第4話 学び舎の花巡り~夏・秋
晩夏を迎え、カレンダーは十月の上旬に突入した。文化祭も体育大会も終わり、空気はまだまだ暑いものの、気分は秋になりつつある。
いよいよ、夏の花壇から時期を終えた花々の根っこを抜き出す時である。
涼汰たち園芸部員は土曜日の学校に、ジャージを着込んで集合した。全員が、手にスコップやシャベルを持っている。両手に軍手は、当たり前だ。
「今日の予定だが、まずは夏の花壇の、枯れた草花を抜いて、根っこを取り除く作業。それが終わったら、終わった奴から随時、秋の花壇の準備だ。種や苗は秋の花壇の横に準備してあるから、一年はわからなければ二年に聞きながらやるように。良いな?」
「はい!」
部員たちの声に、三年生が引退して新園芸部長となった山下は頷いた。そして、すい、と視線を涼汰に寄せる。
「えーっと……浅海は、真ん中の花壇を担当希望だったな?」
「はい。そこに例のブツが埋まっている可能性があるので」
「よし。出てきたら、俺達にも見せろよ。じゃあ、あとは皆適当に分かれて、作業開始!」
山下の号令で、総員八名の園芸部員たちは南に面する花壇に散っていく。涼汰は右肩にシャベルをかつぎ、左手にスコップを持って、初夏に見付けた暗号の示す場所――真ん中の花壇へと急いだ。
まずは、普通に園芸部の作業だ。土をスコップで丁寧に掘り、枯れてしまったヒマワリを根っこから引き抜く。全部抜き終ったらシャベルで土を掘り返し、地面に敷いたビニールシートの上へ土を広げる。花壇の土が上半分ほど出されたところで、細かい根っこもできる限り取り除いた。
抜き終った根っこや茎を処分場所に移してからが、涼汰の本日一番の大仕事である。
まずは、もう一枚ビニールシートを敷き、花壇の残りの土もシャベルで掻き出す。そして、根っこを探すのと同じ要領で、土の中に異物が無いかを探した。
しかし、何も出てこない。
「……おっかしいなー……」
首をかしげながら土をかき回すが、根っこと虫の死骸以外は、何も出てこない。
「どうだ、浅海? 何か出てきたか?」
様子を見に来た山下に、涼汰は情けない顔で首を振った。すると、山下は難しそうな顔をする。
「そうかー……となると、もっと深いところに埋まってんのかもな」
「え?」
目をぱちくりとさせる涼汰に、山下は「あぁ」と何かに気付いた顔をした。
「一年には、まだ話してなかったっけか。この学校の花壇な、底が無いんだよ」
「底が無い?」
意味がわからず眉を寄せる涼汰に、山下は「そう」と頷いた。
「作った時に手抜きをしたのか何なのかわかんねぇんだけどさ。この花壇の土のした、そのまんま運動場の地面なんだよ。土が硬いもんだから、ちょっと大雨が降ると水はけが悪いのなんの……」
言われて、涼汰は土を全て取り除いた花壇の中を覗き込んだ。なるほど、たしかに黒い土を取り除いた下には、白っぽい、黄粉のような色をした土が見えている。
「その暗号を解いた花屋に言わせると、お宝が眠っているのはこの花壇のはずなんだろ? けど、土を掘っても何も出てこなかった。……となれば、これはもう、その花屋の推理が間違っているか、もっと深いところに埋まっているか、しかねぇじゃねぇか」
「たしかに……」
納得して、涼汰はシャベルを手に取った。もっと深いところまで掘ってみようと、花壇の中に足を踏み入れる。
「気を付けろよ。あんまり際を掘り過ぎると、花壇のレンガが崩れるかもしれねぇぞ」
山下の忠告をしっかりと聞きながらも、涼汰は懸命に土を掘る。シャベルを地面に突き刺し、右足で踏みつけて更に深く突き刺し、両腕、腰、ひざに力を入れて土を掘り返す。
山下が新しいビニールシートを、花壇の横に敷いてくれた。その上に黄粉のような色の土を降ろし、更に掘る。
やがて、全体を三十センチほども掘った頃だろうか。カツンという音がして、シャベルが何かにぶつかった感触があった。
「おっ」
期待に胸を躍らせながら、涼汰はシャベルからスコップに持ち替える。感触のあった場所を、スコップで丁寧に掘ってみた。
掘り進めるのに、五分ほどかかっただろうか。ついにそれは、涼汰たちの目の前に姿を現した。
パステルカラーできれいな模様が描かれていたようなのに、土の中で錆びたのか腐食したのか、あちこちが茶色くボロボロになってしまっている、スチール製と思われるお菓子か何かの箱。……間違いない。最初の暗号メモが入っていた箱と、同じ物だ。
山下と顔を見合わせ、ドキドキするのを感じながら、涼汰は蓋に手をかける。
箱は、難無く開いた。
「……え!?」
箱の中を見て、涼汰と山下は再び顔を見合わせた。そして、二人揃って眉根を寄せる。
箱の中には、前回と同様。またしても可愛らしいメモ用紙が一枚だけ、入れられていた。隅っこが黄ばんでしまっているところまで、以前と同じだ。
ただし、前回と違うところもある。そこに書かれている内容だ。
時計が虎を指す季節。
亀のいる山近い場所。
千歳の神鳥示す札。
椿の花咲くその場所で。
花の根元を覗き見よ。
「……また、暗号?」
「マジかよ……」
呆然としながら、二人でメモ用紙を覗き込む。筆跡は、前回と同じだ。そして。
「何が書いてあるのかわかんねぇのも、前回と同じか……」
山下がため息をつき、困ったように頭を掻いた。
「おい、浅海。これ……どうする?」
「え。どうって……」
「また、その花屋んとこに持って行くのか?」
山下の言葉に、涼汰は「あ、はい」と頷いた。
「出てきた物を報告に行くって、約束しましたし」
「そ、か。じゃあ、この暗号も、その花屋に任せておけば良いか」
言ってから、山下はふと考え込んだ。
「……山下先輩?」
恐る恐る声をかけると、山下は「ううむ」とうなった。
「……その花屋、俺も行ってみようかな」
「えっ……?」
驚いた顔をする涼汰に、山下はニヤッと笑って見せた。
「可愛い後輩が世話になったんだし、この学校から出土した謎を解いてもらったんだ。園芸部長として、ちゃんと礼を言わないとな。それに、あの暗号をあっさり解いた、残念なイケメンの花屋ってのにも、興味がある」
「むしろ、それがメインなんじゃ……」
「そうとも言う」
悪びれずに頷き、山下は「よしっ!」と拳を打ち鳴らした。
「そうと決まれば、善は急げだ。明日、朝の水やりが終わったらそのまま行くぞ。その花屋!」
「えっ……えぇっ!?」
展開が、前回よりもかなり速い。当事者であるはずなのに話についていけなくなりつつあり、口をパクパクと開閉させている涼汰に、山下はにっこりと笑った。
「じゃあ、明日間違いなくその花屋に行けるように……まずは今から、花壇の復旧作業だな」
そう言って、先ほどまで涼汰が入っていた花壇を指差す。山のような黒と黄粉色の土を見て、涼汰はうんざりとした顔で息を吐いた。
# # #
「……と、いうわけで……」
「二人で来たんだ」
苦笑しながらも、乾は二人を迎え入れてくれた。奥の方では、和樹が忙しそうに鉢植えを動かしている。
水やりをやってすぐに来たため、時間は午前十時過ぎ。店は開店したばかりで、乾と和樹は朝の仕事に忙しそうだ。
「……お昼過ぎに出直した方が、良かったかなぁ……?」
「いや、大丈夫だよ。お客さんが来たら、この前みたいに放ったらかしにしちゃうけど、それでも良ければ」
「……で、浅海。あそこでバタバタしてんのが、例の残念なイケメン探偵か?」
涼汰の脇をひじでつつきながら、山下が問う。涼汰は頷き、乾は苦笑した。
「あんまり、当人の前で残念なイケメンとか言わないようにね?」
「最初に間島さんの事を残念なイケメンっつったの、乾のおっちゃんじゃん」
「その、おっちゃんっていうのも、できればやめてほしいなぁ……」
「じゃあ、おじさんっスか?」
「……おっちゃんで良いです」
中学生二人が乾をからかっている間に、鉢植えを並べ終えたらしい和樹がやってくる。
「あ、涼汰くん。久しぶり! ……そっちは?」
山下の存在に気付いた和樹が、ジョウロを手に持ったままで問うた。すると山下は、「どうも!」と調子良く敬礼してみせる。
「俺、浅海と同じ園芸部の二年で、山下楓哉っていいます。この店に、どんな暗号でもちょちょいと解いちまう名探偵がいるって聞いて、面白そうだからついてきました!」
「……何だか、変な噂が広まってるんだね……」
変なにおいをかいだ時のような顔をしながら、和樹はジョウロを脇の棚に置いた。そして、視線を涼汰に戻すと、「そういえば」と呟く。
「前に持ってきた暗号。そろそろ、南の花壇を掘り起こす時期だっけ? ……って事は……」
「うん。間島さんの推理通り、南側真ん中の花壇から、こないだのと同じ箱が出てきたんだ。ただ……」
言いながら、涼汰は新たなメモ用紙を取り出し、和樹の前に差し出した。
「その箱から、また新しい暗号文が出てきて……」
メモ用紙を渡されて、和樹は目を見開いた。じっと、書かれた文を見詰めている。
「……どう?」
「うーん……」
暗号文を見詰めながら、和樹はうなった。そして、困ったように眉根を寄せる。
「たしか、葉南東中学校は、運動場の東西南北にいくつも花壇があるんだったよね?」
「うん。南と北に、十五ずつ。東と西が……」
「十二ずつだな」
山下が助け船を出した。そんな二人の言葉に、和樹は更にうなる。
「……どうしたの、和樹くん?」
「……わからないんですよ」
「え?」
和樹以外の三人が、声を揃えた。
「わからないって……暗号の答がわからないって事?」
乾が目を丸くして問うと、和樹は情けなさそうに頷いた。
「はい。……どうも、西側の花壇であるらしい事はわかるんですけど、十二あるうちのどれになるのかが……」
全員が、言葉を失った。壁の時計がたてるコチコチという音が、妙に耳につく。
「……い、いやでもさぁ……ほら。西側の花壇にあるって事がわかっただけでも、上等じゃねぇか。なぁ、浅海?」
「え? えぇ、はい……そう、なんですけど……」
歯切れの悪い声で返事をしながら、涼汰は和樹の方を見た。落ち込んでいる様子は無いが、メモ用紙を今まで以上に真剣に睨み付け、考え込んでいる様子だ。案外、負けず嫌いなのかもしれない。
「……けど、西の花壇かぁ。昨日、全部に種やら苗やら、植えちまったなぁ」
「あ、そう言えば」
つまり、掘り起こせるのは、また数ヶ月後。秋の花が枯れて、土を休ませる時期に入ってからだ。
「じゃあ、こうすっか。とりあえず、次に西の花壇をいじる十二月頃までは、各自暗号の答を考える。それまでに答がわかれば、その花壇を掘る。わからなければ、全部の花壇を園芸部員総出で掘るって事で」
「え」
山下の提案に、涼汰はビシリと固まった。
「先輩……軽く言ってくれますけど……あの花壇を下の運動場部分の土まで掘るの、どれだけ大変かわかって言ってます……?」
「へ? だって浅海、昨日その作業やったけど、今ピンピンしてるじゃねぇか」
「いえ、こう見えて、実は今、腕とか足とか、結構な筋肉痛になってます……」
「マジでか……」
大きな口を開けて、山下は大袈裟に絶望の表情を作って見せる。それから時計を見て「あ、やべっ」と呟いた。
「そろそろ帰って、準備しねぇと」
「準備? 何のですか?」
問えば、山下は「ふっふっふ……」と笑いだす。
「文化祭と体育大会が終わって、秋の行事は全て終了したと思ったか? 甘いな! 二年生にはまだ、修学旅行という一大行事が残っているんだよ! ……というわけで、俺達二年生は明日っから修学旅行だ。俺達がいない間、水やりと草むしりは頼んだぞ」
「修学旅行? 中学校の修学旅行は三年生で行くものだと思ってたけど……葉南東中は二年生で行くんだ?」
切り花の配置を整え始めていた乾が、興味深げに山下の方を見た。
「そうなんスよ。何でも、三年生で行くと、例え一学期でも受験を気にして思う存分楽しめない生徒もいるし、その時間を使って勉強させたいと言い出す親もいるとかで……うちの学校では、修学旅行を二年生に持ってくるようにしてるんスよ。代わりに、他の学校では二年生で終わらせちまう林間学校を三年生の夏休みに持ってきて、希望者のみの自由参加にしてるんス」
「へぇ……どこに行くの?」
「定番っスよ。奈良京都で、京都多めっス」
「良いなぁ。帰ってきたら、土産話を聞かせに来てよ」
何故か、修学旅行の話で乾と山下が盛り上がり始めた。早く帰らなければと言っていたが、この調子では客でも来ない限り、話は終わらないだろう。
どうしたものかと身の置き所を考えつつ、涼汰は和樹の方を見る。和樹は、未だにメモ用紙を睨み付け、しきりにうなり続けていた。
# # #
金曜日。久しぶりに、二年生が登校してきた。
月曜日から水曜日まで、二泊三日の修学旅行。木曜日は、疲れをとるための休日。どうせなら金曜日も休みにしてくれよと、登校する二年生の集団から不満の声が聞こえてくる。
そんな爽やかとは程遠い朝。西の花壇で朝の水やりを行っている涼汰に、山下が近付いてきた。
「よう、浅海。おはよーさん」
「おはようございます。修学旅行は、どうでした?」
「おう、楽しかったぞ。……それでだな」
本当に楽しそうに笑いながら、山下は花壇を指差した。
「明日、朝の水やり後に早速行こうぜ。あの花屋。乾のおっさんに、土産話をするって約束しちまったしさ。それに、ひょっとしたら、あの暗号も解けてるかもしれねぇだろ?」
「はぁ……」
涼汰としては、異存は無い。どの道、明日はヒマだ。
「俺は行っても大丈夫です」
「決まりだな。じゃあ、明日……いや、ちょっと待て。こないだ水やり直後に行ったら、早過ぎたよな。よし、せっかくだから、明日は水やりついでに全部の花壇の草むしりをするぞ。汚れても良い服装で来いよ!」
「え」
涼汰が固まっているうちに、山下はさっさと教室へと向かってしまう。のんびりマイペースに活動をしたくて園芸部を選んだはずなのに、何故こんなに働く事になってしまっているのだろう……と、涼汰は思わず頭をかかえた。
# # #
「へぇ! 平安神宮に行ったんだ。あそこ、すごいよねぇ。とっても広くて、見るだけでも壮観と言うかさ」
「そうなんスよ。校長の趣味だとかで毎年必ず連れて行かれるらしいんスけど、あまりの広さにテンション上がっちまって。思わず全力で走りたくなって、よーいドン! ってやろうとしたら女子に怒られて妨害されました」
「そりゃ、残念だ」
午後。丁度お昼休憩の時間であったらしいフェンネルに着いてから、山下は乾と楽しげに話をし続けている。一方で和樹は、弁当のサンドイッチをかじりながら、未だに思案顔だ。乾曰く、前回訪れた日曜日から、ずっと暗号の事を考えているらしい。本当に、負けず嫌いな性格のようだ。
山下は、もう完全に暗号よりも修学旅行の土産話に重きを置いているようで、デジカメを取り出し、乾に写真を見せ始めている。そして、現地で買ったらしい土産物も。
「そうそう。平安神宮で、こんなん手に入れたんスよ」
言いながら、山下が何かを取り出した。手持ちぶさたになっていた涼汰も、乾と一緒に山下の手元を覗き込む。
山下が取り出したのは、植物の絵が描かれた、結構大きな木札だった。三十センチ定規を横に二本並べたぐらいの大きさだろうか。
「先輩……何ですか、これ?」
「おう。花御札っつってな、平安神宮でお参りすると手に入る、除災招福のお札だそうだ。十二ヶ月分の絵があって、月によって絵が違うんだと」
そう言う山下のもう片方の手には、「集印帖」と書かれた、説明書きと思われる紙がある。当人も、よくわかっていないのだろう。
「お参りかぁ。……結構、高そうだねぇ」
「実際、中学生には高かったっスよ。けど、今月の絵が楓って聞いて……ほら、俺って名前に、楓って文字が入ってるじゃないっスか」
「あぁ、だから、何かやらなきゃいけない気になった、と?」
「そうなんスよ!」
二人の話を適当に聞き流しながら、涼汰は何気なく視線を動かした。そして、ギョッとする。
ついさっきまでメモ用紙を睨んでいた和樹が、いつの間にか山下の花御札をジッと見詰めていた。気配に気付いたのだろう。山下と乾も、和樹の方を見てギョッとした。
「ま……間島さん? どうしたの?」
「それ……」
和樹が、山下の手を指差した。花御札ではなく、もう片方の手にある集印帖なる紙の方だ。
「それ、ちょっと見せてくれる?」
「え? あ、はい。どうぞ?」
少々面食らった顔をしながらも、山下は素直に集印帖を和樹に手渡す。目を通すうちに、和樹の顔に次第に笑みが広がっていった。
「そうか……これを知らなきゃ、解けない暗号だったんだ……!」
言うや、和樹は立ち上がり、パソコンで何事かを調べ始める。
「か、和樹くん……ひょっとして?」
乾の声に、和樹は頷いた。
「えぇ……お待たせしちゃいましたけど、多分わかりましたよ。楓哉くんの、土産話のおかげでね」
元の席に戻り、あのメモ用紙をテーブルの真ん中に置く。全員がそれを覗き込んだところで、和樹はメモ用紙の一行目を指差した。
「まずは、今回もおさらい。今度の暗号文は、見ての通りだね」
時計が虎を指す季節。
亀のいる山近い場所。
千歳の神鳥示す札。
椿の花咲くその場所で。
花の根元を覗き見よ。
「一行目から、本当にわかんねぇんだよな。何だよ、〝時計が虎を指す季節〟って……」
「たしかに、一行目と二行目は、ちょっとマニアックかもね。じゃあ、一つずつ説明していくけど……時計と言われたら、楓哉くんと涼汰くんはどんな時計を思い浮かべるかな?」
言われて、涼汰と山下は顔を見合わせた。
「どんなって……」
「まぁ、普通に……文字盤に、長い針と短い針があるようなヤツっスかね?」
「うん、そうだよね。今の世の中、デジタル時計はかなり普及しているけど、やっぱり時計と言えば、長い針と短い針の、アナログ時計を思い浮かべるよね」
言いながら、和樹は壁の上部を指差して見せる。シンプルなアナログの壁掛け時計が、十二時五十分を示している。
「時計はアナログ。そのイメージが無いと、この文章は意味をなさないんだ。針がどの場所にあるのか、が重要だからね」
「針がある場所って……」
「虎時なんて時間、聞いた事が無いよ?」
「僕も」
山下、涼汰、乾の視線に、和樹は「でしょうねぇ」と頷いた。
「俺も、聞いた事が無いです」
「え」
呆れた顔をする三人に、和樹は「まぁまぁ」と苦笑した。
「この文章が示しているのは、時間じゃないんですよ。ほら、〝季節〟って書いてあるでしょ?」
たしかに、書いてある。書いてあるが……。
「虎の季節ってのも、聞いた事、無いよなぁ……」
「じゃあ、そろそろちゃんと説明しようか」
笑いながら、和樹は棚から一枚の紙を取り出した。ミスプリントした物らしく、裏返してそこに何かを書き始める。
「四神って言葉は、聞いた事はある?」
問われて、山下の目が輝いた。
「あるある! ゲームとかマンガで、よく出てくるっスよ! 青の龍とか、炎の鳥とか、白い虎とか……虎?」
山下が首をかしげ、涼汰と乾は「あ」と呟いた。和樹は、裏紙に十字に交わった線を書き終えている。
「中国から伝わってきた思想ですよね。四神とか、陰陽五行とか。詳しくは知らなくても、楓哉くんが言ったようなマンガやゲームで名前とイメージくらいは知っているという人も多いと思います」
言いながら、十字の周りに文字を書き込んでいく。上に〝水〟、右に〝木〟、下に〝火〟、左に〝金〟、真ん中の線が交わった場所に〝土〟。今度は同じ順番で、黒、青、赤、白、黄。次に、冬、春、夏、秋、土用。更に同じ順番で、北、東、南、西、中央、と書き込んだ。
「陰陽五行説ですと、こんな感じに、世の中の全てを五行に当てはめる事ができます。そして、例の四神も、これに当てはめる事ができる」
言いながら、先ほどと同じ順番で書き始めた。玄武、青龍、朱雀、白虎……。
「あっ! 虎……!」
目を丸くして、山下が和樹の書き込んだ図を勢いよく覗き込んだ。視線の先にある文字は、白虎。そして、書かれているのは、時計で言うなら九時の場所。白虎と一緒に書かれているのは。
「金、白、秋、西……」
「もう、わかったよね?」
ペンをしまいながら、和樹は涼汰と山下に声をかける。
「虎の季節というのは、秋の事。たしか、西側の花壇が秋用になっているんだったよね?」
返事をする代わりに、二人はごくりとつばを飲み込んだ。和樹の解説は、続く。
「ちなみに、四神と言われているけど、そこの中央に黄龍か麒麟を加えて、五神とする場合もあるようだよ。……まぁ、それは今回関係無いから、興味があるならあとで自分で調べてもらう事にして……」
言いながら、二行目を指差した。
「この〝亀のいる山近い場所〟というのは、三行目以降がわかって、初めて意味をなしてくるんだ。だから、先に三行目以降を説明するよ?」
指が、二行目から三行目と四行目の間にスライドする。
「今回俺が最後までわからなかったのは、この三行目と四行目。それが、楓哉くんが修学旅行で花御札を貰ってきた事でわかったよ。この〝千歳の神鳥が示す札〟というのが、まさにこの花御札の事を指していたんだ」
「? どうしてそんな事がわかるのさ?」
不思議そうに首をかしげる乾に、和樹は人差し指を立てて見せる。
「まず、〝千歳〟ってありますよね? ちとせ、とか、せんさい、とか読みますが、これはつまり、千年の事です。日本で千年と言えば、何を連想しますか?」
「うーん……人によってバラつきはあるだろうけど……ある程度歴史を勉強した人なら、平安時代を思い出す、かなぁ?」
「そう。それほど歴史に詳しくなくても、何となく日本の結構古い歴史で、戦国時代よりも前っぽくて、何か京都で貴族が蹴鞠をやったりしてた時代があった……くらいは小学校の社会でも習うよね?」
去年まで小学生だった涼汰は、頷いた。たしかに、それぐらいは習った気がする。
「つまり、この〝千歳〟は京都の事を指し、〝神鳥〟とは、神社の事を言っているのだと思います。ほら、神社には、鳥居があるじゃないですか」
「言われてみれば、そうだねぇ……。けど、京都に神社なんて、それこそたくさんあるじゃないか。伏見稲荷の千本鳥居なんて物だってあるしさ」
「あ、それ、班別行動の計画立ててる時に聞いたっス。ものすごい量の鳥居が並んでる霊的スポットだって!」
山下の発言に、乾ががくりと崩れ落ちた。
「歴史ある神社も、中学生にかかれば霊的スポットに早変わりなんだねぇ……」
「中学生に限らず、歴史や文化に興味の無い人の印象ってそんな感じだと思いますけどね。……それはさておき。楓哉くんの話だと、葉南東中学校の修学旅行では、毎年必ず平安神宮に行くんだよね?」
「はい。他の神社とかも行くには行くんスけど、必ず行くのは平安神宮だけらしいっス」
山下が頷き、和樹も頷いた。
「……と、まぁこんな感じで。歴代の葉南東中の生徒の誰に訊いても、必ず行ったと言われる場所が、京都の平安神宮なんですよ。この暗号が見付かったのは葉南東中の花壇ですから、三行目が示しているのは平安神宮、そこの札という事で、花御札の事を示していると考えたわけです」
「あ、じゃあ……〝椿の花咲くその場所で〟っていうのは……」
涼汰が和樹に手を伸ばし、和樹は頷きながら、先ほど山下から渡された集印帖を手渡した。そこには、十二種類の花の絵が描かれている。
「花御札は、月によって絵が変わる。その数は、十二。西面の花壇の数も十二。つまり、十二ヶ月のうち、椿の花が花御札に描かれる月と同じ数字の花壇に、その目的の物は眠っているんだと思うよ。五行目に〝花の根元を覗き見よ〟って書いてあるしね」
集印帖を見ると、椿の花は十二月に描かれている。つまり、目的の花壇は、十二番目だ。
「……けど、北と南、どっちから数えて十二番目なんスか? 花壇に、特に番号なんてふってないんスけど……」
眉根を寄せながら、山下が首をかしげる。そして、「まぁ、二つぐらいなら両方掘ってみても……」と恐ろしい事を呟いた。
「それを示してくれるのが、さっき後回しにした、二行目の文章だよ」
和樹の指が、再び二行目の文章を指差した。
「〝亀のいる山近い場所〟……。さて、さっき俺は、虎の季節を説明するために、四神の説明を軽くしたわけだけど……」
言いながら、先ほどの図をもう一度皆に示した。
「この玄武ってね。亀に蛇が巻き付いている状態で描かれている事が多いんだよ」
「あっ!」
ゲームかマンガかで描かれていた姿を思い出したのだろう。山下が、再びすごい勢いで紙を覗き込んだ。
「玄武と同じ五行なのは、北……って事は……」
「亀のいる山に近いって事だから……南から数えて、十二番目。西面の一番北の花壇が正解って事だね、間島さん?」
和樹は、頷いた。それに顔を輝かせて、涼汰と山下はハイタッチをする。乾だけは、すっきりしない顔をしていた。
「けど……何で山?」
「四神相応の地っていうのがあるんですよ。山とか、川とか。それによると、玄武に相応する土地は山って事になっています」
「あ、それで!」
今度こそ納得したのだろう。乾は、ぽんと手を打ち鳴らした。
「やー、すっきりした! すっきりしたところで、そろそろ仕事に戻ろうか」
時間は、既に一時を過ぎている。花屋の二人は急いで食事の後片付けをして、エプロンを装着した。
「……で、二人はどうする? 花屋の仕事とか、手伝っていくかい?」
にこやかに言う乾に、涼汰と山下は二人揃って敬礼し、「謹んで遠慮いたします!」と慣れぬ言葉を張り上げた。その様子に、乾も、和樹も笑う。
「じゃあ、今度は冬の初め辺りに掘り起こすのかな? また何か出てきたら、教えに来てよ」
「また暗号が出てきたら、次も和樹くんを使っちゃえば良いからさ」
「ちょっと、乾さん……」
軽い会話を交わしながら店に出る二人を背に、涼汰と山下は店を出る。
「じゃあ、掘り起こすのは次の花壇入れ替え時期だから……それまではこないだと同じで、待機だな。心置きなく発掘作業ができるように、中間テストと期末テスト、ちゃんとやれよ!」
「先輩こそ!」
わちゃわちゃと騒ぎながら去っていく二人を、乾は微笑ましそうに見送っている。
「いやぁ……若いなぁ……」
「乾さん、本当にオッサンみたいですよ、その発言……」
呆れたように言ってから、和樹はふと、思案する顔になった。
「それにしても……」
「ん?」
振り向いた乾に、和樹は難しそうな顔をしながら、言葉を投げかけた。
「あの暗号……埋めたのは一体、どういう人物なんでしょうね……?」
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