第6章第3節:三種の神器


   A


「ヤマタノオロチを斬り裂くは、アマノムラクモ」

「アマノムラクモで斬ったんですか?」

「いえ、違います。古事記神話には、アマノムラクモという名前も出てきません」

「え、そうなの?」

「先生」

「わ、我は……」

「神田先生。では、何と言う剣で倒したのでしょうか?」

「強いて言えば、トツカノツルギですね」

 神田は、ホワイトボードに「十拳剣」と書いた。

「名前からして『拳10個分の長さの剣』ぐらいの意味でしょう。同じ名前もしくは同じような名前の剣は、いろんな神が使っています。そのため、固有名詞という感じではないです。さほど特別な剣でもないでしょうね。『日本書紀』だと、特別な剣を使っている話もありますが」

「『古事記』と『日本書紀』は、内容が違うのですか?」

「そうなんです」

 神田は、二階堂にした話(第1章第1節参照)を2人にも語った。

「ヤマタノオロチの話は、『日本書紀』だと、本文を含めて4パターン。本文の内容は『古事記』と大差ありません。2つめのパターンでも普通の剣を使いますが、3つめのパターンでは外国の剣を使い、4つめのパターンでは名剣を使います。いずれの場合でも、尻尾を斬る時に刃こぼれしてしまう」

「鋼の如し?」

「そんなに頑丈な尻尾なんですか」

「ええ。その理由は、尻尾に剣が入っていたからです」

「「尻尾に剣?」」

「はい。その剣こそが、クサナギです」

 神田が漢字で書いてみせる。鈴木と黒井は「草薙」と書くのだと思っただろう。

 しかし、ホワイトボード上には「草那芸」の3文字。

「「クサナゲ?」」

「これで『クサナギ』と読みます。『古事記』では、『芸』の字で『ギ』の音を表しますので。この剣は、アメテラスの手に渡ります。『日本書紀』でも、尻尾からクサナギが出てきますね。アマノムラクモという名前は、クサナギの元の名前だと語られているんです」

「同一存在」

「アマノムラクモとクサナギは、同じ剣の事だったんですか」

「『日本書紀』では、そうなりますね」

「剣・玉・鏡、すなわち、三種の神器」

「クサナギは、三種の神器の1つですよね?」

「そう言われますが、『古事記』に『三種の神器』という表現はないんです」

「え? ないの?」

「先生」

「鏡と玉と剣の3点セットは登場しますが、それを『三種の神器』とは呼んでいませんね」

 登場するのは、ニニギの降臨(天孫降臨)の際。ニニギとともに、これらが地上にやって来るのだ。剣(クサナギ)は元々、地上のものだが。

「『日本書紀』には、こういう表現は出てきます」

 神田は「三種宝物」と記した。

「三種の……宝物ですか」

「呼び名はともかく、鏡と玉と剣の3点セットは、特別なものだったのでしょう」

「我等にとっての三種の神器とは」

「鈴木先生も神田先生もデジタルですから、Gペンやインクは使いませんし……」

「そうですよね。三種の神器か……。何だろ?」

「友情と努力と──」

「先生」

「な、何でもないぞ」


   B


「あ、もうこんな時間ですか。先生、そろそろ戻って作業しないと」

「そうだな。──神田よ」

「はい」

「メティスの微笑み、大地は歓喜し、深淵には闇夜の花が咲く」

「いい勉強になりました。ありがとうございます」

「お役に立てたようで、よかったです」

「創造と破壊の輪廻の先に、我等は何を掴むのか。汝が我に示してくれるのを、期待していよう」

「連載、頑張って下さいね」

「はい、頑張ります」

「それでは、私達はこれで」

 黒井が打ち合わせ室のドアを開けた時、鈴木が振り返って神田を見た。中二病っぽいポーズをして、口を開く。

「独りで創造の業を為そうとする汝にこそ、この名は相応しい」

「?」

「〈独創者──アリア〉」

「独創者……アリア……」

「その名前、要らないなら捨てて構いませんから」

「せっかく考えたのに!」

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