第3話
「ここは……最初にいた公園か」
必死に走り、これ以上走れないとなったところで、足を止め。辺りを見渡して聡一は呟いた。呼吸を整えながら、良哉が聡一の方を見る。
「兄さん、これからどうする?」
「そうだな……とりあえず、考えるか」
「考える? 何を?」
「どうやったらあのミノタウロスを確実に倒せるか」
聡一の言葉に、良哉は「あぁ……」と頷いた。そして、眉を寄せて考え込む。
「……やっぱり、頭か心臓かな?」
「まぁ、身体は人間だし、普通に考えたらそうだよな。けど、かなり頑丈そうだし、一撃で倒せなかったら反撃が怖いな」
良哉は、「うーん……」と唸った。そして、しばらく唸ってから「あっ」と閃いた顔をする。
「スレッドさんに聞いてみようよ。案内人だし。あの人、撃たれても死なないし。ちゃんと聞けば、何か良い方法を教えてくれるかもしれないよ」
その提案に、聡一は顔を顰めた。
「やめとけ。あんな胡散臭い奴に聞いても、正しい答が返ってくるとは限らねぇぞ」
「けど、今のところ嘘は言ってないじゃないか。ミノタウロスは倒せるみたいだし、あの人が来るって言った後に本当に来たし」
良哉の反論に、聡一は不機嫌そうに顔を歪めた。
「あいつにとってどうでも良い事は正直に喋るのかもしれないぞ。あいつが何を考えているかわからない以上、あいつの言葉を全て信用するのは危険過ぎる」
「疑り深いなぁ」
呆れたようにため息を吐き、良哉は肩をすくめた。そして、案外頑固に、自らの意見を主張する。
「とにかく一度、聞くだけ聞いてみようよ。……あ、でもどうすれば会えるのかな?」
「呼べば来るんじゃねぇのか? あんな風に消えちまえるぐらいなんだしよ」
諦めたように聡一が言うと、良哉は「あ、そうか」と手を叩いた。そして、宙に向かって声を張り上げる。
「スレッドさーん!」
「はい、何でしょうか?」
いつの間にか背後にいたスレッドに、思わず良哉は飛び退いた。
「うわ、本当に来た!」
驚く良哉の横では、聡一がスレッドを睨み付けている。胡散臭い物を見る目だ。
「呼べばすぐに出てくる……って事は、今まで俺達の事を見てたって事か? ミノタウロスが出てきた時も、すぐ近くで、何もせず? ますます胡散臭ぇな」
吐き捨てるような聡一の言葉を気にする素振りも見せず、スレッドはにっこりと笑った。
「申し上げたでしょう? 私はこの街の案内人、このラビュリントスの街の一部です。ですから、街のどこにいようとも呼ばれれば聞こえますし、一瞬で移動もできるんです。ですから、別にいままであなた方が危ない目に遭っているのをニヤニヤしながら眺めていたわけではありませんよ?」
「どうだか」
そこで、スレッドは初めて苦笑をする。「うーん……」と軽く唸った。
「信用が無いというのは、悲しいものですねぇ。まぁ、それはさておき。何かご用ですか、良哉さん?」
話を振られ、良哉は慌てて頷いた。
「あ、はい。確実にミノタウロスを倒せる方法を、何か教えてもらえないかと思って」
その疑問に、スレッドは顎に手を当て、「そうですねぇ……」と考える様子を見せた。その顔は、にこやかに笑ったままだ。
「確実なのは心臓や頭を撃ち抜く事ですが……あとは……そうですね。案外、言葉が通じるかもしれませんよ? 話し合いで解決するという手もありますね」
「おい、ふざけんな!」
現実味の無い提案に、聡一が声を荒げた。だが、スレッドは物怖じする事無く、笑みを絶やす事も無い。
「ふざけてなんかいませんよ。それで? ご用はこれでおしまいですか? なら、私は退散させて頂きますが」
「用も無ぇし、お前の顔をまた見る気も無ぇ!」
「ちょっと、兄さん!」
聡一の乱暴な物言いに、良哉が慌てて間に入った。スレッドに向かって、勢いよく頭を下げる。
「あの、スレッドさん。すみません……」
「いえいえ、お気になさらず。では、今回は歩いて退散させて頂きましょうか。消えていなくなると、まだその辺りにいて自分達を監視しているのでは、とお兄さんが疑いそうですからね。では……」
そう言うと、スレッドはスタスタと歩き、公園を出て行ってしまう。後には、聡一と良哉の二人だけが残された。
良哉が、聡一の顔をキッと睨む。
「ちょっと、兄さんは何でいつもそうなのさ!? 疑うなら疑うで黙って聞いてれば良いのに、余計な事ばっかり言って!」
「あいつが信用ならねぇからだよ。ああ言って牽制しておけば、下手に手出ししてきたりしねぇだろ」
「何さ、それ!」
聡一の言葉に憤慨し、良哉は公園の出入り口の方へと歩き始めた。一人で行動しようとする弟を、流石に聡一は見咎める。
「おい、どこ行くんだ?」
足を止め、一度だけ良哉は足を止めた。目は、相変わらず聡一を睨んでいる。
「スレッドさんを追いかける。兄さんの事、やっぱりちゃんと謝っておかないと」
険のある口調で言うと、良哉は公園の外へと走り出た。
「あ、おい待て! 良哉!」
追いかけようと、聡一は持っていたマシンガンを肩に担ぎ直した。その時だ。
「グォォォォォォッ!」
あの声が、聞こえた。さほど遠くない場所から。先ほど、良哉が駆け出して行った出入り口の先から。
「今の……良哉!」
血の気が引き、聡一は走り出した。地響きのような足音が、次第に近付いてくるのがわかる。
地響きと、自らの心音と。どちらがより大きいかもわからなくなるほど、懸命に、駆けた。
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