第2章第3節:幼女降臨(2)
A
「ところでところで、神田くん」
「何です?」
「どうしてどうして、アメノウズメの話になったんだったかな?」
「忘れたのか、二階堂さん。神田君は、俺の為に、イザナミたんが幼女である証拠を見付けてくれた。その説明をしている途中だったのだ」
「そうだったそうだった」
「(別に、鶴岡さんのためじゃないけど……)オッパイを露出させる話があるくらいですから、イザナミが大人だったなら、オッパイについての言及があるはずです」
「書き忘れの可能性は……証明する方法がないだろうね」
「他にも、イザナミが幼女だったことを裏付けるものはあります」
「俺の為に、他にも証拠を用意してくれたのか!」
「(別に、鶴岡さんのためじゃないけど……)そもそも、『イザナキとイザナミの出現』から『イザナキとイザナミの降臨』まで、それほど長い時間は経っていないと思います。天の神々は、彼らの出現を待っていたでしょうから」
「自分たちには、島を作ることができなかったのだからね。しかし、神田くん。イザナキとイザナミは、出現した時点で大人だったということはないのかい?」
「確かに、彼らは人間とは違う方法で生まれました。つまり、出産されて誕生したのではありません。彼らは『成った』神なんです」
「「なった?」」
神田は大きな赤い円を描き、赤で「生」と書いた。次に、青いマーカーで、赤い円の内側に小さな円を描く。そちらには「成」と書いた。
「どちらも神が誕生する時に使われる字ですが、言葉の意味としては、『生』の方が広いんです」
「『成』の字が使われるのは、限定的という事だな」
「そうなんです。『成』は、出産ではない方法で生まれた場合に使います。ただし、成った場合でも、『生』の字を使うことがあります」
「ふむふむ」
「成った神は、どれくらいの年齢で生まれるのか──。神によって違うかもしれませんが、幼い状態で生まれている可能性はあります」
「イザナミたんが、そうなんだな!」
「ええ。──例えば、スサノオ。彼も成った神ですが、彼はおそらく、生まれた時には大人ではなかった」
「ショタには興味無いな」
「アメテラスも、幼かったでしょうね」
「アメテラスたんも幼女だったのか!」
「スサノオの話に戻りますけど……。『長いヒゲが胸まで伸びても泣いていた』という描写があります。それ以前は、ヒゲが伸びていなかったということですよ」
「つまりつまり、大人に成長したからヒゲが伸びたんだね」
「生まれた時──成った時には、子どもだったのだな」
「イザナキとイザナミに関しても、成った時は子どもだったとしても不思議じゃないんです」
「イザナミたんがイザナミたんだったのだな!」
B
「古事記神話では、こういう話になっています──」
イザナキとイザナミが体の作りを確認し、イザナキが国土を生もうと提案した後のことである。
彼らは二手に分かれ、ある柱の周りを巡ることになった。やがて2人は出会うわけだが、その時の会話が、こんな感じ。
「ああ、なんと素敵な男性でしょう」
「ああ、なんと素敵な女性でしょう。女が先に言ったのは、よくなかったな」
「この結婚の儀式の後、子どもが生まれます」
「ちょっと待ってくれ、神田君! イザナミたんは幼女だったはずだろう!?」
「そうです。彼女が産んだ1人めの子は捨てられ、2人めの子も、彼らの子どもとしてカウントされません。捨てられたのか死んだのか……。『なかったことにされた』とでも言えばいいでしょうか。彼らは、子作りに失敗したんですよ」
「でもでも、神田くん。さっき、イザナミは島を産んだと言わなかったかい?」
「その話は、次の子作りをした時の話なんです」
「そう言えばそう言えば、トラブルがあったと言っていたね。そのトラブルというのが、この子作りの失敗なのかい?」
「その通りです」
「失敗も何も、幼女に子どもが産めるのか? いや、不可能ではないが……」
「人間の話になりますが、子作りには何が必要ですか?」
「「愛情?」」
「(この2人、意外とロマンチストなのかな……)えっと、精子と卵子が必要ですよね。顕微鏡もない時代では、目に見えない精子も卵子も知られていなかったでしょうけど。それでも、精液ならば目に見える」
「だけどだけど、卵子の方は? 卵子は、見ようがないんじゃないかな?」
「いや、二階堂さん。卵子は見えないだろうが、あれならば見えるではないか」
「あれ?」
「そう──経血だ! 俺は今日、晩飯は赤飯にするぞ!」
「鶴岡さんの晩ご飯は置いといて……」
「今夜のオカズは──」
「その話も置いといて……。1300年前の人も、子作りに精液が必要なのは知っていたのは間違いありません。『聖書』にも、妊娠を避けるために、膣外射精する話がありますね」
「現代では、膣外射精は避妊の効果はイマイチと言われているがな」
「生理に関しても、『初潮を迎えたら子どもを産める』ぐらいの認識はあったでしょう。もっとも、初潮を迎えたばかりでは妊娠しにくいそうですが。『古事記』中巻には、ヤマトタケルが生理中の女性とエッチする話もありますね」
「マジか」
「話をイザナミの方に戻しますと……。イザナミが初潮を迎えたかどうかぐらいに幼いのであれば──子どもを産むには若すぎたのであれば、子作りに失敗してもおかしくはないと思います」
「幼女に妊娠・出産は厳しいだろうからな」
「ところでところで、神田くん。『女が先に言ったのは、よくなかった』とイザナキが言っているよね?」
「はい。イザナミが先に言ったことで、結婚の儀式が失敗していたんです。儀式をやり直した後で、多くの子どもが生まれることになります」
「む? 子作りに失敗した原因は、イザナミたんが幼女だという事ではなく、儀式が失敗したせいなのか? イザナミたんは幼女ではなかったのか!?」
「落ち着いてください、鶴岡さん。僕は、結婚の儀式には『大人になるための儀式』という要素があったと考えています」
「「大人になるための儀式?」」
「なぜ、結婚に儀式が必要だったのか──。古事記神話の他の神は、結婚の際に、同じ儀式を必要としていないんです。イザナキとイザナミの結婚は、特殊な例だったんですよ」
「そうだったのかそうだったのか」
「なぜ、儀式の失敗が子作りの失敗に繋がったのか──。あの儀式が『大人になるためのもの』言い換えれば『子どもを作れるようになるためのもの』であったなら、説明ができます。他の神は大人になって結婚しますから──」
「儀式が必要ないんだね?」
「そうなんです。つまり、イザナキとイザナミは、儀式の前の段階では子どもだったんですよ」
「イザナミたんは幼女だったわけだな!」
C
「これでイザナミたんが妹キャラだったら、言う事は無いんだがな……」
「妹ですよ」
「何!?」
「イザナミは、イザナキの妹でもあるんです」
ロリボイスで「おにいちゃん、あのね……イザナミのここに……」
「ごはああああぁぁぁっっっ!!!」
「鶴岡さぁぁぁぁんっ!?」
「さっきより、すごいことになってるね」
「いや…………『イザナミたん、ギガ萌え~』な妄想をしてしまっただけだ」
(このスキンヘッドの大男、何言ってんだ……)
「イザナキとイザナミは、兄妹で結婚したことになるね?」
「近親婚の話は、世界中の神話に出てきますね。イザナミがイザナキの妹である根拠は、彼女の名前です」
ホワイトボードに「伊耶那岐」「妹伊耶那美」と記された。前者はイザナキ、後者はイザナミの名前である。「妹」は「イモ」と読む。
「頭の『妹』の字は付かないことも多いので、飾りのようなものでしょうね。古事記神話には、彼女の他にも、名前の頭に『妹』が付くのが何人かいます。いずれも男とセットになって登場するので、男女セットで書いてみましょうか。『妹』の部分は省略します」
・ウヒジニ(宇比地邇) スヒチニ(須比智邇)
・ツノクイ(角杙) イククイ(活杙)
・オオトノジ(意富斗能地) オオトノベ(大斗乃弁)
・オモダル(於母陀流) アヤカシコネ(阿夜訶志古泥)
・イザナキ(伊耶那岐) イザナミ(伊邪那美)
・ハヤアキツヒコ(速秋津日子) ハヤアキツヒメ(速秋津比売)
・タカヒコネ(高日子根) タカヒメ(高比売)
・ワカヤマクイ(若山咋) ワカトシ(若年) ワカサナメ(若沙那売)
「イザナキとイザナミを含めて8組。古事記神話に登場する順です。イザナキとイザナミは連続で生まれています。他の7組も同様です」
「最後のだけ、3人だね?」
「最後のは、ワカサナメが妹ですね」
「イザナキとイザナミたんと同様に、名前が似ている事が多いな。だが、オモダルとアヤカシコネは似ていない」
「『オモ』は『顔』のこと、『ダル』は『足る』が濁ったものでしょう」
神田は「面足る」と書いた。
「こう書けば、意味がわかりやすいと思います。アヤカシコネの方は、『アヤ』は『ああ』ぐらいの意味。その下は『かしこまる』ぐらいの意味ですね」
「『ああ』と言って、かしこまる──。そういうことかい?」
「そういう理解でいいと思います。面が足りている男がいて、それを見て『ああ』とかしこまる女がいる」
「全然違う名前だが、対応する意味なのだな」
「後ろの3組は、それぞれ同じ親から生まれています。明らかに兄妹です。この時点でまず、名前の頭に『妹』が付くのは妹である証拠ではないかと考えられます。ちなみに、ハヤアキツ兄妹は、イザナキとイザナミの子です」
「その頃には、イザナミたんは大人になっているんだろうな……」
「前の5組は、後ろの3組とは違うのかい?」
「前の5組──ウヒジニからイザナミまでは、成った神なんです。タカアマハラに『出現した』という感じですね。親はいませんが、名前からして、イザナキとイザナミは兄妹です。その前の4組も兄妹でしょう」
「イザナキとイザナミたんは、兄妹でありながら結婚……」
ロリボイスで「これでもう、ただのいもうとじゃないよね……?」
「ごぶはっ……!!!」
「鶴岡さーん……」
「幼女で妹で幼妻とかイザナミたんハンパねぇ! 我が同志・神田よ!」
「同志じゃありませんて」
「今なら、にっくき水谷にも勝てる気がしてきたぞ!」
「勝てるって、殴り合いに……ですか?」
「そうだ! これを見てくれ!」
鶴岡が懐から取り出したのは──。
「エロゲーじゃないですか。やっぱり、ロリ系のやつなんですね。これが、どうかしたんですか?」
「俺は今から、にっくき水谷に会いに行く。そして、奴に幼女の素晴らしさを教えてやるのだ! おっと、このゲームに登場する彼女達は見た目はロリでも年齢的にはオトナのレディーだという事は強調しておこう!」
(誰向けのセリフだったんだろうか、今のは)
「それでは、さらばだ。──水谷、貴様の目を覚ましてくれる!」
ドアを開けた鶴岡は、猛ダッシュで走り去ったのだった。
(……編集者の仕事をしろよ。僕もマンガ家の仕事してないけど……)
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