言ノ葉ミルフィーユ

みんちあ

#1 心恋(うらごい)

「よっしゃ! 窓側の1番後ろ確保したぜ!」

「教卓の前とか……。今日占い1位だったのになんて俺はツイてないんだ……」


今日は半年に一回行われる席替えの日。

悲喜こもごもの声が教室中を駆け廻るが、かくいう僕は真ん中の列の前から3番目の席という教室のちょうど真ん中と言える席を引き当てた。

窓際の席みたいに暖かい日差しを受けながらグラウンドを眺めることがなければ、廊下側の席のように授業終了後にすぐに部活に駆け出していくことも出来ない。かと言って、不満な所は出て来ない。何の特徴もないのが真ん中の席の特徴と言えるだろうが、喜びも悲しみも全くない。


机の移動もすみ、僕はほっと一息つく。

教室のざわざわとした声はやまないが、机を引きずる音はしなくなったので、皆も席の移動が終わったのだろう。


僕の隣は誰になったのかな。

ちらりと横を見ると、向こうも僕と同じ考えを抱いていたのか、ぱっちりと目が合う。僕の隣は北見さんか。


黒い髪を肩のところまで伸ばしていてるおとなしい女子、というのが、僕が北見さんに抱いているイメージだ。クラスの女子の中には化粧をし始める人がいる中で、北見さんは化粧をしていない……風に見受けられる。そもそも、北見さんは化粧をする必要がないと思えるくらい色白なんだけれども。


「千歳君がお隣さんなんだ。よろしくね?」

「うん、よろしく」


今交わした会話が、僕と北見さんの初めてのコミュニケーションになった。僕自身、女子と積極的に話すタイプじゃないし、それは北見さんにもそっくりそのまま当てはまるだろう。


隣になったからといって会話が急に増えるとも思わないけれど、仲良くはしておきたいものだ。

席替えで隣になったのも、なんかの縁かもしれないしなぁ。僕が小さく頭を下げると、北見さんもぺこりと頭を下げ返してくれた。


その日の部活が終わった後、僕は東と一緒に帰っていた。東とは一年の時からクラスも部活も一緒で、テスト前には一緒に勉強したり、お互いの好きな人の名前を明かしたり、茶化しあっている仲で一番馬の合う友達だ。


今日の練習はなかなかにきつく、お互い足がパンパンに張っていて足取りは重かった。


「ったく、シュート外したからと言って外周10周も走らせるか、普通?その内あのゴリラ訴えられるぞ」


東が深いため息と一緒に言葉を吐き出す。ゴリラというのは僕らのサッカー部の顧問をしてくれている山森先生のあだ名である。立派な髭とぶっとい腕と脚を見てつけられた安直なネーミングだ。


「東がシュートミスしたお陰でそのパスを出した僕まで同罪で5周だったしなぁ。今度は決めてくれよ」

「あーその件は悪かったな。ちぇっ、今日は席も前の方になっちまったしついてなーなぁ、もう」


面白くなさそうに東は石ころを蹴り飛ばす。石ころは電柱に跳ね返り、どぶへと落ちていった。


「涼はどこだったっけ、席」

「丁度教室の真ん中。隣は福島と北見さん」

「福島と北見……ね。あれ、北見ってどんな奴だったっけ」


東も北見さんのことは良く知らないみたいだ。僕のクラスは男子と女子の仲が特別いいという訳ではないので印象に残らない人は本当に残らない。北見さんも隣になってから、いたなぁこんな人、という印象を受けた。


「おとなしそうな人だよ」

「可愛い?」

「か……可愛いかって……。そんなの分からないよ」


僕は東の言葉を受けて、北見さんの顔を頭の中に浮かべる。黒い髪と色白の肌だけが印象に残っていて肝心の顔にはもやがかかっている。


「ったく、涼もウブだよなぁ。

あー早く次の席替えにならないかなぁ」


早くも次の席替えを心待ちにしているということは、余程今日の席替えの結果がショックだったと見える。そんな東を見て僕は普通の席で良かったなぁと安堵した。


席替えがあった次の日の国語の時間。担当の先生は僕らサッカー部の顧問である山森先生だ。山森先生が教卓に着いたので、僕は友達との話をやめ、席に戻る。


「じゃあ今日から古典に入るからな。

皆古典の教科書は持ってきたか?」


しまった。すっかりそのことを忘れてしまっていた。さっきまで堂々と現代文の教科書を机の上に出していたことが恥ずかしい。山森先生に申告するのはいいけれども、その後はどうしようか……。


「千歳君」


僕が苦悩していた時、隣の北見さんが小さい声で僕を呼んだ。二つの黒い瞳が僕をじっと見つめている。


「もしかして教科書忘れちゃったりした?」

「あーうん、今日も現代文だと思っててさ」

「じゃあ見せてあげるよ!」


助かった! 北見さんのご厚意にありがたく乗っかってしまおう。そう思ったけれども僕はある問題点に気が付く。


「ありがとう、でも、机くっつけることになるけど」


小学校のように机と机が隣同士ぴったりとくっついているわけではない。人一人が通れるような隙間は開けている。そんな中、男女が机をくっつけていると否応なしに目立ってしまう。真ん中の席の僕たちだったら尚更だ。


「それがどうしたの? 別に私は構わないって」


北見さんはきょとんとしたように瞬きを繰り返す。どうやら僕の懸念も杞憂のようだ。確かに、どうってことないよな。逆に自分だけが机をくっつけることを意識していたようで恥ずかしい。


「ありがとう北見さん。一応山森先生に聞いてくるよ」

「頑張ってね!」


胸の前で小さく拳を握る北見さん。一体、何をがんばれと言うのだろうか。僕は山森先生の前に進み出て頭を下げた。


「すいません。教科書を忘れてしまったので隣の北見さんに見せてもらってもいいでしょうか?」

「忘れるなって言ったのに忘れるとはけしからん奴だな。千歳、今日のウォームアップの時に3周追加な」


なんで古典の授業の忘れ物なのに、部活にペナルティがつくんだよ。心の中でこっそり文句を言う。ここで面と向かって言い返すものならきっとペナルティは10周になるだろう。僕がぐっと文句を飲み込んで自分の席に戻った。


「それじゃ悪いけど……そっち行ってもいいかな?」

「どうぞどうぞお構いなく」


僕は机を動かして、北見さんの机にくっつけた。当たり前だけど机をくっつけると北見さんとの距離はいつもより近くなる。あんまり女子と話すことに免疫がないので僕にとってはこれだけでもドキドキしてしまう。


「じゃあ教科書の4ページを開いてー」


先生の声に従って皆が教科書をぺらぺらとめくる。それは北見さんも同じのはずだが、北見さんは開いたと思ったら慌てて教科書を閉じてしまった。


「どうしたの、北見さん?」

「う、ううん、なんでもないの!」


なんでもないはずがない。さっきまで机の境界線の間に置かれていた教科書は完全に北見さんの机の上にある。まるで何かを僕に見せたくないようだ。


「やっぱり僕机離そうか?」

「あ、違うの、そういう意味じゃなくて……あぁ、もう、うーん」


北見さんは頭を抱えたかと思えば、ぶつぶつと呟いて腕を組み始めた。おとなしい人かと思ってたけど、意外と見ていて面白い。しばらく様子を見守っていたが、どうやら北見さんの中で答えが出たようだ。


「わ、笑わない?」

「教科書で笑うことの方が少ないと思うけど……」

「い、言ったからね! これで笑ったら怒るよ!」


北見さんは半ば投げ捨てるように、教科書を席の真ん中に戻してくれた。教科書のページはちゃんと4ページを開いている。だけど僕はすぐにその異変に気が付いた。4ページの4という数字の上にかわいいうさぎの絵があったのだ。


「これ北見さんが書いたの?」

「昨日予習してた時に、飽きてきちゃってつい……」


恥ずかしそうに頬をポリポリとかく北見さん。


「まさか千歳君に見られちゃうなんて思ってなかったんだよっ」

「ごめんごめん、でも可愛いじゃんか、このうさぎ」

「本当にそう思ってる? 一応ありがとう」


うさぎの落書きをするなんて、女の子らしい……のか? 世間一般の女子をあまり知らないため、良くわからないが、少なくとも僕にとってはとても女の子らしい行動だと思える。

う。


その後も、先生の目を盗みつつ、小さな声で北見さんとの会話は続いた。


「千歳君ってサッカー部だよね」

「あ、うん。そうだけど……僕、北見さんに僕がサッカー部だって言ったことあったっけ?」

「いつも部室の窓から見えてるから。山森先生にしごかれてるところ。だから山森先生が怖くてさ」


なるほど。さっき、北見さんが僕に頑張れと言う言葉をかけてくれたのにはこういう事情があったのか。だけど、山森先生に怒鳴られてる

というなんとも情けないところを見られてるなんて……。そういうのは東の専売特許のはずなのに。でもそのお陰で僕も北見さんが所属している部活が分かったような気がする。


「北見さんは、吹奏楽部?」

「当たり! クラリネットやってるんだよ」


クラリネットか……。僕は楽器が苦手でリコーダーさえ吹くのに苦労してしまうから楽器が出来る人は凄いと思ってしまう。北見さんはどんな音を奏でるんだろう。クラリネットを吹いている北見さんを想像しようとした時、丁度、授業終了を告げるチャイムが鳴った。


「じゃあ、ちょっと早いが今日はこれまでとする。

ちゃんと予習して分からない言葉とかあったら線引いておくんだぞ」


僕は少し名残惜しかったが、机を離した。


「北見さん、ありがとう」

「いーえ! 絵のことは言っちゃだめだからね」


頬をうっすら染めながら少しふっくらとした唇にぴとっと人差し指を当てる北見さん。よほど、他の人にばれたくないんだろう。僕が小さく頷くと、北見さんははにかみながらぐっと親指を突きだした。僕の心もそれにつられたかのように、少し動いたような気がした。


サッカー部の練習が終わり、部屋に入ると同時にベッドに倒れこむ。

どこか練習に上の空だった僕は、イージーミスを連発し、山森先生にこってりと絞られてしまった。こういう部分も、もしかしたら北見さんに見られてしまっているかもしれない。心のどこかでそんなことを考えてしまい、また、ミスを呼ぶ。一体、僕はどうしてしまったんだろう。


『涼、本当にお前は分かりやすい奴だな』


最後の罰走が終わり、グラウンドに倒れ込んだ僕をニヤニヤしながら見下ろしてきた。当の本人が分からなくて東に分かるというのが非常に気に食わなかった。しかも、いつもならベッドに倒れ込むとすぐに寝てしまうのだが、今日は何故か頭がもやもやしていて寝つけない。


そういえば、明日も古典があったっけ……。予習でもして気を紛らわすか。僕は悲鳴を上げている体を無理やりに起こし、机に向かう。


棚に並べてあった教科書の中から古典の教科書を引っこ抜く。椅子に座って古典の教科書を開いてみたが、4ページにはうさぎがいない。当然だ、これは北見さんの教科書じゃないんだから。


『まさか千歳君に見られちゃうなんて思ってなかったんだよっ』


ちょっと早口になってた北見さん、可愛かったな……。何気なくそう思ったが、僕のページをめくろうとしてた手はピタリと止まる。


今、僕はなんて思った? 可愛かった……?

ついつい思い出して恥ずかしさで胸が締め付けられるようだ。

頭を振って僕は邪(よこしま)な考えを追い出そうとする。

しかしページをめくっても、北見さんの顔が脳裏に浮かんでにやけてしまう。傍から見れば完全に気持ちが悪い。


……今日はもう早めに寝よう。本当は言葉も意味も調べようと思ったけれど、僕は分からない言葉に線だけ引いて教科書を閉じた。


翌日、始業のチャイムが鳴っても北見さんは姿を見せなかった。先生の話を聞くに、今日は北見さんは休みらしい。ほっとしたような残念なような……なんとも言えない気持ちだ。隣の空席が、やけに大きな隙間に見えた。


大体、昨日のことで意識しすぎなんだよ、僕は。思わず自分で自分を叱責する。1時間目は古典だったので、僕は今日こそはとはりきって机の上に教科書を広げる。用意が出来たと同時に、山森先生が教室に入ってきて授業が始まった。


「じゃあ各自、分からない言葉があったら言ってくれれば答えるぞ」


山森先生がクラスに問いかけると、立野さんが手を挙げた。


「先生、この歌の中にある、こころごい? しんれん?っていう言葉の意味が分かりません」


立野さんが疑問符を立てた"心恋"というその言葉は僕も意味はおろか読み方も分からなかった。


「あぁ、それは"うらごい"って読むんだ」

「うらごい?」


驚いた。どうやったら心をうらと何て読むんだろうか。


「その心恋って言葉には心の中で恋い慕うっていう意味があってだな。昔は心は目に見えないものって意味で"うら"って読んでたんだ。

好きだけど表に出してはならない想い。せめて裏ではあなたを恋し慕います、って考えれば分かりやすいだろう」


「山森先生、顔に似合わずロマンチックですね」


東が冷やかすとクラスからは笑い声が沸き起こった。山森先生は大きな咳払いを一つして、東を睨みつける。


「東……今日の放課後覚えておけよ。存分にしごいてやる」

「じょ、冗談ですよ山ゴリ先生ー!」

「東ぁ……今日の範囲全部訳せ」


怒りでわなわなと震えている山森先生は確かにゴリラにそっくりだったが僕は笑いをかみ殺した。今笑いでもすれば、流れ弾が飛んでくるに違いない。でも心恋、っていう言葉の響きは好きだ。僕は赤のボールペンで心恋という単語を囲む。


初めて人を好きになった人は、どうやってその気持ちに好きという名前を付けたんだろう。きっと最初は不安だったはずだ。自分の胸の高鳴りや、相手を気になってしまったりする。病気かと疑ってしまうかもしれない。


そんな気持ちに"好き"という名前を与え、落ち着き、そして自覚する。自分は、あなたのことが好きなんだ。でも決して言う訳にはいかないって。きっと心恋という言葉もそういう経緯から生まれたんだろうなぁ。


その日の古典の授業は本当に東が全部の訳を担当した。クラスの皆も容赦なく東に質問していたし、東がわからなくて山森先生に助けを乞うても、山森先生は知らんぷりを決めこむ。


更にサッカー部の練習終わりに東はグラウンド15周を命令されていた。今日一日だけで雑巾のようにこってり絞られた東であった。


「おはよう、千歳君」

「あ、おはよう、北見さん」


翌日、マスクをしながらも北見さんは学校に来た。


「風邪だったの?」

「うん、一昨日家に帰ったら熱出しちゃってさ。今日は熱も引いたから来たんだ」

「そっか、無理しちゃだめだよ」


少し心配だったけど、症状が重くなくてよかった。


「うん、心配してくれてありがとう」


目をニコニコさせているのでマスクの上からも笑っているのが分かる。


「それでさ千歳君、昨日休んじゃった分の古典、教えてもらいたいんだけどいいかな?」

「全然いいよ」


一昨日、教科書を見せてくれた恩もあったので僕は快諾する。席に座り、僕は古典の教科書を広げる。北見さんは椅子を僕の机の横に持ってきて、教科書も僕の机の上に広げる。


一昨日よりも近い距離に僕は少しばかり緊張する。


「えーとね、この言葉の意味が分からなかったんだ」


北見さんはシャープペンで教科書上の一つの単語をたたいた。その単語は、心恋。僕が気に入った単語だった。


「あぁ、それはね……」


説明しようとした僕の口がピタリと止まる。

“好きだけど言えない。だけど心の中ではあなたを慕っていますというような淡い気持ち”。なんでだろう。北見さんにはその言葉の意味を言うのが恥ずかしい自分がここにいる。


「どうしたの? 千歳君」


急に言葉をなくした僕を不審に思ったのか、北見さんは僕の目を覗きこんでくる。目が合うと同時に心は早鐘を打ち続ける。


「千歳君も分からない、とか?」

「あーごめん、昨日その時寝て……」


このまま答えを濁せれば、それに越したことはない。そう思ってたんだが、思わぬ誤算があった。


「でも千歳君、この単語だけ赤で囲ってあるよ?」


これほどまでに昨日の自分を憎みたいと思ったことはなかった。気に入ったからと言って、赤のボールペンで強調する奴があるか。


「えーと、それは……」

「好きなのか分からない気持ちって意味だよ、北見」


思わぬ助けに僕は声のした方を振り返る。満面の笑みを浮かべている東の姿がそこにあった。


「へぇー……素敵な言葉だね? 心をうらって読むのは不思議だけど理由を聞くとそれしかないって訳だね」


北見さんも心恋という言葉を気に入ってくれてなんだか嬉しい。僕も恥ずかしがってないで、東みたいにさらっと言ってしまえば良かったんだ。


「まぁ、涼の気持ちは分かりやすすぎて"うらごい"じゃなくて"おもてごい"だな。顔を真っ赤にしてなにをシャイぶって……」

「……東ァ!」


僕は東をとっ捕まえようとしたが、流石にすばしっこい。


「へへっ、伊達にゴリラに鍛えられてないんだよ!」

「このっ、待て!」


東が廊下に逃げたので僕も思わず廊下に飛び出す。なんで東の奴はいつもこうなんだ。だけど僕だって本当に嫌で、東のことをこうやって追い回してるわけじゃない。照れ隠しなのだ。分かっているからこそ、腹立たしいんだ。


「本当に分かりやすいな、お前らは」

「……お前らってどういうことだよ!」

「誰が教えるか! しばらく上の空でサッカーしやがれ! 涼も俺とペナルティ仲間になろうぜ!」


理由を問い詰めたいがいかんせん捕まらない。山森先生のペナルティは効果てきめんのようだ。東が走ったまま、廊下の角を右に曲がり姿を消した。しかし、何やら鈍い音がしたと思えば、しりもちをつくような形でまた東が姿を現した。どうやら誰かとぶつかってしまったらしい。しかも、東の青白い顔を見ると、相当やばい相手と……。


「朝から元気だな、東」


「や、山森先生様。お許しください。私、山森先生に対しての"うらごい"に気付いてしまって……」


「お前のはただの"いのちごい"だ。さぁ、職員室でゆっくり話そうか」


僕は友達らしく東が連行されていく様を静かに見守った。東のことは忘れない。


教室に戻ると北見さんはもう椅子を自分の席に戻してしまっていた。


「お帰り、千歳君。東君は?」

「山森先生に捕まったみたい」

「そうなんだ。千歳君と東君はよく山森先生に怒られてるんだね」


北見さんは小さく微笑んだ。いやいや、北見さんはいつも部室から何を見ているんだ。ここは僕の名誉の為に否定しておこう。


「いや、僕よりも東の方が断然多い……けど。北見さんからは僕の方が怒られてるように見える?」


「え、いや、そういう訳じゃないんだよ。ほら、山森先生いつも怒ってるイメージあって! だから自然とみんな怒られてるのかなって思っちゃったんだ。ご、ごめんね、変なこと言って!」


早口でまくしたてる北見さんは小さく咳き込む。まだ病み上がりだからあんまり喋らせるのも悪いことかもしれない。僕は机の上に広げっぱなしだった古典の教科書に手を伸ばす。パラパラとめくり4ページを見て僕は思わず机に顔を伏せた。


な、なんだ、これは……。心臓が今まで感じたことないくらい早く動く。さっき東と走ったからとかそんな単純な理由じゃない。PKの時もこんな動悸は感じたことがない。


『よかったら放課後に残りも教えて!』


そこにはどこかで見たようなうさぎがしゃべっていた。


ちらりと北見さんの方を見ると、北見さんは僕にしか見えないように机の下でピースを作る。なるほど。確かに僕はおもてごいなのかもしれない。心の方が表に立ってこんなにも僕に、そして体にメッセージを送っているんだから。心よりワンテンポ遅れて体の方は、ようやく北見さんにピースを返した。


北見さんは僕のピースを見ると椅子ごと僕の机にやってうさぎに吹き出しを付けたした。


『後、いつも千歳君のことばっかり目に入ってたから他の人の様子が分からなかったんだ』


そしてそのままペンはうさぎの頬を赤く染めていく。まるで写し鏡のように北見さんの顔も赤くなっている。いや、うさぎだけじゃない。僕と北見さんも写し鏡のようであっていたらいいなと思ってしまう。赤い顔だけじゃなくて、心の中でも、表でも裏でも同じ気持ちだったらいいなと、素直にそう思ってしまった。

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