転生したら最強だった件

公共の場所で小便をする人

And now, the end is near...

 二十三歳。誰にも、愛されなかった。


 俺は絶望していた。

毎日時間を切り売りし、老人になり、死んでいく事に気づいたから。

何も考えず、九時間から十時間、自分を売り、商品となり、端金をもらい、死に向かっている事に気付いたから。


 仕事を、辞めた。

最初は良かった。脳に靄がかからず、はっきりとモノを考えられるようになったのは、十年ぶり、と言っても良かった。

起きたい時に起き、寝たい時に寝て、神社や寺に行って、池に居る鴨が右から左まで泳いでいるのを一日眺めていたりした。


 その内、金がなくなった。

俺には頼れる親類は一人もおらず、またそういうものからはとっとと死んで欲しい、程度に思われていた。

都会には、食べ物が溢れている。そこで飢える気持ちというものは、惨めで、惨めで、しょうがない。


 仕事をやる気にはなれなかった。

俺みたいな、何も持たざる人間が、生まれた時から絹に包まれた人間のため、何故、身を犠牲にしなければならないのだろう?

生きるため?

それなら、それほど生きたくはなかった。


 俺は珈琲を飲むので、角砂糖をいくらか、家に買いだめてあった。

それで空腹感を満たした。

腹は、満たされなかった。


 極限まで腹が減ると、頭が痛くなる。耳鳴りがする。幻聴が聞こえる。体を動かす意思が薄いビニールのようになり、動けなくなる。

前にも、後ろにも進めない。そんな気分だ。


 覚悟を、決める時。


 まず、家中の薬を探してかき集めた。元々母親と祖母と、叔父が住んでいた家で、彼らは皆、年なりに病気がちだったので、処方してもらい、タンスの奥に入れたまま、忘れていたような薬が山ほどあった。


 そして、金が少し、見つかった。

ウオッカと、煙草と、あんぱんと、缶コーヒーと、咳止め薬を買った。


 まず、あんぱんを食べた。うまかった。本当に、うまかった。

缶コーヒーも飲んだ。こんなうまいものを100円で買える世の中は、幸せだなぁ、と感じた。


 煙草を吸った。一本丸々吸ったのは久しぶりだった。そして、ウオッカを水で割って、飲んだ。


錠剤は家にあったものだけで、百錠ほどあった。血圧を上げたり下げたり、風邪の頓服だったり、向精神薬だったりした。咳止め薬も百錠入りだった。


いざ、やるとなると、後悔が残る。まず一つ、歌が必要だった。


母親が死んだ時、俺はQueenのKiller Queenを繰り返し、何度も何度も、三日三晩聞いた。高級娼婦について歌った歌なのだが、曲調も、歌詞も、直接的なものでなく、それを取り巻く、半分夢うつつ、といった世界を表現したものだった。


俺の母親は現実的で、苦労した。しかし、半分夢うつつだった。ふら、と居なくなり、夜に帰ってきて、どこに行っていたのかと聞くと、誰か探しにくるかと思ったのに、と答えた。そういう、歌だった。


俺は、Sid Viciousの、My Wayを聴いた。俺は俺の生涯を懸命に生きた……ああ、出来る限りは。どこか悲劇的な、かつ、喜劇的なその曲は、俺にぴったりだと思った。


煙草をもう一本吸った。酒ももう一杯作って飲んだ。


一つ一つ、薬をシートから外して茶碗に入れていった。小盛りの白飯程度になった。


まだ少し、ふざけているだけさ。


そう思いたくて、ウェイト・トレーニングをしていた時、アミノ酸サプリメントと一緒に飲んでいた、マルチビタミン錠を二錠、入れた。


それを、一気に口の中に流し込んだ。飲み込みきれなかったので、二度に分けた。吐き戻すと酷く苦いことを知っていたので、戻さないよう、必死だった。


飲み終わると、ひどく腹がいっぱいになった。なんともないので不安になり、煙草を食べると、死ぬ。という事を思い出し、煙草を二本、水に溶かして飲んだ。ニコチンは水溶性だ。


しばらく、呆けていた。テレビを見た。南国で暮らす白いテナガザルが映っていた。


彼らは、腹が減ると、群れで森に出ます。母が歯でココナッツに穴を開け、子供たちがそこから汁を吸うのです。


うまそうだった。砂糖しか食えない俺は、猿以下。


 そうして、ひどい吐き気に襲われた。どうせ、吐き終わり、また退屈に、どう死のうか悩む日が来ると思った。トイレに駆け込み、全て吐き出した。吐瀉物は、見たこともない色と量だった。錠剤は混ざっていなかった。


 目が回った。立っていられなくなり、喉が渇いた。水をコップに一杯入れ、飲んだ。何も事態は好転しなかった。


まさか、本当に死ねるのか?


俺は、毛布にくるまり、眠る事にした。世界は回っていた。

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