第19話

 マジュ魔国宮殿の上空は、相も変わらず黒い雲で覆われていました。重く湿った空気を吸いながら、ティグ達は宮殿の前に佇んでいました。

 ティグは、ごくりと息を呑み、言いました。

「また、ここまで来たんだ……」

「けど、今度は前みたいにはいかんがね! な、ティグ兄ちゃん?」

 パルの言葉に、ティグはこくりと深く頷きました。そう、今度は前とは違います。ヘイグの強さの秘密を知っている上に、その正体である魔獣を四体とも倒しました。パルとも、今では互いに信頼できる、いざとなれば背中を預け合えるような仲になっています。ティグの気持ちも、前とは違い無駄に高ぶったりしていません。

 そして何より、今度はフィルが一緒です。この老剣士が一緒だというだけでヘイグを倒せる自信が湧いてくる事を、ティグは不思議に思いました。

 フィルは、体捌きや剣術こそ優れていますが、見た目はどう見ても少々体躯が良いだけの老人です。ツィーシー騎国一の騎士に受け継がれてきた聖剣セフィルタを持っているとは言え、元護衛騎士団の一員とは言え、ヘイグに二度も敗れた剣士です。普通に考えれば、仲間としては心もとない気がします。

 ですが、今、ティグはこの老剣士無しでは到底ヘイグを倒す事はできないと確信しています。根拠はありません。それでも、この戦いにはフィルの存在が必要不可欠であると、ティグは感じました。

 そんなティグの視線を知ってか知らずか、フィルは周りに聞こえるか聞こえないかの声でぽつりと呟きました。

「……姫様……今度こそ、貴女を自由に致します……!」

 その声がかろうじて聞こえたティグは、ふ、と思いました。

「……ねぇ、パル。フィルさんは騎士の頃、姫様の事……」

「とってもとっても、大事にしとったようだがね。何せ、自分が仕える、綺麗な綺麗なお姫さんだがね。騎士からしたら、これ以上守り甲斐のある人はおらんがね」

 声を押し殺したティグの問いに、パルが何かをはぐらかすように苦笑しながら答えました。その言葉に一応納得して、ティグは曖昧に頷きます。パルは、そんなティグにくるりと背を向けると、フィルの気を引き戻すようにわざと明るい大きな声で言いました。

「それじゃあ、自分はこないだと同じように、逃げ道の確保をしに行くがね。ティグ兄ちゃんもフィル爺ちゃんも、自分が逃げ道確保して援護に行くまで、死んだらあかんからね」

「不吉な事言わないでよ……」

「お前も気を付けるんじゃぞ、パルペット。退路を確保中に魔法騎士に見付かりでもしたらシャレにもならん」

 フィルの言葉に、パルは「了解だがね~」と言いました。そして、手元に残った二本の魔法薬の瓶をティグとフィルに一本ずつ投げ渡すと、そのまま駆けていきました。その後姿を見送りながら、ティグはフィルに尋ねます。

「けど……退路だったら、前に僕がパルに助けてもらった時の物がまだ残ってますよね? あれじゃ駄目なんでしょうか……?」

「わからん。じゃが、パルペットにはパルペットの考えがあるのじゃろう」

 そう言い、フィルはティグに向き直りました。

「さて、いつまでもこうしておるわけにもいかん。私達もいくぞ、ティグニール」

「……はい!」

 ティグが返事をし、二人は宮殿へと続く門の前に立ちます。すると門は二人を招くように自然に開きました。二人は顔を見合わせると、頷き合って門の中へと足を踏み入れます。

 開け放たれた門は二人が踏み込んでしばらくするとひとりでに閉まりました。続いてガチャンと、掛金をおろす音が聞こえます。そして、その後門が開く事はありませんでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る