14:読めない彼女

 戦闘終了後、竜昇たちは周囲に新たな敵が来ていないか確認しながら武器やドロップアイテムの回収を行っていた。

 静の投げたナイフが付近に落ちていた他、農夫からは敵が使っていた鍬がドロップしていた。周囲の気配に気を配りながら、竜昇はすぐさまスマホの解析アプリでその性能を確認する。


(【反乱の鍬】……? なんだこの名前? 能力は水属性魔法の発動補助、か)


 農夫の魔法発動速度がやけに早かったのは恐らくこの鍬のお陰だったのだろう。とは言えこの効果、水属性限定と言うのがミソである。生憎と竜昇達が現在持つ唯一の魔法は雷属性。恐らくこの効果は今の竜昇たちでは一切使えない。


(まあ、仮に水属性を持っていたところで、本と同じで使えたかどうかはわからないんだが……)


 荷物の中に入れっぱなしになっている本の存在を思いだし、結論として竜昇はこの鍬を使えないアイテムと判断する。

 最初に選んだ【雷の魔導書】を鑑定したあと、竜昇はその効果を確認しようと何度も実験を行った。幸い手持ちの武器に【静雷撃】で電撃を付与していく作業があったため、その発動を補助させるべくあの手この手で本の力を引き出そうと試してみたのだ。

だが、結果は惨敗。魔法使用の感覚は一切変わることなく、結局件の本は再び鞄の中の肥やしになってしまった。


「使い方が違うのかもしれません」


 と言うのがその結果を受けての静の意見である。何がどう違うのか等竜昇にわかるはずもない。強いて言うなら、もしかすると対応するスキルが必要なのではないかという予想がなされたのがせいぜいだった。


「何ですその鍬の名前は? 反乱、というと一揆にでも遣うのでしょうか?」


「……なるほど」


 有り得そうな予想に思わずそう呟きながら竜昇が振り向くと、すでに浪人のドロップアイテムを回収したらしい静がそこに立っている。

 意外なことに彼女が抱えていたのは一本の徳利だった。陶器でできたものでかなり大きさがあり、肩から下げる紐のようなものまでついている。


「なんだそれ?」


「どうやらお酒のようですね。匂いも嗅いでみましたが間違いなさそうでした」


「酒?」


 ためしにアプリを向けてみると、確かにそれは清酒のようだった。確かに浪人が酒の入った徳利を持ち歩いているというのは有りそうな絵面ではあったが、しかしそれにしたところで疑問に思うことはある。


「さっきの浪人、こんなもの持ってたか?」


「いえ、持ってはいなかったのですが後にはこれが残っていました」


 静の解答に、竜昇はそんなものかとなんとなく受け入れることにする。何となく敵の持ち物がそのままドロップアイテムに代わっている節があったため不自然には思ったが、しかしゲームで言うならば別に持っていないであろうものでもドロップアイテムに含まれていることは珍しくない。

 むしろ問題なのは、この場でドロップしたアイテムの内容だった。


「って言うかこれ、鑑定しても本当にただの酒だな。正直回復アイテム的なものを期待していたんだが」


「回復アイテム、ですか?」


「ああ。定番なんだよ。体力回復のための薬や食べ物ってゲームじゃ。まあこのビル内で再現しようとしたら、怪我が急速に治るって効果になるのかもしれないけど」


「私にはそこまで効果の高い薬、むしろ危険性しか感じませんが」


 さすがにそこは竜昇も同感である。いくら便利でも大きな怪我が一瞬で治るような薬が有ったら、安心感より先に警戒心を抱くのが常識的な価値観だろう。

 ただ一方でどうなのだろうとも思う。なにしろ魔法と言う技術があったのだ。その技術体系の中に、回復魔法や治癒魔法などというものが無いとは竜昇には思えない。むしろその手の魔法はこの手のゲームでは定番でさえある。


「むしろ私はこのアイテムを見て別の心配をしたのですが」


「別の心配?」


「ええ。端的に言ってしまえば食べ物についてです」


 その一言で、竜昇も静の言わんとしていることは理解できた。理解して、そして頭を抱えることになる。


「食べ物、あるいは食料と水、まあ、何と呼んでもいいわけですけど、当然このビルの攻略が長くかかるのであれば、その間私たちも食べるものが必要になってきます」


「そうだった……。敵にやられる前に餓死しましたじゃ笑えないにもほどがある」


 実際には呑まず食わずの場合餓死よりも先に脱水症状で死に至ることになる訳だが、この場合生じる問題は同じことだ。

 現在、竜昇たちは全くと言っていいほど食料を持っていない。水に関してなら静がペットボトルに半分ほどお茶を持っていたが、今口にできるものなど精々それくらいだ。このビルの脱出までにどれほどの時間がかかるかはわからないが、地上六十階のこのビルをすべてクリアすることを考えれば、クリアまでの時間が数日で済むとも思えない。今後がどう転ぶかはいまだに不透明な状況だが、やはりどこかで食料を調達しなければいけないのは確実である。

 そしてそうなったとき、その方法が最大の問題になる。


「まさかとは思うけど、これって食料もドロップアイテムから調達しなきゃいけないってことなのか……?」


「なんとも言えませんね。そもそもこのビルが博物館である時点で、売店などは期待できそうもありませんし」


「……いや、そうとも限らないな」


 会話していて静の勘違いを察し、同時に一つの希望的な観測を竜昇は得る。


「小原さんはビル全体が博物館になってるんだと思ってるみたいだけど、この手のダンジョン探索系のゲームでは階層ごとに全然趣が異なるって言うのも珍しくないんだ。今いる五十九階は見ての通りの博物館だけど、もしかしたら次の五十八階はスーパーになっている可能性もある」


 もちろん、スーパーは極端な例だが、竜昇はむしろ次の階は当然のように博物館以外の何かになっているとすら思っていた。これも言ってしまえばゲーマー的な思い込みではあったのだが、こちらに関しては竜昇もあながち間違っているとは思わない。


「つまり、階層によってはドロップアイテム以外にも必要物資が手に入る場所があるかもしれない、と?」


「行って見ないとわからない話ではあるけどな。けど、少なくともこのビル全体が博物館ってことはないと思う。今のところこの博物館を順路通りに進んでるけど、すでに時代は江戸時代まで逆行してる。このままのペースで時代を遡っていくのだとしたら、地上一階までなんてとてもネタが持たない」


「それは確かに」


 まあもっとも、人類の歴史など地球全体の歴史と比べれば六十分の一にも到底届かないわけで、そういう意味では遡る時代を究極まで広げて行けば、五十九階で江戸時代と言うのはむしろ妥当なペース配分と言えるのだが、しかしそこまでする博物館と言うのも少々想像しがたい。やはりここはこのワンフロアで博物館は終わるのだと考えておいた方がいいだろう。


「……さて、そろそろ本題のドロップアイテムをどうするかに話を戻そうか。今回ドロップした鍬と酒、小原さんはどうする?」


「聞くまでもありません。この場に捨てていくべきでしょう」


「……まあ、そうだよな」


 静の持つ酒と自身の鍬を見つめて、同じ答えに竜昇も到達する。

 実際、今回ドロップしたアイテムは、二つが二つとも完全に無用の長物だった。水属性魔法にしか使えない鍬では雷属性しか持たない竜昇には使えないし、武器としての性能でもまだ竹槍の方がましなくらいだ。酒に至っては食料としての活用も難しい。こんないつ戦う羽目になるかもわからない場所で、まさか酔っぱらったまま現れた敵に対処するわけにもいかない。


「まあ、小原さんが酔拳的な拳法の使い手だったりすれば話は別だけど」


「生憎ですが口にしたことが無いのでわかりかねますね。もしかしたら一口で酔って寝てしまうかもしれません」


 静の発言に、竜昇は内心でこっそりとそれはそれで見てみたいとも思ってしまう。とは言えそんな危険な考えは、安全な場所でやるからこそ価値があるのだ。まさかこんな危険地帯の真っただ中でそんな悪ふざけをするわけにもいかない。


 そんなお気楽な思考をしながらも、竜昇は少しだけ探るような視線を持って静の様子を観察する。

 冗談めかして酔拳などという拳法の名を会話に織り交ぜてみたが、やはりと言うべきか、静はそれをただの冗談程度にしか考えていないようだった。


(まあ、元からあんまり表情に出る感じの相手ではないんだが……)


 現状静とコンビを組み、普通に二人で攻略を進めている竜昇だったが、実は一つだけ、静の証言の中に疑いを抱いているものがある。

 他ならぬ、静の戦闘技能について。


(あんな動き、どう考えても素人ができるもんじゃない)


 最初の黒武者、先ほどの岡っ引き、そして先ほどの浪人と農夫と、それらを撃破した際の静の動きを思い出し、竜昇は内心で改めてそう判断する。

 彼女の立ち回りは、どう考えても素人がなんの訓練もなしにできる動きではなかったと。


 一応現状スキルシステムの性質として、竜昇たちが本来持たないはずの技能や知識を、スキル習得によって得られることはすでに判明している。

 だから、例えば静が【剣術スキル】のようなものを習得していたならば、竜昇とてあの動きには納得できたとは思うのだ。【剣術】に限らず、接近戦用の何らかのスキルが彼女のスマホに表示されていれば、竜昇とてあの動きを当然のものと受け止められていた。

 だが、静が現在習得しているのは、【投擲スキル】一つのみ。

 どんなものでも的確に投げつけられるというこのスキルは確かに優秀なスキルだが、しかしどうにも静の超人的な動きとは繋がってこない。

 ならば残る可能性は静自身が何らかの武術を習得している可能性だったのだが、しかし問題なのはその可能性を静自身が否定しているということだ。


(小原さんは特に格闘技の経験はないって言ってたけど、そんなことが有りうるのか……?)


 先ほどの二体を相手にした際は戦術で圧倒できてしまったためそれほど極端な動きは見せなかったが、黒武者と岡っ引き、二体の敵をスキル抜きで圧倒した静の動きは、明らかに何の格闘技経験もない素人の動きとは思えないものだった。

 普通に考えれば、小原静は何らかの戦闘技能を習熟しながら、なぜだかそのルーツを隠しているということになる。


(でも、だとしたらなんで隠す……?)


 疑いを持ちながら、竜昇にはどうしてもそこがわからない。

 仮にもし、静が竜昇を利用する目的で嘘をついていたとしても、しかしそれならばむしろ『自分は知っている』という態度を見せて、情報の中に嘘を混ぜた方が効率はよさそうなものである。

 それにそもそもの話、戦えるという腕前だけ見せておいて、その腕前のルーツをひた隠しにする意味が解らない。よしんば隠しておかなければいけない様なルーツだったとしても、ならばどうして、竜昇が格闘技や剣道などのわかりやすい回答を提示したときに、それに乗る形で嘘をついておかなかったのか。


 そうした疑問を考慮したとき、ある意味で一番納得できる解答は静本人の、個人的な事情という線である。

 合理的な理由など存在せず、ただ感情的な理由で自身の戦闘技能の出自を秘匿していた場合。

 話したくないから話していない。そうした理由だったならば、竜昇としても別にわざわざ問いただす理由もない。

 むしろデリケートな問題であることが予想されるため、下手につっつかない方がいいくらいだ。


 そう言う意味では、この問題は竜昇としても迷いどころである。

 虚偽による危険を想定しにくい上に、ことが個人的な事情による可能性が高いため放置した方がいいのかとも思うのだが、ことが戦闘技術に関係する事項のため、原因をはっきりさせておきたいという思いもある。仮にこちらが認識していない外的要素によって得られた強さならば、うまくすれば竜昇の戦力強化も狙えるかもしれないからだ。


(……まあ、考える材料も乏しいし、今はとりあえず保留としておくか)


 そう決めて、竜昇はそう言えばとばかりに手にしたままだった【反乱の鍬】を足元へと置き捨てる。

 少々もったいない気はしたが、辺に荷物を増やすのも考え物だ。

 静の方は酒をどうしたのだろうと彼女の方へと視線をやり、しかしそれによって静がどこか遠くを見つめているのに気が付いた。


(……?)


 竜昇がその真剣な表情につられてその方角へと視線を向ける。相変わらずやたらと広いジオラマの街が視界いっぱいに広がっていたが、その中でふと、家屋のジオラマの一つ、その屋根の上で何かが一瞬何かが動いたように見えた。

 なんだろうと、その動きの正体に目を凝らそうとした、次の瞬間。


「――っ、互情さん!!」


 隣にいた静が竜昇へと飛びかかり、同時に目を向けていたその方角から『ガァンッ』という耳をつんざくような音がする。


「――なっ!?」


 竜昇が音に驚き、静に押し倒されるなか、静が飛びかかる前に放り出した徳利が空中で砕け散る。

 何が起こっているのかわからないまま地面に激突し、痛みにうめく竜昇の目の前で静が左手の籠手を構えるのを見て、ようやく竜昇は自分達が攻撃されたのだと理解した。

 そしてそうとわかった瞬間、今まで起きた現象が最短で一つの解へと結び付く。


「今のは狙撃!? 銃で撃たれたのか!?」


「正しくは鉄砲と言うべきでしょう。互情さん、とにかく物陰へ」


「あ、ああ」


 静に言われるがまま急いでジオラマの影へと飛び込み、そこでようやく竜昇は自分が今直面していた危機を実感する。

 一歩間違えばなにもわからないまま死んでいた。その事実が、あるいは強敵を前にしたときよりも竜昇の背筋を凍らせる。なまじ直前に苦もなく敵を倒せていたことが仇になった。あの瞬間、竜昇は完全に油断しきってしまっていたのである。


 対して、直前になにかに気づいていたらしき静はやはり尋常ではない。


「とりあえず姿は見えました。狙撃主、というよりは鉄砲を持った足軽のような出で立ちでしたね」


「鉄砲!?」


 慌てふためき動揺する竜昇に対して、静はどこまでも冷静に起きた状況を告げてくる。いったいどんな心臓をしているのか、少なくとも表情から見る限りではまったく動揺している様子が見られない。

 そんな様子を見せつけられれば、流石に竜昇も少々落ち着きを取り戻してくる。


「……相手の位置はどこだ? こんな相手、早いところ仕留めないと迂闊に動けないぞ」


「まずいことに見失いました。と言うよりも、撃った後に移動していました。どこかに身を隠して、もう一度狙撃するつもりでしょう」


「そんな奴を取り逃がすなんて冗談じゃない。なんとか探し出して叩かないと」


 厄介なことに、この博物館内のジオラマの街は酷く複雑だ。規則性を持って並べられているため迷路の様とまでは言えないが、ほとんどの建物が中に入って見学までできるという性質上一度隠れられてしまうと探し出すのがそもそも難しい。


「探す、と言うならうってつけの方法がありますよ互情さん」


 言われて、遅れて竜昇もその方法に気が付いた。他でもない、今現在竜昇が習得しているスキルに、その方法が存在しているのだ。


「【探査波動】か? けどあれは――」


「どのみち選択肢はありません。むしろ急いだ方がいいでしょう。相手が普通の銃でなくこの時代の鉄砲だとすれば、弾の再装填にはそれなりに時間がかかるはずです。叩くならば一発撃った後である今のうちかと」


「……わかった」


 静の言葉に、わずかに迷った後竜昇も頷き、準備を開始する。

 魔法に近い技術であるため発動には若干時間がかかったがそれも数秒。準備完了と共に静に合図を送り、直後に竜昇は準備した魔力の波動を周囲に解き放つ。

 【探査波動】は、言ってしまえば魔力を用いて行うエコーロケーションのような技術だ。周囲の一定範囲に特殊な魔力を波として放ち、それにぶつかった魔力を刺激して一時的に気配を察知できる状態にする効果がある。

通常、魔力というのは魔法等の形で外に放出されていないと察知できないわけだが、これを行うと感じ取りにくい体内の魔力も活性化して一時的に察知できるようになるらしいのだ。

 ただしこの技能、じつは一つ厄介な性質を抱えている。


「いましたね。ここから十時の方角に一体、先程の足軽でしょう」


「ああ、すぐに追いかけて倒して――っ!!」


 恐らく若干距離が離れていたせいなのだろう。先に感知した気配とは別の気配が竜昇達の背後で波動を受け、若干遅れてその気配を顕在化させる。

 そしてこの場合、顕在化する気配はなにも敵に限った話ではない。技能を使った竜昇こそ効果対象から外れるものの間近で波動を受けた静も当然その気配を顕在化させてしまっている。

 それはつまり、まだ見ぬ敵にも味方の位置がばれてしまうということであり。


「くそっ、まずいぞ。今のでこっちの位置もバレた。もう一体の方がこっちに向かって来てる。このままだと別々の敵に挟み撃ちに会うぞ」


 足軽のいる方向の真逆、竜昇たちの背後から、まったく別の巨大な気配がこちらへ目がけて移動を開始する。

 それも足軽よりもはるかに大きい、猛烈な勢いで迫るそんな気配が。





互情竜昇

スキル

 魔法スキル・雷:8

  雷撃ショックボルト

  静雷撃サイレントボルト

 護法スキル:4

  守護障壁

  探査波動

装備

 再生育の竹槍



小原静

スキル

 投擲スキル:3

  投擲の心得

装備

 磁引の十手

 武者の結界籠手

 小さなナイフ


保有アイテム

 雷の魔導書

 清酒(Lost)

 反乱の鍬(Lost)

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