2章ー迷宮【ガルダ】⑤…誰にだって苦手なものあるぞ!無論俺にもな!

どんな人にも『苦手』なモノや事があると思う。

人それぞれではあるが、人物、虫と言った生物、食べ物の好き嫌い、乗り物、など多種多様にあるだろう。

そう。

『恩恵』によってチートステータスや技能を有する少年、此花惶真であっても『苦手』なものが存在する。

そして今、惶真の目の先に、惶真にとって『苦手』意識を持つ存在が現れた。


『「オ”ォオゥ…」』


それは【ゾンビ】に分類される魔物だった。

その姿は元が戦士か何かなのか鎧を纏った人の形状をしている。

ガシャ、ガシャと一歩一歩は鈍いが鎧を鳴らしながら歩き惶真達に接近してくる。

『ウぉ…』と低い唸り声と共に歩を進める。

その数は50体はいるだろうか。


「「きゃぁーっ!?」」

「……」


突如出現したゾンビの群衆に、マナとカナの双子魔人少女は、その爛れた姿、特にそのまるで魚の様に出ている目に、悲鳴を上げ傍にいる惶真の両腰にしがみ付いた。

しがみ付く2人は恐怖のあまり気付けなかった。

しがみ付いた相手である惶真の身体が震えが、鳥肌が立っている事に。


「な、何よアレ!?なんであんなの…ゾ、ゾンビ、なんて魔物が出てくるのよぉ~!?」

「そ、そうなのっ!?今まで普通の魔物ばかりだったのに、なんであんな気持ち悪いのが出て来るのなのぉ!?」


この迷宮ガルダに潜って今まで遭遇した魔物は、動物や爬虫類がベースの魔物が殆どだった。

なので唐突に、ゾンビと言う魔物が出現するとはマナとカナも夢にも思わなかったのだ。


もっとも、迷宮において、ある程度の階層を攻略すると、この様に【モンスターハウス】と呼ばれる現象が発生するのだが、モンスターハウスで出現する魔物は特殊なものが多い。

攻略しに来た者、冒険者を試すと言う意味もある。

そう言う意味で今回のモンスターハウスの罠は成功を果たしていると言えるだろう。


「ま、まあ、大丈夫だよカナ。だって私達にはオウマって言う頼りになる人がいるんだから。ねえ、オウマ!」

「う、うん。そうなの。御主人様に掛かればゾンビなんて、なの!」


声に震えが混じりつつマナとカナはお互いの顔を見つめ、抱き付く惶真に頼る。

これまでの経験からどんなものにも動じない、チート能力を持つ惶真ならこんなゾンビくらいあっと言う間に倒してくれる。そう思っていたのだ。


そんなマナとカナの期待の籠った眼差しの中、惶真の内心フリーズ状態だった。

実を言えばマナとカナの2人が自分の腰にしがみ付いているのにも気付いていなかったりする。

気付いていたら、通常の幼女の姿をしたマナとカナであれば反応する事はないが、”覚醒”で同年代くらいに成長した姿になっているマナとカナにしがみ付かれれば、その女の子の柔らかさのある感触を感じ、特にカナの成長している大きな胸の感触に、表情を殺しつつ内心動揺していただろうか。

それに気づかない程、今の惶真は冷静でなく激しく心を揺さぶられ動揺していた。


「オ、オウマっ?」

「御主人様っ?」

(…ハッ!?)


マナとカナの声がすぐ傍で聞こえたのに反応しハッと意識が浮上した。

何で2人がしがみ付いてるんだ?とか思うも、近付くゾンビが視界に再び入り現状を思い出した。

心の内で舌打ちをする。


(失態だ。物凄くマヌケな姿を晒してしまった。それもこれも……しかし、こうして見ても嫌なもんだなっ!リアル過ぎだろッ、あんなのはっ!?)


苦手なものがいきなり現れ動揺し意識を半ば持っていかれていた事態に自己嫌悪し、その存在のリアルな姿に悪態を内心付く。

とにかくこの乱れ消費した精神状態を回復させようと、ショルダーバックから左手で精神回復薬の瓶を取り出す。そして蓋を開け中身をグッと一気飲みする。

飲み干すと惶真の身体が薄ら光る。

精神回復効果が現れたのだ。

精神回復薬には服用者の魔力を回復させるだけでなく、服用者の精神も多少ではあるが回復させる効能があるのだ。


「ふぅ…よし、多少落ち着いた。…おいっ、いつまで抱き付いてんだ、いい加減離れろ!」


一息吐き落ち着きを多少取り戻した後、己にしがみ付いたままのマナとカナの2人に離れろと言う。

「「えぇ~」」と不満な声を上げるも、このままでは動けないだろ、と言われ渋々間をあける2人。

惶真は「よし」と言うとバッグから二つの精神回復薬を取り出し二人にそれぞれ渡す。飲むように促されマナとカナも飲む。

マナとカナの身体も光り、惶真同様に多少ではあるが精神が回復し落ち着きを得る。


「ノロノロとやって来るなぁ。近付いて斬るのも嫌だし、生理的に嫌だし……よし魔法で吹き飛ばそう!そうしましょう!そうと決めたらささっとやろう!マナ、カナ!得意魔法でやっておしまい!」

「「うん『なの』……(なんだろ、オウマ『御主人様』ぽくない言葉使いの様な?)」」


不思議そうな表情で頷く2人。

どうやらまだまだ苦手意識は根深いようだ。


惶真のゾンビに対する苦手意識は幼少の頃である。

それは惶真の今は亡き両親が影響していた。

惶真の両親の趣味に映画鑑賞があった。

その映画のほとんだが【ゾンビ】が登場するホラー映画だった。

経済的に裕福とは言えない惶真の両親は、レンタルした物を鑑賞するのが楽しみだった。


両親達が見て楽しむのなら別に問題はないのだが、どうしてか息子にも一緒に見ないか、と誘ったのだ。

もしかしたら自分達の趣味に誘うとしていたのかもしれない。家族の時間を作ろうと考えていたのかもしれない。

だが、惶真にとっては有難迷惑だった。

勿論それを表に出す事はなかった。

忙しい中家族の時間を作ろうとしていた両親の気持ちを汲んだのだ。

仕方なく内心嫌々ながらも、そんな両親のゾンビ映画鑑賞に付き合った。

それが続けば、特に幼い頃の経験の積み重ねは惶真の中に一種の苦手意識トラウマが芽生えるのは仕方ないと言えたのだった。


もっともそんな苦手意識トラウマを持つ惶真だが、ガルダの近くにある村。ヴァニラとリムルの兎獣人親子が住む村で、住人を虐殺し魂のない生ける人形の状態で住人を蘇らせる行為を行っている。

苦手の対象はあくまで【ゾンビ】。人の姿をしたである。


魔法等の遠距離から攻めると決めた惶真達はすぐさま準備に入る。

ノロノロと進むゾンビ郡との距離はまだ余裕がある。

魔力を籠めたり、魔法詠唱の余裕も十分ある。


(魔力解放…魔方式展開…魔力充填……魔力超充填…)


惶真はゾンビ群の上空に村で行ったのと同じ黒魔法の魔法陣を展開、そして目に見える敵全てを標的に認定する。そして魔力を籠める。村で行った時よりも多くの魔力を注いだ。

本来なら必要のない量を注いだだろう。

惶真の魔力ストックがほぼ空になるくらい注いでいた。

早く面前から消えてくれ!そんな気持ちが逸っての事だった。

そして、惶真は”標的逃さず始末するブラッド・ラスト”を発動した。


マナの習得している技能は武技の類が多く、魔法の扱いはいまいちだった。

身体強化技能や、感覚強化技能、あと魔法に対する抵抗力。

唯一習得出来ている魔法は、己の固有魔法である浄化の最高位魔法である『恩恵・昇天』のみだ。

(もしかしたらゾンビにも効くのかな?)とか考えが浮かんだのだが、今まで試行した事が殆どない。なので今回は他の武技を使う事にした。

マナはクロスレイピアを弓を引くように構える。

そして、クロスレイピアの先端に埋め込まれている宝石を中心に魔力を籠める。

魔力を籠めるとクロスレイピアの宝石部分が朱色に光り、その光は剣全体を照らす。

まるで朱色の光の剣となった。


「よぉしっ!準備完了!いくよぉ!”レディアルショット”!!」


朱光の剣がまるで貫く弓の如く標的であるゾンビに奔る。


カナはこの3人の中で最も魔法適性を持っている。

保有している属性は基本属性である【火、水、風、地】に、自身の『固有魔法である属性【白】』の5種類の属性を有している。

カナは攻撃魔法よりも自分の恩恵属性である【白】に属する魔法を得意としている。

【白】の属性の治癒魔法。惶真は怪我を負う事は殆どないので、自ずと剣で前に出るマナに行うのが殆どだ。

他には相手を拘束する捕縛魔法。主に鎖による対象を縛るのが基本だ。

攻撃系の属性魔法は魔方式を知らないと言う理由から使っていない。

これまでは魔力を光に変換し武器の様に射出する魔法を使っていた。これは惶真の”標的逃さず始末するブラッド・ラスト”が影響しているのだろう。

村で感覚共鳴した際に惶真の魔力と一緒に魔方式が流れて来たものである。ただ惶真の魔法の属性は【黒】なのでそのままでは使えないのでアレンジして使用しているのである。

アレンジすると言う魔法適性の高さから、今後学ぶ機会があればあらゆる魔法を行使できる【賢者】に至れる素質があったりする。

カナはクロスロッドを前に構え魔方式を展開する。するとカナの周囲に白い剣が幾つも現れる。

その剣は惶真の『魔剣インテリジェント・ソード』とマナのクロスレイピアの形状に似ていた。


「光の剣はここに集う、悪しき敵を撃ち抜く光ならん…”ホーリーソディット”なの!」


純白の光と共に『剣』がゾンビ目掛け放射された。


惶真、マナ、カナと共に、魔狼フェンリルもゾンビ群を迎撃する為に大きく息を吸い込む。

主の敵は消え失せろ!と敵意をゾンビ群に向けながら吸い込んだ空気を衝撃波ハウリングボイスとして撃ち出した。

衝撃波は円を描く様にゾンビ群に命中した。



それぞれの持つ遠距離魔法がゾンビ群が命中した。

惶真の”標的逃さず始末するブラッド・ラスト”。

マナの”レディアルショット”。

カナの”ホーリーソディット”。

フェンリルの”衝撃波ハウリングボイス


惶真の魔法が上空からゾンビ群を狙い命中する。

マナの朱色の光が着弾と共に周囲を巻き込むように爆発する。

カナの純白の魔剣が貫いていく。

フェンリルの衝撃波にゾンビ群は吹き飛ばされる。

そして激しい攻撃に煙が漂う。

少しやり過ぎたかと思う惶真達。


そして土煙が晴れる。

晴れた事で先程よりも状況が悪化した。それは見た目がである。

3人+1匹の攻撃を受けてもゾンビ群は消滅する事なく、倒れている者は再び気味の悪い唸り声と共に立ち上がり進攻しようと歩を進めようとする。

勿論ゾンビも攻撃による損傷が見られる。いやその損傷が却ってゾンビ群の気味の悪さを増加させた。

頭を撃ち抜かれたもの、腕や足が引き千切れ掛けのもの、身体の一部が消えているもの。

損害した事で腐敗臭がきつくなる。

それらのゾンビ群は引き摺りつつ近付いて来る。

その光景はまさしくホラーだった。

そのゾンビ群の姿にマナとカナは悲鳴を零し、惶真は青ざめながら表情を引き攣らせる。


(これ、どうしたらいいんだぁ!?)

(一体どうしたらいいのよぉ!?)

(こ、困ったのぉ!?)


ほどほど困り果てる惶真達。一旦後方のもっと下がる。

接近してきたゾンビはとりあえずフェンリルに相手になってもらう。

その強靭な爪でゾンビを切り裂く。しかし倒すに至らない。ゾンビの動きが鈍い。攻撃も緩やかなもの故にフェンリルも一撃を貰う事はなかった。しかい大群に囲まれればどうしようもなくなる。

フェンリルは衝撃波ハウリングボイスでゾンビを遠くに吹き飛ばしなんとか時間を稼ぐ。


「どうすりゃいいんだ…」


そんな声が惶真から零れる。

その声に『剣』が反応し声を掛ける。

一つの功名の光を惶真に齎した。


”マスター!アイテハフシヲモツゾンビデス!マナノ”昇天”ノマホウナラ、キクトオモイマス!”


その情報に「マジ良い事言ったMy剣!」と心から感謝し褒めた。


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