silver baretto

流民

第1話

「あの日、あたしが見た物を、あたしは一生忘れないだろう……」


 暗闇に響き渡る銃声、この街ではけして珍しい物ではない。そんな日常と非日常とが交差する街。それが、このクルクスと言う街。そして今夜もヴァンパイアとそれを追うハンターとの熾烈な戦いは今日も繰り広げられている。

「こっちだ! その角を曲がった所の袋小路に追い詰めろ!」

 ハンター達のリーダー指示を送る。リーダーを始め精鋭一五人からなるヴァンパイアハンター達は、無駄のない動きでヴァンパイアを追い詰める。

「ついに追い詰めたぞ、セリェブロー! 今日がお前の命日だな」

 リーダーはセリェブローと呼ばれたバンパイアに銃口を向ける。セリェブローは赤く光る眼を向けたまま、とがった牙が少し見える口を少しいがませた様な笑みを浮かべる。

「撃て!」

 リーダーの命令の下、精鋭達は一斉にセリェブローに弾丸を撃ち込む。激しい銃撃の音と、溢れかえる硝煙の匂い、それに辺りに飛び散った弾があらゆるところに跳ね返り、その細かな破片が辺りに煙を立ち込めさせる。

「やったか?」

 銃撃の音が静まり返り、煙もだんだんと収まり、セリェブローのいたあたりのがはっきりと見えだす。

「奴は?」

 そこにはセリェブローの姿は見えない。

「挽肉にし過ぎちまいましたかね?」

 一人の部下の軽口に他の者もつられて笑うが、リーダーはそれを戒める。

「確認ができるまで気を抜くな!」

 リーダーがそう言ったその時、一陣の風が辺りを吹き抜ける。

 その瞬間、辺りに立っている部下たちは次々に苦しみながら倒れ込む。

「な!? い、いったい?」

「ふふふ、あなた方の弾は安物ですねー、これじゃ駄目です。こんな物じゃ私にはかすり傷もつける事は出来ませんよ」

 リーダーの背後でセリェブローの声が聞こえる。

「き、きさま! いったいどこに?」

 異様な気配に、背後を振り向くことも出来ずに声を上げるリーダー。

「ふふふ、あなた方の血などいりません。私が欲しいのはただ一人。メディウムの血のみ。あなた方にはここで消えてもらいます」

「メ、メディウム?」

 セリェブローはそっとリーダーに手をかざす。そのかざされた手は、生命を吸取るかのように、そのリーダーの肉体を干乾びさせ、終いには煙のように細かい塵になり、風に舞い街の闇に消えていく。

「ここにもいませんね……メディウム……どこにいるのでしょうか?」



 五年前……


「おいアルジャン! お前、飯はまだできないのか? 全く早くしろ!」

「す、すいません親方。今できますから」

 怒鳴りつけられる一人の青年。見事なほどの銀髪に、スラリとした細い手足、そして吸い込まれるそうなほど蒼く澄んだ瞳。その姿はなよなよとしていて、とても男のようには思えない。

「親方、出来ました」

 今できたばかりのご飯を親方に手渡すアルジャン。それを一口食べ、親方は勢いよく吐き出す。

「て、てめー! 塩と砂糖間違えただろう! もうお前なんかいらん! 出てけ!」

 激怒る親方を宥める一人の少女。

「もうお父さん! いつもアルジャンをそんなに怒鳴りつけたらかわいそうでしょ! アルジャン、気にしなくてもいいからね」

 アルジャンにやさしく声を掛ける少女、ジリッツァにアルジャンはあたまを掻きながら礼を言う。

「いえ、でも僕が間違えたんだし……」

「まったくだ! 本当にもったいない事しやがって! 今度やったら本当に追い出すからな! わかったな? もういい、仕事だ、仕事!」

「は、はい親方! あ、ジリッツァさんありがとうございます!」

 ぺこりと頭を下げて親方について行くアルジャン。それを見送るジリッツァ。

「まったく、あの二人は仲がいいのか悪いのか……」

 ジリッツァはそう言うと自身も家の中に戻る。

 

「ところでアルジャンよ、お前俺ん所に来てもうどれくらいになる?」

 突然親方に話し掛けられるアルジャン。

「えーと……」

 指を折ながら数えるアルジャン。

「今が十六で……僕が十二の時に来たんで、もう五年になりますかね?」

 少し呆れたようにため息をつく親方。

「お前な、もう五年も俺と一緒に仕事してて、まだそんなもんか? 出来るやつならもうそろそろ独り立ちしててもおかしくないぞ? まったく……そんなんじゃジリッツァを安心して預ける事も出来やしね……」

 最後の方はアルジャンには聞き取れなかったが、自分の技量が全然足りていないことにアルジャンは自分でも解っており、素直に頭を下げる。

「すいません親方……」

「もういい、とにかく早く一人前になって、お前も独立しろ! ほら、それがわかったら、この木材あそこまで運んで、カンナ掛けとけ!」

 親方はそう言うとまた建てかけの家の中に戻っていく。

 

 一日の作業を終わらせる声が親方から聞こえる。

「おいアルジャン。そろそろ上がるぞ」

 木材にカンナを掛けながら、アルジャンは返事する。

「あ、はい親方」

 アルジャンのかけたカンナ屑を拾い、親方は少し頷く。

「アルジャン、お前少しは出来るようになったな」

 親方の言葉にアルジャンは嬉しくなり、深く礼をする。

「ありがとうございます親方!」

「よし、片付けて帰るぞ」

「はい!」

 テキパキと道具を方付け、アルジャンと親方は家路につく。

 家に帰るとジリッツァが声を掛けてくる。

「お帰りアルジャン。お疲れ様」

「ありがとうございますジリッツァさん」

「おいおい、お前自分の父親には挨拶なしか?」

「あら、父さんもいたの?」

「全く……」

「まあ、そんな事はどうでも良いじゃない。さあ、ご飯出来てるわよ」

 三人は食卓につき、夕食を食べる。そして一足先に夕食を食べ終わるアルジャン。

「ご馳走さでした」

 そう言うとアルジャンは道具を手入れするため、納屋に行く。それを見計らったかのように、親方がジリッツァに話しかける。

「なあジリッツァ。アルジャンの事どう思う?」

 食器を片付けながらジリッツァは返事をする。

「どうって?」

 少しどぎまぎしながら答える親方。

「いや……その……なんだ……あれだ、あれ、お前アルジャンの事好きか?」

 ニッコリと笑って答えるジリッツァ。

「うん、あたしアルジャンの事好きよ。真面目だし、優しいし。そりゃ、まだ仕事はちゃんと出来ないかもしれないけど、いつか一人前になって大きく成長するんじゃない? そしたら誰かと結婚でもしてここから出て行くんでしょうね~。 ほんと、なんだか弟みたいな感じよ」

 親方は意図した事と違う答えが来て少したじろぐ。

「いや……そう言う事じゃなくてだな……」

「何が?」

「あー、もういい! 風呂だ、風呂!」

 そう言って親方は風呂場に向かう。

「変な父さん」

 そう言いながらも食器を片付け終わり、薬缶に水を入れお湯を沸かしお茶の用意をする。そしてお湯をポットに入れお茶を煎れる。ポットから紅茶の香りが立ち上り、ポットの中の紅茶を二つのカップに入れ、それを持ってアルジャンのいる納屋に向かう。

「アルジャン、お疲れ様。お茶入ったわよ」

 そう言ってアルジャンにカップを手渡す。

「あ、ありがとうございますジリッツァさん」

 それを受け取り、紅茶を一口すする。

「お父さん道具の使い方荒いでしょ?」

 ジリッツァも紅茶をすする。

「いえ、とんでもない! 親方は凄く大事に道具を使われています。僕が手入れをするまでも無いくらいです!」

 そう言って手入れした道具を見せるアルジャン。

「ふーん、そうなんだ」

 そう言ってまた紅茶をすする。二人の間に少しの沈黙が降りるが、その静寂に耐えきらないようにジリッツァが声を上げる。

「さて、私もお風呂入ってもう寝ようかな。アルジャンも早く寝なさいよ!」

「はい、もう終わるんでこれが終わったら寝ます。あ、お茶ありがとうございます」

 それに手をひらひらと振り答えるジリッツァ。

 ほどなくして道具の手入れを終わらせ、一つ大きく伸びをして立ち上がるアルジャン。

「さて、僕もそろそろ寝ようかな」

 アルジャンはそう言うと自分の部屋に戻り、ベットに倒れ込む。そして今日親方に誉められたことを思い出し、少し口元を緩ませながら眠りに落ちていった。


 それは突然の事だった、夜中に親方の怒鳴り声が聞こえる。その声で眼を覚ましたアルジャン。ベットから跳ね起き、声のする方に駆け出す。

「親方!? どうしたんですか?」

「アルジャン!? 来るな! ジリッツアを連れて逃げろ! ヴァンパイアだ!」

「ヴァ、ヴァンパイア!?」

「早く、ここは俺が何とかくい止める! ジリッツァを連れて逃げろ!」

「でも……」

「いいから! アルジャン……ジリッツァの事、頼んだぞ!」

 親方はそう言って、ヴァンパイアに立ち向かうが、全く歯が立たず、ヴァンパイアに手をかざされ煙のように消えていく。

「お、親方! くっ! ジリッツァさん逃げましょう! もう親方は……」

 ジリッツァは放心状態のまま、今まで親方のいた場所を見つめる。

「ジリッツァさん! さあ、早く!」

 無理やり手を引っ張るが、ジリッツァはその場所から動こうともしない。そしてヴァンパイアはジリッツァに迫る。

「ジリッツァさん! 早く!」

 放心状態のジリッツァの前に立つヴァンパイア、今にもジリッツァの血を吸いだそうとしているが、少し眼を細めるヴァンパイア。

「おやおや、この娘……面白い。まさかこんな所で出会うとはな……その血、頂くとしようか」

 その時、ヴァンパイアに手近にあった物で殴りかかるアルジャン。ヴァンパイアの銀髪の頭に直撃するが、まるで効いていないかのようにそのままジリッツァに手を伸ばすが、そこの間に滑り込むように入るアルジャン。そして、アルジャンはジリッツァの代わりに血を吸われてしまう。

「小僧、私に血を吸わせるとは……まあいい。ノーブルたる私の主義には反するが……それもまたよかろう」

 血を吸われたアルジャンは、その傷口が焼けるように激しく痛み、もがき苦しむ。その姿を見てようやく、ジリッツァは正気に戻るが、そこにはもうヴァンパイアの牙が迫る。

 そして、アルジャンが最後に見た物は、ジリッツァがヴァンパイアに唇を奪われるのかのような仕草を無抵抗なままの状態のジリッツァだった。





 一発の銃声が轟く。そこには、心臓を打ち抜かれ倒れ込むヴァンパイア。

「ちょっと、ヴァンパイアさん。死ぬ前にひとつ教えてほしい事があるの」

 見事な銀細工のリボルバーを手に、ヴァンパイアに歩み寄るハンター。

「き、貴様に教える事など……」

 ヴァンパイアの顔を思いっきり蹴り上げるハンター。

「素直に教えてくれれば直ぐに楽にしてあげるわよ、ヴァンパイアさん」

 打ち抜かれた身体から青白い火が点き、燃え始めるヴァンパイア。

「名前かどうかは解らないけど、ノーブルっていう銀髪を探してるんだけどね、あんたらのお仲間さ。知らない?」

「ノーブル? 貴様、それを誰だか解って……お前、まさか!? ふ、ふははは、そうかお前あの娘か……貴様は我々からすれば呪われた者……ここでお前を仕留め損ねるとはな……まあいい。いつかお前は、お前の探し求める者に再開するだろう。しかし、その時お前は後悔する事になるだろう。その時を楽しみにし……」

 また銃声が響き渡る。今度は今、話していたヴァンパイアの眉間にハンターの手に持った銃から銀の弾が撃ち出され、そこを中心に青白い炎が広がり、瞬く間にヴァンパイアを灰に変えていく。

「おしゃべりは嫌いだ」

 ジリッツァの後から誰かが近寄り、声をかける。

「よう、ジリッツァ。今日も首尾は上々のようだな」

 振り向きもせずに答えるジリッツァ。

「こんなザコいくらやっても……」

「まあそう言うな」

 そう言ってジリッツァを宥める男。そして思い出したかのように紙切れを胸ポケットから取り出す。

「そうそう、一つ情報だ。お前が追ってる奴かどうかは解らないが、クルクスの街にかなり手強い奴がいるらしい。賞金も相当な額だ。行くだろ?」

 そう言って男は手配書をジリッツァに見せる。その手配書には顔はほとんど写っていないが、黒衣に銀髪、確かに特徴は似ている。最も黒衣はヴァンパイアなら光を避ける為に皆黒衣だから特徴にはならないが、それでも銀髪は気になる。ジリッツァはその手配書をひったくるように取り、歩き出す。

「行くんだろ? クルクス」

 後から着いて来る男に、コクリと頷いて返すジリッツァ。クルクスの街はそう遠くない、しかし夜に街を移動する者はほとんどいない。だが、ジリッツァは臆することなく、街の外に向かって歩き出す。

「おいおいジリッツァ。まさか今から行くんじゃないだろうな? 止めとけって、いくらお前さんが強いって言ってもそれは危険だぜ」

「今から行けば夜明けには着く。嫌ならバトラーはこの街に残ればいい。あたしにはコレがあるから大丈夫さ」

 ジリッツァは今まで使っていた銀細工の見事なリボルバーを見せ、馬に跨がるとそのまま駆け出す。

「やれやれ、とんでもない娘に付いちまったぜ。おい、ジリッツァ。待てよ、俺も行くから!」

 バトラーも馬に跨がり、ジリッツァの後を追う。


 ジリッツァの言ったとおり、クルクスには夜明けには着き、二人はそのまま街を見て回り、ハンターの集まる酒場に行く。ハンターは基本的に夜間の仕事で、昼間は飲むか寝るか位しかする事もなく、街の者からは昼行灯と言われてはいる。しかし、それでもなくてはならない存在だ。だが荒くれ者も多い事もあり、街の人々からは英雄視するか、厄介者を見るような眼で見られる。

 酒場に着いた二人はカウンターに腰掛け、マスターに酒を頼むついでに手配書を見せる。

「マスター。こいつの事なんだが」

 マスターはちらりと手配書を見て話し出す。

「あんたらもセリェブローの賞金目当てに来たのかい? 止めときな、今月に入って腕利きのハンター達がもう何人もやられてる」

 そう言ってグラスに入った酒を二人の前に差し出す。

「セリェブローって言うのか?」

「ああ、こいつが来てからもう何人も街の若い娘がやられてるよ。ちょうど、お嬢ちゃんくらいの年の娘がな」

 マスターはそう言って、フードを深く被ったジリッツァに目を向ける。

 けしてヴァンパイアは娘の血のみを求める訳ではない。手当たり次第に血を吸っていく奴もいれば、ノーブルと名のったヴァンパイアのように、上位のヴァンパイアになると娘の血のみを求めるヴァンパイアもいる。

 セリェブローと呼ばれるヴァンパイアもその類だろう。

「ジリッツァ。目当ての奴とは違うんじゃないか?」

「解らない……でも、手掛かりは有るかもしれない。あたしは今晩から動くよ。バトラーはこのまま情報を集めといて」

 そう言うとジリッツァはグラスに入った酒を一気に煽り、フードを深く被ると、酒場を出て行く。

「全く、人使いの荒い嬢ちゃんだ」

 一人ぼやくバトラー。

「マスター、もう一杯同じもんくれ」

 マスターはグラスにバーボンを注いで立ち去る。


 

 再び五年前……


 目が覚めるアルジャン。まだ噛まれた場所が激しく痛むが、なんとか身体を起こし、横たわるジリッツァに這い寄る。

「ジリッツァさん……大丈夫ですか、ジリッツァさん」

 身体を揺さぶるが返事はない。しかし、呼吸は有るようなので、死んでいるわけでは無いようだ。

「くそ……僕にもっと力があれば……」

 身体の痛みにもまして、ジリッツァと親方を守れなかった自分の不甲斐なさに、涙がこぼれる。

「喉が渇いた……それに、今何時だ?」

 アルジャンの痛みは少しずつ和らいできており、なんとか立ち上がるとそのまま井戸の方に向かう。時間はちょうど昼を回ったくらいで、太陽の光が強烈に照りつける。

 アルジャンは開け放たれた扉に手を突いたその時、強烈な痛みが身体に走る。

「グワァッ!」

 勢いよく扉から手を放し、そのまま後ろに倒れ込む。太陽の光に照らされた手は、まるでやけどを負ったようにただれるが、すぐに煙を上げながら元に戻っていく。

「ま、まさか……僕まで……」

 自分の姿を確認するため立ち上がり、鏡の前まで歩き、そして鏡に映った自分の姿を見る。その姿は、以前とはほとんど変わりはない。しかし、突き出たように伸びる八重歯に、もともと蒼かった瞳は、赤くまるでその色は血のようだ。

「こ、これが……僕?」

 自分の顔に手を当て、その突き出た八重歯に触れる。振れたその時、怒りや悲しみのない交ぜになった感情が湧き上がり、「ウワァァァ!」という叫び声を上げ、鏡に映る自分の姿を消すかのように鏡を殴り粉々に砕く。

 殴りつけた手は、傷だらけになるが、それもすぐにヴァンパイアの身体は治してしまう。

 しばらくの間叫び続け、事切れたかのようにへたり込み今度は気が触れたかのような笑い声を上げる。

「はーはっはは、はは……ははは…………」

 その笑い声でジリッツァは目を覚ましたのか、痛むからだを引きずるように起き上がり、アルジャンの傍らに立つ。

 ジリッツァはアルジャンの姿を見てなんと声をかけて良いか解らず、ただ後ろからそっと抱き締める事しかできなかった。

 ジリッツァ自身、父親を亡くし、その悲しみに涙してしまいそうになるが、しかし今はそれよりもあのノーブルと言っていたヴァンパイアへの復讐の気持ちが強くあった。

 しかし、今は目の前で気が触れたかのように笑っていたアルジャンが、その笑いを涙に変え泣き崩れる姿をそっと寄り添っていたいと心の底から思った。

 そしてアルジャンは泣き疲れたのか眠ってしまい、それに寄り添いジリッツァも眠りについた。


 アルジャンが目を覚ますと、辺りは夜の闇が支配していた。普段ならランプに火を灯し、灯りをつけるところだが、今は窓からこぼれる月明かりだけで充分に辺りが見渡せ、その夜の景色は今まで見た中でも最も美しいとさえ感じた。その事で、自分がヴァンパイアになったことをまた思い出してしまう。

「すべてが夢だったら良かったのに……」

 誰にも聞かれることも無いほど小さく呟き、ふと隣を見ると少し服がはだけ白く輝くような首筋が見える。ジリッツァだ。

 眠る前に感じた喉の渇きが蘇り、今にもジリッツァの首筋に噛みついてしまいそうになる気持ちを抑え、その場から立ち上がり、喉を潤す為に井戸に向かう。

 水を汲み上げ、それをゴクゴクと飲むが、いくら水を飲んでも喉の渇きは収まることはなく、またジリッツァに目をやってしまう。

『ダメだ! ジリッツァさんにそんな事!』

 頭の中ではそう思うのだが、身体がそれを拒めない。そっとジリッツァに近寄り、ジリッツァの首筋に牙を立て噛みついてしまいそうになったとき、ジリッツァが目を覚ます。

「アルジャン……?」

 目を覚ましたジリッツァから飛び退き、何事もなかったかのように振る舞うアルジャン。

「目が覚めましたか?」

「ええ、どれくらい寝てたのかしらあたし……」

「僕もさっき起きたところで、よくわかりませんが……半日位でしょうか?」

「そう……」

 ジリッツァとアルジャンの間に沈黙が降りる。そしてその沈黙を破るかのようにジリッツァが静かに語る。

「あたし達……もう人じゃないのよね……」

 問いかけるとも独り言ともつかない言葉を漏らすジリッツァ。その言葉に、少し頷く事しかできないアルジャン。

「ジリッツァさん、僕昔少し聞いたことがあるんです」

 おもむろに語り出すアルジャン。アルジャンに目を向けるジリッツァ。

「ヴァンパイアになった者を人間に治す事の出来る人の事を」

「ほ、本当に!?」

「ええ、確か……メディウムと呼ばれる人達ならヴァンパイアを治す事が出来るって……」

「じゃ、じゃあそのメディウムを探せば……」

「ええ、治す事が出来るかもしれません」

 ジリッツァの顔に少し笑みが戻るが、すぐにまた暗い顔になる。

「どうしたんですか?」

「え? ああ、うん。あたし、けしてヴァンパイアでいたいわけじゃないの……でもね、もし人間に戻ったら、このヴァンパイアの力は失ってしまうでしょ?」

「ええ、まあそうですね……」

 アルジャンはジリッツァの言葉の意味を掴みかね、少し言葉尻を濁す。

「人間に戻るその前に……あいつに復讐したい!」

「ジリッツァさん! ダメで、それは危険です! それは僕が必ず親方の仇を取りますから、ジリッツァさんは人間に戻って幸せに暮らしてください! お願いです。親方は最後に僕にジリッツァさんの事を頼むと言っていました。 だから僕は親方との約束を守らないといけません! だからジリッツァさんは……」

 アルジャンの言葉を遮るジリッツァ。

「ダメよ! あたしの手で、必ずお父さんの仇を討つ! じゃないとお父さんが……」

「しかし……」

「アルジャンが何と言おうと、あたしはこの手でお父さんの仇を討つ!」

「……わかりました。では、私もお手伝いします」

 首を振るジリッツァ。

「ううん。アルジャンにはメディウムを探してほしい。あたしがお父さんの仇を討ったらすぐに人間に戻れるように」

「いやそれはあまりにも危険です!」

「大丈夫、心配いらないわ。あたしちゃんと一人で仇を討って見せるから! だからお願いアルジャンはメディウムを探して! ね?」

 ジリッツァが懇願するような眼でアルジャンの方を見る。そのまっすぐな瞳には復讐の色に染められ、周りを見失ってしまうのではないかと心配になるほどだ。

「ジリッツァさん……わかりました。でも、無理だと思ったら必ず逃げるか助けを求めて下さいね! 良いですね?」

「わかった。ありがとうアルジャン」

 アルジャンはジリッツァの事を心配に思いながらも、内心少しほっとしていた。このままジリッツァと一緒に居れば、自分はいつかジリッツァの血を求めてしまうのではないだろうか? そう思ったのだ。

 そして二人は夜が明ける前に旅支度を整え、旅に出る。しばらくの間は一緒に旅をしていたが、その間にジリッツァとアルジャンの身体に、明らかな違いがある事に二人は気が付いた。アルジャンは典型的なヴァンパイアの身体で、いくら黒い服に身を包んでいても、太陽の光を浴びると酷い火傷を負ってしまう。しかし、ジリッツァはそうでもなく、太陽の光に弱いのは確かだが、アルジャン程火傷を負う事もなく、黒い服に身を包んでさえいれば、昼間でも充分に行動が出来るほどだった。

 二人の身体にどうしてこんなにも差が出来たのかは解らないが、それが切っ掛けにもなり、二人は別々に旅を続ける事になる。

「じゃあ、アルジャン。また会いましょう必ず」

「ええ、ジリッツァさん・・・・・・絶対に無理はしないでくださいね」

 二人は少し抱き合い、別々の道を歩き始る。二人の姿は夜の闇の中に溶け込み、お互いの姿はすぐに見えなくなる。






 クルクスの街に夜の闇が降りる。ジリッツァはベットから起き上がり、身支度を整え、最後に銀細工のリボルバーを手に取る。

『お父さん、今日も私を守って』

 そう願いを込めると、リボルバーに銀で出来た弾を込め、それをホルスターにしまい込む。部屋を出た所でバトラーに声をかけられる。

「よう、ジリッツァ今から行くのか?」

「ああ、もうそろそろ奴らの動き出す時間だからね。で、何か解った事は?」

 少し顎に手を当てて考えるバトラー。

「うーん……実はあんまり解ってない。どうも最近クルクスに来たばかりだという事と、若い娘しか狙わないということ以外は全くだ」

「そうか……まあいい。とにかくそいつに会えば解る事だ」

 ジリッツァはバトラーを置いて出ようとするが、そこでもう一度バトラーに呼び止められる。

「おいジリッツァ。今回の奴……本当にかなり手ごわいみたいだ。いくらお前のシルバーバレットでも少し苦戦するかもしれないぞ」

 バトラーの方を振返り、不敵な笑みをこぼす。

「あたしを誰だと思ってるんだい? あたしの放つシルバーバレットの前に、今までまともに立っていたヴァンパイアはいないよ。今回も、青白い炎に焼かれ灰になるだけさ」

「全く、お前さんのその自信は何処からくるのか……まあ、腕は確かだがな。とにかく、もしノーブルってやつなら相当手強いはずだ。危なくなったら逃げろ! いいな?」

 ジリッツァはバトラーに背中を向け、その言葉に軽く手を振って答え、フードを深くかぶると、そのまま宿の外に出て行く。

 夜の街は人気もなく、ほとんどの人は家にこもり、夜に出歩くのはハンター位しかいない。しかし、いくら家の中にこもっていても、ヴァンパイアは容赦なく襲ってくる。だから人々は家のあらゆる所に魔除けを置いてあるが、そんな物は高位のヴァンパイアにはほとんど効果が無く、家に入られたらもう防ぎようがなかった。そこで、ハンター達が夜の見回りを行い、なんとか安全が保たれてはいるが、それでも毎日のように被害者が出ている。そしてヴァンパイアに血を吸われた者はヴァンパイアになり、その新たなヴァンパイアがまたヴァンパイアを産むという悪循環ができている。

 静けさを漂わせる街を随分と長い時間一人歩くジリッツァ。まだ一人もヴァンパイアを眼にしていないし、気配も感じていない。

「今日は外れかな? もう少し回ったら帰るか……」

 そうぼやきながら、街の中を歩いて回る。その時、銃声が街の中に響き渡り、少し騒がしくなる。その音を聞いたジリッツァは音のした方向に駆け出す。

 ジリッツァが着いたときには、また街には静けさが戻り、その後にはハンターだった者達の亡骸ともいえないような無残な物が横たわる。そしてその奥に一人のヴァンパイア。

 ジリッツァはそのヴァンパイアを見たとき、戦慄が走る。そう、なぜならそのヴァンパイアはアルジャンだったのだ。

「アルジャン……どうしてここに?」

 声をかけられたヴァンパイアは振り向く。

「ほう……まだハンターが残っていましたか。まあ、あなた一人では私には勝てません。今日は少し疲れました。見逃してあげます。立ち去りなさい」

 ジリッツァはフードを下ろし、顔を見えるようにする。

「アルジャン、あなたなんでしょ? あたしよ! ジリッツァよ」

 少し顔をしかめてジリッツァを見るセリェブロー。

「はて? あなたは……お仲間のようですが? なぜ人間の味方なぞ? それに私はアルジャンと言う名前ではなく、セリェブロー。お間違えなきよう」

 惚けているのか? それとも本当に別人なのか? ジリッツァには全く解らなかった。しかし、あの顔は間違いなくアルジャン。なぜそんな嘘をつくのか? ジリッツァには全く解らなかった。

「ねえアルジャン! あたしのこと忘れたの? ずっと一緒にいたじゃない! お父さんの仇を討って、人間に戻ろうって言ったじゃない!」

 少し考え込むようなセリェブロー。そして、何かを納得したようにジリッツアに話しかける。

「ああ、もしかしてあなたはあの時の娘ですか? そうですか、それならこの身体の持ち主の事を知っていてもおかしくないですね。なるほど解りました」

 ジリッツァには、アルジャンの言っている事の意味が解らなかった。

「アルジャン? 何を言っているの?」

「ああ、これは失礼。 この身体の持ち主……名前は忘れましたが、そうですかアルジャンと言うのですね。彼はもういません。今はノーブルたる私セリェブローがこの身体を使っています」

「な!? そんな馬鹿な! お前! アルジャンに何をした?」

「私は何もしていません。これはすべて彼が望んだ事」

「ばかな! アルジャンがそんな事を……」

 ジリッツアの言葉を遮るセリェブロー。

「いえ、これは彼が望んだ事です。彼は、メディウムを探すため、若い娘の血を求め、たくさんの娘の血を吸ってきました。そのうちに、私の意識が覚醒していき、今はもうほとんどこの身体は私が支配しています」

 怒りに震えるジリッツァ。その手は腰に掛かったリボルバーに手をかける。

「おやおや、私に銃を向けるのですか? いくらお仲間でもおいたが過ぎるようですね……仕方ありません。同族同士で争いたくはないんですが……」

 セリェブローが動くのが早いか、ジリッツァが銃を抜くのが早いか、ほぼ同じタイミングで二人は動く。ジリッツァはセリェブローに照準を合わせ、リボルバーの引き金を弾く。その弾丸は確実にセリェブローの心臓めがけて飛ぶが、セリェブローはそれを難なくかわす。そして、一瞬の間にジリッツァに近寄る。しかしジリッツァはその動きを読み切り、近寄ったセリェブローに隠し持っている銀のナイフで切りつけるが、残像を残すほどの速さでそれを躱すセリェブロー。しかし、躱した先にジリッツァは銃弾を撃ち込む。それをぎりぎりの所でかわすが、セリェブローの身体を少しかすめる。

 弾丸がかすった所から青白い炎が少し上がるが、それはすぐに消え、傷口はすぐに再生されていく。その弾丸を受けたセリェブローは少し離れた家の屋根の上に立ち、ジリッツァに話しかける。

「あなたの弾……シルバーバレットですか。久しぶりですその弾を使う相手と戦うのは。もっとも、前にシルバーバレットを使っていた者も、私の前に倒れましたがね」

 屋根の上を見上げ、それに照準を合わせるジリッツァ。

「じゃあ、今日はお前が倒れる番だな。あんたはあたしには勝てないよ」

 鼻で笑うセリェブロー。

「元人間のヴァンパイアごときが、ノーブルである私に敵うとでも?」

 不敵な笑みを浮かべるセリェブロー。

「良いでしょう。今度は貴女のそのメディウムの血すべて吸い尽くしてあげましょう」

「!? い、今なんと言った?」

 セリェブローの言葉にジリッツァは動きが止まる。それを面白そうにも不思議なものを見るようにも取れる目で見るセリェブロー。

「その感じだと貴女は自分の事を知らなかったようですね。では教えてあげましょう。貴女はメディウムの血を受けついでいます。そう、アルジャンと呼ばれたこの身体が探していた血をね」

 その言葉はジリッツァには衝撃だった。狼狽え、セリェブローに向けていた銃口の照準が少しぶれる。セリェブローはその隙を見逃さず、一気にジリッツァに近寄る。それに気がついたジリッツァは慌てて照準をセリェブローに戻し、弾丸を放つがもうその時にはその場所にはセリェブローはおらず、ジリッツァはセリェブローを見失う。

「しまった! あたしとしたことが!」

 辺りを見渡すが、セリェブローは見当たらない。しかし、確実にセリェブローは近くにいる事は確かだ。ヴァンパイアとしてのジリッツァが同族が近くにいる事を教えてくれている。

『クッ、どこだ? やつはどこだ?』

 その時、背後に気配を感じる。

 振り向いて照準を合わせると、そこにはバトラーの姿。

「お、おいジリッツァ勘弁してくれよ!」

「バトラー!? どうしてここに?」

「お前さんの銃声を聞いて駆けつけたんだよ! 全く、俺に銃口を向けるとは、よっぽど追い詰められてるのか?」

 バトラーの姿に少し気を緩め、バトラーに背を向ける。

「バトラー、こいつはお前が言ってたように手強い。下がっていた方がいい!」

 バトラーにそう言って、またあたりを警戒するジリッツァ。しかしセリェブローの姿は見えない。だが、確実にジリッツァに近付いて来ているのはわかる。

 いつの間にかバトラーはジリッツァの背後に立ち、ジリッツァに話しかける。

「こんな子供騙しが通用するなんて失望しましたよ。外野が五月蝿くなる前に終わらせてしまいましょう」

「な!?」




 一年前・・・・・・


「早く、早くメディウムを探さないと・・・・・・」

 焦りばかりが募るアルジャン。ヴァンパイアになった今、アルジャンは夜にしか出歩くことが出来ず、メディウムを探すことも困難になってしまっていた。

 そして、アルジャンはジリッツァと別れた後、メディウムを探し続けるが、見つける事は出来なかった。

 その間、アルジャンは喉の渇きを動物の血を吸うことで抑えてはいたが、それだけではどうしても喉の渇きを押さえることは出来なかった。

 ジリッツァとは違い、完全なヴァンパイアとして生きていかなければならないアルジャンには、人を捜すことは困難を極めた。そしてある時、アルジャンは偶然見かけたヴァンパイアにメディウムの事を聞かされた。その話によると、メディウムとは純潔の若い娘であることが絶対的な条件で、もともとメディウムでも、純潔でなくなった時点で、その力は失ってしまうと言う事だった。そしてそのヴァンパイアはこうも言った。

「もしメディウムを探したいなら、若い娘の血を吸っていくのが一番早いぜ? それに若い娘の血は他の何よりも旨いしな。まあ、お前さんには難しいかもな。だいたいそういうのはもっと高位のヴァンパイアがかっさらって行くからよ」

 もちろん、最初は躊躇った。自分がヴァンパイアになって苦しんでいることを、他の誰かにも経験させなくてはならない。そんなことはアルジャンには出来なかった。

 だが、メディウムは見つからず、焦りばかりが募る。しかもいつも動物の血しか口にしていなかったアルジャンについに体力の限界が来てしまう。

「だめだ・・・・・・こんな所で・・・・・・倒れるわけには・・・・・・いかないんだ。ジリッツァさんが・・・・・・・・・・・・僕の事を待ってるんだ!」

 初めて娘の血を吸ったのは山の中に有る小さな村だった。体力の限界が来ていたアルジャンは、もう理性を失いかけていた。

 理性は失いかけていたが、ヴァンパイアとしての能力は冴え渡るようで、若い娘の匂いには敏感になっていた。そしてアルジャンは初めて人間の血を吸った。そして、その人間の娘の血のあまりの美味さに、我を忘れ血を吸い尽くした。

 血を吸い終わった時、そこには干乾び、元の形が解らない程の娘の姿を見てアルジャンは後悔した。

「僕は……僕はとんでもない事を……」

 だが、アルジャンはそれから何度も何度も娘の血を吸っていく事になる。その度に後悔するのだが、一度味わってしまった娘の血の味は麻薬のような快感で、次へ、また次へと血を求めてしまう。そのうち、アルジャンはその行為自体には罪悪感を覚えはするが、しかしこれは自分とジリッツァを救うためには仕方のない事と、自分の中で都合のいい言い訳をするようになり。気が付いた時には幾多の人間の血を吸い、その度にヴァンパイアを増やすか、吸い尽くして殺してしまった。

 そして、初めて娘の血をすってから半年たつくらいにはもう、目的すらも曖昧にメディウムを求めるようになってきていた。ちょうどそれぐらいの時からだろう、アルジャンの意識が少しずつ薄れ、自らをヴァンパイアの貴族たる『ノーブル』と名乗るようになり、名前までもアルジャンをセリェブローと変えた。

 しかし、これはアルジャンの意志ではなかった。それはアルジャンをヴァンパイアにした者、そう自らをノーブルと名乗っていたヴァンパイアの意識が覚醒してきたのだ。そうなった時にはもうアルジャンの意識は時折目覚める程度で、ほとんどの時間はセリェブローの意識に支配されていた。そして、セリェブローにもうほとんど意識を奪われ、自らが無くなりつつあったその時、目の前に懐かしい顔がある。そう、ジリッツァが目の前に現れたのだ。しかし、アルジャンにはセリェブローの意識に勝てるほどの精神力はもうほとんど残されていなかった。そして、ジリッツァとセリェブローが戦っている姿を傍観者の立場で見ている事しかできなかった。

 そして、セリェブローが言った言葉に、ジリッツァ同様アルジャンも驚き、動揺した。

『まさか、ジリッツァさんがメディウム!? そんな馬鹿な……だったらジリッツァさんはヴァンパイアではないんじゃないか? いや、でも、あの目に、あの牙は間違いなくヴァンパイアの物。じゃあ、いったい何で……』

 目の前でジリッツァが追い詰められる。その映像を黙って見ている事しかできないアルジャン。

『考えるのは後だ! とにかく、このままじゃジリッツァさんが危ない。何とかしないと』

 自分の意志に反して、セリェブローに乗っ取られた身体はジリッツァの背後に立ち、その体を包み込むように抑える。

「本当に、こんな子供だましが通用するなんて。よくそれで今までハンターとして生きていましたね?」

 ジリッツァは身動きが取れない。しかし、何とかこの状況を抜け出そうと足掻くが、セリェブローは見た目以上の力でジリッツァの身体を抑え込む。

「外野も五月蝿くなってきましたから、そろそろ終わりにします」

 そして牙を立て、ジリッツァの首筋にその牙を立てようとしたその時。セリェブローの動きが止まる。

『ジリッツァさん! 聞こえますか? 僕ですアルジャンです。今のうちにその銃で心臓を撃ち抜いて下さい! そうは長く抑えていられません! 早く!』

「ア、 アルジャン? しかし、そんな事をしたらアルジャンも?」

『そんな事言っている場合じゃありません! さあ早く!』

 アルジャンがセリェブローの意識を抑え込んでいるとはいえ、身体の総てを掌握している訳では無いようで、その身体は小刻みに震えている。アルジャンとセリェブローがその身体の中で戦っているのだろう。

『さあ、早く! もう本当に後少しだけしか……抑えて……』

「小僧! 邪魔をするな!」

 アルジャンの意識が薄れて行っているのだろう、セリェブローが声を荒げている。チャンスは今しかない。しかし、身体は包み込まれたまま動かす事は出来ない。唯一少しだけ動かせる左手に銃を持ちかえ、後ろに立つセリェブローの身体を撃ち抜くように照準を合わせる。それは自分の身体を撃ち抜き、そしてセリェブローの心臓も撃ち抜く。それでしか今のジリッツァにはセリェブローを撃つことは出来なかった。

「アルジャン……あたしと一緒に行ってくれるだろ?」

「何のつもりですか? そんな事あなたにでき……」

『はい、ジリッツァさん。ジリッツァさんと一緒なら』

 最後に優しく微笑むジリッツァとアルジャン。

「ああ……あの時のお父さんの言葉……今やっと意味が解ったよ。アルジャン。あたしはアルジャンの事好きだよ……」

 その言葉にアルジャンは少し微笑み返す。そして自分の心臓とセリェブローの心臓を撃ち抜く位置に銃口を押し当て、そして引き鉄に指を掛ける。

『お父さん。今からアルジャンと一緒に行くからね』

 心の中でそう呟くと、ジリッツァは一気に引き金に力を籠め、そこから打ち出される銀の弾丸は、ジリッツァの心臓を撃ち抜き、その威力をほとんど失わせる事なく、セリェブローの心臓も撃ち抜き、その弾丸は威力を弱める事なくそのまま飛び去る。そして、ジリッツァとセリェブロー、いや、もうアルジャンと言った方がいいのかもしれないその身体を青白い炎が包み、その身体を眩いほどの白い灰に変えてゆき。それは夜風に乗り、夜の闇の中に消えて行く。

 そして、その後にはジリッツァが使っていた銀細工の施されたリボルバーだけが、ただただその場所に残された。

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silver baretto 流民 @ruminn

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