Scene27「尽きゆく日々」


―――鳳市高校2-××組HR。


「ソフィー・ラーフィリアです。よろしくお願い致します」


 ペコリと頭を下げたお下げ髪の地味目委員長属性少女の登場に男子の大半は少しだけワクワクした様子で盛り上がりを見せ、その控えめな……はにかんだ笑顔に女生徒達も色々教えてあげなくちゃというお節介心を擽られていた。


「………」


 窓際の席でそれを眺めていた少年。


 七士はとりあえず用意した戸籍とカバーストーリーに穴が無いかと委員長化したソフィア・ラーフの創った生い立ちを思い浮かべる。


 エルジア大陸出身で戦火で生後間も無く連邦に加盟する後進国の地方に疎開。


 その後、そこも奈落獣による襲撃で消滅した為、運良く逃げ延びた戦時難民としてイヅモに入国。


 尚、既に両親は他界しており、学費を孤児を支援する財団より奨学金という形で受けている。


 にこやかな笑顔でクラスメイト達に頭を下げて着席する少女の好感度は現在のところほぼMAX。


 横でいつも通り、真面目でクールな美女というキャラ付けで一限目の用意をするアイラは視線の一つも向けなかったが、ソフィアは僅かに視線を向けて隣席となった護衛役にペコリと頭を下げた。


(さて、どうなる事やら……)


 全ては鳳市繁華街が戦場と化した五日前に遡る。


 あの日、ゲオルグ・シューマッハのガイアによって転移した全員が着地したのはフォーチュン鳳支部の前だった。


 都市外まで逃げようとしていた彼らだったが、さすがのガイアも数人を一度に運ぶには力が足りなかったらしく。


 ゲオルグが最も安全だと確信出来る場所へと辿り着いたのである。


 その後、混乱の中でフォーチュンに保護された学生達はすぐさま艦内に退避。


 鳳支部が緊急避難的に受け入れていた避難民の列に加わった。


 それから七士とアイラが迎えに来るまでの数時間。


 何事も無くソフィアは過ごしていたらしく。


 身元引受人として彼らが鳳支部に入った時には周囲の人々を笑顔で元気付けていた。


 それから倉庫へと帰って数日。


 混乱からの復興が始まった頃。


 七士はソフィアの高校への転入を実行に移した。


 本来ならば、少年は奈落に付いて学ばせる為に大学の方へ行かせるつもりだったのだが、それを伝えられた少女は専門的な事ではなく市井の人々が奈落をどう思っているのか知りたいと要望を出して、今の形に落ち着いたのである。


 大学よりも高校の方が転入の工作がし易かったのもあって、これを承諾した少年はさっそく手続きを取り、あの鳳市が吹き飛ぶかどうかという事件の熱が冷めやらぬ最中、転入させたのだ。


 何事も無く過ぎ行く授業。


 そして、昼時。


 転校生の物腰の柔らかさと確かな品格に良い子だ……と男子が胸を時めかせているのを横に少年はソフィアに目配せして立ち上がり、屋上へと向かった。


 一緒に昼食を、と群がるクラスメート達に少女は先約があるのでと丁寧に断りを入れて、イソイソと少年の消えた廊下へと向かう。


 予定されていた通り。


 少年のいるベンチにやってきたソフィアは緊張が解けた様子で静かに息を吐いた。


「皆さん。凄いバイタリティーですね」


「まぁ……」


 完全無欠のお姫様かお嬢様くらしか通わないだろうラーフの最高学府にいた彼女からすれば、鳳市高校は無礼で品行の良くない無作法な無法地帯だろう。


 しかし、それに屈託無く笑顔を向けられるというのが少女の良いところなのだろうと少年は静かに頷いた。


「慣れそうですか?」


「はい。皆さんとても良くして下さいますから」


「結構。先日所望していた情報です」


「あ、はい。ありがとうございます」


 小型の情報端末を渡されて、その中に数日前知りたいと言っていた復興関連の情報を見詰めながら、ソフィアの顔が僅かに翳った。


「繁華街の封鎖はもう解けたのですね……」


「はい。晴天続きで破壊された建物も一ヵ月後には全て元通りになるでしょう」


「……正直に言って頂ければ、いいのですが……奈落の力はあのような事を度々起こしているのですか?」


「ええ、世界中のあちこちで」


「………わたくしは昔から奈落は素晴らしいものだと教わってきました。それに疑問を持ったのは本当です。でも、それは……奈落が本当は素晴らしいものであると言って欲しくて、誰かから再確認したかったのかもしれません」


 晴れ上がった青空に視線を向けて。


 ラーフの姫はそうポツリと呟く。


「あの日、必死にガーディアンが戦っているのを目にして。沢山の人が奈落によって生活を奪われ、笑顔を奪われるのを目にして、わたくしは……自分が何も知らなかったのだと実感しました」


 その瞳にあるのは悲哀。


 それが何に対しての悲しさなのか。


 少年は少女の内心を測らなかった。


「助けてくれた人達の温かさ。それを襲う奈落の怖ろしさ。今まで教えられてきた事と違う真実。まだ、わたくしの中では上手く消化出来ていません」


「それで、これからどうしますか?」


「え?」


「……実質的にはあれも奈落獣と言えなくもない。戦闘という点で見れば、あれ以上の脅威は早々無いと断言出来る。つまり、殆ど貴女の目的は達成されたに等しい」


 少年の最もな言い分。


 それはソフィアも感じていたものだ。


 ハッキリと言葉にされて、彼女は静かに首肯した。


「………そうですね。でも、これからどうしたらいいのか。まだ、上手く言えないのです。このまま帰ったとしても、わたくしは何も出来ないままかもしれない。何か自分に出来る事を探したくて……済みません」


「謝る必要はありません。納得がゆくまで考えてみればいい。その為の時間を作るのはこちらの仕事です」


「ありがとうございます。荒那さん」


 微笑んだ少女に瞳も向けず。


 少年はまだ来ないアイラを沈黙したまま待つ。


 そんな二人の様子を見つめる瞳が屋上に続く階段横の扉の内側で何処かソワソワとしていた。


 珍しい。


 そう、とても珍しい事にアイラは少年の下へ出て行く事が出来ないでいた。


(……これを早く届けるべきなのに……)


 その腕には菓子パンや惣菜パン。


 三人分の飲み物が抱えられている。


 今日も人が集まる前に高速でゲットしてきた食料は選り取り見取り。


 しかし、何故か。


 それをいつもならば当然の如く持って行くはずの足は止まっていた。


 七士の傍にソフィアがいるのを見て。


 どうしてか。


 それ以上動けなくなってしまったのだ。


「……私は一体……」


 自分でも分からないものが胸につかえているような感覚。


 それを何とかしようと大きく呼吸してみるものの。


 やはり、解消される様子は無い。


「アイラ・ナヴァグラハ」


「ゲオルグ・シューマッハ、ですか?」


 少女が振り返れば、其処に金髪の王子様がいた。


 その顔色は何処か冴えない。


 フォーチュン鳳支部でソフィアを保護した時以来。


 数日ぶりの邂逅。


 本来ならば、挨拶の一つくらいは返していたかもしれない。


 だが、その余裕が今の彼女には無かった。


「何の用ですか?」


「用……」


 言い淀むゲオルグにとって、その声音は何処かいつもよりも冷たく聞こえた。


 それが自分の良心の呵責。


 あの時、置いていった自分の心が産み出す後ろめたさの裏返しなのだと理解しつつも、その唇は僅かに引き結ばれた。


「あの後、助かったとはいえ。体に変調は無いかと思ってな」


「ありません」


 素気無く返されて。


 彼の拳が握られる。


「本当に?」


「虚偽の報告をする必要はありません」


 その澄んだ瞳が向かう先。


 それが決して自分に向いていないと知るからこそ、苛立ちは募る。


 少年にとって、ゲオルグ・シューマッハにとって、初めての事。


 見捨てた。


 そう、人を見捨てた。


 それが最良の選択だったとしても、それは決して彼にとって許される事ではない。


 フォーチュン支部の避難所で抜け殻みたいになっていた彼が、アイラを目撃して思わず駆け寄ろうとした時。


 その横にいたのは荒那七士だった。


 ゲオルグが見捨てた少女を救ったのは彼が内心で見下していた男だった。


 学業に手を抜く普通ではない男だった。


 あれほどの惨事。


 その最中を潜り抜けて、ゲオルグには出来ない事をした少年の傍で、アイラ・ナヴァグラハは……数時間前に死に掛けていたとは思えない程に晴れやかな顔をしていた。


 衝撃。


 拳を壁に打ち付けて、叫び声を上げなかったのは、彼の理性が、リンケージとして軍人を目指してきたプライドが、それを許さなかったからだ。


「アイラ・ナヴァグラハ」


「今、貴方に構っている暇はありません。もしも、これ以上何かあるのなら、放課後に受け付けます」


 立ち上がった彼女の往く手をゲオルグが遮った。


「何か?」


 いつもよりも低い声。


 その瞳は既にゲオルグに対して何の感情も持っていない。


「お前はどうして、あの男に付き従う!!」


 口を付いて出た言葉は彼が自分でも思っていなかった程、感情を帯びていた。


「七士様の事ですか?」


「そうだッ。お前がどんな秘密を抱えているかは知らないッ。だが、あんな状況になってまで玄人プロだからと命を張る必要があるのか!? もしも、あの男に従わされているのならッ?!」


「貴方に関係無い事です」


「ッ」


 言い返せない程の正論。


 確かにゲオルグには関係ない。


 彼はイヅモの人間ではなく。


 また、リンケージではあっても、戦いの当事者でもない。


 ただのお客様。


 この場所では学生に過ぎない。


 それが個人の話に首を突っ込むのは無粋の極みだろう。


 だが。


「関係ならある!!」


「私にはあるとは思えな―――」


 目の前が赤く染まったのはきっと彼が知ってしまったからだろう。


 アイラ・ナヴァグラハ。


 自分の見捨てた少女が、荒那七士が救ったのだろう少女が、目の前の男に何ら興味を持っていないと。


 直感的に理解してしまった。


 清々しい程にその心の中にいないと知ってしまった。


 研ぎ澄まされた感覚。


 知りたいと思った現実はあまりにも酷で、とても当然の帰結へと辿り着いた。


―――七士様。

―――七士様。

―――七士様。

―――七士様。


 聞こえてくる声。


 とても切なく。


 狂おしい程の本流。


 言葉にしてしまえば、それはたった一文字の感情にしか過ぎない。


 こんなものを知りたくなかった。


 知らなければ良かった。


 そう思っても全ては遅い。


 星を見る者。


 その力の全てが指向した心の境界の先には一欠けらもゲオルグ・シューマッハなんて存在はいなかった。


「――――――」


 それが数秒の事だったのか。


 刹那の事だったのか。


 分からない。


 しかし、分からないとしても、気付いた時には、唇を離した時には、もう何もかもが動き出して。


 涙一粒。


 両腕のパンも落として。


 モデル体型の少女は彼を突き飛ばし、階段を駆け抜け、去っていった。


「僕は………ッ」


 歯を軋ませて。


 少年は後ろの壁に拳を叩き付ける。


 それでも空は蒼く。


 世界は平和の只中に在った。


 昼時、結局ソフィアと少年の下にパンが届く事は無く。


 只管に頭を下げて謝ったアイラに少年は何も言わなかった。


 *


 秋月ミナホ。


 鳳市高校の保健教諭にとって、日々は忙しないものだ。


 どんなに平和な時も休めない仕事。


 そして、それ故に誰よりもタフで無ければ勤まらない。


 歳若いリンケージ達の身体、精神のケアは彼女にとって真に誇れる任務だ。


 フォーチュン所属の彼らを影からサポートし、護衛する。


 都市を守る者を守る仕事。


 言ってしまえば、彼女は黒子。


 だが、だからこそ、リンケージ達の苦悩を誰よりも知る存在でもある。


「あなたが尋ねてくるなんて、久しぶりね。リョウジ君」


 黒髪を結い上げ、艶やかな胸元も露わな妖艶さで微笑みを浮かべる彼女を前にして青年が一人この人はいつでも変わらないなぁと苦笑していた。


「ええ、ミナホ先生もお変わりなく」


 彼女の定位置である机の横。


 椅子に座っているのはまだ歳若い意思の強そうな瞳をした男だった。


 その顔立ちからしても好青年と人々に好かれるだろう。


 内部から滲み出る溌剌さがそれに拍車を掛けている。


 しかし、それを置いても彼の容姿が注目を惹くのは間違いない。


 何故なら、頬から咽喉元、胸元に掛けて大き過ぎる傷痕があるからだ。


 それらは薄くなっているものの、確かに恐ろしい程の怪我だった事が窺い知れる。


 しかし、それを感じさせない笑みが彼を事件や事故の犠牲者ではなく。


 大きな困難を克服してきた鋼の男だと教えてくれる。


 金剛リョウジ。


 偉大な科学者であった祖父から研究を引き継いだ青年は今やフォーチュンのガーディアン開発にも携わる天才と人々から賞賛されていた。


「それで今日はどうしたの? 新型のフォトンリアクターの研究が一段落したって聞いてはいたけど」


「ええ、まぁ、上手くいってますよ。今日伺ったのはちょっとミナホ先生に頼みたい事があっての事なんです」


「頼み? それなら別に端末に連絡をくれれば良かったのに」


 和やかに言う彼女にリョウジが佇まいを正して真剣な瞳をした。


「共和国の伝説のエージェントである“藍色のレーベレヒト”にお願いがあるんです」


「………よっぽどのことなのね? フォーチュンも通さないって事は」


 いつもはミナホ先生と一部の男性教諭や生徒達から慕われている保険室の保健教諭が瞳を鋭くする。


「ええ、イヅモの未来に関する事です。これはきっとフォーチュンでは解決出来ない……」


「そんな大事おおごとをどうして君が?」


「オレが、というよりはおじいちゃんが遺してくれたデータを解析していたら、偶然に情報を見つけたんです」


「御爺様の?」


「ええ、元々おじいちゃんは大暗黒期時代から技術者をやっていたらしいですから。それなりに現在のイヅモの成り立ちや軍部とも関わりがあった。これは元々大昔におじいちゃんが関わっていた問題なんです」


「何かしらの期限のある厄介事って事かしら?」


「はい。事はもしかしたらイヅモだけに留まらず。地球圏全体を巻き込むかもしれません」


「そんな……貴方が言うのだから間違いは無いのだろうけれど、そんな大事になる案件が現代まで続いてるなんて……俄かには信じられないわね」


「確かに最初はオレも目を疑いました。でも、実際に調べて見るとおじいちゃんの遺したデータは正しかった。そして、それを解析していく内に恐ろしい事実に行き着いたんです」


 思わずミナホが息を飲み込んだ。


 リョウジの瞳には畏れとも不安とも付かないものが浮かんでいたからだ。


 彼が一体、どんな生き方をしてきたかを知っていれば、その彼すらも戸惑わせる事の大きさが窺い知れる。


「唐突ですが、ミナホ先生はスターゲイザーに付いてどれくらいの事を知ってますか?」


「スターゲイザー? って、アレよね。滅茶苦茶勘の良いリンケージでしょ? 昔から現場だとそれっぽい人間は結構見てきたから、凄い直感持ってる人や心を読める人間くらいなら知ってはいるけど」


「ああ、さすがミナホ先生だ。結構、眉唾だと思ってる人もいるから、話が通じるようで良かったです」


 リョウジがそれで合っていると頷いた。


「それが今回の頼みごとに関係しているの?」


「ええ、間接的に今回はスターゲイザーが色々と関わってきますから。此処からが本番なんですが、スターゲイザーに成れるとしたら、ミナホ先生は成りたいと思いますか?」


「え? 成れるとしたら? いや、どうかしら? ああいう物凄い力には色々と厄介事が付いて回るものだし。それを考えたら、能力とリスクが割りに合わないと思うわね」


「ですよね。本物を知っていればいる程、なりたいと思う人間は結構少ないと思います。でも、それがもしも戦時中の事であるならば、どうですか?」


「そりゃ、生き残れる確率を上げる為に欲しいとは思うかもしれないわね」


 リョウジも同意したように頷いた。


「今回、ミナホ先生に調べて貰いたい事は二つ。一つは大暗黒期には既に存在していた初期のイヅモ軍部が推進した【ムスヒ・プロジェクト】という計画に付いて。そして、もう一つはその研究に携わった研究者達に付いてなんです」


「大暗黒期……話は読めてきたけど……スターゲイザーの量産プロジェクトなんて、可能だったの?」


 ミナホが呆れた様子で誇大妄想に近い話に眉を顰める。


「今よりも大暗黒期の方が進んでいた分野は確かにあります。おじいちゃんはその研究に携わっていた時の事を詳細に記していました。継承された旧世紀の技術、東亜連邦の遺産、そして……イヅモ再建計画の裏で進んでいた独自のオーバーロード級開発計画。オレの解析結果が正しければ、事件は一週間後に起こります」


「な?! ちょ、ちょっと待って!? 世界規模の懸案が一週間後に始まるって言うの?!」


 リョウジの言葉にミナホが思わず待ったを掛けた。


「ええ、確率は限り無く100%に近いと思って下さい」


 リョウジが真剣な瞳を彼女に向ける。


「……おじいちゃんの情報に寄れば、この事件の始まりは発掘された東亜連邦の遺産に“とある技術”が混じっていた事だったと」


「とある技術?」


「はい。それは何処かの研究所が“様々な能力を一つの機体に持たせようとした時”に開発されたもので、然程重要視されるようなものでもなかったとか」


「それがスターゲイザーを創る技術、だった?」


「ええ。精確にはスターゲイザーを創る技術というより、一種の特殊なトランス状態でAL粒子と感応出来るよう、人間を強制的に調整チューニングするもの、と言うべきかもしれません」


「それって……」


 ミナホが顔を僅かに強張らせる。


 人体改造。


 第二次大戦中に行なわれていた非道な実験の数々は未だ表側に出てくるのは稀だが、実際にあった出来事ばかりだ。


 それが世界の滅亡前にも同じように行われていた。


 そう知るだけで普通の感性なら気が滅入るのは仕方ない事だろう。


「どういう風にその調整された人間を東亜連邦が使ったのかは分かりませんが、普通の人間を擬似スターゲイザーのような状態にする。それが技術の核心でした」


「私はその技術を使った計画と計画の遂行者を調べ上げればいいわけね? でも、どうしてリンケージが蚊帳の外なの?」


「今回、ミナホ先生に頼んだのはこの技術がある意味でリンケージにはどうしようもないものだからなんです」


「どうしようもない?」


 リョウジが深刻な顔で両手を組んだ。


「おじいちゃんが遺したデータによると。その技術で創られた機構は―――イヅモの領土内にいるリンケージを強制的に操作するシステム。言わば、リンケージ・イグニスのメインコアなんだそうです」


「リンケージ・イグニス……ッ」


 ゾクリとその恐ろしい響きにミナホが背筋を振るわせた次の刹那。


「はい。それは―――」


 ビクンとリョウジが背筋を仰け反らせて、椅子の上から崩れ落ちた。


「リョウジ君!?」


 ガクガクと全身を痙攣させながら、おこりのように震える青年を前にして彼女が慌てて駆け寄ろうとし、足先にカツンと小さな記憶媒体ストレージが当ったのに気付く。


「これは?! 貴方なの!? リョウジ君!!」


 のたうち回っていた身体が弛緩して、白目を剥いた青年は何も語らず。


 倒れたまま気を失っていた。


「大丈夫。必ず……貴方の依頼は完遂してみせる」


 どうしてリョウジがフォーチュンに駆け込まなかったのか。


 その理由に思い至ったミナホは記憶媒体を白衣のポケットに入れると。


 すぐフォーチュンへ連絡を入れて、リョウジを寝台に寝かせ、その足で保険室を後にした。


 そうして、新たな事件は始まる。


 静かに。


 確実に。


 でも、ひっそりと………。

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