Scene25「侵攻」



『敵機、鳳港より住宅街を抜けて繁華街へと抜けるルートを取っています。現在、市警と防衛軍が住民を避難させていますが、進捗率53%!!! このままでは繁華街で被害の出る可能性があります!!』


『住宅街の住民避難ほぼ終わりました!!』


『所属リンケージ戦闘待機5名確認。エインス、アーテリア、ロドニー、小虎、弓拿の五名です!! 現場に向かうと荒那七士より連絡が入りました。剛刃桜を転移させる可能性があるという事です』


 鳳市フォーチュン支部。


 その司令室兼ブリッジ。


 オペレーター達からの報告と住宅地のガーディアンの重量にも耐えられる特殊舗装道路を我が物で往く七機のディザスター級を見つめながら、艦長席でチトセ・ウィル・ナスカは周囲に的確な指示を飛ばしていく。


『ただちに五名へ出撃準備させて。それと剛刃桜のハンガー付近に人が近寄らないようにして整備士達に通達。各自に敵機の詳しい情報を転送。他はとにかく避難の終了を最優先。それで解析はどうなってるの?』


 オペレーターの一人が正面にある画面へ敵機の解析情報を表示していく。


『敵の侵蝕能力と自己修復能力に付いて幾つかの特徴がある事を突き止めました』


『特徴?』


『はい。敵機は市警隊との戦闘時、二つの能力を見せましたが、修復中と侵蝕中はどちらも規格外兵装に対してエネルギーが流れておらず。その時だけは撃てない模様です』


『つまり、攻撃を受けている最中と侵蝕している途中は一発で撃墜される可能性が無いって事ね』


『はい。そういう事になります。また、アビスエネルギーの高まり方から言って、規格外兵装を撃つには一分のインターバルが必要だと思われます』


『相手が撃とうとし始めたら、断続的に攻撃し続ければ、相手の切り札は封殺出来るわけ、か』


 チトセの呟きは僅かに苦いものを含んでいた。


 それもそうだろう。


 七機の内部には七体のガーディアンが侵蝕されて取り込まれているのだ。


 今現在、パイロットがどうなっているかはモニター出来ていないが、攻撃を加え続ければ、そのまま敵機と共に死ぬ可能性は高い。


『話は聞かせてもらった。つまり、七機全てに何をする暇も与えず撃破すればいいんだろ? コックピットをあの肉の塊からぶっちぎりつつな』


 オープンチャンネルでコックピット内の五人の顔が司令室に映し出される。


 ロドニーの言葉にアーテリアは僅か笑み、小虎と弓拿はやってやるぜと闘志を燃え上がらせ、エインスは僅かに呆れた様子ながらも、苦笑していた。


『あのねぇ……言ってる事は正しいけど、難事よ?』


『毎日偉そうな事ばっかり言ってるんだ。此処はサクッと人質救出と行こう。それで聞きたいんだが、規格外兵装を撃った時、内部の人間は大丈夫なのか?』


『あ、それもか?! ああ、もう!! 一発も撃たせられないじゃない?!!』


 気付いた様子でチトセが頭を押さえる。


 それを横目にオペレーター達が現在確認されている敵機とコックピットの位置を精確に合成した映像を五体のガーディアン内部に転送した。


『今、チトセ支部長が言われた通り。敵機に一発でも撃たせた場合、内部の人間の安全は保障出来かねます』


 ふむと頷いたロドニーが画面のアーテリアに視線を向けた。


『接敵、即攻撃、相手の懐に潜り込んでコックピットを奪取。その後に破壊。問題は距離……アーテリア!! エルドリッヒの最高速度でも敵機七体をってのは難しいか?』


『不可能だ。何処かに隠れて、奇襲出来るポイントを探した方が懸命だな』


『アーテリアさんの言う通りかと。ロドニーさん』


 エインスが至極冷静にその意見へ同意する。


『となると』


 チトセに視線が向けられ、彼女がオペレーター達に予測進路と五機が隠れられて至近距離から奇襲を掛けられる地点の割り出しを急がせる。


『とりあえず。侵蝕された機体に乗ってるパイロットの救出については現場の指揮に任せるわ。隊長は貴方ね』


『貧乏籤だな。だが、謹んで受けさせてもらおう』


『……昔から思ってたんだけど、その物言いどうにかならないの?』


 半眼の上司にロドニーはニヤリとした。


『これがオレ流の肩の力の抜き方なのさ』


『はいはい……で、絞り込めそう?』


 訊ねられたオペレーターが頷いて繁華街方面にある大型の立体駐車場とその周囲にある総合ショッピングモールの屋上を次々にマーキングして五人に転送する。


『上から一気に奇襲か。オレとアーテリアとエインスで五機。新人二人で二機。まぁ、やれない事も無いな』


『状況から見ても、これが最善ね。コックピットを奪取したら、速やかに一時離脱。あるいは誰かに預けて七機相手に大立ち回り。そういう事でいいわね?』


『ああ、了解だ』


 ロドニーが頷く。


『小虎ちゃん。ユミナちゃん。力を抜いて、いつも通りの平常心で戦いなさい。特に小虎ちゃん。貴女は今回が初陣よ。色々思うところもあるでしょうけど、今は目の前の命と敵と自分の機体に集中しなさい。そうすれば、自分を見失わずに済むわ』


 チトセのアドバイスに小虎が僅かに笑みながら頷いてから、顔を引き締めた。


『では、AL反応の遮断用シートを搭載次第、全機出撃!!』


『『『『『了解!!!』』』』』


 五人の声が響き。


 フォーチュン鳳支部から発進した機体は全て敵機に見付からないよう後方から迂回し、繁華街の指定ポイントへと向かった。


 *


 フォーチュンが動き出した頃。


 七士は一人で繁華街の端に到達していた。


 途中で避難警報が出て、タクシーが反対側へと引き返した為、徒歩となったのだ。


 遠方から聞こえてくる無限軌道の走行音。


 ディザスター級がもう近くまで来ていると知った少年は大通りの端にあるパーキングエリアの最上階から、やってくる七体の災厄を俯瞰出来る位置に陣取っていた。


 小さなインカムには今も次々にフォーチュンや市警の情報が濁流の如く雪崩こんでいる。


 しかし、それら全てを的確に聞き分けて、現在の情報を全て正しく把握した彼は敵の目的がやはりソフィアを炙り出す事にあるのではないかと疑い。


 周囲をしばらく見つめていた。


「……何か見えるかしら?」


「―――誰だ?」


 久しぶりに後ろを取られた彼は懐の銃を抜く素振りも見せず。


 チラリと視線を左に向けた。


 すると、豪奢な赤毛の二十代後半程だろうキツめの美人が胸元も露わな大胆過ぎる白いワンピース姿で軍用のゴツイ双眼鏡を片手に横へ並ぶ。


「貴方、視力いいわね。さすがに常人の瞳じゃ、あっちまで見えないわよ」


 もう片方の手に握られているサンドイッチが齧られ、妙に落ち着いた様子でゴクリと飲み込まれた。


「今、忙しいんだが」


「それはこっちも同じよ。久しぶりの休暇でスパを愉しんでたら、この有様。ようやく帰ってきたってのにやっぱり騒がしいわね。此処は……」


 サンドイッチがガツガツと頬張られ、ゴクリと嚥下される。


「ごちそうさま。さて、と」


「?」


 双眼鏡を目元から外した女が舌で指に残っていたソースを舐め取り、胸の谷間から何やら一枚の小さな紙。


 名刺を差し出した。


「大抵の事は火力で片が付くけど、同僚には挨拶くらいしないとね。アタシはクラリカ。クラリカ・アイトネール」


 受け取った七士が表紙を見やると其処には確かに言われた通りの名前がある。


 ついでに肩書きはフォーチュンの社外取締役となっていた。


 胡散臭そうな少年の顔に女が微笑む。


「ああ、そんな顔しないで。ボウヤ……いえ、ネームレス、あるいはロスと言った方がいいのかしら?」


「今は荒那七士と名乗っている」


「そう、では七士君ね。君」


「……好きにすればいい。それでこんなところに社外取締役がいていいのか?」


「いいのよ。元々は軍からの出向組だから。それでモノは相談なんだけれど、君の運び屋としてのスキルを見込んで頼みたい事があるのよ」


「現在、フォーチュンとの契約の遂行中だ」


「知ってるわ。だから、そのフォーチュンの社外取締役として現地の隊員に協力を要請しているのよ」


 そう彼女が言った途端。


 遠方から近付いて来ていた機体の一部からミサイルが数発打ち出され、繁華街の幾つかの施設に直撃した。


 比較的近くに着弾した為、彼らの上を吹き飛んだ看板が舞って何処かへと落ちていく。


「……用件は?」


「さっすがプロ。動じないわね。じゃあ、さっそく」


 七士の前に端末が差し出された。


 その画面には地図が映し出されており、繁華街から少し遠い鳳市防衛隊駐屯地付近にある駅横の車両整備工場が映し出される。


「今、愛機が此処にあってね。どうにか持ってきて欲しいのよ」


「自分で取りに行くのはどうだ?」


「それが出来れば苦労しないわ」


「どういう事だ?」


「いや、ね。フォーチュンて、どうしても機密扱いの情報があるじゃない? 軍からの出向組みであるアタシは一応それを報告する義務があるんだけど、さすがに軍関係に渡したらヤバイ情報もあるわけ。で、それを仕方なく機密保持と守秘義務を盾に報告拒否したら、暗に本当の事言えって嫌がらせされてね。今、封印されてるのよ」


「封印?」


「そ、ALの鎖で雁字搦め。ついでに車両整備工場は緊急時の車両運搬用施設としても機能してるから、ガードも結構固い。アタシがそのまま出てってもロクな目に合わないわね」


「そういう事か……依頼するからには契約を交わす必要があるが……規約を守れるか?」


「分かってる。面倒事はこっちで処理するわ。ついでに持って来る時のイザコザも握り潰しておくから。偶然、このドサクサで盗みに入った不届き者が途中で機体を放置して逃げるってのはどう?」


「本来は前金を貰うが、非常時だ。後で支払ってもらおう。〆て――――――Crだ」


「……高過ぎない? アタシの半期ボーナス分くらいあるわよソレ」


「嫌なら他に頼むといい」


「分かった……背に腹は代えられないもの。よろしく頼むわ」


「了解した。後で口座番号を送る」


 二人が端末のアドレスを交換し、七士はもう姿が完全に見えるようになった敵主力を一瞥して、屋上のフェンスを身軽に超えると手摺に腰のベルトから引き出した鉤を噛ませ、そのまま飛び降りた。


 思わず口笛を吹いて、クラリカと名乗った女が細いワイヤーで一息に降りていく七士を下に見つめる。


「さっすが、裏社会屈指の運び屋。経歴不明。正体不明。年齢不明。性別男性。而して、その正体は……一体、何なのかしらね……」


 もう相手の姿が小道に見えなくなったのを確認して、彼女がそっとキュラキュラやってくる相手のディザスター級を眺めた。


「悪趣味窮るわ。さて、こっちも準備しましょうか」


 横に止めてあった軍用の四輪の運転席にドアも開けずに颯爽と一跳びで乗り込み。


 キーを入れて回した途端。


 ギュルギュルとタイヤが磨耗しながらバック。


 そのまま、パーキング内を猛スピードで周回して降りていく。


 彼女が車両で去った後。


 其処には再び敵機から放たれたミサイルが着弾し、屋上は粉々に打ち砕かれたのだった。

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