第3話 お手洗いでひと騒動
「マーガレット、お口に合いますか?」
「は、はい。とても美味しゅうございますわ」
「本当ですか。それは良かった」
そういって私に朗らかな笑みを向けるのは貴族の坊ちゃんにして私がなんとしても嫁がなくてはいけない男、タクト。
にしても、さっきまで「ブス」(はっきりとは言われてないがそれに近いようなこと)を連発されてたのに、この対応差なに。
世界ってほんと理不尽。
不美人(あまり「ブス」を連発すると心が痛むので私はこういう言い方をしている)だって一生懸命生きてるのに。むしろ、不美人の方が一生懸命生きてるのになんで世界はこんなにも美人をえこひいきするんだろう⋯⋯。
「どうかなさいましたか?マーガレット」
「いやあ、なんか不美人って理不尽だよなって⋯⋯じゃなくて!先程門の前にいた方々どの方も美人だったなあ、なんて思っていたんですのよ」
そういって微笑んでみせるが、明らかに歪んだ笑みになっているだろう。
うっ。慣れない。この喋り方であってるのかすらわからない。
貴族の娘というよりは市井の娘という体風の私に貴族との会話なんて出来るはずがなかった。
ちゃんとした、貴族の使う言葉を覚えとくべきだった⋯⋯。
「あの者達ですか⋯⋯。確かにどの娘も美しいですが、あなたには敵いませんよ、マーガレット」
「あ、ありがたき幸せ」
そういって口元を隠しておホホホと不自然な笑い方をする私。
⋯⋯辛っ。もう耐えられない。当初の目的、タクトに近づくことは出来たんだし、もう元に戻りたい。
「それにしても、あなたが生きていて本当に良かった⋯⋯」
そういって微笑むタクト。
胸が痛くなる。
今更ながら、私はなんてことをしてしまったんだろう⋯⋯。
こんな喜んでるタクトに事実をいうのは酷だ。
だからといって隠し通すのもまた酷⋯⋯。
「すいません。お手洗いを貸していただけますでしょうか?」
「はい。そちらにありますよ」
そういわれてひとつお辞儀をし、お手洗いに向かう。
しばしひとりで作戦会議だ。
言うべきか⋯⋯
ビリビリッ
言わざるべきか⋯⋯
ビリビリッ
私は今、花占いならぬトイレットペーパー占いをしている。やり方は簡単。ペーパーを適当に横にビリビリと切り裂いていき、最後に切り裂いた時にどちらだったかで占いをする。なお、汚いなどの衛生的問題は悩める乙女には関係ない。
「コトネちゃん、何してるの?」
「ん?⋯⋯うわあっ!?な、なに、なんであんたが」
「どんな様子か見に来たよ。」
目の前には私をマーガレット姉様に変えた張本人、ランがいた。
狭い個室で、便座に座る私の目の前に立つラン。距離が近い。
「私のパーソナルスペースを犯すんじゃない!ってああああ!!」
ペーパー占いに使っていたペーパーが、先程衝撃を受けた私の手により下に落ち、ついでにどこかに転がっていってしまっていた。
最後になんといっていたかも思い出せない。ああ⋯⋯神は私を見捨ててしまわれたのね⋯⋯。
「コトネちゃん、上手くいってる?」
「ん?まあね⋯⋯」
「実は伝え忘れてたことがあってきたんだけど」
「なによ」
そういった直後お尻に違和感を覚える。
「な、なにこれ」
怖くなって立ち上がると、いよいよランとの距離が近くなる。その距離わずか五センチほど。けれど、そんなことを気にしている場合ではない。
お尻がすごくむずむずする。
かと思ったら、ストンとつきものがおちたような感触がする。と共になんだか、体が楽になった。
「そうやって、少しずつ元の姿に戻ってっちゃうんだよ。」
「ふーん。そうなんだー。ってそうなんだじゃねえよ!なんだよ、それ!」
「いうの遅れてごめんね」
なんてテヘペロをするランは不覚にも可愛い。
くそ。美少年はなんでも許されんのか。
やっぱりこの世界は不平等だよ、神様。
「で、なんなのこれ。一日でとけちゃうってこと?」
「うん。まあ、それぐらいかな。魔法の種類によってまちまちなんだけどね。今回のは結構高度だったから制限時間も短いみたい。だから、そのうちほかのとこもどんどん元に戻っちゃうと思う」
⋯⋯それにしても戻り方おかしいだろ。何がおかしいって順番がおかしい。
姉様のお尻はそれはもう小さくてスマートだったので、今の私の尻からするとこのドレスはかなりきつい。
破けたらどうしよう。なんて不安な考えを振り払い、私はあらためてランと向き合う。
「せめて、今日一日姉様の姿で保たせることってできないの?」
「ごめん。それは無理だよ。お願いごとは一日一つだからね」
「⋯⋯わかった。話つけてくる。」
そういう私にランはニコッと微笑む。美少年の微笑みっていうのはイライラや不安を減少させる効果があるらしい。すごいな。セラピーかよ。
ランがポンッと音をたてて消えて、私はやっと外に出れた。
かなり時間がたってしまったし、タイムリミットがある。急がなくては。
「コトネちゃん」
そんな声に振り返るとランがいた。なんだ、まだここにいたのね。てっきりどこかに行ったのかと思った。
「頑張ってね」
⋯⋯美少年の声援もまた一興ってね。
「おうよ。任せとけ」
そういってかっこよくグーサインをだした私は結構ノリノリだった。
いままでだって色々な窮地を乗り越えてきた。今回だって⋯⋯。
そう思った直後ビリッと嫌な音がする。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
恐る恐るお尻を見てみるが大丈夫だ。
ということは⋯⋯。
視線を徐々に下に落としていく。
お腹に空いた少し大きめなあな。
⋯⋯おお⋯⋯。ここか⋯⋯。
知ってたよ。私と姉さんのウエストが全然違うことぐらい。でもさ、こうもその〝差〟見せつけられると心が痛い。
しかし、こんなことでめげていられるか!根性だ!没落貴族をなめるな!誰にいうでもなく、心の中でそんなことをいいながら私はお腹をおさえお手洗いをでたのだった。
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