メダリオンハーツ

紡芽 詩渡葉

第一章:世界始動編

第0話:世界は始まりを迎え

 静かだ……。


 冷風が颯爽さっそうと吹き抜け身を切り、逆なでされた白い髪が揺れる。


 空は黒く塗り潰され至る所に白いほころびがあまねく。

 地は白く輝き所々に人の負の感情が黒く湧き出る。


 ここは世界の中心に位置するレピア帝国、中央都市レピリアの王城レピアレス。その頂上、帝針ていしんの頂点に立ちレピアの街を見下ろす。

 恐らく世界で最も高いであろうここは、まるで天と地の境界にいるようでこの世界には自分しかいないのではないか、と錯覚しそうになる。


 レピアの街は王城を中心とし、円心状になだらかな傾斜けいしゃが広がり建物と人間が所狭しとひしめく。

 眼下の人間達は何千年という平和に慢心し笑顔が満ち、生の活力が溢れている。


……これから起こる悲劇など、露知らず。


 ふと、これから滅びゆく世界を見ていると美しくどこか幻想的だとさえ思う。この世界の破壊への躊躇ちゅうちょが脳裏を駆ける。


……しかし、これが僕の選んだ道だ。


 いつしか思想がこれまでの道のりを追憶する。

 あの頃に戻りたいと懇願こんがんする自分がいることに気づく。

 その真意を推察したいという欲求を殺し、覚悟と決意を固めた。こんな戯言にうつつを抜かしている場合ではない。


……そろそろか。


 ゆっくりと、己の両手を広げる。

 肩が重い。これまで手に掛けた何人もの亡霊達がまるで憑依ひょういしているかのようだ。

 だが、それを意識から除外し、死に切れぬ亡霊共々……。高らかに世界へ謳歌おうかする。


「さぁ……、ここから。終わりへ向かう世界の……、始まりだっ!!」


 両手に全神経を傾ける。

 誘蛾灯ゆうがとうに釣られる夜虫やちゅうの如く、辺りに白き光の粒子が集積してゆく。

 そして魂切たまぎるような咆哮ほうこうで人類が嘗ての技術を応用し生み出した”スキル”を喝破(かっぱ)し、起術する。


「アストラルスキルXXI! 隔世する聖界の崩滅フェル・フォーリア・クラストラ!!」


 その声と共に、両手から幾重いくえもの色彩からなる瘴気しょうきが頭上へ収縮してゆく。辺りの玲瓏れいろうたる源素力マレナスの光の粒子は、円環状の軌道に乗りながら、その物質の周りを飛翔する。

 次いで瘴気により精製された物質は空の黒を吸い取るかのように巨体な亜空間円球体ホールへと姿を変える。

 そしてそれは、白の光の粒子を併呑へいどんしながらゆっくりと地へ墜ち、発生した結界魔法陣ルーンと衝突する。……そして、次の瞬間。様々な紋様が刻まれた魔法陣が爆砕し、瀑布ばくふを逆さまにしたような光の飛沫を巻く。

 大地は穿(うが)たれ、空は引き裂かれた。

 漆黒の亜物質は連結爆砕を繰り返し、1,300キーレの広さを誇るレピアの都市圏を包む結界魔法陣は完全に破壊され、世界は鳴動めいどう震撼しんかんに包まれる。


 突如平穏を乱された罪無き地上の人間達は、混乱と焦燥でごった返し、魑魅魍魎ちみもうりょうが奔走しながら、人々は怯懦きょうだまみ錯綜さくそうする。

 それでも、人間達はまだ地震か何かの災厄程度の認識。あるいはこの結界に絶対的な安心があるのか、叫び声や泣き声は一切聞こえない。


 やはりこの程度では3000年前に張られたレピアの三重層史祖結界トランテ・オーパーツ・バリフを破るのは一枚が限界か……、だが。


「……充分だ」


 そして二枚目を破壊するべく詠唱を唱え出す。

 万物の起源たる源素力マレナスを練り、”魔法”の術式を組み上げ詠唱する。


「世界に眠りし大地の神よ。永劫なる時を経て今、我に汝が膂力りょりょくを貸し与え給え……」


 通常詠唱ごときの単発魔法では、到底この結界を破ることは出来ない。

 だからこそ自らの精神力と大気の源素力を最大限に練り改竄かいざんさせる。神秘にして泡沫うたかたの奇跡たらんと世に流布るふした魔法の技術はここに……、世界滅亡への始まりの布石となる――


地魔法の攻墜ズィーガ・モール・ガイアッ!」


 詠唱を唱え終え、右手を眼前にかざす。

 膨大なる源素力によって放たれた魔法は先ほど裂かれた大地へ働きかける。すると大地がまるで再生するかのように隆起し、砕ける。そこから発生した土塊どかいが宙に浮かびあがる。

 そして僕の一振りで地魔法によって操られた千個以上の土塊は一斉に飛来し、次々と結界バリフへ突撃。しかし、その全てが弾かれ砕けるものの結界の所々がひび割れる。

 予想の範囲内だ、次の一撃で残りの2枚を崩しうることは必至。


 体制を整える。

 これでついに……、変革する。

 神が創造した世界を、今ここに滅ぼそう。


「悔め、愚かな人間達よ。懺悔(ざんげ)しろ、もはやこの世界に希望はない。これからの未来にあるのは……。絶望と、終わりに足掻く惨めな人間達の姿だ!

 瞑目めいもく刮目かつもくへ。祝福を惨禍さんかへッ!!」


 そして全意識を手へ向ける。己の存在全てが酸化し、泡沫ほうまつとなって消滅してしまうかのような剥離感と共に……。

 全ての人間に宿りし神の恩恵……、その自らの”紋章”の力の全てを、解き放つ。

 


「”滅亡”の紋章解放……。 ” メダリオンハーツ ”ッ!」


 手の甲に光る浮甲使用紋ふこうしようもんから紋章が背後へ飛び出し、真紅に光る円の中に世界図が裂け焦げ、大地と海と空が混じり合うのを連想させるような紋様を形作る紋章が出現。

 そして、僕の倍はあろうかという大きさの紋章は背後で暴輪旋転ぼうりんせんてんし、掌は世界を握り潰せるのではと思うほどに膨張し白皙はくせきの腕は炎を纏う。

 赤い……。ただ、ひたすら赤い。

 己の身体は絶大なる力の負荷に耐え兼ね悲鳴をあげる。

 まだ、くたばるな。

 耐えろ。これが……、最後だ――


「――特異能、” 惨死冥滅掌ヘカエ・ラディルイン ”ッ!」


 膨大な真紅の光は結界へと落ち屈折を繰り返す。魔障ましょうの掌は結界抵抗の一切を無効化し、まるで結界などないかのように破壊する。だが、おそらく先ほどのスキルと魔法で削っていなければこの一撃のみでの完全破壊は不可能だったであろう。

 まとう炎は業火となり風圧は烈風と化し街を駆け、人間達は荒れ狂う絶大な力を認知する間も無く飲み込まれ亡命し彷徨ほうこうする。

 城の天守閣、そこの王宮だけは残さねばならない。

 だがそれでも未だ死にきれぬ人間達の阿鼻叫喚あびきょうかんの叫びと嘆きは虚空へとかき消されていく。


 見下ろした街は、崩折れた死骸と損壊した建物が密集し、炎上した炎は天へ立ち、くすぶり続ける煙が夜の闇へと霧散むさんしていく。

 その光景に思わず口を開け、驚愕する。


「これが……。世界を超越し神をも凌駕りょうがするとさえ言われた、紋章解放メダリオンハーツの力かっ!」


 恐ろしい……。こんな物が世界に存在しても良いのか。

 だが、その力によって奪われた世界が眼下にある。


 歩んできた王の道。

 栄華に輝いたレピア帝国。

 何を剥奪はくだつされようが絶対なる力で即座に奪還し、世界最強の名を刻み勝利の凱旋に酔いしれ不朽と呼応され続けたレピア帝国。


 それが今。混沌と絶望が体現化したかのように踏みにじられ、全てが乖離かいりされるような災厄に見舞われる。

 永久に続くかと思われたレピアは、己の手で喪失し抹消された。

 そのことに、僕は人知れず静かに呟いた。


常世とこよの安寧などない、平和などただの幻想でしかない。そんなものは必ず……、途絶する」


 胸中のわだかまりが雪崩を打ったように押し寄せる。

 だが……。ついに、自分の存在そのものがこの世界の桎梏しっこくとなったのだ……。

 そこに達成感と充足感がこみ上げてくる。


「これでようやく。閉ざされ進むことを止めた世界が……、始動する!!」


 この開戦から起こるであろう乱戦の時代を経て、世界はどう終戦するのか。

 新時代の気運は澎湃ほうはいとして起こるだろう。

 そんな事を考えながら、ゆっくり地へと降り立つ。目の前にはありとあらゆる希望から隔絶された、死の世界が広がる。

 嘗て愛憎あいぞうした世界は……、そこにはもう無い。


「ハハッ。これで僕の畢生ひっせいの使命と念願は果たした! さあ、世界よ! 終天の時が来るまで必死にもがき苦しめ! そして――――」


――――最後の言葉は、レピア帝国の崩壊音と共に掻き消された






――地に降り立った少年は自らの手で消滅させた街で一人、歩き出した。この出来事が新たな世界で紡がれる物語の始まりと目されることに、不敵な笑みを残しながら――








――――聖祖歴3000年


 その夜、1000年の歴史を誇る世界最大経済帝国レピアが滅亡した。


 人々は思いもしなかっただろう。3000年を祝うその宴の夜に、よもやその安寧が崩されるなどとは。


 人口約150万人もの人間が死亡し、家屋の崩壊は200万軒以上にも及んだ。

 名の知れた英雄が富豪が王族が。何千年と受け継がれてきた巨万の富が芸術が遺物が書物が。たったの一夜にして、全て消え去った。


 そしてその3日後。隣都市の派遣隊はレピア帝国の中心、レピアレス城の王宮に残された1通の手紙を発見する。

 その手紙に書かれていた惨憺たる悲報。一人の少年によって行われた惨劇は、レピア崩壊と名付けられた――もちろん、その手紙が誰によって書かれたかなど想像するまでもない


 二週間が経つと、その事実はレピアレス帝国連邦諸国へと伝わり、1ヶ月後にはメルシナ大陸全土。果ては、全世界へと伝わった。


 世界の秩序維持と調節機構を一挙に担っていた経済帝国の滅亡は、全世界に大きな影響と混乱をもたらした。


 人々は、たった一夜にして帝国を滅ぼしたという一人の少年に驚愕し、ただひたすら戦慄し恐怖した。


 しかし、帝国を滅ぼした少年を除き誰一人として知らなかったのだ。


 その滅亡の最中、たった一人だけ生き残った男の子がいることを――――







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