Lost stuffed animal

かおるさとー

 8年ぶりに田舎に戻ってきた。

 冬休みを利用しての帰省だった。去年と違ってこうして帰ってきたのは、年明けの成人式に参加するためだった。8年も離れているのだからわざわざそっちの式に参加する必要はないじゃないかと一応は抗議したのだが、たまには帰ってきなさいと母親に諭されて、しぶしぶの帰省だった。

 到着した駅のホームには迎えに来てくれた母がいて、私を見るなり変わってないわねあんたは、とどこかうれしそうに言った。大学で一人暮らしを始めてからもうすぐ2年になるが、たった2年離れていただけでも親は心配するらしい。私にはまだその感覚はなんとなくでしかわからない。

 8年ぶりの実家は、だいぶ変わっていた。

 記憶の中では、玄関はもう少し大きかった。しかし車から降りて家に入ろうとするとき、かつては重々しく感じていた扉が、そこまで大きく見えない。小学6年のとき、私は身長何センチだっただろう。今の私は170に近い。男の背丈を上回ることも珍しくなかった。

 家の中はさらに様変わりしていた。家電の機種や家具の配置、壁紙の色や模様など、部屋の間取りは変わっていなくても、様相はずいぶんと変化してしまっている。残念とまでは思わないものの、ほんの少しだけさびしく思った。

 一番奥にある東南向きの部屋に入ると、そのさびしさはさらに強まった。

 懐かしい六畳一間。畳は多少ささくれ立ってはいるものの、そこまで古くなっていない。窓を開けてしょっちゅう空気を入れ替えているのだろう。カーテンも新しいものになっているが、それはこの部屋が今も使われているということだ。

 つまり、もうここは私の部屋ではないということ。

 聞くと、今は祖母がこの部屋を使っているらしい。来年70になる祖母は、腰も曲がらず歩みもきびきびしており、今でも畑仕事に精を出しているという。たまに野菜を送ってくれるからそれは知っていたが、商売ではなく趣味のようなものだというのは到底理解できなかった。私は昔からインドア派なのだ。3倍以上の年齢を重ねてもなおエネルギーを保っている祖母には、呆れ交じりながら感服するしかない。一般的なお年寄りのイメージがまったくないので、私にとっては祖母というより、もう一人の母親みたいな人だった。こうして部屋を空けてくれたのはもちろん気遣いからだろうが、体に不自由がないから苦にならないというのが大きいのかもしれない。ベッドに寝たきりでは、そうそう部屋を移れないだろう。

 とにかく、私は元自室に荷物を置いて、ようやく一息ついた。外に出る気はなかったから、動きやすい服に着替えると、居間にあるこたつの中でだらだらと過ごした。母に呆れられたが、帰ってきたばかりなのだから、これくらいは許してほしい。

 外に出るのは、少し勇気がいるのだ。

 外に出たら、人に会ってしまうかもしれないから。

 ――『カスミ』に会ってしまうかもしれないから。

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