第10話

 翌朝、まだ日が昇らないうちにティグは目を覚ましました。まだ少しボーッとする頭を軽く振り、辺りを見渡します。そこは寝た時と変わらない、宿屋の一室です。ですが、昨夜は確かに同じ部屋で休んだ筈のフィルの姿が見当たりません。隣のベッドはもぬけのからです。ですが、フィルの荷物がほぼそのまま残っているところから、ティグを置いて出発してしまったというわけでもなさそうです。

 ティグはベッドから抜け出し、大きく伸びをしました。一晩ぐっすり眠った事で疲れも取れ、身体が軽くなったような気がします。

 水差しに入っていた水をグラスに注ぎ、一口飲んだところでティグは外からかすかに音が聞こえてくる事に気付きました。窓際に近寄り外を見てみれば、薄暗い庭ではフィルが剣の素振りをしています。それを見て、ティグは慌てて身支度を整えると、自らもまだ日の差さぬ庭へと降りていきました。

 ティグが近寄っても、フィルはティグに見向きもしませんでした。彼が剣を一振りする度に、ヒュン、という鋭い風切音が聞こえます。歳老いて尚屈強な肉体には、うっすらと汗が滲んでいます。

 暫くすると、フィルはおもむろに剣を下ろしました。近くの木にかかっている布を取り、丹念に汗を拭います。

「あの……おはようございます」

 隙を見計らい、ティグはフィルに声をかけました。それに気付き、フィルがティグに近付いてきます。

「おはよう、ティグニール。昨夜はよく眠れたかね?」

「はい。……あの、フィルさんは毎朝、こうやって素振りを?」

 ティグが問うと、フィルは黙って頷きました。彼は銀色の古びた剣を見詰めながら口を開きます。

「私のような老人は、一日でも鍛錬を怠ればすぐに身体が衰えてしまうからのう。姫様をお救いするまでは、私は弱くなるわけにはいかんのじゃよ」

 そう言って、また無言で剣を振り始めます。続ける話を見付けられなかったティグは、黙ったままフィルの横に並び、同じように剣の素振りを始めました。

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