もう一度、サンスガルドに

港河真里

第1話 僕の願い

 期末テストの結果は、散々だった。特に数学が酷く、クラス平均にすら届かなかった。中学一年の第三学期。内申点への影響も馬鹿にならない、と母さんは憤慨している。でも、だからと言って人が変わったように机にかじりつけるわけもない。

 小学校の成績は、決して悪いものじゃなかった。むしろ、優等生であったかもしれない。それが、いけなかった。

 母さんは僕のことを買い被りすぎていたのだろう。あんな難しい私立中学の入試に、僕が合格できるはずもなかったのに。だから、あんな顔をする必要なんかなかったのに。

 合格発表の日。合格者一覧に僕の受験番号がなかった時の母さんの顔が、抜けない棘となって僕の胸に深く突き刺さっている。


 公立中学校まで徒歩30分足らず。雨上がりの空は明るく澄み渡り、寒さも和らいだ三月の朝。気候の心地よさとは裏腹に、学校へと向かう僕の足取りは重い。学校に、行きたくない。この数ヶ月間、その思いは日増しに強くなってきた。

 いけない。こんな気持ちで地面ばかり見ていてはいけないと、視線を無理矢理上に向ける。ふと、緑に覆われた小さな山が目に入った。山と言うよりは丘と呼んだ方がいいかもしれない、小さな山だった。

 嫌々ながらも毎日通っている通学路だ。そんな山があったことに今まで気付いてなかったのが不思議だった。だけど奇妙なことに、今日初めて存在に気付いたはずなのに、何故か僕はその山を懐かしく感じた。

 よく目を凝らすと、山頂の木々の隙間から建物の屋根のようなものが覗いているのが見えた。神社、だろうか。

 いつもの交差点。左に曲がれば学校方面。でも僕は、曲がらずに真っ直ぐ進み、山の方へと向かっていった。あの山の上に何かがある。そう感じたんだ。


 遠くから見た印象と比べてその山は意外と高く、昨夜の雨で軽くぬかるんだ小路を辿って頂上まで登り終えた時には僕の太ももはパンパンになり息も絶え絶えだった。そもそも僕は小さな頃から運動は苦手だったんだ。それでは何故こんな山に登ろうと思ったのか。

 山の上には小さな神社。いや、神社ではないかもしれない。鳥居も無ければ狛犬も賽銭箱もない。建物の造りもなんだか日本離れしている。

 しかし、その小さな建物からはどことなく神聖な雰囲気を感じたので、僕は手を合わせて祈った。


 テストの成績が上がりますように。


 本当に、そう祈ったのか自信はない。そもそも、テストの成績を上げたいのなら学校に行って授業を受けるべきだ。もしかして僕は、こう祈ってしまったのかもしれない。


 この世界ではない何処かへ、行けますように。


 僕の周りを包む空気が、しいんと静まり返った。小さな神社は何も言わず、ただ建っている。風は吹かず、木々はざわめかず。世界でただ一人、僕だけが命を持っているかのように、心臓の音だけがばくばくと響いていた。

 奇妙な静寂に目眩を感じ、一歩、二歩と僕がよろめいたその時。足下から、声が聞こえた。


「ようこそ勇者様。ここは魔法の国、サンスガルドです!」


 足下を見ると、僕の膝ぐらいの背丈の少女。

 振り向いて山の麓を見下ろせば、僕の住んでいた町は跡形もなく、まばらな民家と田園風景。緑の切れた向こうには広々とした荒野に点在する町と不気味な尖塔。そして、遥か遠くには巨大で真っ黒な城がそびえ立つ。

 そう、僕の願いは聞き届けられたのだ。

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