第2章第2節:アメノイワヤ
A
(キレイな人だな……。しかも、オッパイが大きい!)
神田の視線に気付いたのか、美女が微笑んで言う。
「うふふ。わたくし、Fカップですわよ? 神田様の好みは、Dカップなのでしょう?」
「う……。さっきの聞いてたんですか?(よりによって、こんな美人に聞かれてたなんて……)」
「うふふ。申し遅れました。わたくし、当編集部で編集長をさせていただいている姫野ですわ」
「はあ、編集…………編集長!?(20代だと思うけど、こんなに若くてキレイな人が編集長なのか!)」
「ええ、編集長なのですわ」
(冴えないオジサンより、美人が編集長の方がいいよなあ。しかも巨乳だし!)
「神田様には期待しております。いずれは、うちのエース作家になっていただきたいですわね」
「はい! 頑張ります!」
「神田くん神田くん。姫野編集長はね、〈乳首で編集長になった女〉という異名の持ち主なんだよ」
「乳首で編集長!?」
「うふふ。〈乳首で編集長になった女〉ですわ」
(それって、会社のエロい人……もとい偉い人に乳首を見せたり吸わせたりして編集長になったってこと!?)
「きっときっと、君が考えているのは違うよ?」
「え?(僕の考え、顔に出てたんだろうか……?)」
「うちの雑誌は売り上げが伸び悩み、廃刊寸前に追い込まれた事があったのだ」
「そんなことが……。知りませんでした」
「そのピンチを脱する事が出来たのは、ここにいる姫野編集長のおかげ。当時は、ヒラの編集者だったが」
「すごい人なんですね、編集長さん」
「うふふ。それほどでもありますわ」
「(それほどでもあるんだ)でも、何をしたんですか?」
「乳首を見せたのだ」
「まさか、ヌードを掲載したとか!? でも、僕は見た記憶がないです!」
「違うぞ、神田君。乳首を見せたのは、姫野編集長ではなく、マンガのキャラだ」
「そう言えば……。いつの頃からか、青年誌寄りの少年誌になりましたよね(僕は今の方が好きだけど)」
「うふふ。健全じゃない少年誌にしたのは、わたくしなのですわ」
「乳首解禁によって、童て……男性読者が食い付いたのだ」
(僕も、その1人です……)←童貞
「売り上げは一気に回復し、その功績を認められて、彼女は若くして編集長になったのだよ」
(前野編集長は、前野副編集長になったわけか)
「ところでところで、姫野編集長。どうして、ここに? 神田くんの激励に来たのですか?」
「うふふ。それは『ついで』ですわ」
(ついでだったんだ……。まあ、いいけどね)
「神田様」
「あ、はい。何ですか?」
「『古事記』には興味がないのですが──」
(ここの編集部、『古事記』に興味ある人いないの?)
「わたくし、オッパイには興味があるのですわ!」←自分のオッパイを鷲掴み
「おおっ……!」←童貞
「さあ、神田様! オッパイの話をしてください!」
「は、はい!」←なぜか敬礼する童貞
B
「皆さんは、アメノウズメをご存知ですか?」
「確か確か、引きこもっていたアマテラス──アメテラスが出てくるきっかけになった女性だね」
「もしや、その女神も幼女だったのか!?」
「いえ、幼女ではないと思います」
「そうか……それは残念だ」
「うふふ。天の岩戸のお話ですか」
「実は、『アマノイワト』という呼び名は、『古事記』では正しくないんです」
「あら、知りませんでしたわ」
「『古事記』だと、こう書きます」
童て……青年は、ホワイトボードに「天石屋戸」と書いた。
「この『天』は、『アマ』ではなく『アメ』と読みます。二階堂さんには説明しましたが──」
「注がない時には、アメ読みでしたわね?」
「ご存知でしたか」
「うふふ。わたくし、先程のお話も聞いていましたもの」
(編集長ってヒマなのかな……)
「神田君。そこに『石』と書いてあるが、『岩』ではないのか?」
「『古事記』では、『岩』の意味でも『石』を使うんです。ここも、岩と考えていいと思います」
「それでは、『アメノイワヤト』なのですね?」
「『戸』を固有名詞の一部と考えるか普通名詞と考えるかは、その人の解釈ということになりますね」
「神田様のお考えは?」
「僕は、戸は普通名詞だと考えます」
そう言って、青年は「屋」と「戸」の間に線を引いた。
「その理由は何ですの?」
「『屋戸』だと、意味がわからないからです。──最初の『天』は意味がわかる。次の『石』は岩のこと。『屋』なら建物のことだと理解できますが、これが『屋戸』になると、意味がわからなくなります」
「確かに確かに、屋戸と言われてもピンと来ないね」
「『戸を開く』なら意味が通じますが、『屋戸を開く』では意味が通じないと思います。以上のことから、固有名詞は『アメノイワヤ』までで、戸は普通名詞と考えるべきかと」
「成程な」
「『日本書紀』の場合は、こういう言い方になっています」
ホワイトボードに書かれたのは、3つの単語──「天石窟」「磐戸」「天石窟戸」だった。
「『日本書紀』は専門じゃないのですが……。『天石窟』で『アマノイワヤ』と読むようですね。この字を見ると、『日本書紀』の方は、建物と言うよりも洞窟に近いのかもしれません」
「2つ目は『イワト』と読めるな」
「確かに確かに、そう読めるね」
「ですが、これは『岩でできた戸』ぐらいの意味だと思います」
「つまり、建物そのものではないのですね?」
「はい。僕の考えだと、建物そのものは1つめです。もしかしたら、洞窟のようなものかもしれませんが。その建物あるいは洞窟に付いている戸が、2つめと3つめでしょうね」
「岩戸と言うが、岩戸は建物そのものではなかったんだな」
「その名の通り、戸でしたのね」
「私も疑問には思っていたんだ。『岩戸』とは何だろうか──とね。名前からすると『岩製の戸』だけれども、それが建物の名前になっているのは不思議な話だからね」
「二階堂様の仰る通りですわね」
「だがだが、今の説明で納得納得。『岩屋の戸』だったのか」
「あくまでも『古事記』と『日本書紀』の話なので、他の伝承では、建物そのものを『岩戸』と言うかもしれません」
「ふむふむ」
「成程な」
「それでは、神田様。そろそろ、オッパイの話をしてくださいませんか?」
むにゅんっ──姫野が腕を組んだことで、Fカップのオッパイが強調された。
神田(童貞)は、思わず凝視してしまった。
(Fカップってすごいんだなあ)
C
「アメテラスがアメノイワヤにこもってしまうと、世界は闇に包まれました。さらには、多くの災難が発生する」
「あらあら、それは困りますわね」
「アメテラス1人が姿を消しただけで、そんな事になるとは」
「それだけそれだけ、重要な神様なんだろうね」
「ええ。なので、アメテラスには出てもらわないといけません」
「アメテラスを誘惑するために、アメノウズメがオッパイを見せた──。そうでしたかしら?」
「アメテラスを誘惑するためではありませんが、オッパイを見せたのは合ってます。そもそも、アメテラスは女性ですし」
「わたくしも女ですが、オッパイに誘惑されることもあるかもしれませんよ?」
「神田くんも誘惑されそうだね?」
「僕は男ですから」
「若いな、神田君。鋼の意志を持つ俺は、オッパイ程度では誘惑されんぞ」
「(この人はロリコンだからな……)話を戻しますけど、アメノウズメは神がかりをしてオッパイを露出させます。さらに、アソコも露出させました。その格好で踊ったんです」
「エロエロですわね」
「神がかりをしているので、どこまでがアメノウズメの意思だったのかは不明ですけどね」
「アメノウズメは、どうなるんですの? やはり、劣情を催した男どもが彼女に群がって…………。きゃーっ! これ以上は言えませんわ!」
「エロゲーみたいな展開にはなりませんよ?」
「そうですの? 残念ですわ」
「いったいいったい、どうなるんだい?」
「どうなったと思います?」
「和風ポールダンスで、さらにエロエロに」
「違います」
「幼女化!」
「しません」
「風邪を引いたんじゃないかな」
「そういう描写もありませんね」
「二階堂様、もっと真面目に答えなくては」
(二階堂さんのが1番まともだったけどね!)
「神田君。幼女にならないなら、何になったんだ?」
「それ以前に変身しませんけど……。アメノウズメの踊りを見た神々は、なぜか笑ったんです」
「「「笑った?」」」
「はい。大爆笑ですね」
「「「大爆笑……?」」」
「その笑い声が気になったアメテラスは、戸を開けて外の様子をうかがう。戸はこじ開けられ、アメテラスは外に出ました。めでたしめでたし、というわけです」
「オッパイもアソコもさらして踊っておきながら、エッチシーンに突入せずに笑われてしまうとは……。アメノウズメという女神は、あまりエロエロではなかったのでしょうか」
「(この人なら、エロエロだろうなあ)なお、オッパイやアソコを露出させる話は、『日本書紀』にはありません」
「それなら、『古事記』の方がいいですわね。──あら、もうこんな時間。仕事があるので、わたくしは戻りますわ」
ドアの取っ手に手をかけた彼女は、流し目で神田を見た。
「神田様には期待しています。わたくしの作家を見る目が確かだと、証明してくださいね?」
「は、はい! 頑張らせていただきます!」
「それでは。うふふ」
微笑んで、姫野は行ってしまった。打ち合わせ室に残ったのは、童貞と中年オヤジとスキンヘッドの大男だ。
(編集長さん、いい匂いがしたなあ。結局、マンガの話はしてないけど……)
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