春うらら 僕の心は花曇り【短編】
河野 る宇
◆春うらら 僕の心は花曇り
飛行機雲が桜の花びらを着飾りながら空を彩り始める季節に、僕は切ない気分になっていた。
コンビニで見つけたひまわりの種を買って、花見客から逃げるように誰もいないベンチに腰掛ける。
「はあ」
疲れたように溜息を吐き出して小さな種をひと粒だけ袋からつまみ出す。ぽいと口に放り込み、ほんの数回で食べ終えた。
終始無言で桜を見るでもなく、ひまわりの種を食べ進めた。
口の中ではぽりぽりと軽い音を立てているが、それが外に聞こえる事もなく僕は口を動かし続ける。
思えば、ホワイトデーの辺りから彼女の態度がおかしかった。よそよそしいというか、どこか他人行儀な感じがしていた。
僕に好意を抱けなくなっていたなんて知ったのはそれから一週間後くらいだろうか。ホワイトデーに渡したネックレスを突き返されて「別れて」と言われた。
思い出しただけでも涙が出そうだ。
それ以来、僕の心には小さな棘が刺さったまま抜けてはくれない。
「くそ」
やけ食いのようにひまわりの種をむさぼるけれど所詮は小さな種、腹も膨らまない。
つきあい始めたのは去年の冬くらいだ。彼女から告白してきた。──にも関わらず、彼女から振ってくるなんて僕は最後まで振り回されて終わった。
きっと僕にどこか悪い部分があったのかもしれない。だけど、
「結局は相性じゃないか」
かすれた声でつぶやく。
高校を卒業したご褒美がこれじゃあ報われない。就職先だって決まっていて、初任給が出たら彼女に美味しいものでも食べてもらおうと考えていた。
海の幸と山の幸とを二人で堪能しようと思っていたのに。そりゃあ初任給の額なんか、たかが知れてる。それでも、彼女の笑顔が見られるならと思っていた。
別れたあと一度、街で彼女の姿を見た。目を合わせるのが怖くて電柱の影に隠れてしまった。
彼女はもう、次の彼氏を作っていた──胸が締め付けられた、叫びたかった。けど仕方ない、僕は彼女に嫌われてしまったんだから。
何もかもがなんだかどうでもよくなっていた。
「何してるのこんなとこで」
ふいに女の声が聞こえて顔を上げる。
「えっ!? 美保子!?」
驚いて声を裏返らせながら立ち上がった。そんな僕に彼女は視線を外してベンチに腰を落とす。
僕は黙ってその隣に座った。
「ずっと元気がないみたいだったから」
しばらく沈黙していた彼女がまたふいに口を開いた。視線は合わせてくれないが、気に掛けてくれていたかと思うと嬉しかった。
でも──
「別れた相手のことなんか気にしてんの?」
「べつに嫌いで別れたわけじゃないもの」
意外な言葉が返ってきて僕は彼女を見つめた。
「じゃあなんで?」
「好きじゃなくなっただけ、嫌いになったんじゃない」
僕には違いはあんまり無いような気がした。
「友達でいた方がいいと思ったの」
でも、きっと君はそれじゃあ納得いかないと思った。だから別れようってなったの。
「そか」
彼女の言葉に僕は脱力した。確かに、友達でいようと言われても納得はしなかったかもしれない。
だけど、言ってみないと解らなかったじゃないかとも思う。今なら、友達でもいいよと言うかもしれない。
しかし、あの時はどうだろう。僕は「それでもいい」と言っていたのだろうか、考えたって解るはずがない。
過去の自分に直接、尋ねられはしないのだから──
「どこまでいっても平行線だ」
僕は自嘲気味に笑う。そんな僕を見た彼女は少し切なげに頭上の桜を見上げた。
「ごめんね」
彼女がぽつりとこぼす。
「うん」
僕もぽつりと返す。
「これ」
目の前に差し出された小さな箱を僕は無言で受け取った。ブレゼントボックスにかけられた青いリボンを外して箱を開ける。
そこには水晶のペーパーウェイトが入っていた。
「前に欲しいって言ってたから」
彼女とデートをしていた時に見つけたものだ。僕はなぜだか水晶が好きで、少しずつ集めている。
昔には
「まるで対頂角」
水晶を上から見て彼女が言った。
「いや全然違うと思うけど……」
そもそも水晶は六角柱状だから全然違う。
対頂角っていうのは、二直線が交わってできる四つの角のうち、向かい合っている二組みの角。対頂角は互いに等しい。というやつだ。
場を和ませようと言ったんだろうけど、無理がありすぎる。
風が吹いて、僕の前を桜の花びらが落ちながら通り過ぎていく。花曇りだった僕の心は、いま晴れやかだ。
「これからよろしく、七つ賀 美保子さん」
「こちらこそよろしく」
二人は笑みを浮かべてひまわりの種を食べ合った。
END
春うらら 僕の心は花曇り【短編】 河野 る宇 @ruukouno
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