第19話 俺の大切なもの

 今日は留守番だ。留守番と言うのは詰まらん。

 俺はこう見えても淋しがり屋だ。もっと正確に言えばカマってチャンだ。正直ウサギ以上の淋しんぼだ。


 なのにナオは今日、高校の同窓会とかで夕方から出かけてしまった。

 瓶底眼鏡をコンタクトに代えて、俺が選んでやった服を着て、俺が選んでやったカバン持って、俺が選んでやった靴履いて、なんかハチャメチャに可愛くなって出て行った。

 俺すげー心配になって行かせるの嫌んなって、『やっぱ瓶底眼鏡でダッサイ服着せておけばよかったか』とか『ああこれが娘を嫁に出す父親の気持ちか~』とか、変に人間のオヤジの気持ちを理解してみたりして、いやここはそういう場面じゃねえよなとか自分でツッコミ入れて、それでも「お前は酒弱いんだから二次会とかぜってー行くんじゃねーぞ」なんてダメ押しまでして送り出してはみたけど、やっぱ淋しい。


 最近、仕事帰りに学校に立ち寄るのが日課になった俺は、佐藤や大熊とスゲー仲良くなって、人間の友達って良いもんだな~なんて魔王らしからぬ事を考えたりすることが増えた。これは俺が淋しがり屋のカマってチャンな事に大きく起因しているとは思うんだが、ついつい「このまま俺、人間になっちゃおっかな~」なんてとんでもねえ思考が俺を支配する事すらあったりして、しばしばその思考を次元の狭間に自ら封印しなければならない事が増えてきた。


 しかも先日の『ナオ改造計画』によって劇的に可愛くなったナオを見て大喜びした大熊が「佐藤と真央と俺はここで兄弟の契りを結ぼうな!」と食堂でコーラの杯を交わしたりして「なんでトロルとオークと魔王が?」という地味なツッコミを華麗にスルーされたりしながらも、俺は結構満足していた筈だった。


 筈だった。

 ……のに。

 のに、だ。


 なんだかな?

 何だかそれを素直に喜べない自分がいることに気付いた。


 あんなに可愛くなったじゃん?

 いや、もともと可愛かったけど。

 いや、そうじゃなくて、なんだろな、もともと可愛かったナオを知ってるのって俺だけだったじゃん?

 俺しか知らないナオをみんなに公開しちゃったような、後悔しちゃったような。


 なんだ、この感じ?


 大熊に「めっさかわええ」なんて言われて大喜びしてるナオを見ると、なんかこう、なんか変に、こう、イラッとするつーか。

「ナオと一緒に住んどるなんて、真央めっさ羨ましいやんけワレ~、代われやコラ」なんて言われると「別にそんな凄い事でもねーじゃん」なんて言いながら、変に優越感があったり、焦燥感があったり……何故に焦燥感?


 なんかもー、俺わけわかんねー。


 もう、どーでもいいから早く帰って来い。いつまで遊んでんだ。一人で居るから、こんな余計なことを考えるんだろーが。

 まさか二次会行ったんじゃねーだろうな。

「お前酒弱いんだからぜってー行くな」って5回言ったよな? 念押したよな? 帰れねーのか? 迎えに行こうか? てか何処で飲んでんだ? ああ、なんてこった、俺としたことが会場がどこなのか聞くの忘れた。


 てかさ、てかもう9時だよ? 8時までに帰るって言ったじゃん。とっくに終わってんだろ? まさか酔っぱらって帰れなくなって、誰かんとこ行ってんのか? 男じゃねーだろうな? やべーな、高校ん時の友達なんて一人も知らねーし。

 あーもうイライラする。


 え? 今何か聞こえた?


(……お……真央……真央)


 ナオだ。どこかで俺を呼んでる。これは心の声だ、実際の声じゃない。どこだ?


(真央……真央……来て)

(どこだナオ、どこで呼んでる?)

(真央……助けて……)


 助けて!?

 俺は心臓が口から飛び出そうになった。


(ナオ! 俺だ! どこにいるんだ、聞こえるか?)

(やだ……やめてよ……真央、早く来て……助けて)


 俺は自分で血の気が引いて行くのがわかった。


 そんなに遠くない。

 俺は外に飛び出した。

 ナオの声のする方はどっちだ?


(やめて……気持ち悪いよ、やだってば……放して……)


 こっちだ!

 車のクラクション、バイクのエンジン音、酔っぱらいの怒号、電車の通過音、小料理屋の入り口を開ける音、屋台の焼き鳥屋の肉の焼ける音、街の中の様々な音が俺の中から排除されていく。俺の頭の中にはもうナオの声しか聞こえない。

 俺は走りながら必死でナオの声にチューニングを合わせる。


(苦しいよ、放してよ……真央……真央……)

(待ってろ、すぐ行くから!)


 畜生、ナオには俺の声が聞こえるわけがねえ、苦しいってなんなんだ、何されてんだ!


 俺はもうあまり地に足が付いて無かった、物理的に。半分飛んでるけどどうせこんな夜だ、誰も見てねえ。頼む、ナオ、無事でいてくれ。


(やめて! やだやだやだ……真央! 助けて真央!)


 近い。この辺だ。このマンションか?

 上を見上げると何かが俺のアンテナに引っかかった。絶対にここだ。

 階段を駆け上がりながらナオの気配を探す。どこだ、何階だ……。


(真央、真央! 早く来て! 真央!!)


 このフロアだ!


(いやああああ! 真央! 真央! 真央! 真央ぉぉぉっ!)


 俺は一つの部屋のドアを思い切り蹴破った。


「ナオっ! ここか!」


 玄関に見覚えのある靴があった。俺はそのままどんどん部屋に入って行った。

 そこで俺が目にしたものは、ソファの上で女の子に馬乗りになっている男と、そいつに組み敷かれているナオの姿だった。


「ま……お……」


 俺は大股でソファに近付くと、目を見開いて俺を凝視するその男の首根っこを掴んで壁に叩きつけた。茫然と動けずにいるナオの胸元を掻き合わせ、乱れたスカートの裾を直してやると、ナオを抱いてそのままナオの城に瞬間移動した。


 城に戻ると、俺はどうしたらいいかよくわかんなくて、ナオをベッドの縁に座らせてそのままリビングの方に引っ込んだ。

 ナオは今、俺にどうして欲しいんだろう。傍にいて欲しいのか、あまり近くに居たくないのか、それさえもわからない。

 ただ、俺自身、なんて言うか、怒りと、悔しさと、不甲斐なさと、なんかいろいろ混ざったよくわかんねー感情に支配されてて、俺自身がナオに会いたくないって言うか、顔が合わせらんねーって言うか、だけどもしナオが求めるなら、今すぐにでも抱きしめてやりたいって言うか。


 ナオは俺が行くのを待ってるのかな。待ってるなら行ってやらなきゃならない。けど、そうじゃなかったら。……そうじゃなければまたこっちに戻ればいいだけだ!

 俺は意を決してナオの部屋に声を掛けた。


「ナオ……入るよ」


 ドアを開けるとナオはさっきのまま一点を見つめてボーっとしていた。俺は静かに近づいて、ナオの前に膝立ちになって顔を覗いてみた。


「ナオ」


 ナオは俺に目を合わせた。途端に涙が溢れ出てきた。


「真央……」


 ナオは俺にしがみついてわんわん泣きだした。余程怖かったんだろう。俺はナオを力いっぱい抱きしめてやった。


「大丈夫。もう大丈夫だから。お前には俺がついてるから。ちゃんと俺が守ってやるから……」

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