冴えない絵師の倒しかた -Blessing you!-
羽海野渉
プロローグ
除夜の鐘まで残り数時間――拍手が鳴り響き、この冬のコミックマーケットが終わりを告げる。一般参加者のほとんどが笑顔で戦利品を見つめ、サークル参加者は自分達のスペースの片づけを始めていた。
無論、壁サークルである〝egoistic-lily〟も例外ではない。和服姿の年齢不詳の女性・澤村小百合をはじめとするスタッフ達が完売後、サークルの撤収作業に当たっていた。
「……なんで、なんでなの、倫也」
しかしそのサークルスペースに看板作家・柏木エリ、もとい仮面お嬢様である澤村・スペンサー・英梨々の姿はない。普段から偽りの仮面を被り、今日もベレー帽で自慢の金髪ツインテールを隠し、オーバーオールという武装で会場を訪れていた英梨々の姿は今、スペースから少し離れた柱の裏にいた。
「はい、あんたが欲しいって言うから特別だからねっ!」
英梨々の瞳の見つめる先には人影が二人。見るからにキモオタの眼鏡を掛けた少年とベレー帽を被った、まるで二次元の世界から飛び出してきたような少女。
「イヤイヤイヤ、待ってた人に失礼だから! 受け取れないから!」
少年のほう――人気ブロガー・〝TAKI〟としても知られている高校生・安芸倫也は少女に対して低い立場を保っている。誰かさんの弁を借りれば〝倫理君〟。オタクとしての矜持がなぜかブレーキをかけて、最近のラノベ主人公みたいにあたしたちの気持ちには振り向かないのが倫也の良いところであり、悪いところ。そう、現実の女の子にはなびかないはずなのだ、安芸倫也という根っからのオタクは。
だけどあんなのを見せられたら、そんなこと言えないじゃない。
「いや、いいの! アイデア出しとかちょっとは手伝ってくれたじゃない。その分の献本だと思って」
ちょっと手伝った? あたしの同人誌も手伝ってくれたことはあるけど、スクリーントーンやベタ塗りだけだったのに。アイデア出しは執拗に拒んだのに。
俺ごときが柏木エリの作品に介入するのは間違ってるって。
純度100%の作品が読みたいって。
だけど、十八禁は十八歳になってからじゃないと読まないって変な倫理観に縛られていて。
「……すまん」
そう言って倫也は少女から新刊と思しき本を一部受け取る。言葉の謙遜加減とは裏腹に、顔からは喜びが隠せていない。その喜びのゆえんは新刊なのか、もしくは少女の方なのか。
「……君もまだ倫也君に執着するのかい?」
「……うるさいわよ」
この声の主は波島伊織。中学時代の同級生であり、今はあたしに〝原画で参加してほしい〟という依頼を出したサークル・〝rouge en rouge〟のプロデューサー。
「もういい加減、彼には〝その道〟に行く気がなかった、と諦めることはしないのかい? そう思ってくれて、うちのサークルに参加してくれると嬉しいんだけど」
「……そんな簡単に決められる話じゃないの」
そう、この話はそう簡単に決められる話ではない。あたしと倫也の小さいころの約束をめぐる話なのだ。
「言ってくれたんだもん。大きくなったらあたしを原画家にしてくれるって」
小さい声で伊織に聞かれないようにつぶやく。
「ふーん……それが柏木エリが倫也君に執着する理由か」
「なっ!? 忘れなさい、波島伊織……!」
そうだ、伊織の勧誘も、原画家にしてくれる件もすべて今あそこにいる少女が誰なのか判明させてからの問題だ。霞詩子のライトノベル『恋するメトロノーム』のヒロイン・真唯にそっくりなあの少女。
「いったい、誰なの?」
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