明日の話は明日の話。
車輪
『出会いってなんだと思う?』
「出会いってなんだと思う?」
そんなことを、友人から訊かれたことがあった。
出会いとはなにか。なかなか、核心を突くような質問ではなかろうか。
一言事務的な会話をすれば、それは出会いだろうか。相手の顔をしっかりと認識したとき、それが出会いだろうか。
出会いをもっと軽いものとして考えたならば、道端ですれ違ったり、コンビニ店員に会計をお願いするときなども、そう呼べるかもしれない。
出会いとは、何だ? 分からない。
今までに幾度も出会いを経験してきているはずなのに、分からない。
質問を投げかけてきた友人とも、両親や、会社の先輩後輩とも、確かに出会ってきたはずなのだ。
それでも分からないということは、分からなくとも『出会えている』ということは、そもそも理解することに意味などないのかもしれない。
整備された歩道を歩く。
僕は、砂利道を歩くときのあのゴツゴツとした感覚が好きなのだが、整備された道を歩く平坦な感覚も、嫌いというわけではなかった。
軽快な足取りで、進むことしばらく。
普段から利用している駅に入り、カバンをあさって先月に購入した定期券を引っ張り出す。
ホームに移動して、そこから電車に乗り込んだ。
電車が発進する。普段どおりに人が多く乗っているので、僕は電車の扉に寄りかかるように立つ。ガタゴトと、時を刻む時計に似た、等間隔の振動が僕を揺らす。その振動と、僕の心臓の音もまた、似ていた。
そういう音を積み重ねて大人になってきたのだと思うと、さまざまな律動に思い入れが生まれそうだった。
開く扉から、電車を降りる。
僕が勤めている会社は駅前のビルの三階に入っているので、ここからはもう十分とかからない。
「こんにちはー」
ビル三階の職場に到着し、皆に挨拶をする。どこの職場でもそうなのかもしれないけれど、この会社は挨拶を重んじる社訓を掲げている。
「こんにちは」
「おーす」
人によって態度は異なるものの、一応は挨拶が返ってくる。
しばらくして職場に全員がそろったところで、もう一度正式に挨拶が行われ、仕事が始まる。
僕も、スケジュールどおりに仕事に取り掛かることにした。
昨夜、家でいいところまで進めておいたので、もう少しで終わるはずだ。
カバンから書類を引っ張り出す。
「……あれ?」
ファイルが一つしかない! 昨日入れたはずのファイルがないぞ!
カバンをあさるも、目的のものは一向に見つからない。
「どうした、
「いや、ちょっと、書類を家に忘れてきたみたいで」
訊ねてくる先輩に、焦りながら返す。叱られるぞ、叱られるぞ、と冷や汗が出る。
同僚たちも、「あーあ」とでも言いたげな態度だ。実際にそう呟く者もいる。
「あーっ! 私、まだ渡してなかったんだ!」
突然、大きな声を上げながら、後輩である
先輩の視線が、僕から一瞬逸れる。それだけで肩の荷が下りた気分になった。
「先輩が、これ、駅で落としたの見て、渡そうと思ってたんですけど」
そう言いながら、彼女が、ファイルを渡してくる。それを開くと、求めていた書類が、きっちり挟まれていた。良かった。一枚も抜け落ちていない。
「よかった。ありがとう!」
思わず立ち上がり、彼女の手を取って飛び跳ねてしまう。
彼女は目を白黒させていたが、やがて状況を飲み込んだようで、一緒に飛び跳ね始める。「「うわはははは」」
「……」先輩も周囲もバカを見る目で、もはや叱ることもしなかった。
僕と彼女は多分、道ですれ違ったこともあって、毎日事務的な挨拶を交わしていて、お互い顔も名前も覚えていて。
でも、だけど、彼女との『出会い』と言うなら、今この瞬間が最も相応しいように思えた。
「出会いってなんだと思う?」
「さあ? 相変わらず分かんないや」
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