a Human in Fox's clothing
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竜を恐れよ、無知なる者よ。
崇めても鎮まらず。
赦しを請うても赦されず。
神がごとき暴君――それが竜だ。
【竜の吐息を前にした、ある賢者の遺言】
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『魔眼』-マガン-
・読んで字のごとく、魔性を帯びた眼球。
外界からの情報を得る為の物である眼球を、外界に働きかける事が出来るように作り変えた物。
『魔眼』とは眼球や瞳孔に魔や異能が宿るという固定観念がある。実際そういった類型が多いが、真の魔眼、格の高いそれらは、視た像やピントの結ぶ場に特異な事象を引き起こす。
現実に影響を及ぼすものこそが本当に魔眼と呼称される。
己が魔なのでなく、結果である。神秘を起こすのではなく神秘を視る。
転じて神秘が視ることが出来る眼のことを斥す。
『遍縁の魔眼』-アマネエニシノマガン-
・名の通り、所有者に対するあらゆる縁を観測することが出来る魔眼。
かつてその眼を熟練したものは常時己にとっての吉兆だけを選び、手繰り、億万の富を得た。
己にとって都合の良い人間関係を作り、名誉すらも手に入れたという。
また、この星の僻地にてその眼に覚醒した者は、その瞬間。己に降り注がんとする余りにもの凶兆に舌を噛み切った。
魔眼とは体の一部なのだから、自在に操れる、とはよくある勘違いで、魔眼を従えるのにはかなりの修練が必要である。
特に後天的に得た魔眼は、得てして習熟している者が少ない。
ピントを合わせた場所に事象を引き起こすような簡易な魔眼ならまだしも、高位の魔眼ほど聞き分けが悪く、使用者の意思とは裏腹に発動することが多い。その為、魔眼所有者は眼帯などで視野を制限していることが多い。
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011
鳴り響く不協和音、呻き声。
二人の鼓膜がひたすら限界を訴える。
破れる寸前、といったところで征龍は事切れたように、身体中から黒煙を上げ高度を落としていく。
ようやく去った一難、だがそもそもそれ以前の一難目がまだ去ってはおらず、現在進行形で地上に吸い込まれていく二人。
「え、なに? この世界あんな規模の落雷がちょくちょく起こったりするもんなの? やばくない? こっっわ、え、こっっわ」
「そ、そんなわけないでしょ! ほんともうちょっと頭追い付かない…ていうかなんでそんな余裕なの? メンタルお化け? 機械なの? 怖いんだけど。じゃない、血、止まってないよ、大丈夫?」
「いや、ほら、隣でそんだけ慌てふためかれたらそら落ち着くって、んでこれあんま痛くねーから平気」
依然うーんうーん、と悩み、暗い顔ながらも常葉を心配する結希だが、その常葉にはなんなら頬を撫でる風に、其処は彼な気持ちよさすら感じ始めている始末。
いやまあ撫でているとかいうレベルではないが……。
瞬間、どくり!!! と、創痍甚だしい右目が更に疼く。大きく、明確な危険信号を脳にたっぷりと送る。
反射的に、半ば操り人形のように、右目に動かされるように、首が動く、見る。視る。
見つける。
禍々しい線が、凶兆が、右の視界を埋め尽くす。その中心にはかなり下まで沈んでいったらしい征龍が、こちらを向き、がぱりと大口を開ける。
それは【ドラゴンブレス】の抜錨体勢。
ドラゴンブレス、とは。
幼龍が成龍になる際に体得する、というより。
タガが外れるように己の力を理解するように、使用出来るようになる龍種の秘奥。
龍の息吹だとか、龍咆だとか呼び名は様々だが、総じて他の生き物を畏怖させる圧倒的火力、破壊力だと伝承されている。
『成竜』を経て、真なる龍であること定義された『真竜』にまで成長した竜にもなれば、そのブレスには、種としての特色が存分に絡み更なる高次に押し上げられている。
その一息。
たった一息のそれで、地方一つ壊滅させると伝えられているような次元のモノもある。
そして、そしてだ。
征龍オペラノートは限られた真竜のみが長き長き命の果てに、世界に認められた龍のみが分類されることを許される、『古龍』の称号を持つ。
ならば、その息吹の威力たるや。
「え…………!?」
結希も異変に気付き、追って視線を落とす。ちらりと覗く征龍。
かなり高度の低い位置にいたのだが。明らかに、攻撃意思、いやさ殲滅意思を持ち、おおよそ分不相応なそれを。
今、打ち放たんとしていた。
《HundredDragon's》†《至天二十二龍》†《Chain!!:ドラゴンブレス:征》
リアクションをとる間もなく、吐かれるドラゴンブレス。
山のような巨駆の、おおよそ三倍はあるそれが、二人を呑み込もうと蒼空を制圧する。
明確に死を運ばんかとするように、喰らい尽くそうと。
が。
「へ…?」
「うおっ」
ふと、気付けば二人は、先ほどまで居た場所からかなり離れた位置におり、空へ昇っていく竜のような息吹を眺めていた。
天を貫き、空を穿つ、蒼窮を駆け昇る極太の筋。それは天に逆らう流星の如く。
続けて自分たちは落ちていないことに気づき、重力などは存在していないのではないかと言うほどに、形容し難い不思議な浮遊感が身体を包んでいた。
「ぎりぎりせぇふ、じゃのう」
二人の後ろから、透き通るような声がする。
振り向けば、銀髪の女性が何もないはずの空に立っていた。
その背には狐のような大きな大きな金色の尾を何本も揺れ、荘厳たる、種としての格の違いを主張している。
「貴女は…」
「じっとしておれ、うむ、ぬしじゃな。くふふ、いい眼をしておるな」
常葉の言葉を遮り、ぼたぼたと血を流す右目に優しく触れると、慈しむように軽く撫で、小声で何かを呟き、手を離す。
ふふ、と柔らかく笑うと、吹き出るように流れていた血がぴたりと止まる。
それを確認してから常葉に背を向けると、そこには征龍が目と鼻の先にまで近付いて来ていた。
「ふむ、これでもかと手心を加えてやったというのに、わしに歯向かうのか? 力の差が分からぬ雑種ではないだろうに」
面と向かい、征龍に説く狐の女性。
が、征龍は聞く耳を一秒たりとも持たず、再び息吹を放とうとする。
狐の女性は一切動じる様子もなく、かかっと笑い、空に手を翳す。
「まぁ、そうじゃろうな。経緯は知らぬが。ほれ、しばらく頭を冷やしておれ…まぁ二本でいいじゃろ」
ゆるり、とその手を降ろすと。
先とは比にすらならない爆雷が、幾重に幾重に、幾千に、雨のように征龍に注がれる。
《
それは空を真っ二つに引き裂くような、目映い金色、血が凍るほどのその光景に、二人は何故だかビックバンドジャズを通しで聴き終わったかのような余韻を抱かされていた。
数十秒、征龍の呻き声と雷音が凄まじく鳴り響く。
崩れ落ちる征龍、その身体はみるみる縮んでいき、一瞬、光を瞬かせると、その山のような体躯は姿を消していた。
012
とんっ、と狐女が地面に降り立つ。
比喩無しの地上だ。直線距離にして数万フィートをものの数秒で移動する。
次いで風船のように漂い、付随していた二人も精神的には何十年ぶりかと言わんばかりの大地を踏みしめていた。が。
「助けてくれてありがとうございます……あれって殺しちゃったんですか?」
常葉がいの一番に彼女に聞いたのはそんな事だった。まるで近所のお姉さんに話しかけるような口調に、正面で軽く伸びをしていた狐女は驚いたように目をぱちくりさせ、一瞬ちらりと結希を見てから。
「んん? なんだ、ぬしは異世界人か何かか? まぁ、そうじゃの、殺してはおらぬよ、わしもそこまで鬼じゃあない、それにぬしよ、そんな口調で話さずともよい、崩せ」
んあ、わかった。いや、でもさっきの、と二の句を紡ごうとする常葉を手で遮り。
一から噛み砕いて教えてくれた。
先のあれは。龍の、というより高位種族に至ると大概の種が取得する権能、防衛本能だ、と。
簡単に言えば蜥蜴の尻尾切りみたいなもので。
この世界には今眼に見えている、今自分たちが立っている大地、世界。【
地域によっては【星辰界】だったり、宗教によっては【天国】だの【神坐座】だとか呼ばれていたりする。
この星の海は字のごとくアルトラル次元というもので、精神界であり、星辰界、実態のあるものが一切ここにはないという。
アストラル界に干渉出来るまでに至った存在は、肉体に過負荷がかかると本能でここに避難し、再び現界出来るまで肉体が癒やすのだ。
一定の高位生命体にもなれば己の意思で行き来することも可能で、征龍クラスになれば無論後者である。詰まるところ、ゲームのように言えば、体力ゲージを空にさせ瀕死まで弱らせ、星幽界に追いやったのである。
勿論、事の発端は自分にある、と思い込んでいたので罪悪感に常葉は苛まれていたが。
「いや、流石に稚児が背に乗ったぐらいで征龍ともあろうものがああも我を失わんよ、あれは何か別口の力が働いておる。そうでもなければわしもあそこまでやらん」
そうか、と息を吐く常葉。
狐女はくすり、と微笑み。
「ところでおねーさんの名前は?」
「かかか、本当になんにも知らんのじゃのう、うーーむ、わしはの、
「ん、箱庭常葉。常葉でいいよ、あめ」
瞬間、結希の顔が青ざめ、狐はぽかん、と呆けてから大口を開けてげらげらと大きく笑う。
ん? ん? と戸惑う常葉にわたわたと慌てる結希、まぁよいまぁよいと結希に目線をやり。
ちょいちょいと己が九本の金尾を指差す。
「まぁ、そのなんじゃ。改めて自分で説明するのも大概キモいが、わしは妖狐、よーするにかなあり強い狐でな? 大層な名の通り、狐界隈じゃあそれなりに指折りのやつなんじゃよ、このな、尾の数がそのまま強さに繋がるんじゃ。あの征龍なんかとは比較にならんくらいにのう。くはは、初めて会うヒトにそこまで砕けて接されたのはいつぶりじゃろうな、まぁぬしとは初めてという気はしやんがのう」
それを聴いて、固く正そうとする常葉にそのままでよいよい、と制す。
「後、あめはさ、狐なんだろ? その尻尾と耳以外人間にしか見えないんだけど、なんで?」
そんなことをヒトの子に問われるだなんて経験をもう世紀単位でしていなかったあめは、くかかと口角を上げながら答える。
【亜人態】ヒトならざる種が、ヒトに似た姿形を取る技術、または生態。
どうしても人類という種が圧倒的に多いため、ある程度以上の知能、技能を持つ生き物。
コミュニケーションの取れる生物はヒトの形を取ろうとする。または取ることによるメリットをよく理解している。ので、まぁ血が混じりに混じってしまったり……閑話休題。
『強大な力を持つ魔物ほど、何故か人に近い姿になっていく。すなわち、人とは究極の形。種にとっての理想なのだ』
と、とある偉大な魔物使いはそんな言葉を残している。少し業の深い発言ではあるが、事実、というより真理には近かった。
特に極伝種などと、伝承の域にまて達したモノに関しては、そう伝え嘯くヒト種が、想像に形を落とし込む結果としてヒトを象ることが当たり前に出来ている、とかなんとか。
だ、なんて雑談に似た、常葉の知らぬ常識を説きながら。顔には出ていないものの、えらく衰弱している二人の体力を優しげな光で治癒を施すシキ。
どうしてここまでしてくれるんだ、と問う常葉に。
「その眼じゃよ。縁の魔眼、恐らく自分の意思でONOFF付けるどころか、使い方すら分かっておらぬだろうが、ただならぬ【縁】を、感じたのでな。わしは大事にするんじゃ、そういうの」
しかし異世界人がどこでそんなものを、と付け加えて。ただ、ありがとう、と頭を下げる常葉。よいよい、と口癖のように笑い。
「それで、そっちの白髪はなんじゃ、それ。なんで【それほどの純白の髪を持っておいて空っぽ】なのじゃ?」
話題を振られ、びくん!! と肩を跳ねさせ、声を上擦らせる結希。
あめほどまでいくと地方や大陸に伝承として語り継がれる。そこまで至った生物を極伝種というのだが。
その昔、極伝種に数えられる者に粗相をしてしまった過去があり、それがトラウマになって格式の高い種に対してとにかく低姿勢、かつとにかく大人しくしてしまうのか脊髄に反射として刻まれていた。
まあ今回結希が肩を跳ねさせたのはそこではないが。
「んー…………? 空っぽというよりは、小娘、おまえ」
「あぁ、えと、あれ……? なんで? なんで…えと…」
「…………かなぁぁぁぁり強い【弱体化】がかかっておるのう。かかか、なんじゃなんじゃ、一昔前に主人公でもやっておったのか?」
あうあう、と怯えながらぶんぶんと首を振る結希。寸前まで、常葉の付随物ぐらいの意識しかなかったがほんの少し興味が湧いたようで。
「凄まじいのう、呪詛が鎖のように絡みに絡み付きあっておる。そうそう簡単に解けぬぞ、それ。
まぁ、あくまでほんの少し。
視界に入ってることを認知した、といったぐらいで。戯れているつもりだったが
「それぐらいにしてあげて、なんかよくわからないけど、多分悪い事はしてないから、俺の大事な人、いじめないでほしい」
と、常葉に割り込まれ、目を丸くさせるあめ。
「おお、おお、すまんのう。いじめているつもりはなかった」
その後も、数十分の間。固まっている結希をさておいて会話を交えた二人。
ある程度活力が戻ったのを確認してから、あめは立ち上がり。
「ふむ、ふむ。もう少し話していたいし、力になってやりたいが、わしも忙しい身じゃからのう。そろそろ行かなければならぬ、常葉よ、そこの娘、いわゆるとらぶるめぇかぁという奴で、馬鹿みたいな災難が今後も襲いかかってくるが、大丈夫か?」
「ん? 大丈夫だよ?」
即答、一瞬眼を丸めるも、また嬉しそうにかかっと強く笑い。
「そうかそうか、なら、頑張れ。またいつか【縁】が合ったら会おうぞ、またな常葉」
「本当にありがとう、うん、また」
「あ、ありがとうございました!!」
別にお前からの礼なんぞいらんが、と視線を貰い、また小さくなる結希。最後に常葉は顔を優しく撫でられ、反射的に眼を一瞬閉じると、次に開けたときにはそこにはあめの姿はもうなかった。
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