2章外伝ー④:手合い【咲夜vsセシリー】
エルドラの森の中、咲夜が槍使いの冒険者の少女セシリーにお願いし手合わせをする事になった。
御互いにある程度距離を取る。
咲夜は左腕の手首に付けている空間収納リングに魔力を流す。するとリングが淡い光を灯す。そしてリングから赤と黒の色違いの
セシリーも先程まで丁寧に磨いていた、此処まで冒険者として磨いてきた相棒である白銀の槍を構える。
森の中、【勇者】正儀、【剣士】嵐、【治癒士】彩夢の3人とヴァレンシュ騎士長は今から行われる2人の邪魔にならない位置にて手合わせを観戦する。
「……セシリー、準備はよろしい?」
「……ええ、此方は何時でも斬り込めます」
「そう…では、ヴァレンシュ騎士長。合図をお願いします。その合図が始まりとしましょう」
「ええ、それで良いわ。…騎士長様、お願いします」
「分かった。始めの合図、承った。……それでは―――始め!」
騎士長の合図の声の瞬間、2人は相手に向かって距離を詰める。
2人の手合いがこうして始まった。
+
「せぃっ!」
「っ、危ないわね…」
(彼女の武器は槍。やはりリーチの長さは厄介ね。それに――彼女の繰り出す回転を、遠心力を混ぜ合わせた槍は中々読みにくいわね…)
セシリーの武器は白銀製の槍である。アーティファクトの様な特殊な武器ではなく一般的な武器に入る。もっとも一般的に見て彼女の槍は質の良い物である。
セシリーは白銀の槍を回転をさせながら攻勢に出てくる。回転による遠心力を利用しての槍技。
その槍技は洗練されており、高い熟練度を感じさせてくる。恐らく何度も練習した積み重ねによるものだとわかる。
ただ、槍技の技量で言えば、こちらを観戦している騎士長の方が高いと咲夜は見ている。そこは流石は王国最強の騎士長だと感心する。
セシリーの繰り出す回転槍技を紙一重で躱し続ける。
セシリーが攻勢に出て来るのに対して、咲夜は彼女の繰り出す技を見極め回避に徹する。
ある狙いを待っている間、リングから暗器として用意していた針等で隙を狙ったりもするが、中々に隙が無く、彼女は繰り出す暗器を回転槍で弾き防いでくる。
鍔迫り合いも得策と言えない気がしていた。
鍔迫り合いにしようものなら彼女の回転槍に巻き込まれ弾かれる。
実際に最初に右手で握っていた
セシリーの繰り出す上段からの劫を画く回転槍を足に魔力を籠め後方に躱すと、咲夜は一度彼女から距離を開ける。
仕切り直す為である。
セシリーも警戒を解いていなのか、いつでも対応できる様にと槍の構えのまま咲夜の次の出方を待っていた。
そんなセシリーに咲夜は「ふぅ」と一息付く。そして彼女に声を掛ける。
「セシリー、貴女中々の腕をしているじゃない。私が此処まで攻めあぐねるなんてなかったわ。王国での騎士達との手合いより歯応えが正直あるわ」
「そう?…それは、褒めと受け取らせてもらうわ。…それで、どうするの?ここで止めにする?」
「いえ、悪いけど、もう少しだけ付き合ってもらうわ……ただ、その前に聞いてみたいのだけど?」
自分の本気を―技能や魔法を行使する前に彼女に尋ねて見たかった。
彼女と手合わせした目的の一つ。
それは――
「ねえ、セシリー。貴女に聞くわ。率直に答えてほしい。今の私と貴女が出会った彼と比べてどう?」
「サクヤとオウマと比べて?」
「ええ。感じたままでいいわ。教えてくれる」
セシリーは少し考えこう確認して返した。
「…はっきり言っていいの?」
「ええ、聞かせて」
「分かったわ。…彼の方が正直上だと思うわ。今のサクヤより彼の、オウマの実力の方が高いと思う。多分だけど、私が彼に挑んでも、彼は指一つで私を倒す事が出来ると思うわ」
それを聞いて「そっか」と呟く。
彼女の言葉に偽りは感じない。なら真なのだろう。
観戦していた周囲からは驚愕が浮かんでいた。正儀だけは「さすがは俺が友達になりたいと思う男だ。やるなー」とか言っていたけど。
セシリーにはっきり言われどうやら自分はまだまだであると言う事がわかった。
王国の訓練でそこそこ実力を上げ強くなれたと思っていたが、どうやら彼の足元にも及ばない現実を知れた。
勿論このままではいない。
足りないのであればもっと得ればいい。それでも足りなければ他の手段で補う。
諦めは自分にとって死と言える。
だからこれからは――
「いくわよ、セシリー。次は…これが私の本気よ」
咲夜の言葉に構えを強め警戒するセシリー。
「あと……『そこにいるのは私じゃないわよ』」
「えっ!?」
セシリーの表情に動揺が見える。
警戒していた相手とは違う方向から咲夜の声が聞こえて来たのだから。
そして聞こえて来た方向から4本の針が迫る。
「くっ!?…」
迫って来た4本の針を槍で弾くセシリー。
その針をチラッと視界に捉え彼女は眉根を顰める。
投射されてきた針の先端には紫色で染まっていた。
恐らくとセシリーは今の針が毒仕込みであると理解したのだろう。
勿論針の先に仕込んである毒には致死性はない。
クラスメイトの毒使いである男子に仕込んでもらったものだ。
『気を付けてね。その針毒仕込みだから…』
「!?―また違う方向から声が…」
また違う方向から毒仕込みの針が彼女を襲う。
勿論それが彼女に防がれるのを分かったうえである。
(なるほど…彼女はどうやら投射系に対して回避しやすい何かの技能を持ってそうね…)
2,3度と同じ攻撃を行い咲夜はそう判断した。
今の奇襲攻撃は咲夜の”女神の加護・瞬神”の派生特殊技能である”
相手の認識を一度でも外せば此方を感知するのが困難となる。此方から音を発しなければ相手には聴覚で認識できない。
そう咲夜は最初から一度も動いていない。
他方向から針での奇襲で恐らく彼女は、咲夜が超高速で周囲に動き針を投射していると思っているのだろう。
しかしそれは錯覚と言うやつである。
投射され彼女を襲う針は、彼女に質問していた時から既に仕込んでいたものである。
丁度良く仕込みやすい沢山の木があるので色んな角度から発射出来る様に仕込めている。
ではセシリーはいつ咲夜を誤認していたのか?
それは彼女が始めに【刻夜】を弾いた時から既に仕込みが始まっていたのだ。
黒い短刀のアーティファクト【刻夜】。そのアーティファクト能力は『
その能力は振れた相手に幻影効果を与える状態異常付加だ。
相手に”幻影”を見せる事が出来る強力な効果だ。
但しその能力が発揮されるには時間が掛かる。
そう、今までの彼女の槍を躱し続けていたのも、刻夜の効果発動時間を稼ぐ為であった。
(なかなか発動しなくて焦ったけど機能して良かったわ。恐らく彼女は状態異常耐性でもあるのかしらね)
刻夜の幻影効果付加の発動時間は対象によって異なる。
強い状態異常耐性を持つ者には掛かるのに通常より時間を必要とする。
無論、”完全耐性”なんて技能を有している相手にはこの能力は意味がない。
ただ、”完全耐性”持ちでも相手が疲労していれば掛かり易くはなるが。
セシリーにも時間は掛かったがなんとか”幻影”効果を使用できた。
その”幻影”効果によって目の前にいる筈の咲夜が見えず、そしてその目の前にいる本物である咲夜本人の声が仕掛けた罠から聴こえてくるように誤認識している。
正儀達も始めはセシリーのいきなり乱れた行動に怪訝そうな表情でいたが、咲夜が何か仕掛けたと理解した。そしてあらためて咲夜の厄介さを再認識させられた。そして正しく彼女は”
(さて…そろそろ仕掛けも終わるし、最後の一太刀を仕掛けに行きましょうか。悪く思わないでねセシリー。戦いは常に非情なの)
咲夜はこの手合いを終わらせる最後の一刀を与える為に無音での歩法で彼女に背から近付く。
背後はどんな存在に対しても死角である。特に今のセシリーは刻夜の”幻影”によって此方を上手く認識できていない。
背を取るのは簡単。
そう思い近付く。
そして彼女の背に【咲朱】を当てようとした。
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