竜昇に対してそう報告をくれる。

予想通り場所が食堂だっただけに、冷蔵庫の中には食品はふんだんにあったらしい。どうにか感電のダメージから回復し、周辺にバリケードを築き始めた竜昇をしり目に、静が冷蔵庫の中にあった食材などを利用して二人分の食事を用意する。


 そうして、実際に食事が出来上がるまでには一時間もかからなかった。竜昇が厨房の中に椅子を運び込み、二人で調理台をテーブル代わりにして用意されたカレーライスを食べることにする。


「まさかこの【不問ビル】の中でカレーライスが食べられるとは……。これって、もしかして小原さんが?」


「いえ、実はそれほど大変でもなかったのですよ。場所が学食だからなのか、レトルトのものが大量に用意されていまして。具材が足りなかったのでその辺は追加して煮返すなどしましたけど、手料理と呼ぶには少々おこがましい代物です」


 まさかと思って問い掛けると、静が肩をすくめてそんな答えを返してくる。

 流石に一時間やそこらでこのレベルのカレーを作ったというわけではなかったらしいが、しかし話を聞いているとどうにも静自身、まったく料理ができないとういう様子でもなさそうだった。ほとんど温めるだけでできそうなレトルトのカレーがあったにもかかわらず、それをそのまま出さずに具材を追加しているあたりに、なんとなくその手の心得があるようにもうかがえる。


「まあ、こんな大量の人数が押し寄せるだろう学食で、あんな大きな鍋までありながら、レトルト食品に頼っているというのも少し妙な話ではあるのですが……」


「それって、ここに立ち寄った俺達が食事できるように、わざわざビルの側が用意した食事ってことなのか?」


「可能性は高いと思います。普通の学食では置いていないような物資を、不問ビルに取り込んだプレイヤーのために別個で用意したのだと、そう考えた方がこの場合は自然かと」


 そう言われると、少し口に運ぶカレーの味に不気味なものを感じてくる。

 事ここに至って、まさか毒殺のような真似をビルの側の誰かがしてくるとは思っていない。それを警戒するなら昨晩どうにか口にできたおにぎりや、【集水の竹水筒】で生成する飲み水なども全く油断がならないという話になって来るし、わざわざスキルという力を与えてビルの内部を攻略させている以上、恐らくこの不問ビル側の目的は単純に竜昇たちを殺害することではないだろうというのは、昨日のうちにすでに出ていた推測だ。

ただそう思う一方で、それでも自分達をこのビルに閉じ込めた人間の出す食事に頼るしかないというのはどこか気分がすっきりしないものもある。


「まあ、心中お察しするところではありますが、ここはおとなしく胃の腑に収めておきましょう。現実問題として、私たちにとって食事は死活問題です」


「まあ、な」


 静の言葉に、竜昇は特に反論することもできずにおとなしくカレーを胃に収めることにする。


「とは言え、あまりお腹いっぱい食べてしまうと、今度は敵の襲撃に際して動けなくなる危険もありますが……」


「まあ、その辺は各々で自重しよう。一応、しばらくここに留まることになってもいいように【静雷撃】仕込みのバリケードなんかも作っておいたから、一晩くらいここを拠点にすることもできるし」


「それは助かります。正直先ほどからの全力戦闘で思いのほか疲れていましたので……。それに、この場でいくつか調べてみたいこともありましたし?」


「調べてみたいことって言うと、やっぱり先の石刃の変化のことか?」


「“それも”あります」


 先ほどの戦闘の最後、静の持つ石刃が突如として失われたはずの彼女の武器、【加重の小太刀】に変わったその光景を思い出し、効き返した竜昇だったが、しかし意外にも返ってきたのは予想と少々違う答えだった。

 ではなんだろうと、カレーをすくうスプーンを止めて考える竜昇に対して、静は手を止めずに語り掛ける。


「とりあえず、今はまず食事を済ませてしまいましょう。またいつ敵が襲ってくるかもわからないのです。話なら後でもできるかもしれませんが、食事の方はこれを逃したら今度はいつ取れるかわかりませんよ」


 静の言葉に、竜昇はそれもそうかと思い直し、止めていた手を動かしてようやくありつけた食事を口へと運ぶ。

 入手経路故の不気味さはあったが、作った人間の腕なのかカレーの味は普通にうまかった。







 幸いにも食事の最中に敵が侵入してくるような事態もなく、無事に食事を終えた静たちはその後、使い終わった食器を脇へ届けて、ひとまずこの場で本格的に先の戦いで獲得した戦果についての情報を共有しておくことにした。

 今回もドロップアイテムはあったのだが、そちらは少々優先度が低いと判断したため、先の戦いで多数発現した技の確認を優先したのである。


「えっと、まず俺の場合、スキルのレベルは【魔法スキル・雷】がレベル35から38に、護法スキルが18から22に、魔本スキルが89だったのについに100まで上昇してるな。ただ、今回の戦闘で新たに発現した魔法なんかはないみたいだ」


「100、ですか。これで数字がレベルというよりも、知識の解放率、パーセンテージであると仮定するなら、今回の戦闘で【魔本スキル】のレベルは上限いっぱいに至った形になりますね」


「そうだな。まあ、本当にカンストしたと言えるのかは今後のレベルを少し見守る必要があるが、感覚的にも恐らくそれで間違いないんじゃないかと思う」


 確実なことを言うためには今後【魔本スキル】のレベルが上昇するのかどうかをしばらく観察する必要があるだろうが、竜昇は自身の感覚で、なんとなく【魔本スキル】はこれでカンストだろうと、そう思っていた。

 もたらされる力が魔本・魔導書のスペックに左右され、スキルによって覚えることが相当に少ないからこそのこの習得スピードなのだろう。スキルのカンストによってどんな知識が解放されたのかはそのうち時間を取って確かめる必要があるが、恐らく魔本・魔導書についての補足的な知識だろうというのが竜昇自身の予想だった。


 それよりも、問題視するべきはやはり静のスキルの方である。


「私の方はレベルで言うと、投擲スキルが20から25に、纏力スキルが25から31に、嵐剣スキルが8から12に、歩法スキルが6から13にまで上昇しています」


「やっぱり、俺の方よりもこっちの方がレベルの上がり方が激しい感じがあるな。まあ、今回の場合俺は【光芒雷撃】意外の魔法をほとんど使えなかったから、そのせいで知識の解放率が低いってことなのかもしれないけど……」


 相性の問題故に仕方なかったとはいえ、使える魔法が限定されていたというのはこの場合あまりプラスには働かなかったのだろう。全体的に見ればそれ相応に上がって入るようなのだが、それでも静のレベル上昇に比べれば竜昇のそれは少々伸びが悪かったようにも思える。

 そしてそれは、スキルレベルの上昇による術技の習得についても言えることだ。


「私の方はスキルレベルの上昇に伴って【歩法スキル】の方では【爆道】、【纏力スキル】の方では【一の型・隠纏】なる技がそれぞれ発現しています。それと、やはり私の方でもう一つ言っておくことがあるとすれば――」


「例の、【神造物】とかって石器が刀に化けたことか」


 言いながら、竜昇は二人の間、調理台の上へと置いた石刃に視線を向ける。

 黒曜石のように黒く、しかし透き通ったような外見で、内部に回路のようなラインを走らせた小さな石刃。投げて使う以外には、せいぜい箒の柄の先に付けて石槍にするくらいしか使い道のなかった石刃は、しかしあの時、確かに見覚えのある小太刀へと姿を変えて、その変化の際の刀身の伸長によって敵の核を貫いて見せていた。

 アイテムが持つ真の力が発揮されたのだと、そう解釈するのが正しいのだろうが、竜昇としてはそうと受け止めるだけではなく、いくつかさらに考えておくべきことがある。


「順番に行こう。まずはスキルの方、【歩法スキル】に発現したって言う【爆道】って技だけど、これはさっきの戦いの中で小原さんが何度か使ってた、地面を爆発させながら走るあの技であってるのか?」


「ええ、そうです。厳密には、正しく【爆道】と呼べるのは最後の一回だけで、それ以前のものは私が【突風斬】に用いる魔力操作を使って即興で行っていたまがい物なのですが……。どうやら我流で似たような技を編み出したことで、スキルの中に封入されていた【爆道】の知識が引き出されたようですね」


 何気なく我流で技を編み出したと、そんな言葉を口にする静に対して、竜昇はもはや驚きすらも覚えなかった。

 新しい技を、それも戦闘中に編み出すというのは実際のところそう簡単な話ではないはずだ。彼女にしてみれば、自分が編み出した技の完成形のような技が直後に発現してしまったため実感が薄いのかもしれないが、戦闘中に新たな技を生み出す余地があるというだけで静のセンスは竜昇のそれを凌駕していると言える。

 しかしながら、もはや竜昇の中には静ならそれくらいやってもおかしくないという達観にも似た感情が芽生え始めている。

 まる一日ほど過ごした濃密な時間の中で慣れてしまったというのもあるだろうし、今さら驚いてもしょうがないという考えも相まって、竜昇はすぐさま思考を切り替えて、技についての情報共有を次のものへと進めることにした。


 【爆道】も話し合う上では重要な技ではあるのだが、しかし技の内容を推測しやすいこちらと違い、より話し合う必要性が高いのが内容のよくわからない後者の技だ。


「じゃあ次だけど、この【纏力スキル】の【隠纏】って技、名前からして何かを隠す技みたいだけど……」


「これも効果としてはわかりやすいかもしれません。要するにこの【隠纏】というのは、そうした魔力の気配を隠ぺいするための纏力スキルのようなのです」


「魔力の気配を、隠蔽?」


「はい。互情さんは、これまで何度か、魔法のような力を使っているのにその気配を感じないという、そんな状況があったのを覚えていますか?」


 言われて、その状況を思い出すのに、竜昇はさほど苦労しなかった。

 なにしろつい先ほどにも、あの骸骨が同じようなことをやっていたばかりである。もっとも、あの骸骨の場合は、魔力の気配だけでなく骸骨自身の姿も消えていた訳だが。


「そういやあの骸骨だけじゃなく、保健室で出くわしたネズミのホルマリン漬けも魔力の気配を感じなかったな」


「それ以前に戦った、二宮金次郎像の鬼火の魔法も魔力を感じませんでした、おかげで私も結構ひどい目に遭ってしまったわけですが……。

 話を戻しますと、この【隠纏】という技はああいった魔法的な力を使った際に、私たちが感じる気配の様なものを、感じ取りにくい魔力でコーティングすることで隠す技のようです。後は……、そうですね。互情さんの【探査波動】。あれを浴びて顕在化した気配に関しても、この技を使えば後から隠ぺいすることは可能かもしれません」


「――ああ、それについてならこっちで解放された知識の中にも心当たりがあるな。ただ、こっちにある知識だと、【探査波動】をぶつけることで気配を隠ぺいを無力化できるってのもあるんだけど」


「恐らく、どちらが先かの違いなのでしょうね。【探査波動】を浴びた後【隠纏】を使用すれば気配を隠蔽できる。けれどその後さらに【探査波動】を浴びせられると、再び気配が顕在化するという」


「互いに相手を無効化できる技ってことか。思い当たる節はあるな。あの骸骨や骸骨の使う使い魔が隠れていたときも、【探査波動】を浴びせたらあいつら姿を現したし」


「恐らく私がこの【隠纏】という技を習得したのも、あの骸骨が似たような技を使っていた影響なのでしょうね。もっとも、あの骸骨は魔力の気配だけではなく姿まで消していましたから、そう言う意味ではあちらが使っていた技の方が上位に位置する技だったのかもしれませんが」


 骸骨の使っていた姿を消す技の性質を思い出し、静は自身に発現した技との違いをそんな風に分析する。

 実際、竜昇自身その予想には異論がなかった。

 むしろ、この【隠纏】なる技が【纏力スキル】の一の型だったこと、形こそ違えど、複数の敵が同じような性質の技を持っていたことなどを考えると、この『魔力の気配の隠ぺい』というのは、案外シールドなどと同じ基本技能に位置するものと考えた方がいいのかもしれない。


「さて、とりあえずこれで私の方に発現した新技についての知識は共有し終えた訳ですけど……」


「となると、後の問題は、こいつか――」

 そう言って、竜昇は静と共に調理台の脇に置いておいた黒い石刃へと視線を向ける。


 かつてマンモスを倒した際にドロップした、【神造物】と呼ばれる奇妙なアイテム、――否。


 その真名を【始祖の石刃】というらしい、恐らくはこれまでドロップしたアイテムの中でも、あらゆる意味で最重要なアイテムがそこには有った。

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