臆病テイマー

乃空 望

第1の冒険 いつか英雄に

 【ネフィア】、それはこの世界の総称。その広大な大地のとある場所に、文明を持つ生物達の生きる場所がある。生ける者達はそこを、神に愛された地、ナルベキアと呼んでいる。


 ナルベキアには二つの国があり、西のツルギノマヒ、東はタテノツキと東西にはっきりと分かれていた。両国は互いに良好な関係を約百八十年という年月の間続けていたが、突如、ツルギノマヒによるタテノツキ侵攻によりその関係は崩れ、ネフィアは瞬く間に戦乱の場所と化した。


 この物語は、そんな戦乱の世を無視し、新たな興奮を求める冒険者達と、運命に愛された一人の少年の旅を記した物である。




―選択の森 手前―


 今、タテノツキの子供たちの間では、ある一つの度胸試しが流行っている。それは、王都タテノツキの近くにある、選択の森という場所に入れるかということだ。


 きっと、森に入るのなんて誰でも出来るだろう。だがそれは普通の森ならの話だ。


 この森は残念ながら一味違う。何が違うのかって、噂だと、【パルナ】という特殊能力を持つ物じゃないと中へは入れないらしいのだ。


 もしパルナを持っていない者が入れば、その入り口で意識を失い、三時間は目が覚めないのだという。つまり、この森は未だに有名ながらも、未開拓に近い地。そこに二人の少年が足を踏み入れようとしていた。


「おい、ジンもチェックも止めた方が良いって!」

「そうだよ、こないだもドンタが入ろうとして気絶しちまったばっかだろ!」


 そう言って二人の少年は、選択の森へ入ろうとする、ジン・ウィケーノの前へ立ちはだかっていた。


「おいおい、何言ってんだ?俺もチェックも、いつかはヒーローになるんだぜ。こんな森に入れないわけないだろ、なぁチェック」

「いや、ジンちゃん。俺別に英雄になる気は……」


「ん、何か言ったか?チェック。まぁ良いや、そういうことだから、俺たちはこのまま進む。どけよ臆病者共」

 ジンはそう言うと、止めようとする少年二人をどけて、ズカズカと森の中へ入ろうとする―――あ、俺の言うことは無視なのねジンちゃん。チェックは仕方なくジンの後ろを付いていくことにした。


「チェ、チェック!お前も、ドンタみたいになっても知らないからな!」

「そうだそうだ、知んないからな!」

 そう言葉を飛ばされてはみたものの、一度行くと決めたジンは止まらないし、チェック自身もジンなら大丈夫という妙な信頼があった。


 チェックは幼少の頃、両親が共に戦地へ赴いたために、一番面識のあったウィケーノ家へ引き取られる事となった。それは戦争が始まって約三年、チェックが四歳の時である。


 その後彼は、名をチェック・ウィケーノとし、八歳の今に至るまでジンとは兄弟のように過ごしてきた。だから、ジンは強運や、前向きで豪快かつ強情な性格を持っていることを、チェックは幼馴染の誰よりも理解している。その信頼は、二人の森への一歩に繋がった。


 そして、その一歩は確実に、森の中へと足を踏み入れたのだ。どちらも欠けることなく、互いの右足が、しっかりと土に足跡を残して。



~九年後~



「お~いチェック!準備は出来たかぁ?」

「ちょ、ちょっと待ってくれジンちゃん!えっとぉ……」


 移動式テントと生活セットのカプセルはポーチにちゃんと詰めたし、パチンコと剣鉈もしっかりと装備してる。防具は……思いと動きづれぇし、軽めで良いだろ。初心者キットと、冒険者のホルダーも入ってる。後は……。


 チェックは家の外へ飛び出すと共に、自分の顔を水溜りで少し確認した―――うん、悪くはない!


 もう正面にはジンが待っていた。背中にアイアンソードを背負い、安いが良い感じの鎧がしっくりと似合っている。自分の軽装備と比べると、華やかさは段違いだ。


「うわぉ、すげぇなその見た目」

「だろ?俺は英雄になる男だからな。これくらい格好良くないと締まらないんだよ」


「あ~はいはい、あんま大声出すと周りの奴らに笑われるから勘弁してくれ」

「何?」

 ジンが辺りを見回すと、道行く冒険者や行商人達がクスクスと笑っていた。

「あん?このジン、いや、ジン様を見て笑うとは良い度胸じゃねぇか」


 そう言って彼は辺りの物に見せ付けるように、アイアンソードを右手に天へと掲げ、「俺の名はジン・ウィケーノ。将来英雄になる男だ。道行く有機物共、俺の名を良く覚えておけ!!」と叫んだ。


 これはチェックにとっては不味い状況だ、冒険の始まりである初日でやらかすわけには行かない。チェックはそのまま高笑いを決めようとするジンの髪の毛を掴み、そのまま門の方へと駆け出した。


「痛っ、いってぇぞチェック何してんだ!せっかくこの俺が名を皆に伝えようと」

「うっせぇよ何馬鹿なこと考えてんだ!そういうのはもうちょっと強くなってから言ってくれよ頼むから!!」


「あぁ?それじゃ遅いんだよ。こういうのはもっと早くバシっとだな!」

「じゃあまず早く一旗上げに行くぞほら、自分で歩いてくれよ!!」

「ん、確かにそれもそうかもな」


 チェックの提案を聞くと、ジンは直ぐに体勢を立て直し、門の方へ走り出す。顔がとてつもなく笑顔だ。


 通行人に当たるのも構わず猪突猛進するジンの背後を、チェックはひたすら頭を下げながら進んでいく。ウィケーノ家が高貴な家系なんて伝統はきっと自分達の代で確実に消え失せるだろうとチェックは確信し、少し憂鬱になった。


「ちょ、ちょっとジンちゃん速いって!」

「遅かったら駄目に決まってんだろ?ほら行くぞ行くぞどけどけえええええ!」

「どんだけ無茶苦茶なんだよおおおおお」

 彼らは通りを駆け抜けそのまま門を通り過ぎ、門番の顔を唖然とさせながら冒険の地へと走っていく。未開の地【オリネシア】へと。

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