沈んだ花と七不思議

ずほ子

(1)食堂前

 怖い話が好きだなんて、物好きだ。

 やたらに辛い物を食べたり、血みどろ映画を見たりするのと同じくらい、物好きだ。

 でもあいつは、グラウンドを走ったり、ボールを奪い合ったりするのが物好きだと思っていた。


 体を疲れさせて何が面白いの。


 じゃあ、心を疲れさせて何が面白いんだよ、と俺が言うと、そら来たと言わんばかりのしたり顔で、あいつは答えた。


 脳内麻薬が出るのよ。思いっきり走った後のあんたみたいに。


 そういう変な奴だった。

 あいつこそがこの学校の七不思議を知っている、

ただ一人の女だ。

 今までもこれからも。


***


 怖い話には得てして興味がない。

 好きな科目は体育。趣味は運動。得意なのは走り。

 そんな超絶健康健全男子が俺だ。

 対してあいつは、親の意向だかドクターストップだかで体育の授業はほとんど欠席、授業にも同じく顔を出さない、得体の知れない女。

 どういう訳かテストではちゃんとした点を取っていたらしいので、卒業を危ぶまれてはいなかったようだが。

 そいつと俺が初めて会話したのは、今年の夏休み。

 八月の登校日、俺は帰りもせずに校内をぶらぶらしていたが、それが良くなかった。

 行き場を失った幽霊のように佇んでいたあいつの目に留まってしまったのだ。


 帰らないんだ。


 同じクラスの女子だと分かるまで数秒要した。

「お前、今日いたのか」

 あいつはもたれかかっていた自販機から離れ、小銭を出してジュースを買った。


 生徒がいない時間帯が好きだからね。


 後から分かった事だが、あいつは人気ひとけのない学校という空間を好んでおり、ゆえに放課後や休み中などに学校に長居しているのだった。

 なんでそんなものが好きなのかと、純粋な疑問から聞いた。


 ――あんた七不思議って知ってる?

 学校に伝わる七つの怖い話。この学校ね、この辺りでたった一つの、七不思議が伝わる学校なの。だから入学したのよ。

 学校ていうのは昼間はうるさいけど、人がいないと静かで心地いいのよ。ほんとに幽霊でも出そうなくらい。

 だからあたし人のいない学校が好きなのよ。勉強なんかは正直、どうでもいいのよね。

 ……あー、おいし。


 ジュースをごくごく飲む姿に、毎回体育を欠席する病弱女の面影はない。

「変な奴だなあ」

 正直さというのは条件反射みたいなものらしく、その言葉を無意識に口に出していた。


 あんたも変じゃない。陸上部だったんでしょ? 毎日残ってまでグラウンドを駆けずり回って。変なの。


 そんな事こいつに教えたっけな、ああ同じクラスだしそれぐらい知ってるか、と一人納得した。

「もう引退してるよ。受験があるから」


 そうなの。じゃあ今は暇潰しにここにいたんだ。へえ。

ちょうどいいわ。あんたに七不思議教えてあげる。一緒に散歩しましょ。何も知らない人になら教え甲斐があるってものよ。

ほら来て。ほらほら。


 この時断っても良かったのだが、家に帰ると解きかけの赤本が待っている上に、悪気なしに圧力をかけてくる家族にちょっと疲れていたので、あいつに従った。

 怖い物見たさから、俺とあの怪談マニアの交流は始まった。

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