奴隷を助けたらマスターと呼ばれて困る件

 次に気づくと、目の前に女が居た。

「あなたを、手違いで、死なせてしまって。あなたは、死ぬべき人間ではなかったのです。」


冗談、よしてくれ。俺は死ぬべき人間だ。


「ええ、あなたは、死ぬべき人間ではなかった。なので、あなたに、人間離れした偉大な剛力を与え、あなたのためだけの世界で第二の人生を送ってもらいたいのです。」


もう、眠っていたいんだ。死ななきゃいけないんだ。誰に愛されもしない俺は、死ななきゃいけないんだよ。


そして、視界が光に包まれた。


俺は大きな馬車の前に居た。馬車には檻がついていた。中には、女が居るようだった。全員、虚空を見つめていた。口を開けていた。呆けていた。


どうやら、田舎の道路のような所だった。行者は俺に気づくと、手綱を強く引っ張った。馬が嘶いた。馬鹿野郎! と叫ばれた。白人だった。


俺が状況を飲み込めないでいると、行者が話し始めた。「一体、どういうつもりでこの馬車の前に飛び出したんだ? え? 」日本語が、わかるのか。

 「いえ、すみません。おれ、いきなりここに居て。」行者が誰かに顎で俺の方を指した。甲冑を着た兵隊が出てきて、俺の腕を引っ張った。あまりに強く握るので、俺は痛くて振りほどいた。そうすると、兵隊は車に跳ねられたかのように、飛んでいった。


行者は口を開けてその様子を見ていた。その内、はっとしたかと思うと、「リベタリアンだ、かかれ! 」と叫んだ。兵隊がたくさん、飛び出してきた。槍を持っていた。兵隊の一人が俺に槍を刺した。が、刺さらなかった。


ああ、夢か。臨死体験か。俺は、状況を飲み込めた。槍を手で叩き折り、兵隊を全員投げ飛ばした。その内の一人は頭から落ち、首があらぬ方向に曲がった。目と鼻と口から血が出ていた。気分が良かった。


行者が逃げようとしている事に気づいたので、俺は馬車の上に駆け上がった。目を潰した。ぎゃあ、と叫んだ。うるさかったので、口の中に拳を突っ込み、開けたり閉じたり、力のまましてやると、歯が折れる感触が伝わった。そのまま乱暴に手を引き抜くと、歯がたくさん、零れ出た。最後にケツを蹴り上げると、数メートル飛び、死んたようだった。


檻の中の女に気づいた。猫の耳が生えていて、人間の耳も生えていた。手を檻にかけると、薄いプラスチックのように曲がった。女は全員、俺を見ていた。

「助かりました。私達は少数民族の獣人であり、奴隷として売られる所だったのです。」


どうでもいい。俺がなにも言わないでいると、女は勝手に話を続けた。


「我々の帰るべき里はもう、燃やしつくされてしまいました。あなたは、リベタリアンだと私は思います。どうか、我々の主になって頂けませんか? 」


「セックスでもさせてくれんのか?」俺はわざと無頼らしく、そう言った。


「ええ、なんでも。性器でしますか? それとも、尻の穴で? 口でも、手でも。」

「いや、いい。あんたら、勝手にしろ。一番近い、飯が食える所、どっち? 」女は馬車が向かっていた方向を指さした。


馬車から出ようとする時、きっと、オカマなのよ。そう小声で話す声がした。黙って出た。馬車を蹴り飛ばすと、激しく横に倒れた。もう、何も音はしなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る