第16話:革命の趨勢は、世界のどこへ行き着くのか

 広場は混戦状態にあった。

 立ち上がった市民は近場の市兵から剣をとり、戦いに興じる。

 俺の言葉を聞き届けた市兵は、長年共に生き続けた仲間を斬ることは出来ないだろう。だが、それでも言いくるめこちら側に数が増えれば圧倒的に有利だ。

 誰が味方で、誰が敵かは分からない。

 そんな中、レジスタンスは的確であった。瞬時に敵と味方を判別し、躊躇うことなく斬り伏せる。

 無血革命などという綺麗な建前は崩壊し、互いの正義が正面激突する。

 血が血を汚し、涙と悲鳴が広場を満たす。

……まさか、ここまでなるとは思いもしなかった。

 彼らは、溜まった鬱憤を全て吐き出さんとその腕を、剣を揮う。

 市民にはメイ、レノン、ヒスワンが魔法で作り出した地造剣、光造剣、氷造剣を分配している。

 今ではもう、俺の演説で立ち上がった市民、市兵。全てがこの国への抵抗軍レジスタンスだ。


「テメェ……、とんでもねぇことしてくれたな!」

――スレイアが、真横から突進してくる。「仲間の、差だ」


 その瞬間、派手な跳躍音と共に喝破する一人――


「ダン……、貴様ぁぁぁっっ!!」


 それを躱せる筈もなくダンはそのまま転がり回る。


 そのダンに見向きもせずにスレイアは俺に声をかける。


「ルナート、大丈夫かっ?!」

「胸骨、肋骨2本、左肺の上葉じょうようが逝ったな」


 的確に、冷徹に、自らの身体損傷を把握し伝える。何度もやって来たことだ。

 ふとスレイアの鉤爪を見る。鋭利に透明に煌めくそれは、まだ血に濡れてはいない。

 真反対にいたというのに、誰も眼中に入れず俺のところに突っ走ってきたわけか。

 何とも天晴れな忠誠心だ。


「くそ……っ。レノン、ミア! ルナートを!!」


 スレイアは近くで援護をしていたレノンとミアに声をかける。

 ミアは泣きじゃくった顔で不安そうな顔を俺に向ける。


「る、ルナ……」

「大丈夫だ。心配するな」


 ミアのレイピアは血に濡れていた。彼女に剣を教えたのは俺だ。おそらく初めて人を殺したのだろう、だが彼女の瞳に怯懦はない。


「二人とも、ルナートを連れて裏路地へ。後はいつもの通りだ。俺はあの裏切者に誅伐を下す」


 スレイアの命令に二人は頷くと、俺はレノンに担がれ、そのままレノンは階円広場を登り、家々の間から裏路地へと向かう。

 混戦の最中、逃げ惑う老人や子供を女性陣が保護し戦況から遠ざけている。必要のない配置だと思っていたが何が起こるか分からないものだ。

 市兵の戦闘は激化し剣劇音と摩擦音が鳴り響く。

 これで城に待機している市兵も全員出てくるだろう。

 標的だった国王は護衛に囲まれながら馬へ乗り城へと逃げようとしていた。


「待ってろ。すぐに殺しに行く」


 俺は聞こえないような声で呟いた。

 隘路へ入りある程度まで来ると、レノンは俺を下ろし壁にもたれかけさせながら「”完治”の紋章、特異 能”呪われた人形はアナベル・損傷と修復を繰り返すリペアージ”」と起術する。

 すると、俺の足元に巨大な円盤が出現し、黒い針がゆっくりと動く。この針が一周回るまで完治は済まない。


「ミア、先に行ってる。後は任せた」

「分かった」


 そして、レノンが立ち去ると同時……。ミアはその場に泣き崩れる。

 微かな喘鳴が広場の喧騒といり混じる。


「怖……、かった。私、怖かった……。ルナートが、死んじゃうんじゃ、ないかって」


 その姿を見て――思う。

 こいつだけは……、ミアだけは何があっても助けよう、と。


「心配するなって言っただろう。それに……、リーダーが先に死ぬわけにはいかない」

「うん」


 そう言いながら、赤く腫れた表情で「ルーンスキルIX、絶対遮断区域アブソリュート・ゾーン」を起術する。俺の周りに不可視の保護壁が張られる。


――――ルーンスキル。

 このスキルは結界魔法陣(ルーン)と呼ばれる固有結界を形成しスキルが終了するまで外部から内部、内部から外部へのあらゆる干渉を断絶する――――


「ミア……、行かなくていいのか?」

「いい……、私はここにいる。ルナートの側で完全に治るまで……、ずっと……」

「ありがとう」


 そう言うと、ミアは俺にもたれかけるようにして座る。温かさと小刻みに震える振動が、一つずつ波を打ったように伝わってくる。

 みんな今頃、死に物狂いで戦っているというのにこんな所を見られればそれこそリーダーとして、あの場で喝破した者としての威厳など地へ墜ちるだろう。

 だけど……。

 革命なんて放ったらかしにして、ずっとこうしていたいと思う自分が、確かにいた……。


 早く、この革命が終わって欲しい。

 そしたら……。

 胸中にさざめく思いを抑えながら黒く曇っていく空を見上げる。


――この革命の趨勢がどこへ行き着くのかを知る者は、今この都市には誰一人としていなかった――




⌘  ⌘  ⌘  ⌘




 土埃と血飛沫が至る所で舞っている。

 城から馬を走らせてきた市兵が到着し、戦場は更に激化していた。国王側かレジスタンスか。どちらが優勢なのかは把握しかねない。

 市民や、市兵がいる以上、大掛かりなスキルや魔法は使えない。

 だが……、俺たちはこの程度で死ぬほどヤワでわない。


 突き飛ばしたダンに向かってゆっくりと歩いていく。ダンは振り返ることなく逃げ出す……。いや、王めがけて走り出す。


「逃げるな」


 氷魔法の造壁フリージア・タンペラス・スリュム。心の中で唱えると家々が並ぶ路地への中頃に巨大な氷壁が出現する。


「くそ……っ! 邪魔をするな、スレイア!! ルナートの奴を殺せないなら俺が国王を殺しに行く」

「そうか。だがな、俺らのリーダーを殺しかけておいて……」


 冷眼を向ける。


「……俺が生かしておくと思うなよ」


 この際、裏切ったことなどどうだっていい。最初から、信用などしていなかった。


 すると、ダンは振り返り、剣を突き出す。


「なら、先にお前を殺してやる。若僧が……っ!!」

「こい」


 確か、ダンは33と言っていた。俺と13つも離れているが、それで実力差が変わるなど有り得ない。

 俺は鉤爪の持ち手のグリップに力を込め突き出す。鉤爪とダンの剣が衝突し、腕に電撃が弾けたと感じた瞬間、摩擦音が鳴り響き、反発した力で互いに後方へ跳ぶ。

 背後を通り過ぎ逃げていく市民を後目に確認した瞬間、魔法の氷壁を解除する。


 ダンはそれに気づいた風もなく一気に駆け出し剣を上段から斬りおろす。

 流れるような動作から研鑽(けんさん)の功名をひしと感じる。

 なるほど……。そこまで弱くもない、か。

 だが――っ!と、それを狗爪の爪間で受け止め左拳の狗爪を上段に振りあげる。


「グッ!」


 ダンは嗚咽を漏らしながら再び後退。

 胸からは五本の血筋が刻まれている。

 追い討ちのようにダンへ鉤爪を左右から交互に突き出す、ダンも繰り出される鉤爪を見切り弾きかえす。


――――戦い。

 これは人と人が信念と命をかけて行う血の決闘だ。

 基本的な技術はもちろん必要だが、この世界より与えられた力……。紋章、スキル、魔法。

 この3つをどのタイミングでいかに使うかが勝利するために最も重要となる――――


 早いこと、この革命を鎮圧させなければ、無駄な被害が増えてしまう。

 ルナートもきっと、痛切に感じている。まさかここまで市民の鬱憤が溜まっていたのか。この悲惨な殺し合いに。次々と死んでいく市兵と市民の参列に。まさか、俺もあそこまで無慈悲に人殺しに走るとは思ってもいなかった。おそらく、ここの市民は今、長年にわたって耐え続けた屈辱と、溜め込んできた鬱屈を全て、革命という大義名分という名の下で、殺意という名の刃に乗せて無情に揮っているだけだ。

 そんな革命で、いいはずがない。

 俺は、ルナートの苦しみを分かち合うことができない。だが、それを軽減することならできる。


 そのまま10数合ほど打ち合う、目は合わない。

 お互いただひたすら相手の隙と武器(えもの)を見ている。戦うときには相手の目を見ろ、と教授されたことを思い出す。

 互いが互いを牽制し拮抗きっこうした戦況は続く。


 互角……か。俺も随分、腕が鈍ったものだ。

 そう思いながら。ふと、問う。


「ダン……。どうして裏切った?」

「は……っ。あんな偽善者、死んで当然だっ! あんなやつにこの国の王は殺させない。俺が、殺すっ!!」

「……偽善者、だと」


 ダンのその一言に、血液が逆流し停止し沸騰し凍結するのを感じる。

……偽善者。確かに、一度も感じなかったわけではない、だが――

 ルナートは……、ルナートは決して偽善者などではない。俺たちの知らない所でたくさんの物を抱え続けてしまったのだ。

 それを、ただ偽善者という一言で片付けるなど……。その一言に冷徹な殺意と圧倒的な闘志が煮えたぎっていく。


 その勢いを殺さず鉤爪を突き出すもダンはそれをかわす。咄嗟に狗爪を地面に突き立て上体を空へ乗り出し重心を回転させる、その勢いと遠心力でダンの胸元に回し蹴りを叩き込む。


「は……っ。きづいてねえのはお気楽なテメェらだけだ。いつまでも、あんな奴の幻想に囚われやがって」

「幻想……? 確かにそうかも知れない……、だが」


 ダンの訝しむような表情を寒波し吠える。


「あいつは……、俺たちに道を示し、導いてくれた。それだけで俺たちは……、この世界で生きて来られたんだ!」

「そりゃあ大層な忠誠心だな」

「あぁ……。だからこそ、さっさとお前を片付けるーー紋章器【絶氷に閉ざす零爪クレスリズン】! 紋章装填メダリオンロードーー”氷結”!」


 何度、目にしたか分からない紋章が俺の手の甲から背後へ飛び出し水色に光る円とその中に氷の結晶を連想させるような紋章が出現する。


 そして出現させた紋章は回転しながら俺に急接近し紋章器に吸い込まれる。

 紋章器へ紋章が装填ロードされると同時に氷の結晶が辺りに飛び散り、飛沫音が場を震わす。

 龍のレリーフを模し水透明に透き通った爪身の中に埋め込まれた水色の宝玉が強く点滅する。



――――紋章装填メダリオンロード。 

 これは紋章器全てに与えられた能力だ。

 紋章器に紋章を装填ロードすると、取り入れた紋章の能力を拡大反映させる能力がある。そして装填する紋章の種類に制限はない――――


 紋章装填を終えたクレスリズンは急激に膨張し龍のあぎとを開いた長大な氷爪となる。

 そして、俺の背後に六本の六角氷柱が出現し俺の背中に突き立つ。


 周りの温度は摂氏5度まで急激に下がる。だが、氷魔法使いの俺にその影響はない。空気中の水蒸気は昇華され氷片となり舞う。

 そして俺は二対の龍を手にし背後に棘を生やしたような氷の怪物と化す。

 クレスリズンは取り入れた紋章を膨張させ龍化憑依りゅうかひょういさせる能力だ。

 それには飛空能力も付随している。

 そして俺の魂紋章ソウルメダリオンは氷結。効力は倍以上となる。


「これはまた大した……」

「死ね――」


 いつしか、下で繰り広げられている混戦への意識は消えていた。今はもう、ダンのみしか視界にはない。喧騒も剣劇も悲鳴も喚声も、何も聞こえない。

 完全にフロー状態へと浸りながら……起術。


「クロウズスキルXV、ヴァルゲインスルーッ」


 右爪が肥大化。それと同時に身体の捻転を最大限に使用し、宙に造りだした氷板に両足をつけ空中からダンへ向けて一気に加速。

 空気が圧迫され真空のホールを光の如く突き抜け――


 ダンの胴を深々と抉る。


 確認するまでもない。確かな手応え。

 仕留めた。

 そう思った時、不意にその違和感に襲われる。

 氷爪に、一滴も……、血が――



――その後、起こった出来事を理解するのに、俺は5秒という致命的な時間を有した


 振り返った先にダンの姿はなく、抗争する市兵の群れのみ。

 いや、違う、それより手前に……、何か……。


「……スレ、イア」


 凛と澄んだ声が俺の名を呼ぶ。

 理解するのを、脳が放棄した。そうだ、幻惑だ。あいつの紋章の能力は、幻――


「今回は……。助け、られました」


 違う。これは、違う。

 頬を濡らす生暖かい血液……何度も嗅いできた鉄の香り、酸の味。


「何度も教わったでしょう? 特異能には、警戒しなさい……と」


――――特異能。

 これは、それぞれが持つ紋章に一つだけ与えられた超常異能力だ。その能力の種類は千差万別だ。だからこそ、最大の決め手は敵の紋章の能力を図るまで容易に打てない――――


 脳内で全てを忘れ去ろうと繰り返す。

 特異能……。

 どうして、俺に宿った能力は、この現実を変えられるものではないのかと詰問する。

 そして、目の前の光景に絶句する。

 ダンは特異能の能力で巨大な欠片のようなものに姿を変え、そして、それは――俺の、ヒスワン姉ちゃんの胸をことごとく貫いていた。

 姉ちゃんは、口から血を垂らしながら、俺に向かって、言った。


「大きく……、なりましたね」


 そのたった一言に、突きつけられた現実を完全に理解し、煮え滾る憎悪と干涸びていく悲哀が相克する。


「姉、ちゃん……。ヒス、ワン……、姉ちゃん」


 惑うことはない。この革命では、死ぬのだ。仲間が。

 知っている、何度も失ってきたから、知っている。

 だけど、だけど……。


「いらねえ邪魔が入った。これでようやくあの国王あいつを殺しに行ける――」


 ヒスワンを貫いていた巨大な欠片はその場で分裂し宙へと浮く。鏡のような平面の大小様々な欠片は光を反射しながら一斉に向きを変え国王の元へと向かう。

 胸を穿いていた巨大な欠片が抜かれ、大量の血と臓物を吐き出しながらヒスワンはその場に頽れる。


 今すぐ、ヒスワンを抱き起こし、泣き叫びたい。

 たった、たった一人の……、最後の家族を失ったこの非情を嘆くため。己自身の過失に叱咤を下すため。

 だが……、と。

 静かに……、心を殺していく。


 ヒスワンに背を向け、一言。


「待て――」


 どれがダン本人の欠片なのか、そもそもあれは一体なんなのか。

 そんなことは、どうでもいい。


「お前を殺す理由が、また一つ増えた……」


 憎悪も慟哭も、止めどなく流れる枯れ果てた涙も。

 全て今は、棄てる。


「どこまでも呆れた忠誠心だ。それに俺にとって家族愛なんてもうはただの愚昧で空虚な汚物でしかない」

「お前がどうしてそこまで国王を殺したいか、お前がどんな人生を送ってきたかなんて、興味はない……。だがな、俺は……、なんとしてもお前に誅伐を喰らわせる」

「あ? お前にそこまでの理由があんのか? 薄っぺらい仇討ちで、簡単に殺すなどと口にするな」

「俺にとっては、一番、大事なことなんだ……」


 俺は唾棄し、ダンの欠片を見上げて……、言った。


「俺はまだルナートに……。姉、ちゃんに……」


 そして、氷爪を体の前に交差させ――


「何も、返せてないんだよッ!!」


――振り下ろした。


 氷爪が腰の高さまで振り下ろされた瞬間、大気が凍てついたように停止。

 その刹那、俺の氷爪の軌跡から氷の凝縮された真空派が宙へ浮遊するダンの欠片へ一直線に放出される。

 衝撃は永続している。


 姿勢は未だに振り下ろされた状態、そこから更に両手を胸まで思い切り振り上げ交差させる。

 そのモーションに合わせ両手の氷爪から暴風へ一気に氷結する。そしてそれは牙のように顎を開き目の前の餌に喰らい付く獣のように暴風は二つに割れ……。


 核の欠片を、ダンの欠片を全て……、噛み砕いた。


 耳を塞ぎたくなるような大音響で轟く、粉砕音。

 散り散りに、粉々に。微細なまでに破砕された欠片。

 そのダンの散り際、降り注ぐ光の粒子に、呟く。


「クロウズスキルXIX、ビ・ガウ……」


 振り向きながら、ゆっくりと歩き出す。

 どうして、走らないのか。

 分かっているから、もう、助からないと。


「姉ちゃん……」


 俺は、語りかける。

 たった一人の……、家族に。


 その、最期を。


 目に脳に……、灼きつけるために。


 革命のことなど、今は思慮になどなかった。

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