ショートショート集『トラッシュバッグ』
齊藤 紅人
コックリさん
コックリさんをご存じだろうか?
諸説あるが漢字では狐狗狸と書き、紙と十円玉を使って低級霊を呼び出しお告げを聞く、というものである。
さて、N氏の話をする。
N氏は幼少の頃よりコックリさんの名人であった。紙と十円玉さえあればコックリさんを確実に降霊することができ、またそのお告げは必ず当たるのであった。
N氏は高校卒業後、その異能を生かし株の取引とFXを始めた。
無論、どの売買もぬけぬけと的中する。瞬く間に資産を増やし、税金を支払ったあとも数十億単位のお金が手元に残った。
続いてN氏は企業買収に着手する。これも至極簡単であった。コックリさんが今後伸びると教えてくれた会社だけを買っていけばよかった。
そんなわけで、N氏が日本の経済界を牛耳るまでさしたる時間を要しなかった。その動向は世界中で注目され、停滞していた日本経済を牽引する旗手となった。
ここまで登ってしまえばN氏がコックリさんに頼ることもめっきり少なくなった。年に数回、悪い流れが来たときの重要な決定さえ間違えなければ後は何とでもなる。お金はあるところに集まるものなのだ。
日本を制したN氏は、とうとう世界を目指し始めた。いくつかの取引で成功をおさめるものの、当初にN氏が財を成すこととなった為替通貨間の軋轢がその枷となった。上げたはずの利益が想定していた額と乖離したり、銀行を介するせいで手元にお金がやってくるまでやけに時間がかかるケースが多かったのだ。
N氏は動く。通貨間のストレスを無くすための第一段階として、まずは日本の通貨を全てウェブマネーに切り替えることにした。
政界と経済界に働き掛け、これも驚くほどの速さで移行に成功する。法改正により、造幣された日本円を所持することは重罪となった。一部の古銭マニアの抵抗はあったものの、全国の紙幣と硬貨は日本銀行へとスムーズに回収された。集められた紙幣はすべて焼かれ、硬貨はすべて資源として再利用する。これにより日本国民の貯蓄は全てウェブ上に載せられることとなった。
世界もこの波に追従する。米ドル、ユーロ、マルク、フラン、中国元、豪ドル……主要な各国の通貨が次々にウェブマネーへと書き換えられていった。N氏は通貨革命の先導者として歴史に名を刻む事となった。
目論みの当たったN氏の世界制覇はもはや時間の問題かと思われたが、この革命を機に急激に失速する。
そう、コックリさんを呼び出すための十円玉がどこにも見当たらないのであった。
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