第27話
「やっと着いたがね。お姫さん、ここを出れば、そこはヘイグと騎士達の戦いの場だがね。はっきり言って、どえりゃー危険だがね。それでも、行ってくれるかね?」
パルの問いに、メイシア王女は静かに頷きました。
「覚悟の上です。ニールが私の為に命をかけてくださっているように、私もニールの為ならこの命を惜しんだりは致しません」
「良い度胸だがね。それじゃあ、思い切って行くがね!」
そう言って、パルは杖で通路の壁を叩きました。すると、そこにぽっかりと穴が開き、出入り口が現れます。その穴を、パルと王女は手を取り合って同時にくぐり抜けました。
そして、穴を抜け出た二人の目に真っ先に飛び込んできたのは、床に倒れ伏すティグと、ヘイグの剣によって胸を貫かれたフィルの姿でした。
フィルの身体が、ゆっくりと崩れていきます。
「フィルさん!」
ティグが手の痛みに顔を歪めながらも上体を起こし、悲痛な声でフィルの名を呼びました。しかし、叫び空しくフィルの身体はそのまま床に倒れます。どさり、という音が玉座の間に響きました。
「フィル……爺ちゃん……?」
パルが、呆然としながらフィルを呼びました。しかし、フィルはパルの呼びかけに答えません。代わりに、フィルの胸部からはどくどくと血が流れ出し、フィルの真下に血溜まりを作り出しました。あまりの光景に、王女が顔を青くしてその場に座り込みます。
「フィル爺ちゃん……フィル爺ちゃん!!」
今にも狂い出しそうな顔で、パルがフィルに駆け寄りました。ローブが汚れるのも構わずに、フィルの傍らに跪きます。薄紅色のローブが、フィルの血を吸って赤黒く染まりました。
「また、だがね……」
パルが、ぼそりと言いました。その声には、全くと言って良いほど抑揚がありません。その声にギョッとして、ティグはパルを見ました。その目からは、絶え間無く涙があふれ出しています。その涙を拭う事もせず、パルはヘイグを睨みつけました。
「まただがね! 父ちゃんと母ちゃんと、村の皆と……そして今度は、フィル爺ちゃんと! お前は一体、どんだけ自分から家族を奪ったら気が済むんだがね、ヘイグ!!」
泣き叫びながら、パルは剣を拾い上げました。先ほど攻撃された際に取り落とした、ティグの剣です。
その剣を構え、パルはがむしゃらにヘイグに突っ込んでいきました。対するヘイグは胴を切り裂かれたとはいえ、まだ余裕があります。彼は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、右手でパルを指差しました。
その途端、室内だというのにそこには強烈な風が巻き起こりました。風は唸りを上げてパルに襲い掛かり、容赦なくその身体を後方へと吹き飛ばします。
パルは、元いた場所へと吹き戻されました。床に叩きつけられ、剣が折れてしまいます。パルは床に叩き付けられた際に全身を打ったのか、痛そうに顔を歪めました。それでも、パルは立ち上がろうとします。その顔には、ウェスティガーとの邂逅時よりも更に鬼気迫っています。
「うあぁぁぁぁぁっ!」
折れた剣を左手に、魔法の杖を右手に持って、パルは吼えるように叫びました。壁際に設置された蝋燭が次々にガタガタと揺れ始めます。蝋燭はやがて燭台から離れ、宙を舞ってヘイグへと襲い掛かります。パルは、左手の剣も宙に放りました。魔法の杖を振り、蝋燭と同じくヘイグを襲うよう操ります。
「食らうがね、ヘイグ!」
パルの掛け声と共に、蝋燭と剣がヘイグを襲います。しかし、ヘイグは慌てる事無くにやりと笑うと、軽く右手を振りました。
「甘い」
呟いた途端に、蝋燭も剣も、全てが動きを止めて床に落ちました。蝋燭の火が消え、その場は闇に包まれます。そこでヘイグは、パチンと指を鳴らしました。すると、いつの間にか燭台には新しい蝋燭が現れており、全ての蝋燭に火が灯ります。
「……そんな……」
あまりの実力差に、パルはへたりと座り込みました。その顔からは表情が消え、ただ涙だけが流れ続けています。
その顔を見て、ティグはギュッと心臓を掴まれたような気がしました。
パルが、泣いています。そのすぐ後ろでは、メイシア王女が青ざめた顔でこちらを見ています。その身体は、遠くからでもわかるほどに震えています。
自分のすぐ横に、倒れ伏すフィルの姿が見えました。顔は土気色になり、一見しただけでは生きているかどうかすらわかりません。
ティグは、自分の心臓が早鐘を打っている事に気付きました。火事場の警鐘のように激しく鳴り続ける心臓は、内側からティグを動かそうとするように脈打ちます。
無事である右手を床につき、ティグは右手に力を込めました。上体が持ち上がり、視線が高くなっていきます。ティグは右手と口を使って器用にマントを引き裂き、傷を負った左手に巻き付けました。そして、残りのマントをフィルの傍らに置き、代わりに床に転がったセフィルタを手に取りました。
セフィルタを支えに、ゆっくりと立ち上がります。
パルと、目が合いました。ティグは視線をパルからフィルに移し、先ほどのマントで止血をするよう目で訴えます。パルは無言で頷き、フィルの元へと歩み寄りました。
それと入れ替わるようにティグはフィルから離れます。そして、後を振り返らないまま言いました。
「姫様……パルとフィルさんの傍にいてください。頼りないかもしれませんが……今は僕が三人をお守りします!」
ティグは、セフィルタを構えました。上手く扱えなければ普通の剣となんら変わりないというセフィルタは、ティグの剣よりも少しだけ重く感じます。それでも、ティグはセフィルタを右手で掲げて見せました。
その様に、ヘイグが不愉快そうに顔を歪めます。
「生意気な小僧だ。素直に倒れておれば良いものを……。もう良い。お前達と遊ぶのには飽いたわ。お前も、ニールも、ゼルフィルドの血を引く者も、元王女も……皆まとめて、灰燼と化すが良い!」
叫ぶと同時にヘイグは両手を高く掲げました。その頭上には大きな雷雲が現れ、バチバチと音を立てています。その中から、一匹の狼が姿を見せました。……いえ、よく見ればそれは狼ではありません。狼の姿形をした、雷の塊です。
ヘイグは両手を頭上で円を描くように振りました。そして、鋭く右手を振り下ろします。
「死ぬが良い! ツィーシー騎国の愚かなる騎士どもよ!」
雷の狼が一声啼き、宙へと跳び上がりました。そして、跳び上がった勢いに乗って一直線にティグ達へと向かってきます。
狼が、その大きな口を開きました。するどい牙が見えます。王女が、思わず目を瞑りました。パルは身を呈してフィルを守ろうとします。
そしてティグは……セフィルタを大きく横に薙ぎました。
一瞬、暖かい風が吹いたようにパルと王女は感じました。風は二人の髪を優しく撫で、周りの冷たい空気を消し去っていきます。
ティグの目の前で、狼が一声啼きました。見れば、セフィルタの刃が雷でできている筈の狼の胴体を真っ二つに切り裂いています。断末魔ともとれるその声は、雷鳴のようです。やがて音が止むと、狼はだらりと力無く四肢を伸ばし、そのまま霧散していきました。
ティグが一人でセフィルタを扱えた事に、パルも、ヘイグも、そしてティグ自身も驚き、目を丸くしました。
「今、僕……」
「使った……。ティグ兄ちゃんが、一人でセフィルタを使って見せたがね……」
その唖然とした声に、フィルが薄っすらと目を開きました。彼は力無く目を動かし、視界にティグの姿を収めます。そして、セフィルタを構えるティグの姿に、ふっと目を細めました。
「私の狼を切り裂くとは……。騎士気取りの小僧が、生意気なっ!」
苛々としながら、ヘイグが両手を振りました。すると辺りには雷でできた無数の矢が現れ、一斉にティグに向けて放たれます。
ティグは、タン、と床を蹴ると、そのまま一直線に走りました。向かい来る矢をセフィルタで叩き落とし、前に走り続けます。叩き落とされた矢は、全て床に落ちる前に霧散して消えていきます。
いつしかティグは、ヘイグの眼前に迫り、セフィルタを振り上げていました。ヘイグの顔に、初めて焦りの色が浮かびます。
「おのれっ!」
ヘイグは左手を振りました。ティグとヘイグの間に、雷の壁が出現します。しかしティグは、そんな物は気にしないとでも言うように、一息にセフィルタを振り下ろしました。
セフィルタは、雷の壁ごとヘイグを縦に切り裂きます。
「ぐ……ぐぁぁぁぁっ!」
ヘイグの叫び声が、玉座の間に響き渡ります。その声に、王女は耳を塞ぎ、パルは眼を逸らしました。
しかし、ティグは耳を塞がず、眼も逸らしませんでした。セフィルタを振り下ろした姿勢のまま、じっとヘイグの姿を見詰めています。
やがて、ヘイグの身体が床に崩れ落ちました。そしてその身体は、魔獣達と同じく霧散し、終には消えて無くなりました。
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