第4話
「いよぉ、やーっぱ凜ちゃんは才能があるな!」
「む、そうおっしゃっていただけると恐縮ですな、権兵衛先輩」
「あ、どーも、権兵衛先輩、あざーッス」
エレキッカが微妙に権兵衛先輩と距離をとる。権兵衛先輩の名誉のため、早急に言っておかねばならぬが、エレキッカが権兵衛先輩と距離をとるのは、別段、権兵衛先輩の人格だの性格だのに問題があるわけではない。権兵衛先輩は、豪放磊落、明朗快活、わがご主人のご母堂に御仕えして久しく、御母堂の抱える使い魔陣の中でも屈指の実力者ではあるが、吾輩やエレキッカのような若輩者にもいつも大変気さくに接してくださる気のいい先輩である。
問題はひとえに、権兵衛先輩の『本体』にある。ここで、権兵衛先輩の使い魔としての見た目というものををいささか記述しておこう。権兵衛先輩の、使い魔としての外見を一言でいうなら、どこかエキゾチックな武装を身にまとった古風な武将、とでもいうのが一番わかりやすいだろうか。がっちりとした、骨太でたくましい筋肉がついた体に、鈍い金色に輝く魚鱗を連ねたような鎧と、同じく鈍い金色でてっぺんに美しい真紅の房がついた兜をかぶっている。要するに、全体的に金色なのだが、金色といってもいわゆるキンキラキンというわけではなく、上から煙でいぶしたような、いぶし金――という言葉はたぶんないのだろうが、とにかくまあ、しっとりと落ち着いた色調なので、けばけばしいとか悪趣味とかいう感じでは全くない。手に持つ槍は、先が三又にわかれている。吾輩は武器の名称などには詳しくないのだが、どうも見たまんま、三叉槍などと呼べばよい、らしい。トライデント、などという呼びかたもあるらしいが、権兵衛先輩には、三叉槍、のほうが似あう気がする。
権兵衛先輩は、丸顔で、間の離れた丸い目で、鼻ペチャで、唇が薄くて口が大きくて、そして、鼻の下には泥鰌ひげをヒョロリと生やしている。エレキッカに言わせると、
「いやあ、権兵衛先輩ってほんとに見事なインスマウス顔ッスね!」
ということらしいが、吾輩、どういう意味かよく――わからなかったので後で調べておいた。要するにエレキッカは、権兵衛先輩は、大変に『魚っぽい』顔であると言いたかったらしい。ここで吾輩がエレキッカの言うことに深くうなずいたとしても、別段権兵衛先輩を誹謗中傷したことにも名誉棄損したことにもならないであろう。なぜなら。
なぜなら、権兵衛先輩の『本体』は、高級熱帯魚として有名な、『アロワナ』なのだ。権兵衛先輩が全体的に『魚っぽい』感じであるということにいったい何の不思議があろうか。というかむしろ、そうでなかったらびっくりだ。アロワナにも、いろいろと種類があるらしいが、あいにく吾輩が知っているアロワナは、権兵衛先輩ただ一人であるし、権兵衛先輩御自身も、自分のアロワナとしての『種類』のことを、
「ゴールデンゴールデン! 細けえこたあ忘れちまったけど、とにかくゴールデン!」
と主張していらっしゃるので、どうも自分でも自分の種類が一体何なのかはっきりとは覚えていらっしゃらない御様子だ。まあ、エレキッカあたりに検索してもらえばはっきりするのかもしれないが、吾輩別段、権兵衛先輩のアロワナとしての種類が一体何なのかはっきりとわからなくても一向に支障などない。
ここまで言えば、もしかしたらおわかりになったかたもいらっしゃるかもしれないが、エレキッカが権兵衛先輩から微妙に距離をとりたがるのは、それはもう、ひとえに権兵衛先輩の本体が『魚』、しかも、アロワナというかなり巨大な魚であるからにほかならない。その本体が『パソコン』であるエレキッカは、その本体の性質上、水を大の苦手としているのだ。別段、権兵衛先輩が常日頃からあたりにビショビショと水をまき散らし続けているというわけではもちろんないのだが、それはそれとして、やはりエレキッカとしては、権兵衛先輩の人柄は好きでも、その『魚』という水に近しい、というか、水とは不可分の本性は、どうにもこうにも苦手で仕方がないらしい。権兵衛先輩もそのあたりのことは重々承知で、鷹揚に笑って許してくださっている。
「そうおっしゃっていただけると本当にありがたいです」
閑話休題。丸い目をキラキラさせて、率直に吾輩に対する、というかまあ、吾輩の書いたコラムに対する賛辞を述べてくださる権兵衛先輩に向かって、吾輩は丁重に一礼し、照れ隠しも込めてひげを一ひねりした。
「次回作――か、次々作には、権兵衛先輩も御登場いただく予定ですので、どうかよろしくお願いいたします」
「えっ、そりゃ、確かに凜ちゃんが俺らのことを書くってことはもう聞いてるけど、え、ほんとに俺っちも凜ちゃんの書く『こらむ』の中に顔を出すのかい? いやあ、そりゃ、うれしいけどなんだか照れちまうなあ。あれかい、俺っち、取材とか受けたほうがいいのかい?」
「いえ、まだまだ思い出話をメインにして書いていくつもりですので、どうぞお気遣いなく」
「そうかい? まあ、なんかあったら遠慮なく声かけてくれよな!」
「御厚情、痛み入ります」
吾輩は再び権兵衛先輩に丁重に一礼した。権兵衛先輩の口調は、ざっくばらんで幾分巻き舌が入り、いわゆる江戸っ子べらんめえ調というものをどことなく彷彿とさせるが、しかし、権兵衛先輩の本体は『アロワナ』、すなわち海の外から来た外来種なのに江戸っ子べらんめえ調って? と、首をひねるような輩には、権兵衛先輩はケラケラ笑いながら、だって俺っち、養殖ものだからバリバリこの国生まれのこの国育ちだぜぇ? などということをおっしゃる。なるほど、確かに、吾輩の属する猫族も、もとはといえばどこやらの砂漠の国が生まれ故郷であるらしいが、しかし、それはそれとしてこの吾輩は、言うまでもないことだがバリバリこの国生まれのこの国育ちである。
「まあ、オレらの先輩のことを書いていくだけでも、当分ネタはつきないッスね」
エレキッカは楽しげにそう言い、にゃはははは、という、一種独特の笑い声をあげた。
「うむ、まあ、ネタ切れの心配は当分してくれなくてもいいぞエレキッカ」
吾輩は、先輩としての威厳を込めて、エレキッカに重々しくうなずきかけた。
「それはいいことッスね」
エレキッカはヘラヘラと笑いながら、それでも一抹の真摯さを込めて、吾輩にうなずき返した。
「それにしても、権兵衛先輩は本体がお魚さんなのに、本体が猫の凜太郎先輩が、ぜーんぜん怖くないんスね。いやあ、やっぱさすがッス。パネエッスね!」
「おいこらエレキッカ」
権兵衛先輩に、賞賛と申し訳なさとが入り混じったような視線を向けるエレキッカを、吾輩はコツンと軽く小突いた。
「あのなあ、権兵衛先輩が使い魔としては腕っこきというのを抜きにしても、権兵衛先輩が吾輩のことを怖がるはずがなかろうが。よく考えてもみろ。権兵衛先輩は『アロワナ』だぞ? 体長も体重も、吾輩におさおさ後れを取らぬ巨体なのだぞ? 吾輩正直、権兵衛先輩が使い魔でもなんでもない、単なる魚だとしても、とてもじゃないが『アロワナ』を捕食対象として見ることなど出来はせん。あそこまでの巨体を見たら、純然たる畏怖の念に駆られずにはおれんよ」
「凛ちゃん凛ちゃん、そらぁほめすぎってえもんだぜぇ」
権兵衛はそう言いながら照れたように笑い、三叉槍の柄で自分の兜をカンカンと叩いた。
「しかし、まあなあ、虎やライオンならともかく、猫ちゃんにゃあ、アロワナをとっ捕まえてムシャムシャ食っちまおうってえのは、ちぃっと荷が重いだろうよ。おっと、ごめんよ凛ちゃん、こんなこと言ったからって気を悪くしねえでおくれよ?」
「気を悪くなどしはしませんよ。それは、単なる事実ですからな」
そう、権兵衛先輩に笑いかけながら、吾輩は幼かったあの日、初めて権兵衛先輩に御目にかかった時のことを思い出していた。
いや、まったく、あの時は、掛け値なしに腰を抜かしたものだっけ。
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