第7話 魔王も一人前にランランする

 んで、結局のところ俺はランランしながらナオのダンジョンに向かったりしたわけで。てかさ、仕事に充実感があるってのはいい事だよ、やっぱ。

 この種族に生まれた瞬間から魔王の名がついて、魔王として生きることが義務づけられて、仕事なんか選ぶ権利も無くて、いやいやながらも毎日その仕事をする……なんてのとは訳が違う。人に喜ばれるとはこんなに気持ちのいいものなんだろうか。今日は家に帰ったら、コーラを一杯やりながら、ナオにいっぱい話を聞いて貰おうっと! ……ってこれダジャレじゃないから。うん、絶望的にスベったな!


 ナオはどうしてたかな? 俺がいなくて淋しくなかったかな? んなわけねーな。数日前まで俺居なかったし。てか、ちょっとは気にしろよ。寧ろ俺が淋しいし。


 そー言や、今日は学内オケとやらを振らせて貰うとか何とか言ってた。振る事は作曲する人には大切な事なんだそうだ。昨夜熱弁を奮ってたけど、俺にはよくわからんかったんでテキトーに流しておいた。

 指揮科の佐藤さとう先輩ってのがまず振って、それからナオが振って、どーとかこーとか言って、「やっぱ佐藤先輩と直接お話するチャンスだし~」とか言ってランランしながら、朝っぱらから「これは女子力無さそう」だの「これはブリッ子っぽい」とか「これ、カバンが合わない」とか「靴が」「スカートが」「眼鏡が」……てか眼鏡はいつも一緒じゃん。いつまでやってんだ? と思ったら急に「遅刻するー!」って飛び出しちゃって、俺が転送してやるって言ってんのに全然聞いてねーし。


 なんて考えながら歩いていたら、少し先で人影が何人かで騒いでる。ナオくらいの女の子一人に男四人。こんなとこで女王様プレイかよ。これだから人間どもは……って、なんか様子が変?


「やめてください、離してください!」

「いーじゃん、ちょっとくらい」

「大声出しますよ」


 男の一人がチラッと周りを見回して……俺と目が合った。


「大声出せば? 誰もこんなとこ通らねーし」


 ……誰も? 今『誰も』つったか?

 てか俺の存在ってルシフェルの羽より軽いってか。魔界でも存在感無いってのに、人間界ですら存在感ゼロなのか?


「あのー、俺、今ここ通ってるんですけどー」


 あ、なんか俺らしからぬってゆーか、声がブスッとしてる。魔王たるものこれはいかん。どんな時でも笑顔を絶やさず、魔界にお住いの皆さんに安心と平和をお届けする愛される魔王でいなければ。


「あ? 何、お前」

「通りすがりの魔王です」


 よしキマった、今度は爽やかに言えた。俺的にパーフェクトだ。効果音はキラーン! だ。


「は?」


 は? ってなんだよ。俺こんなに努力して爽やかな魔王してるのに、お前その努力を闇の彼方に葬り去んのかよ。てめーの効果音、ぼよよ~ん! にしてやる。


「誰も通らねーって言うから。俺ここ通ってるし。てか俺、存在感ゼロ?」

「何お前。あっち行けや」

「あっち行くけど、その前に答えろよ。俺、存在感ゼロ? なあ、ゼロ?」

「なんだよコイツ」

「俺、魔界から家出して来たのにさ、だーれも探しに来ねーでやんの。俺こんなに魔界の平和に尽力してるってのにさ、お前、必要とされない魔王の気持ちわかる? ねえ、わかる? ねえねえ、わかる?」

「何言ってんだ? おい、もう行こうぜ」

「ちょっと待てよ、お前、俺に喧嘩売っといてそりゃねーだろ。確かに俺、あんまり存在感ないけど、人間ごときに俺の位置づけルシフェルの羽未満にされたかねーし。誰も通らねーって俺見て言ったよな、それ人格無視じゃん、しがない一介の魔王にだって人格あるんだよ、人じゃねーけど、魔族だけど。聞いてんのかよお前、おいお前だよ、言っとくけど俺、魔王だけどチートとかじゃねーから暴力振るうなよ、俺痛いのヤだし平和主義者だし暴力反対戦争反対、ついでに安易な異世界転生反対、チート能力反対、ハーレム反対、でもな、納得いかねーもんは納得いかねーし……っておい、話の途中だ、勝手にどっか行くな、おい逃げんのか、おい!」


 何あれチョーむかつく。人の話の途中で帰りやがった。これだから人間界は……。


「ありがとう、助けてくれて」

「へ?」


 女王様、じゃなかった、女の子がモジモジこっち見てる。あれ? この子……。


「ラミア! ……じゃなくて彩音?」

「やっぱり真央さんだ」

「さっきの彩音の友だち?」

「まさか。知らない人たちに絡まれたの」

「絡まれた? 普通ラミアの方が絡むもんじゃね? ヘビだし」

「え? ごめんなさい、意味わかんない」

「まあいいや、今の気にしないで」

「……あの、ちょっと話しませんか?」

「いいけど……」


 彩音はナオと対照的な女の子だ。ナオは眼鏡かけて、無造作に後ろで三つ編みして、ジーンズを足首が見えるくらいまで捲り上げて、ぺったんこの靴を履いてる。 彩音はこの前もそうだけど、ひらひらのワンピースを着て、踵が細くてちょっと高いキツそうな靴を履いて、ゆるゆると波打った明るい茶色の髪をリボンで結んでる。この前学校で会った時は水色のワンピースだったけど、今日はグレイッシュピンクの小花柄だ。

 彩音に近くの公園に連れて行かれた俺は、別に用事も無いんで黙ってベンチに並んで座った。


「真央さんて、七音と付き合ってるんですか?」

「付き合ってる? まあ、そうだな。付き合ってるって言うのかな? 今は彩音に付き合ってるけど」

「そういう意味じゃなくて」

「どーゆー意味よ?」

「七音の事好きなの?」

「あー……そうね、そりゃ好きだね。嫌いじゃない。いい子だよね」

「そういう意味でも無くて」

「何? どーゆー? 何が聞きたいの?」

「それって真央さん天然? わざとはぐらかしてる? 私の事、嫌い?」

「は? 嫌いじゃないよ。嫌いなわけないじゃん」

「じゃあ私と……付き合って貰えませんか?」

「今付き合ってんじゃん」

「そうじゃなくて、これから」

「今から? どこ行くの? 遠くでなければ付き合ってもいいけど。あんまり遅くなるとナオが心配するかもしんねーから」

「七音、心配するんだ……」

「しないかもしんねーけど、俺ナオに捨てられたらもうマジで物理的に生きてけねーし」

「え? 生きてけない?」

「うん。無理。ナオ無しに俺の生活有り得ねー」

「……そんなに七音、大事なんだ……」

「そりゃーもう大事大事! 俺の存在かかってる」


 ……と。えっ? ちょ……待て、何? なんで泣いてる? 彩音?


「何、どうした? 俺か? 変な事言った? どっか痛いの? 何? 何よ?」

「もういいの、なんでもない。ごめんね、真央さん。付き合ってくれてありがとう」

「え? え? え? ちょっと。彩音?」


 彩音は……泣きながら走って行ってしまった。俺、なんか気に障る事を言ったんだろうか?


 俺は仕方無くナオの城に向かった。そこにはさっきのランランな気分はどこにも無かった。

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