15:ジオラマの街の追走劇
背後から迫る巨大な気配を背に受けて、行く先を逃げる小さな気配を追いかける。
武器を抱えて気配を探り、ジオラマの街を駆け回る。
「ったく、ちょこまかと逃げ回りやがって――!!」
悪態をつきながら建物の影を回り、竜昇は行く先にようやく逃げ回る敵の姿を捉えていた
陣笠と呼ばれる円錐状の帽子をかぶった足軽姿。だがそんな敵が抱える武器は、刀や槍ではなく火縄銃のそれとなっている。
「あいつか、小原さん」
「ええ。間違いありません。後がつかえています。手早く処理してしまいましょう」
後ろの気配を後がつかえている、などと簡単に言ってのけながら、先を走る静が、まるでリレーのバトンの受け渡しを逆にやるように、自身の握る十手を後ろ向きにこちらに差し出してくる。
すぐさま竜昇は自身も手を差し出して十手を掴むと、その十手越しに静から流し込まれる魔力を、魔法と言う実在の力へと変化させて再び十手へと押し込んだ。
「【
外見もそれ以外の形でも一切変化なく、しかし竜昇にだけわかる手応えと言う形で、掴んだ十手にしっかりと魔法が発動する。
強烈な電撃が武器へと潜み、その武器が敵と接触する瞬間を、今か今かと待っている。
「このまま私が先行します。撃ってきたら私のシールドで。互情さんは射程に入り次第魔法で攻撃を」
「わかった」
鉄砲による狙撃を受け、撃ってきた敵を探すにあたってもう一体の敵にまで狙われる形となってしまった竜昇たちは、それでも状況を打破するべくすぐさま行動を開始していた。
その行動とは、とにかく今正体がはっきりしていて、かつ遠距離攻撃手段を持っている足軽の方を、新たに現れたもう一体と接敵する前に先に始末してしまおうというものである。
背後から迫るもう一体がどんな戦術を持つ敵かはわからないが、こちらを追って来ている以上、ある程度接近しなければ攻撃できないのは確実である。
「にしてもなんだこの後ろの気配。前の奴が弱すぎんのか、後ろの奴が規格外なのかどっちだ――!?」
「どちらにしろ二体同時に相手にはしたくありません。早いところあの足軽を捕まえないと」
後ろの気配がどんどん強まる一方、逃げ続ける足軽が再びジオラマの影を曲がって姿が消える。
とは言え追跡には問題ない。【探査波動】の影響で足軽の気配はいまだはっきりと感じられている。現に、今も足軽は角を曲がった先で足を止めて――。
「【
「――!?」
とっさに上げた竜昇の叫びに、角を曲がろうとした静が驚きながらも反応し、左手の籠手をかざして【
間一髪、影から飛び出した静の【
「大丈夫か!? 怪我は?」
「大丈夫です。助かりました互情さん」
建物の影から飛び出したこちらを狙い、しかし攻撃に失敗した足軽が鉄砲を抱えて再び走り出す。竜昇もすぐさま静に手を貸し、立たせると、その時背後から強烈な轟音がこちらへと響いてきた。
「なんだ!?」
「わかりません。ですがいい予感はしませんね。後ろの気配がさらに強まっています。もしかしたら邪魔な建物を破壊してこちらに向かっているのかも」
「建物を破壊って……!!」
確かに、言われてみれば背後から迫る気配が建物などがあったはずの場所をまっすぐに通過してきているのが感じられる。スキルの影響なのか、竜昇は魔力の気配を識別できるようになっただけでなく、その距離も大まかではあるが分かるようになっていた。
「このままいくと、私たちがあの足軽を捕らえる前に追いつかれてしまいそうです。互情さん、足軽の追撃はお任せしてもよろしいですか?」
「いいけど、この気配の相手を一人で相手にするつもりか?」
「とりあえず時間稼ぎに徹して互情さんの帰りをお待ちしています。接近戦主体の相手でしたら、この十手があればとりあえずは善戦できるでしょう」
言われて、即座に竜昇はその案を脳内で検討、それしかないと腹をくくる。
実際このままいけば足軽を仕留めるよりも背後の敵に追いつかれる方が間違いなく早い。いや、もしかしたら追いつかれる前に追いつけるかもしれないが、それでも戦闘中に割り込まれて混戦状態にでもなってしまえば相手の思うつぼだ。あの鉄砲使いの足軽は、できるなら前衛不在の後衛だけの状態のうちに仕留めておきたい。
「任せた、すぐに戻る!!」
「ええ、お願いします互情さん」
走り出し、竹槍を携えたまま竜昇は一気に加速する。
それほど熱を上げて練習に打ち込んでいたわけではなかったが、それでも竜昇は腐っても陸上部の人間だ。単純に走る速さなら、同年代の平均と比べてもそれなりに早いという自信がある。
どうやら足軽の方もいい加減覚悟を決めたらしい。向かう先では足軽がすでに足を止め、弾を込め終えたらしき鉄砲を膝立ちのような態勢で構えてこちらに照準を付けている。
もはや発砲は止められない。ただし、敵の弾丸が【
否。
「【
タイミングを合わせる必要などない。そもそもずぶの素人である竜昇には、そんなタイミングを計るだけの手段がない。
ならばできもしない小細工は無用。この場は【
「ヌ、ォォオオオオオオオッ!!」
球体状に張られた【
残り数メートル、そんな距離まで行ったその瞬間、予想していた通り足軽が引き金を引き、その手に握られた鉄砲が轟音と共に火を噴いた。
展開した【
「ぐ、お――!!」
壁に激突したような強烈な衝撃、たたらを踏み、背後へと押し返されるそんな感覚。そんな衝撃をどうにか踏ん張り、体勢を立て直した竜昇の目の前には、すでに自分から距離を詰めた足軽が鉄砲を振り上げて迫っていた。
(弾切れの鉄砲なんてただの鈍器って訳か――!!)
弾丸一発で体勢を崩し、【
対する竜昇は防御しかできない。竹槍を構え、しかし受け止めるだけの態勢は整っていない、そんな状態だ。
だがそれでも、防御ができるというだけでこの場では十分だった。
「――ジ、ブ――」
『バチッ』と言う音が響き、竹槍に鉄砲を振り下ろした足軽が、全身から黒煙を散らして確実にその場で硬直する。
【静雷撃】。物体に電撃を潜ませるそんな魔法が、先ほど農夫との戦いでは使い損ねて、未だ竜昇の竹槍の中に潜んで健在だったのだ。そんな竹槍に鉄製品など振り下ろしてしまえば、炸裂した電撃はもろに敵の体内を駆け巡る。
「終わりだこの野郎ぉ!!」
鉄砲を振り払い、それによって体勢を崩した足軽の、顔の中心にある核目がけて竹槍を突き入れる。
電撃によって一時的にでも自由を奪われた足軽には成すすべもなく、銃弾によって竜昇たちを脅かした敵は、その一突きであっけなくも消滅した。
「次だ――!!」
それでも、今迫る危機は終わらない。
背後を振り返り静の元へと戻ろうとしたちょうどそのとき、横に並ぶジオラマのうちの一軒からショベルカーで建物をえぐるような音がし始めた。
「なっ、なんだ――!?」
音に驚き振り向いたのとほぼ同時、ジオラマの向うの天井付近で建物を抉っていた何かが、抉りぬいて解き放たれたような派手な音がする。
同時に、建物のがれきが空中へとまき散らされ、竜昇はその瓦礫の群れの中に先ほど別れたばかりの静の姿が混じっていることに気が付いた。
「小原さん――!!」
見れば、静はどうやら何らかの攻撃をシールドで受け止めていたらしい。空中へと打ち上げられる彼女の周囲には、半透明のシールドが砕けた破片のようなものが舞っており、彼女がシールドで防御を試みて、シールドごとホームランのごとく打ち上げられたのだと想像できる。
「――くっ」
慌てて静の落下する方角へと駆け寄る竜昇をしり目に、床に墜落する寸前、静はどうにかシールドを再展開して落下の衝撃をその防壁で受け止めた。
とは言え、流石に墜落の衝撃全ては相殺しきれなかったらしい。
シールドの破砕と共に静の体がバウンドし、そのまま床を勢いよく転がってようやく静の体は強烈な運動エネルギーから解放される。
「小原さん、無事か―!?」
「――少し、お尻を打ちました。痣になったかもしれません」
冗談めかしてそんなことを口走りながら、両手を地面についてなんとか静は起き上がる。どうやらダメージはあってもそれが致命的なレベルにまでは達していないらしい。
「互情、さん。先ほどの足軽、どうなりました」
「今倒した。それより何があった? 相手は魔法使いだったのか?」
「いえ。接近戦を行うタイプだったのですが、迂闊でした。こんなビルで現れる相手に対して、少々常識をあてはめすぎていた」
静の言動を不可解には思ったものの、しかしそれを問う前に先に答えがやって来る。付近の建物、ジオラマの木造住宅を粉砕し、予想もしなかった巨大な影がこちらの通路目がけて歩み出る。
「……なんだありゃ」
三メートルを超える大柄な体。黒い煙でできていながら、筋肉質な印象を受ける野太いな手足。その中でもなにより特徴的なのが、異常に発達して身長と同じくらいの大きさになっている右腕だ。
そしてその外見を裏切ることなく、その右腕の先には何やら巨大な武器が握られ、腕の根本となる肩へと掛けられている。
いや、肩にかけられたそれは武器と言うより――。
「……駕籠?」
時代劇などで見覚えのある、二人以上の人間が前後から担いで運ぶ、人を乗せる人力の乗り物。黒く塗装された太い棒の中央に人がのるための箱が取り付けられた、江戸時代のタクシーとでもいうべきそんな代物。しかも見るからに二人では担げそうにない、四人以上でようやく担げるようなそんな大型のものを、なぜか目の前に現れた敵は片腕で担いでそこに立っていた。
「い、意味が解らねぇ……。駕籠を担ぐってそういう意味じゃねぇだろう……!!」
「ああ、やはり互情さんでもあの武器はおかしいと思うのですね。私がゲーム慣れしていないからおかしく思うわけではないのですよね。よかった。私の知らない世界と言うのは、こうも理解できない広がり方をしていたのかと心配いたしました」
唖然とする竜昇の隣で、やはり同じ感想と抱いたらしい静がそんなことを言う。
ついでに観察してみればその駕籠、黒塗りのやけに豪華なつくりとなっていた。中央の箱の、出入りする部分ものれんのようなものではなく木製の引き戸になっており、その作りは大きさも相まって、大名などの要人を乗せる、大名駕籠のような作りになっていた。
「なんでお前大名駕籠振り回してるんだよ。殿様に対する不敬罪で首が飛ぶぞ」
「いえ、それはないでしょう。そもそも殿様はあの敵自身です。服装がそれらしく豪勢なので恐らくはですが」
「ご乱心にもほどがあるだろう殿ォォォオオッ――!!」
シュールすぎる光景に気が抜けそうになるが、しかし気を抜く訳にはいかないのは静の状況を見れば明らかだ。
今までどんな相手にも余裕すら見せて立ち回っていた彼女が防御ごととは言えここまで派手にぶっとばされてきたのである。あの巨大な駕籠を振り回すのだとしたらその理由にも説明がつく。
「小原さん、十手の電撃は?」
「まだ残っています。あれを正面から受け止める勇気は私にはありませんでしたから。それに……」
言いながら態勢を建て直す静が、再びにらむように相手の姿を注視する。竜昇もそれにつられるようにもう一度相手の様子を観察すると、先程は体格と武器のインパクトで気付かなかった別の要素がその外見から読み取れた。
「あれは……、ああいうのをオーラって呼ぶのかね」
大名の体、そして発達した右腕がつかむ駕籠から、それぞれ別々の色の、定めしオーラとでも呼ぶべき魔力が輝くようにして立ち上っている。肉体を包むオーラは赤、駕籠の方は黄色で、その色の違いがそれぞれのオーラの効果の違いを表しているように竜昇には感じられた。
「あのオーラの効果はわかってるか?」
「いいえ。ですがあの方、駕籠を振り回して家屋に叩きつけたりしているのですが、駕籠の方が壊れる様子がありません。電撃仕込みの小石をぶつけたときも、あの駕籠で受け止められて得にダメージを受けた様子がありませんでした」
「なるほど、となるとあの黄色のオーラは包んだものを守る防御系ってとこかね。単純に硬質化するのか、それとも魔力も遮る別のなにかなのかはわからないけど」
だとすれば、体の方から立ち上る赤いオーラはもしかするとあの駕籠を持ち上げるパワーを得るためのものかもしれない。
だが、そんな可能性を話し合う猶予は無いようだった。
「――来ます!!」
勢いよく床を踏み砕き、巨大な大名が手にする駕籠を振り上げる。
バカの様な圧倒的な暴力が、一片の容赦もなく竜昇たちへと襲い掛かる。
互情竜昇
スキル
魔法スキル・雷:8
護法スキル:4
守護障壁
探査波動
装備
再生育の竹槍
小原静
スキル
投擲スキル:3
投擲の心得
装備
磁引の十手
武者の結界籠手
小さなナイフ
保有アイテム
雷の魔導書
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