開扉の獅子 ~扉が切り開く異界冒険譚~
数札霜月
第一章 扉の章
1:Open tha Door
留守勝一朗≪トドモリ ショウイチロウ≫は自分のことを『普通』の男子高校生であると考えている。
姓は『留まり守る』と書いて“留守≪トドモリ≫”。さらに『勝利』の“勝”と『一番』の“一”を名前に付けられるという、なかなかに猛々し名前を与えられては見たものの、実際の勝一郎はいたって『普通』の男子高校生だった。
ただし、ここで言う『普通』とはあまり好意的な意味ではない。どちらかといえば消去法的な思考の末の『普通』である。
成績が極端にいい訳ではない。科目によって得意不得意の誤差はあるが、総じて見ればごくごく平均的な成績だ。
運動も苦手ではないが得意というほどでもない。容姿にしても多少眉が太く強めの印象を与える顔立ちではあるものの、特別目立つ容姿というわけでは間違ってもない。身長や体格とてほぼ平均値そのものだ。
そして何より、勝一朗には自分を『普通』以外の何かにカテゴライズできるような性質が、もっと言えば熱を上げる方向性が見いだせていなかった。
勉強はできないわけではないが、だからと言って必要以上にやろうとは思わず、『秀才』や『天才』にはほど遠い。運動も嫌いではないが特定の競技に入れ込むこともなく、『スポーツマン』は名乗れない。
その他の性質についても同様だ。
たばこを吸う度胸も、盗んだバイクで走りだすような度胸もないため、『不良』にはとてもなれない。
バイクに興味はあるし免許も取れる年齢になったが、それでも実際に『ライダー』になるだけの気概はない。
漫画は読むが『オタク』と言えるほど入れ込んでいるわけではないし、ゲームもゲームセンターでする程度で『ゲーマー』と言えるほどでもない。音楽は聞くが『ミュージシャン』にはなれなし、テレビは見るが誰かの熱烈な『ファン』ではない。
それゆえの『消去法で普通』。
それこそが留守勝一朗の、嘘偽りのない自己評価だった。
しかしだからと言って、勝一郎自身もそんな自分の宙に浮いたような状況に満足していたわけではない。勝一郎とて年頃の少年らしく何者かになりたいという欲求くらい持ち合わせていたし、そしてだからこそ、最初その状況に陥っていると知ったとき、内心でわずかに期待もした。
この状況が自分を否応もなく、別の『何か』に変えてくれるのではないかと。
「……だってのに、まったく何も起こらない」
足元もろくに見えない暗い森の中を携帯電話の明かりを頼りに歩きながら、勝一朗はそんな不平を呟いた。
すでに見覚えどころか来た覚えすらないこの森の中で目覚めてから一時間以上が経過している。
最初こそ、それこそ最近読んだ漫画のような、『目覚めたら見たことのない場所にいた』という異常事態に不安と僅かな期待を抱いた勝一朗だったが、これだけ時間が過ぎれば安い主人公気分はなりをひそめ、現実をみた不安感の方が勢いを増してくる。
「そもそもここどこだよ……。これだけ歩いてどこにも出られないとか、うちの近所じゃあり得ないぞ」
勝一朗の知る森というのは、結局のところ近所の雑木林でしかない。勝一朗の住む歴葉市はさほど田舎というわけでもないが、だからといって都会というわけでもなく、自転車に乗って十分も走れば公園として整備された川や雑木林につくことができる。
だが、今勝一朗がいる場所はそう言うものとは一線を画していると言っていい。
どこまで進んでも明かり一つ見えない深さ、所狭しと生い茂る草木。一応冬であるため葉の茂りこそたいしたことないのが救いだが、襲い来る身を斬るような寒さが、コートの上からでもこの場で夜を明かすことの危険性を勝一朗につきつけてくる。
「あー、くそ……。こういうのって漫画とかだと異世界とかにいるのかな……、いや、タイムスリップってパターンもあったか?」
深い知識こそなくても、勝一朗自身日本で十六年も暮らしていればその手の物語には事欠かない。勝一朗の私見ではこうした『気付いたら知らない場所に~』というパターンは大抵異世界ものと相場が決まっていた。あるいはタイムスリップものという可能性もあるかもしれない。最近買った週刊誌の新連載がそうだった。
「いやいや、待て落ち着けよ俺。もっと現実的に考えろよ。現実逃避ですよ? マンガみたいなことを真っ先に可能性にするのは……」
頭を振って思考を現実路線に戻し、勝一朗は改めてより現実的な可能性を考える。
現実的な可能性。
犯罪。誘拐。拉致。殺害。怨恨。通り魔。目撃者。口封じ。
「いやいやいやいやいやいやいやいや……!!」
浮かんでくる不吉な言葉の数々に、勝一朗は寒気を覚えて身を震わせながら、頭を振ってその考えを振り払う。
「そもそも誰かに連れてこられたのならそいつは一体どこ行ったってんだ?」
そう、それこそがこれが犯罪である可能性を下げている一つの要因でもあった。
そもそも誰かに連れて来られたのだとしたら、勝一朗をここに連れて来た人間は勝一朗をほったらかしにしてどこに行ったのか?
仮に勝一朗が何らかの犯罪に巻き込まれたのだとすると、この状況はまるで説明がつかない。目覚めたとき勝一朗は得に縛られたりもしていなかったし、持ち物や服などにも特に変化は見られなかった。これが犯罪なら何らかの形で自由を奪われていたり、ズボンのポケットに入った財布などに手をつけた形跡があったりするはずだ。
「まあ、最近は暗くなるのも早かったし、『俺男だしぃ』とか油断して人気のない橋の下とか通ってたのは確かですけどね……。っと、そう言えば……」
一人でぶつぶつと呟き続けていたそのとき、勝一朗の脳裏に目を覚ます直前、そして恐らくは意識を失う直前に、今思い浮かべた橋の下で奇妙なものを見たことを思い出した。
「そう言えばあれってなんだったんだ……?」
――あのオカルトの魔法陣みたいならくがきは?――
「ん?」
そう呟きを続けようとしてしかし、勝一朗の意識は新たに見つけた別のものに奪われることになった。
「あれは、明かりか?」
木の隙間に見えたのは本当に微かな、しかし確かな光。人の手をまるで感じさせないこの森の中で見つけたそれは、明らかに人間の痕跡と言える初めての代物だった。
「助かったぁ。このまま訳わかんないまま遭難かと思ったぜ」
今だに状況はさっぱりつかめないというありさまだが、しかしそれでも人と出会えればそれだけで事態は多少なりとも好転する。携帯電話は相変わらず圏外だが固定電話なら通じるかもしれないし、例え誰かと連絡が取れなくても一人さびしく森の中をさ迷わなくて済むだけ数段ましだ。何よりこの寒い中で野宿しなくて済むならそれだけでもありがたい。
「おおここか……、ってなんだこれ?」
茂みを抜け、見つけた明かりの源を垣間見て、勝一朗は一つの困惑を覚える。
目の前にあったのは巨大な岩山。
まるで地面に突き刺さった石の塔のような岩山の正面に、どういう訳か木製らしき扉がかっちりとはめ込まれ、どうやら見えていた光はそのわずかな隙間から洩れているらしいのだ。
家のようではある。
だが、予想したよりもはるかに野生的で、かつ原始的な家だった。
「ホント、一体ここどこだよ……?」
すでに考える気すら起きなくなった疑問を口にしながら、答えを求めて勝一朗は目の前の扉に手を伸ばす。
このとき、勝一朗はもう少し冷静に行動するべきだった。訳のわからないまま未知の場所を歩き続け、状況を打開するかも知れないなにかが目の前にあると判っていても、それでももう少しよく考えてから行動するべきだった。
いや、もっと直接的に言ってしまおう。勝一朗はこの場で、せめて『ノック』はするべきだったのだ。
「え?」
漏れだした声は、しかしどちらから漏れたのかわからなかった。
勝一朗の目に飛び込んできたのは、白い女の裸体。
肌だけでなく、肩にかかる程度に切りそろえられた髪に至るまで白一色という、これまでの人生でついぞお目にかかったことのない配色の少女が、背中を向けたまま驚きの顔だけをこちらに向けていた。
「あ……、れ、ぇぇ……」
今度は自分が発した声だと理解できた。
だがそれだけだった。
口から特に意味のない声を漏らしただけで、勝一朗は少女から視線をそらすことすらできない。
見とれていた、というのももちろんある。よく見れば少女は下半身には服を纏っているようだったが、それでも逆に言えば上半身は裸だ。勝一朗自身異性の裸など見たことは年頃になってからは全くと言っていいほどなかったし、実際目の前の少女は見とれるには十分に美しかった。
ただし、その美しさには一つ異常な点がある。
少女の体には、背中から腕や足にかけて、うっすらと鱗状の模様が、室内中央のたき火に照らされてくっきりと存在していたのだ。
病気かとも思った。皮膚が鱗のようにひび割れる皮膚病の、彼女はその患者なのかもしれないとも考えた。
だが、彼女の体からは病人から感じられるような『病んでいるような感じ』がしないのだ。暗い中で日に照らされた少女の体は、実に健康的でみずみずしい輝きを放っている。
(……って、なにしげしげと観察してんだ俺!?)
と、勝一朗がようやく我に返ったその瞬間、見つめられていた少女と視線が合い、少女の方も我に帰って弾かれたように飛退いた。
狭い洞穴の中で猫のように着地した少女が、驚愕と困惑に任せて声を上げる。
「なぁっ、あ、あああああんたっ!!」
「いや悪いあのそのごめんなさ――」
慌てて謝罪し視線をそらそうとし、しかし逸らし切る前に勝一朗の視線は再び少女に固定される。
別に少女の裸体を凝視する、ある種健康的な理由ではない。
眼をそらすことができないのだ。彼女から放たれる雰囲気の鋭さに対し、勝一朗の中の鈍い本能が全力で警鐘を鳴らしている。
「あんた誰……? なんでここに、いやそもそもあんた村の人間じゃ……」
少女の質問に勝一朗が素直に応える前に、別の疑問を少女が口にしたことで弁解のタイミングを失う。早く現状を何とかしなければいいとは分かっているのに、勝一朗は蛇に睨まれた蛙のように動けない。
よもや彼女は蛇なのではないか。
そんな何の根拠もない恐怖が勝一朗の脳裏に浮かぶ。そんな想像をしてしまうくらい、目の前の肌に鱗を持つ少女は勝一朗の理解を超えていた。
そうこうしているうちに少女はなにかに気付いたように息をのみ、震える唇で言葉を紡ぐ。
「まさかあんた、見たの……?」
見たと言うかまだ見ている。
勝一朗にある程度の余裕があれば、そんな正しい言葉をすぐさま発することができただろう。
だが、勝一朗も混乱していたし、そもそもそんなことを言っても相手を余計に刺激するだけである。とはいえ剣呑な雰囲気を放つ少女に嘘を吐く勇気もわかず、ごくりと唾を飲んだ後刺激しないようにゆっくりと頷くことで返事を返した。
まさかこの状況でで『見た』と言う言葉が、裸以外の主語を持って発せられているとは夢にも思わず。
「……そう。……見られてたの。あんたみたいのに、私の秘密を、私が弓の訓練をしてるのを……!!」
「え? ゆ、弓ぃ?」
予想だにしなかった言葉に体の硬直が解け、ほぼ反射的に勝一朗はそんな言葉で聞き返す。
だが勝一朗の疑問を解消するための時間は、残念ながら与えられなかった。
目の前の少女は突然地面に落ちていたナイフを掴み取り、ゆらりと立ち上がって勝一朗めがけて走り出す。
「うおっ!?」
直前に思わぬ言葉を聞いて硬直が溶けていたのが幸いした。反射的に後ろに下がろうとした勝一朗が足をからませて体勢を崩すと、ちょうど直前に勝一朗の胸があった空間を少女のナイフが一閃する。
「ひぁっ、ちょっ、ちょっとまっ――」
待ってはくれなかった。
少女は自分のナイフが狙いを外すと見るや、すぐさまその手を振りかぶって続けざまにナイフを振り回す。
背後へと転倒しなかったのはもはやそれだけで奇跡のようだった。あるいは火事場の馬鹿力とはこういうことを言うのか。自分の直前で暴れ狂うナイフから逃げるべく、勝一朗は崩れた体制のまま必死で地面を蹴り続ける。
訳がわからなかった。目の前のナイフが本当に物が切れるのかどうかもわからなかった。
ただただ現実感のない恐怖にとらわれたまま逃げ続け、勝一朗は最後に思い切り地面を蹴って背中から転がって退避する。
地面の上で体を一回転させ、どうにか地に足をつけてしゃがみこんだまま少女に視線を向けると、少し離れた場所で半裸の少女がナイフ片手に肩で息をしながら立っている。
「……っ、ヒァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ……」
少し距離が取れたことでようやく現実感と理解が追い付き、いつの間にか止まっていた息を再開したとたんに全身から冷たい汗が噴き出してくる。
(い、今、避けられなかったら、どうなってたんだ……?)
わかりきった疑問を抱きながら右手で胸のあたりを探ると、コートの左胸あたりが裂けて中の羽毛が飛び出していた。
己のコートのあり様に、自身の危機を思い知る。
「あんたがどこのどいつかは知らない。でも、村の人間でもない奴がこんなところを一人うろうろしてる時点でどんな奴かは想像がつく」
「な、なにを――」
「大方烙印持ちでしょう? 自分のいた村で何をしたか知らないけど、烙印持ちならどの道村に近づける訳にはいかない。誰かに話す前に、私の秘密を抱えたまま天へと還れ!!」
「烙印って、なに言ってんだよお前ぇっ!!」
「とぼけても、駄目よっ!!」
勝一朗の言葉を封殺するように、ナイフを持つ少女は地面を蹴り、そのまま勝一朗へと飛びかかる。
訳がわからなかった。自分がなぜ殺されようとしているのかがまったくつかめない。どうしてこうなってしまったのか、そもそも何が起きているのかが全くわからない。だと言うのにナイフの形をした死の危険は容赦なく勝一朗に迫ってくる。
「ひ、ぃァダぁああああ!!」
「な、逃げんなぁ!!」
なりふり構う余裕もなかった。這いずるように少女の攻撃範囲から逃げだし、背中を向けて少女の刃から逃げ伸びる。すぐさま足をもつれさせて転倒するが、追撃に一撃を地面を転がって回避する。
「何よあんたっ、それでも男か!!」
無様に逃げ惑う勝一朗にそんな罵声が浴びせられるが、それを気にする余裕すら勝一朗にはなかった。ただただ逃げることしか考えられない。涙で滲む視界で必死に安全な場所を探しまわり、ついにその場所に目をつける。
それはさっき少女がいた洞窟のような家の中、開けっ放しになった扉の端には、ご丁寧に鍵のようなものまで付いている。
「なっ!? 待ちなさいあんた!!」
「待てるかぁっ!!」
記憶にある中でも一番早かったのではないかと言う速度で家の中へと逃げ込み、扉を閉めて鍵をかける。鍵の形式は扉の中に仕込まれたかんぬきを岩壁の中の窪みに押し込むような変わった代物だったが、父が住宅関係の企業に勤めている影響で勝一朗はある程度そう言った機構には勘が働く。仕組みとしては何ら複雑ではないこともあって混乱した頭でもスムーズに操作でき、それによって勝一朗は見事に家の中に立てこもることに成功した。
そうした瞬間に理解する。自分の迂闊さを、自分が今完全に袋の鼠となってしまったと言う事実を。
「やっべぇ、何やってんだよ俺――おわぁっ!?」
呆然としかけた勝一朗の意識を、扉から響いた何かがぶつかるような音が再び現実へと引き戻す。
今にも扉を破られそうな勢いに勝一朗が反射的に後ずさると、直後になにかに躓いて倒れ、同時に部屋の中が真っ暗になった。
「うわ、なんだ、なんだいったい!?」
唐突に奪われた視界に勝一朗は再び混乱の渦中へと叩き落とされる。冷静さを残していれば水の入った容器に躓いてその水が運悪くたき火を消してしまったのだと言うことがわかっただろうが、今の勝一朗にはそんな精神的な余裕は存在しない。耳を澄ませば、扉の方からなにやらがたがたと動かすような音が聞こえてくる。今も外にいるだろうナイフを持った少女が、扉を破ろうと画策しているのだ。
実際に破れるのかどうかはわからない。それほど脆い扉には見えないが、なにしろここは少女が使っていた家だ。扉の構造については勝一朗より少女の方がはるかに詳しい。それほど強固なつくりのカギでもなかったし、外から開ける方法が無いとも限らないのだ。
(なんとかしないと、なんとかしないと、なんとかしないと……!!)
手探りで壁に手をついて立ち上がり、勝一朗は暗闇の中で必死に動きの悪い頭を回転させる。
武器になりそうなものを探して立ち向かうと言う手段もこうも暗くては実現不可能だ。携帯電話の明かりを頼りにしようかとも考えたが、当の携帯電話は先ほど逃げ回った際にカバンごと外に落としてきてしまった。室内で明かりを得ることはほぼ不可能と言っていい。
(くそ、なんで部屋の中さっきよく見とかなかったんだよ!! どうすりゃいいんだよ……、どうすりゃ――、ん?)
と、闇の中で手探りで周囲を探っていた勝一朗の指先に、岩壁とは別の感触が返ってくる。岩とは違う、硬くも生物的な木の質感。はっとしてその木の感触を探ってみると、その範囲は勝一朗がギリギリ寝そべることができるくらいの広さだった。いくつかの板を張り合わせてつくっているらしく、所々に継ぎ目のようなものもある。
(まさかこれ、扉か? この家他にも部屋があるのか?)
暗闇の中で見つけた感覚に一縷の希望を見出し、勝一朗は慌てて扉と思われるそれに手をかける。
どこかに隠れることができれば逃げるチャンスがあると言う考えもあったが、何より今は少しでも扉の向こうの少女から逃げ出したかった。
だが、
「くっそなんだこれ、開かねぇじゃねぇか……!! っていうか押し戸か引き戸どっちだよ……!!」
闇の中で木の質感に組みつき、必死に動かそうとして見るが、どうしたことか扉らしきものはびくともしない。このとき勝一朗はもう少し冷静だったならば自身の間違いに気づけたかもしれないが、明かり一つない暗闇の中で命の危険に追い詰められた勝一朗にはそんな余裕は残されていなかった。
そうこうしているうちに背後でこれまでとは違う、何かがずれるような音が背後から聞こえ、勝一朗の焦りはさらに加速する。
「くそっ!! 開けよこのっ!! てめぇ扉だろう、開けよ!! 開け、開けっ、開けっ!!」
もはやドアノブを探すことすら忘却し、勝一朗は握った拳で八つ当たりのようにバンバン扉をたたき始める。
体の中でなにかが激流のように動き始め、それが拳に集まるのを感じながら、しかし勝一朗はもはや完全にこの扉を開き隠れることしか考えていなかった。
そして、その“何か”の感覚が最高潮に達したその瞬間、勝一朗もまた拳を思い切り振りかぶる。
「開けぇぇぇええええええ!!」
直後、爆ぜるような激しい音とともにその扉が開かれる。
「何よ今のっ!!」
外側の機構を操作し、こじ開けた扉を開いた少女は突入と同時にそう叫ぶ。
叫ばずにはいられなかった。それほどまでに、扉を開く直前に感じた猛烈な『気』の感覚は巨大な代物だった。
そして、中に飛び込んで見た光景に、少女は愕然とする。
「なによ……、これ……」
最初に目に入ったのは、この部屋に立てこもっていた男の姿だった。少女の秘密を知ってしまい、少女から逃げ回っていた情けない烙印持ちらしき男。その男が今、部屋の一角に膝をついて呆然とその前にあるものを見つめている。
問題になるのはその先。男が膝をつく、その先に広がっている『あるはずのない部屋』だ。
「こんな場所に、部屋なんて……」
フラフラと歩みを進め、男の隣に立ってその部屋へと入り込む。
恐ろしく広く、そして明るい部屋だった。どう考えてもあり得ない。
左側を見れば、この部屋の入口にはまっていただろう扉が見える。これも見覚えの無い、まるで一枚の板でつくられたようなあり得ない扉。
否、そもそもあり得ないと言うならこの扉の位置がまずあり得ない。この場所にあったのは崩れかけた岩壁とそれを補強していた板だけで、そこに扉も部屋もなかったことはここを利用していた少女自身が一番よく知っている。
「なんなのよ、あんた……」
呆然と、混乱の極致にある思考を抱えたまま、少女は隣で座り込む男、留守勝一朗へと視線を向ける。勝一朗も声に反応して少女の方へと視線を向け、必然的に二人は異様な部屋の中で見つめあう。
それこそが、最初の扉が開いたその瞬間。そして、勝一朗の右手の甲に『輪を噛む獅子の印』が刻まれた瞬間だった。
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