第124話 仲違いの街《下》




 瀝青の狐亭で《暁の星団》のメンバーと話した翌日、フギンは再び、女神教会の前で待ち構えていたアトゥと顔を合わせた。

 赤毛と日に灼けた肌、いかにも腕が立ちそうな佇まいながら、それと同時に気さくさも兼ね備えている好青年には、人目を引く華やかな雰囲気がある。

 教会の前でただ立っているだけで通りすがりの視線を集めていた。

 所謂、カリスマというものだろう。

 フギンが少しだけ嫌そうな顔つきになったのは、自分にはない天性の才能を所持していることを、とくに気にすることも、鼻にもかけてもいないあたりも、何もかもが《合わない》と感じたからだ。


「昨日は世話になったな。実をいうと、受けた義理は早いうちに返せってのが先祖からの言い伝えでな。危ないところを救われたぜ」


 アトゥは食堂での出来事を思い出し、ふう、とため息を吐く。

 もともと他人のようすに敏感なアトゥが、シビルとヨーンの雰囲気が悪くなった原因に思い当たるのに、時間はそうかからなかった。


「あの店――喧嘩別れの原因は、ずばり料理だ」


 フギンは頷く。

 あの夜、テーブルには大きな皿に肉料理や豆料理、茹で野菜や揚げ物などが、大輪の花のように美しく盛り付けられていた。

 注文した料理をすべてひとつの皿に盛りつけるのはこの土地独特のやり方だ。

 食べるときも取り皿を用いずに直接料理を口に運ぶ。

 なぜそれが《仲違い》の原因になるかというと。


「俺は飲んでる間はあまり食わないし、大皿に載っているせいで気がつかなかったが、あの店、料理の数がんだな」

「正確にはテーブルの人数を二倍して一足した数で出てくる。絶対に一あまるんだ」

「それも土地の伝統か?」

「ちがう。あの店、噂が出回っているのを知っていて、《仲が割れないように》とわざと奇数にしているんだ。逆効果なんだが、まだ気づいていない」

「なるほどな。良かれと思ってやってることに、流れ者ふぜいがケチをつけることもない……と、みんな思ってるんだろうなぁ」


 大皿に盛りつけられた料理は一品一品の数が把握しにくく、取り皿もないから一人当たりの分量が曖昧ではっきりしない。

 皿をつついているうちに、誰かが自分の分をとりすぎたり、あるいは目を離した隙に好物を持って行かれたり、逆に好物ばかり食べてしまったり、という場面は当たり前に出てくる。


「食い物のうらみを甘くみている気はなかったんだがな」


 旅暮らしを続けていると、食べ物は自由にはならない。

 新鮮な食糧がいつも必ず手に入るとは限らないし、十分に腹を満たせる量が手に入るとも限らない。

 とくにアーカンシエルのように他の娯楽があまりない土地だと、不満は降り積もるばかりだ。


「とにかく、あんたには助けられたよ」


 暁の星団の小さな窮地を救ったのは、ほかならぬフギンだった。

 フギンはすべての料理が一品ずつ乗せられた皿を手にして《うちのテーブルで余った料理を、こっちで食べてくれないか》と申し出たのだ。


「あれはお前がこっそり注文していたんだろう」


 アトゥはにやりと笑ってみせる。


「いらない世話だとは思ったが、わかっていて見過ごすのも何だか気分が悪い」

「その観察眼は冒険者として、いい武器になるぞ」

「どうかな。恩返しとして、メルの話を聞かせてくれるってなら話は別だ」

「それはやっぱり無理だな。だが、代わりといってはなんだが」


 アトゥは腕輪をみせた。

 細い革ひもを編んだもので、間に石が一緒に編み込まれている。


「俺は南方のカルンという街の出で、これは部族に伝わる伝統的な魔除けだ。悪い呪術師の呪いを避けると言われている」

「悪い呪術師……」

「こっちじゃ魔術に善悪はないというが、南方のは少々おっかなくてな。緋色の衣をまとって、人を呪うためだけに特化した魔術を使うってな連中だ。《緋の悪魔》とか《熱砂の亡霊》とか呼ばれている」


 フギンは受け取った腕輪をまじまじと見つめた。

 編み込まれた石はかなり大きな金緑石だった。

 磨かれて、静かに輝いている。

 フギンが精霊術師だと見抜いて、返礼の品を用意してくれたのだろう。料理の代金のことを差し引いても釣りが出るような逸品だ。

 

「やつら、あまりに危険で百年くらい前に部族から締め出されたんだが、逃げ出してベテル帝に召し抱えられたなんていう伝説もある。そいつはあんたのものだ、うちの魔術師が編んだんだ」


 腕輪に精霊や魔術の気配はしない。

 ただ健康や無事を願って丁寧に編み込まれたことが感じられるだけだ。

 宝石は高価なものだ。以前なら突き返していたところだが、精霊術の役に立つかもしれない。


「礼を言う。大したことをしたとは思えないが、これは仲間のために必要なものだ」

「仲間か、いいね。《砂嵐が健康と名声、若さと金を奪っても、友情は留まる》――故郷の格言だ。この稼業を続けてると目がくらむこともあるが、いつも仲間が元の道にもどしてくれる。大事にしろよ、よけいな世話だろうがな」


 フギンがアトゥを見上げてくる瞳をみていると、やはり旅のはじまりを思い出す。先のことが何も見えず不安で、けれど進むことだけは決めていたあの頃の、こみあげてくるまっすぐな気持ちに満たされている瞳だ。


「目的を達成できるよう、祈っておく」

 

 アトゥは軽く片手をあげてその場を去った。

 そして路地を曲がったところで聞き耳を立てていたシビルとヨーンのふたりと合流し、苦笑する。


「なんだか激励していたみたいだけど、いいのかい」


 ヨーンは複雑な顔だ。

 ふたりが心配しているのは、先ごろオリヴィニスで起きた《大事件》のことだ。


「メルメル師匠に気があるやつを端から掴まえて尋問でもしろってのか? とてもじゃないが無理ってものだぞ、それは」

「けど、今は事件のあとだし。それに、メルメル師匠っていまひとつ危機感ってものがないのよね。何かあってからじゃ遅いとは思わない?」


 シビルに促され、アトゥは腕を組んで考え込む。

 フギンは悪人ではない、という見方はかわらない。彼は仲間思いのただの冒険者だ。それは、この街の女神教会の司祭に探りを入れてから出した結論でもある。

 アトゥの答えが出るまで、三秒もかからなかった。


「よし。ゲヘルにもどって仲間と合流しよう。そのあとすぐ、俺たちはオリヴィニスにもどる」

「ええっ!」


 驚いたふたりを前に、アトゥは苦笑いを浮かべるしかない。


「お前たちが心配だって言ったんじゃないか。あいつのことを疑ってるわけじゃないが、マジョアのジジイに相談してみよう」


 アトゥは懐から、昨日、切れて落ちたアミュレットを取り出した。

 故郷から苦楽を共にしてきたお守りは旅の過酷さではびくともしなかったが、その切り口は黒ずみ、焼け焦げていた。


 また、何かが起きる。

 

 フギンという若者が悪人だからではない。

 だが、胸にそう訴えてくる何かがあるのも確かだった。 







 マテルが回復し、ヴィルヘルミナとフギンは瀝青の狐亭を訪れた。

 噂のことは知っていたが、価格とボリュームのかねあいから、この店を選ばざるをえなかった。ヴィルヘルミナの胃袋が無限に通じているというのは、マテルとフギンの共通見解である。


「なるほど、これが《仲違いの店》の正体なんだね」


 運ばれてきた大皿をみて、マテルは微笑んだ。


「店主に言って、一種類ずつ別皿に盛ってもらおうか?」

「いや、その必要はない」


 マテルはフォークとナイフを使って、皿の上を三等分に分けていく。


「ああっ、そんなに雑に分けたら! 均等に料理が配分されないではないか!」


 平等に配分しろ、ともっともなことを訴えてはいるが、ヴィルヘルミナは誰よりもたくさん食べたいはずだ。

 その真意など、誰よりもはやくわかっているだろう。

 マテルは続けて言った。


「うんうん、そうだねぇ。じゃあ、ヴィルヘルミナ。君がいちばん先に、どの部分を食べるか決めていいよ。僕は最後でいい」

「えっ! いいのか、量の大きいところを取っちゃうぞ……?」

「僕が平等に分けるのを失敗したわけだから、責任を取らないとね」


 ヴィルヘルミナはぱあっと表情を輝かせる。

 さすがは工房の一人息子。頑固で偏屈な性格であることが多い職人たちをまとめ上げていただけはある。

 フギンはそのやり取りを見ながら、マテルは実はかなり出来た人物なのではないか、と思った。

 しかしそれと同時に、大事な人物をとんでもないところに連れ出してしまったのではないか、という思いが、再びフギンの頭をもたげはじめていた。







*****暁の星団*****


最近のぼり調子の金板パーティ。リーダーは《二刀》のアトゥ。非常に珍しい二刀流の戦士。実は南方の街、カルンの主デスタンの四男だということが街中の冒険者にバレ、噂になったりした。ギルドからの信頼も厚く、冒険者ギルド長のマジョアから特別な依頼を受けることもある。


アトゥとその仲間が活躍するのは、『第10話 食事』『第12話 湖にて』『第17話 女子会』『第28話~ 品評会』『第36話 魔物退治』『第43話 忘れ物』『第49話 美食三昧』『第65話 光』『第70話 水棲竜討伐』『第72話 情報屋ヨカテル』『第76話 真夜中の秘密』ほか。

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