第19話 エルフの里


 メルは岩の上に腰かけて、ぼんやりと空をあおいでいた。


 森の切れ間に広がる青空のキャンバスの上を、風に吹かれた白い雲がたなびいていく。ルビノも隣に腰かけ、ごそごそと荷物を整理したりと、どこか落ちつかないようすだ。さらに彼らの隣では、長い耳をしたエルフの若者ふたりが、何事かを話しあっている。


「そもそも私は小人族が訪ねてきたときいたのだが?」

「ちがうちがう、あれはただの人間の子供だ」

「人間の子供がどうしてここにいる? あれは親子なのか? 似てないな」

「だから。オリヴィニスという街から来た冒険者なんだって」

「冒険者? ああ、あの魔物とか狩ってるやつらか」


 彼らの足もとにはここがエルフの隠れ里であることを示す目印の岩と草冠リースが置いてあった。

 入口は丹念たんねんに魔術によって隠されていて、里のようすは見えない。


 ギルドの依頼をこなした帰り道、いつもは迂回うかいするはずの森を横切ろうとしたふたりは、この隠れ里をみつけた。

 依頼に思ったよりも時間がかかったせいもあり、ここを横切れたら野宿せずにすむ……という打算が二人の頭に同時によぎった。


「お客人、すまないが今は里の長老たちが出かけていてな。君らを入れてもかまわないかどうか私たちだけでは判断がつかない。しばらくそこで待っていてくれ。年上の者を連れてくるから」


 二人がつたのカーテンをかき分けて行ってしまうと、森の静寂が戻ってくる。

 やがて、彼らよりも少し年かさのエルフが顔を出した。

 ルビノよりも一回り年上くらいに見えるが、実際はもっと年をとっているはずだ。

 エルフは森にむ長命な種族で、どちらかというと雰囲気は妖精たちに近い。

 オリヴィニスにもごく少数なら弓や魔術の得意な者がいるが、冒険者としての彼らと里に住むの者たちは印象が異なっているように思えた。


「彼らがその冒険者か? 人間だと聞いていたがな……」

「いや、だから小人族ではなく……」


 彼らは再び、長老たちがいない里に部外者を入れる是非について三人で話しあいはじめた。


 知的な種族だと聞いている。

 長命さも相まって、こういうことはとことん議論をしつくさないと気がすまないのかもしれない。それとも、こうした森で部外者を排除して隠れ住んでいるのだから、おきてが厳しいだけかもしれない。


 ルビノとしては、ここまで来たなら美人揃いと聞くエルフの女たちに会ってみたい……という下世話な欲求に突き動かされているため、せかして気を悪くさせるのも具合ぐあいが悪い。


「ふたりとも、悪いがもうしばらく待っていたまえ」


 結局、彼らでは結論が出なかったのか、また里に戻っていく。

 靴についた埃を払いながら、ルビノは男たちですら細面ほそおもてで女の服を着せても違和感のなさそうな顔立ちをしているのだから、女ならもっと……と想像をたくましくして無為な時間を過ごした。


 次に現れたのは、エルフの老人だった。


「ほっほっほ、そうかえそうかえ、キレスタールからはるばるここまで……」

「じいさん、オリヴィニスだ」

「お……?」

「新興の街だよ。お、り、ヴぃ、に、す!」

「こりゃだめだ……」


 若者たちに説明されても、老人はなんだか「納得しがたい」といった表情をしている。

 どうやら、まだまだ時間がかかりそうだ。


「すまんのう、話のわかる者を連れてくるから待っておれ……」


 そうしている間にも日は確実に沈んでいく。

 こうなってくるともう野宿の覚悟をしたほうがよさそうだ。

 ちらりと隣を見ると、メルはずっと変わらない姿勢で空を見上げていた。


「メルメル師匠……ぜったい、面白がってるでしょう……」


 メルは答えず、唇を微笑みの形に結んでみせた。

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