第26話

「休憩は終わったか? 騎士どもよ」

 扉を開けた途端に、ヘイグの声が二人の頭上に降りかかってきました。ヘイグはその手に剣を持ち、歪んだ笑みを湛えた顔で二人を見ています。

「フィルさん、ヘイグが剣を……!」

「うむ。魔獣を失い、遂にヘイグ自身が戦わねばならなくなったようじゃな。あと一息じゃぞ、ティグニール」

 ティグを鼓舞するようにフィルが言いました。セフィルタを構えるフィルに、ヘイグは不機嫌そうに言います。

「小僧どもが生意気な事をしてくれおって……。こうなったら、二人とも楽には死なせん。少しずついたぶり殺し、私に刃を向けた事を後悔させてくれる!」

 そう言いながら、ヘイグは剣を構えないまま玉座から降りました。どうやら、ティグとフィルの一時撤退を見逃したのは一命を取り留めたティグを自らの手でいたぶり殺す為であったようです。それに気付き、ゾッとしながらもティグは剣を構えました。

 しかし、攻撃を仕掛けようとティグとフィルが駆け出そうとした瞬間、ヘイグが剣を数度振りました。すると、室内だというのにそこには暗雲が立ち込め、ティグとフィルに雷を落とし始めます。

「うわぁぁぁっ!」

「ぐっ……!」

 刺すような痛みと痺れに、ティグは叫び、フィルは呻きました。その様子を、ヘイグは表情の無い顔で見ています。

 暫くすると雷は止み、二人はその場に崩れ落ちました。剣を床に突き立て、何とか倒れるのだけは防ぎます。

 今の攻撃で死ななかった事を少しだけ不思議に思いながらも、ティグはヘイグを睨みつけました。すると、ヘイグは顔を顰め、ティグの方へと向かってきます。そして、ティグの目の前に来るや否や、思いきりティグの腹を蹴り付けました。

「うっ……!」

 呻き声をあげて、ティグが床に倒れ伏します。手から取り落とした剣が、カランと無機質な音を立てて床に落ちました。ティグの左手に、ヘイグは間髪入れずに剣を突き立てます。

「う……あぁぁぁぁっ!」

 痛みに耐えきれずに叫ぶティグの左手を、ヘイグは情け容赦なく蹴り付けました。更に激しい痛みが、ティグの左手を襲います。

「楽には死なせんと言ったはずだ。このまま死ぬまで激痛の中で苛まれていろ、小僧」

「……ティグニール……!」

 痛みに呻くティグの名を、フィルが絞り出すような声で呼びました。すると、ヘイグはフィルに向き直り、残忍な笑みを浮かべて言います。

「お前はこのまま、仲間が死んでいくのを目の前で見ているが良い。あの時と同じようにな」

 ヘイグの言葉に、フィルの顔が歪みました。その顔に、ヘイグは愉快そうに笑います。

「悔しいか? 見習い騎士の分際で私を倒そうなどと考えるからだ。そうだろう? ガルフィルド・ニール・エタルニアン!」

 その初めて聞く名前には見覚えがあると、ティグはぼんやりと思いました。激しい痛みが、逆に思考をはっきりとさせてくれているようです。

 あれは確か、パルの故郷である村での事です。パルはあの時、六十年前の護衛騎士団の名簿を広げてティグに見せ、「フィル爺ちゃんの名前も載っとるに」と言いながらページの一部を押さえて見せてくれました。そこには「G・N・エタルニアン」という名前が見習い騎士団員の欄に書かれていたように思います。

 あの時はパルがセオ・フィルグ・ゼクセディオンの血縁者だという事に驚いて殆ど意識していませんでした。ですが、こうして改めて名前を聞いて思います。

「フィルさんは……本当に姫様の護衛騎士団員だったんですね……」

 痛みで頭が混乱しているのか、自分で何を言っているのかがわからなくなってきました。そんなティグと、悔しそうな顔でティグとヘイグを見詰めるフィルを馬鹿にするように、ヘイグは言いました。

「残念だったな、ガルフィルド……いや、ニールと呼んで欲しいか? メイシア王女を救い出す為だけに六十年……。仲間を失い、歳老いても尚諦めずに戦い続けて、執念で亡きフィルグより受け継ぎしセフィルタを扱えるようにまでなった。加えて、新たな仲間まで見付けてきたというのに結果はこのザマだ。無様だなあ? なあ、ニール?」

「貴様がその名で私を呼ぶな!」

 激昂して、フィルが叫びました。すると、ヘイグは再び笑います。

「そうだ。そうだったな。お前をその名で呼んで良いのは、家族の他はメイシア王女だけだったな、ニール?」

「貴様っ!」

 怒りによって力が湧いたのか、フィルは勢い良く立ち上がりました。ですが、やはり負傷の影響は大きいようです。足元はふらつき、立っているのがやっとのように見えます。

「フィルさん……」

 左手の傷が発熱し始めたのでしょうか。熱に浮かされた声で、ティグはフィルの名を呼びました。自分を置いて、フィルだけでも逃げて欲しい。そう、願いを込めた声でした。

 ですが、フィルはよろめきながらもセフィルタを構えると言いました。

「待っていろ、ティグニール。すぐに君を助けてやる……」

 その言葉に、ヘイグは意外そうな顔をしました。

「何だ。名を呼ぶ事でもっと怒り狂うかと思っていたが……存外冷静だな、ニール」

 三度名を呼ばれ、フィルは不愉快そうに顔を顰めます。

「生憎、その程度で平静を完全に失ってしまうほど若くはないのでな」

「成程。無駄に歳老いてはいなかったか」

 そう言って、ヘイグはティグの左手から剣を抜き取りました。

「うっ……!」

 再び呻き声をあげたティグを無視し、ヘイグはティグの首筋に剣を当てます。

「だが、これならどうだ? これでも平静を保っていられるか、ニール?」

「! 貴様……!」

 ヘイグを睨みながら、フィルは呻くように言いました。その様子を、実に楽しそうに見ながらヘイグは言います。

「座興は終いだ。そろそろ終わりにしようではないか。なあ、ニール?」

 そう言って、ヘイグは剣を振り上げました。このまま剣を振り下ろせば、ティグの首は簡単に飛んでいまうでしょう。

「ティグニール!」

 フィルが、ティグの名を呼び駆け出しました。その顔にいつもの余裕はありません。

 ヘイグが、剣を振り下ろしました。

 フィルは、ヘイグとティグの間に無理やり身体を割り込ませると、ヘイグに向かってセフィルタを振り抜きます。

 セフィルタはヘイグの胴を切り裂き、同時にヘイグの剣がフィルの胸を貫きました。

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