第3章

 というわけで日曜日。彩は灰色のTシャツと白のスカートを着て、チェックのシャツを腰に巻いている。そして、軽く化粧なんかもしちゃっている。

 ちなみに猫耳は俺が彩を何とか説得して外させたのだ。さすがに猫耳を付けている女子と買い物とか俺の性癖が疑われかねない。でも、俺はどちらかと言うと猫耳をしていない彩の方が可愛いと思うんだけどなあ…。

 俺たちは昨年に出来たショッピングセンターに来ている。ここは開店当初から様々なジャンルの店が入っているため評判が良く、以前から彩も行きたがっていた場所なのだ。

 まあ、俺も一度は行きたいと思っていた場所でもある。学校でクラスの連中が「あのショッピングセンターまじやばかったよねー」とか言っているのを聞くと行きたくなるのが人間の心理というものだろう。案外、人間は周囲に流されやすい生き物なのだ。

「とりあえず、ぐるっとまわって見てみるか」

「うん!」

 俺の提案を彩は快諾かいだくしてくれたので、俺たちは様々な店をさっと眺めるために歩き始める。

 歩き始めてすぐ気づいたのは、店内では至る所に「開店1周年キャンペーン実施中!」と大きく書かれた広告があることだ。その文字の下にはキャンペーン内容として、「3000円購入毎に抽選券1枚、500円購入毎に抽選補助券1枚が貰えます!抽選券1枚または抽選補助券6枚で福引き1回!会場は1階の中央広場です!」と無駄にビックリし過ぎな説明が書かれている。さらにその下にはA~F賞と参加賞の景品が書かれている。

 福引きして当たるのはだいたい参加賞のポケットティッシュくらいだ。だが、それが意外と他の景品を貰うよりも嬉しかったりする。

 だって、「●●温泉1泊2日」みたいなのが当たったとしても、その温泉から遠いのであれば、高い交通費を自己負担し、長い移動時間を費やさなければならないのだ。さらに、その温泉だって福引きでプレゼントされるものなのだから、サービスが良い所だとも限らないし、むしろ悪い場合の方が多いのではないかと俺は勝手に思い込んでいる。

 それならば家の布団でゴロゴロし、お菓子を頬張りながら漫画を読んで過ごす方が体を休ませることが出来るだろう。土曜日と日曜日をそうやって過ごし、月曜日の朝に終わらせていなかった宿題を見つけて何度後悔したことか…。

 それに対し、ティッシュはあっても困ることはない。しかも、福引きならばわざわざ購入せずに無料で手に入るのだから、素晴らしいほどのお得感を得ることが出来る。鼻をかむのに使っても良し、手をくのに使っても良し、虫を捕まえるのに使っても良し。ほら、使い道だって色々だ。つまり、ティッシュはク●ンヴェー●女学園のシ●ヴィア・リュー●ハ●ムに匹敵するほど万能なのである。

 したがって、ティッシュは最強。福引きの景品が全てティッシュなら、俺は喜んで抽選券を大量にゲットすることだろう。

「お兄ちゃん、何か喋ってくれないと彩にゃん寂しくなっちゃう」

 それは猫と言うよりはウサギだろう。ウサギは寂しいと死んじゃうという話は本当なのだろうか。

「『何か』。ほら、何かを喋ったぞ」

「うっわー。お兄ちゃんって本当に頭おかしいよねー」

 毎日猫耳付けて生活しているどこかの誰かさんよりはましだと思います。もちろん、こんなことは口に出せません!

「あ、あれだよ。世間が俺の素晴らしい思考に追い付いてないってやつだよ。何か格好いいだろ」

「それただの中二病だから…」

 漫画だとよくある台詞だろうが。ぶっ飛んだ行動をしている奴がよく言ってるけど。

「でも、そんなお兄ちゃんも大好きだよ」

 彩は俺の方を見て爽やかな笑顔でそんなことを言ってきた。本心なのかどうかは俺にはわからない。

「お兄ちゃん、無視しないでよー」

「じゃあ、反応に困るような発言はしないでくれよ」

「むぅ」

 彩はねてしまったようだ。距離感を保つことの難しさを改めて実感する。

「あ!この店かっわいいー!」

 彩はその店にけ寄り、商品をながめ始める。俺はそんな彩の後に続いた。

「この黒猫の猫耳可愛過ぎるよおー。あ、この三毛猫のも良いなあ…。あそこにはアメショー柄のもあるー。んー、どうしよー」

 彩は様々な猫耳を手に取っては「これ可愛いー」とか言いながら目をキラキラ輝かせている。その姿は非常に微笑ましい。微笑ましいのだが。ここに来てまで猫耳にかれるとか、どんだけ猫耳を愛してるんだよ…。

 彩が猫耳ワールドに迷い込んでいる間に、俺はその店の他の商品を見て回ることにした。

 この店はどうやら猫関連のグッズを専門に扱っているらしく、猫柄がプリントされた食器や文房具、さらには縫いぐるみや招き猫なんかも販売しているようだ。

 猫好きにはたまらない店だろう。そういう俺も犬か猫かと言われたら、断然猫派だ。あの1日中気ままに寝て気ままに活動する猫の生活は理想そのものなのだ。生まれ変わったら俺は猫になりたい。ぐーたらしたい。

「お兄ちゃんお兄ちゃん、この中でどの猫耳が良いと思う?」

 彩に声を掛けられその方向を向くと、手には10種類くらいの猫耳が抱えられていた。猫耳のサラダボウルである。どんだけ猫耳欲しいんだよ…。

「んー、どれでも良いんじゃないかな」

「えー!!それが一番困るんですけどぉー」

 そんなに不機嫌そうに頬を膨らませなくても…。というか、家に猫耳あるから良いじゃないか。

「彩にゃんが決めきれないからお兄ちゃんに訊いてるのにー」

 それは充分承知の上ですよ、妹よ。

「彩は可愛いから、別にどれでも良いと思うけどな」

 実際美少女な訳だし、猫耳の種類によらず可愛さは保たれると思う。美少女は格好がどうであれ、美少女であることに変わりは無いのだ。

「にゃっ!!」

 彩はそんな意味不明な叫び声をあげた後、後ろを向いてしまった。彩が何故こんな行動をしたのか俺にはやはりわからない。

 少しの間が空いた後、彩はぽつりとこう言った。

「…じゃ、じゃあ、全部買ってくるね」

 結局全部買うのかよ!と心の中では思ったが、まあ彩が買い物に来ている訳だし、欲しいのなら買えば良いとも思う。ただ、俺は猫耳はこれ以上増やさなくて良いんじゃないかと思うが。彩にとって猫耳は1種の自己表現手段なのかもしれない。

 彩はレジに向かい、俺はその後に続く。彩が猫耳をどさっとレジに置いたときに店員の顔が少し引きつっていた気はするが、気のせいだろう。というか、気のせいだと思いたい。

 俺は彩がレジで会計をしている間、レジの横の招き猫とにらめっこをする。招き猫って左手と右手で招くものの違いがあったはずだが、どちらがお金でどちらが人かすっかり忘れてしまった。お金欲しいから買いたいのだが、わからない以上仕方がないので諦めることにする。というか、お金招くものをお金で買うというのはどうなのだろうか…。

 彩は袋詰めされた大量の猫耳と抽選券、抽選補助券を受け取る。そして、俺たちはその店を後にした。


 ◇ ◇ ◇


「うへへー、幸せー」

「お、おう…」

 彩は猫耳を大量購入して満足げにうへうへしていた。浮かれすぎて結構引くレベルだ。

「あ、お兄ちゃん、早速この猫耳付けてみる?」

「いや、遠慮しとく」

 耳を付けても普通に歩けるのは夢の国だけだろう。あそこは丸い黒い耳が主流だが。

「えー、付けて欲しかったなー」

「ここで付けたらお兄ちゃん恥ずかしさのあまり死んじゃうかもしれないだろ」

「ああー、この駄目お兄ちゃんならあり得るかもねー」

 ボケたのに全く否定されなくて悲しくなってきた。あまりに悲しくなってきたので、話題を変えよう。

「まあ、次はどこに行こうか」

「それなら、フロアマップ探してみた方が良いかも。何か結構歩いてるのにまだまだ1周するまでには時間が掛かりそうだし」

 確かに、先ほどの店にいた時間を除いても30分程は歩いているはずなのだ。だが、3階建てのこのショッピングセンターの1階すらまだ1周をしていない。さすがに全部廻るのには多大な時間を必要とするだろう。

 俺たちは近くの店に入り、店員にフロアマップの場所を尋ね、その場所に向かった。

「やっぱり広いな…」

 フロアマップを眺めても非常にたくさんの店が入っていて、このショッピングセンターの規模が把握できる。こんな広い場所を廻ろうとしていたのかと思うと、自分が馬鹿馬鹿しく思える程だ。

「彩は行きたい店あるか?」

「うーん…。服とか色々見てみたいかなあ」

「じゃあ、服屋が多い2階に行ってみるか」

「うん!」

 そうして、俺たちはでエスカレーターで2階へと向かう。

「お兄ちゃん、2階に上がったすぐの所にある店寄りたいんだけど、良いかな?」

「ああ、別に問題ないぞ」

 2階に到着すると、彩がある店に向かって歩き出したので、俺はその後ろを歩く。そして着いたのは、いかにも若者の女性向けの服を取り揃えたという雰囲気の店だった。

「服を選ぶのに時間掛かるかもしれないから、お兄ちゃんはそこに座っていて良いよ」

 そう言って彩が指さしたのは、試着室の前の待機用の椅子であった。丁度歩き疲れていたところなので、妹のその一言に甘えさせて貰うこととする。自分の体力の無さが丸出しだ。

「彩にゃんは服選んでくるから」

 そう言って、彩は店内を物色し始めたので、俺はポケットからスマホを取り出し、パズルゲームを開始する。しかし、5回もプレイするとポイントが消費されてしまい、結局何もやることが無くなってしまった。

 丁度その時、彩がいくつか服をかかえてやって来た。

「さあ、お兄ちゃん。これから彩にゃんの素晴らしいファッションショーの開幕だよ!」

「お、おう…」

 予想はしていたがやはりこうなるのな…。女子と買い物に行く男子の逃れられない運命というか…。

 彩は試着室の中に入っては着て、試着室から出てきては「この服どう?」と訊いてくるので、俺は「似合っているな」とか「良いんじゃないか」と返す。ちなみに否定しないのは、美少女は基本どんな服でも似合う法則によるものである。まあ、これが彩にとっては不満なようで…。

「結局お兄ちゃんのせいでどれを買ったら良いのかわからないじゃん!」

 こんなことを言われてしまった。理不尽な…。

 そして、彩は結局試着した服を全部購入。もれなく大量の抽選券が付いてくる。既に抽選券の数がやばいことに…。

 まあ、購入後には彩は満足していたようなので、良しとしますか。

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