第27話
「ふーん……なるほど、そういう事だったのか」
レストランでお昼ご飯を一緒に食べ終えた後、私とイケメンさんはいつもの図書館から少し離れた場所にある木のベンチに腰掛けた。食後の散歩も兼ねていたけれど、心地よい風を受けて、緊張していた頭を解きほぐしてから、イケメンさんへ真剣に相談したい、と言う気分もあったからだ。
ブタさんの世話をしている私たちが、豚肉を食べてよいものなのかどうか。この複雑な心地を解決してくれる手段はないのだろうか。私は今までの経緯をしっかりとイケメンさんに話した上で、とても難しい質問を投げかけてみた。
「まぁ、確かに一度気にすると、結構大変だよな」
「そうなんです……」
食べ物と言う身近なものに複雑な心を抱いてしまうと、いつでもどこでもそれを引きずってしまうものだ。可哀想だと言う気持ちはあるけれど、そのような事ばかり言ってしまうと何も食べることが出来なくなってしまう。私からの相談を受けたイケメンさんも、お昼ご飯を食べる直前の私のように悩んでいるようだった。
そして、しばらくの沈黙の後、イケメンさんは口を開いた。その言葉は、私にとってあまりに予想外の内容だった。
――気にすることは無いんじゃないか。
――それがあのブタたちの運命だったんだから。
一瞬、私はイケメンさんから出た言葉が聞き間違いではないかと疑ってしまった。どんな事でも真剣に挑み、『友人』の抱える問題には優しく、でも全力を注いで解決に導こうとする、私の見てきたイケメンさんはそういう格好いい男の人だった。でも、そんなイケメンさんが、人間たちによって美味しい豚肉に変えられてしまったブタたちを『運の問題』で片付けようとしていた。しかも、やたら軽い口調なのが余計に引っかかった。
この時点での私には、悪い意味で予想外の反応だったのである。
「そ、そんな……酷いと思います、そんな事を言ったら……」
「え、でも実際そうじゃないのか?」
私としては、イケメンさんがいい加減な事を言っているとは思いたくなかった。しっかりとした考えがあるからこそ、こんな残酷なことを言ってしまうのではないか、と必死になって解釈しようとした。でも、やはり完全に納得することは出来ず、少し挑発的な口調になってしまった。多分、表情もイケメンさんを睨み付けてしまうような形になっていたのかもしれない。
そんな私を見つめながら、イケメンさんはじっくりと心の中にある考えを伝えてくれた。
「確かに、豚肉を食べちゃいけないって言う習慣は世界各地にあるよな」
「そうですね……宗教上の観点で……」
まあな、とイケメンさんは少しだけ悲しそうな、しかしどこか納得したような目つきを一瞬見せたけど、すぐに元の爽やかな顔に戻り、話の続きを私に伝え始めた。自分たちは自由に様々な動物や植物を食べることが出来る環境にいる、と。米や麦だって食べることが出来るし、野菜も果物も選びたい放題、そして牛や馬、鶏、さらには魚介類も口の中に入れて栄養にすることが出来る。アレルギーの人たちには酷な話だが、と前置きをつけながらも、イケメンさんはそんな状況でブタを除外するのは、むしろ少し不公平ではないか、特別視しすぎじゃないか、と言った。
当然、その言葉に私は反論した。特別視をしたい理由はいくつもある。今まで何度も触れ合い、愛情を注いできた動物の仲間を食べるなんて、共食いに似た感触を覚えてしまいそうと言うのが一つ。そしてもう一つは――。
「ブタさんって、頭が良い動物だって言われていますし……」
イヌやネコにも劣らない判断能力を有し、人の顔も覚え、そして鏡に映った自分自身を認識することも出来る。そんな優秀な動物を、ただ食べるためだけに育て上げると言うのは、果たして『正しい』事なのだろうか。頭の中に浮かんだ疑問はあっという間に膨れ上がり、イケメンさんへ投げる爆弾となってしまった。
疑問をぶつけるだけぶつけた私は、イケメンさんが無表情で私の事を見ていることにようやく気づいた。ごめんなさい、と私が言うより先に、イケメンさんの方から言葉が返ってきた。誰かに食べられずに生きる、と言うのは、本当にブタたちの幸せなのか、と。
「誰かの命の糧になる、誰かのために生きる。それが動物たちの最終的な目標じゃないのか?」
「……そ、それは……」
「人間だってそうだろ?誰かに『恩』を貰ったりあげたり。
ブタたちが肉に姿を変えるって言うのは、要はそういう事じゃないかって」
でも、誰かに食べてもらうというのが恩だという事が、どうしても私は呑み込めなかった。そして、その旨をイケメンさんにぶつけた時だった。
「……だけどなぁ、俺たちがあいつらの肉を食べなかったとしたら、その命は無駄ってことになっちまう。
要らないからって処分されたり、誰にも食べられずに肉が捨てられてしまうんだよ……!」
美味しい餌を食べ、養豚場の人たちに世話をされながらすくすくと育ってきたブタたちが、誰の糧にもならないまま命を終えてしまう。それは、彼らが生きてきた意味も価値も、全くもって無駄、無意味、無価値ということになってしまうのではないか。そっちの方が、あまりにも可哀想で、悲惨で、残酷だ。
右手の拳を握り締めながら、イケメンさんは真剣な表情で語り続けた。私が初めて見る、『彼』の姿だった。
「だから俺は、大事な『仲間』でも……って、あ……」
あまりに熱が入りすぎたせいか、イケメンさんは声を張り上げてしまっていた。人通りは少ない場所とは言え、この木のベンチの近くの道は色々な人が通り過ぎる所だ。唖然とする私の視線に、周りからの好奇の視線も加わり、イケメンさんは恥ずかしそうに縮こまり、私に謝った。だけど私は決してイケメンさんの言葉に敵意を持ったり、呆れたりと言う感情は持っていなかった。確かにあまりにも予想外のことで困惑し、つい否定的な意見を出してしまったけれど、最終的には、新たな発想から生まれた考えに触れることが出来たことに感謝の心が芽生えていた。
「そうか……動物たちの『恩』なんですね……」
「ま、まぁそういうことじゃないか、って俺は考えただけで……悪かったな、迷惑かけて」
「い、いえ……ありがとうございます」
むしろイケメンさんがそこまで謝り通しだと、私の方が恐縮しそうだった。今までと謝る側とそれを聞く側の立場が逆転している、と言うのも経験したことが無かったからかもしれない。
でも、私にはまだイケメンさんの言葉に対して疑問、いや正確に言うと心配な事があった。
「そんなに恩を貰っているのに……私たちは何にもお返しが……」
――それくらい簡単さ。いつもやってるだろ?
不安で縮こまりそうな言葉を遮りながら告げたイケメンさんの言葉を聞いて、私ははっとした。昔、お父さんもお母さんも同じ言葉を言っていた。それなのに、私はあまりにも自然にその言葉を出しすぎて、その奥に秘めた意味をすっかり忘れていたのだ。
自分たちの命の糧になる動物や植物へ伝え、その恩を大事にすることを誓う最大限の感謝の言葉、『いただきます』『ごちそうさま』を……。
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