Scene11「その休日の始まり」


―――休日、鳳市フェニックスパーク園内。


 黒い巨人型奈落獣との戦闘が終わって数日が経っていた。


 市街地で被害にあった家屋やインフラの修繕が終わり、平穏を取り戻しつつある。


 そんな時にやってきた休日。


 まだ傷が完全には下がっていない都市の娯楽施設は微妙に人が少ない。


 遊ぶよりもやる事がある人間の方が多いからだろう。


 しかし、防衛戦の当事者達にしてみれば、仕事が終わってようやく一息吐いた後に来た初めての休日である。


 特にリンケージ達は自分達の機体の重整備オーバーホールが終わるまではやる事も然程無い為、絶好の観光日和だ。


 そんなわけで鳳市高校の一部フォーチュン関係者には休日くらい遊んでらっしゃいとのありがたいチトセ支部長からの労い(主にフォーチュン出資者方面から来た優待チケットの配布)があった。


 それにしっかりと七士も含まれていたのは何の冗談なのか。


 あるいは現場の相手同士の顔合わせを行いたいと考える酔いどれ艦長の策略なのかもしれない。


 そんな邪推をしながら彼は頼んだアイスコーヒーを静かに啜ってベンチに腰掛けていた。


 鳳市の被害があった翌日、本当なら裏クラッシャー・バトルの試合があるはずだったのだが、諸々延期となった。


 本日から再会する旨は通達されていたが、組み合わせが変わった為、試合は明日の最終試合。


 それまでやる事と言えば、更なる間違った情報収集で新妻メイド化したアイラとのミーレス操縦訓練か。


 または当分の食料の買出しくらいだ。。


 本当なら来る気なんて無かった。


 無かったのだが……現在、彼の上司であるチトセ・ウィル・ナスカがリンケージ達の護衛役を指示した為、仕方なく赴く事となっていた。


 横には本来連れて来る予定では無かったアイラもいる。


 支部長が二枚チケットを送って寄越したからだ。


 封筒の中には「連れて行ってあげないと可哀想じゃない♪」と書かれた紙切れが同封されていた。


 あまり情報を取られたくないアイラに関して、それなりにもう調べが進んでいるのだろうかと彼は考えたが、実際何処から来たのかまでは分からないだろうという確信もあった。


 故にわざわざ支部長のご機嫌を損ねて面倒事を押し付けられるよりは身内に気晴らしをさせようという運びになったのである。


「遊園地……主に家族世帯及び婚姻関係を結ぶ男女の遊興施設。施設遊具の大半は子供をターゲットにしているが、友人関係にある者同士での来訪も想定されている為、スリルを重視する傾向にある……一体、此処にどんな危険が……」


 神妙な顔で護衛対象であるリンケージご一行様+α。


 主に鳳市高校でフォーチュンに所属する学友達を後ろから見守りつつ、このような場所にすら護衛が必要な危険が存在するのかとアイラは奥深いイヅモの土地柄に戦慄していた。


(また妙な事を考えてるな。これは……)


 七士は横の何処でも軍人思考なモデル体型少女の思考を見透かしつつ、何やら盛り上がりに欠ける鳳市高校の面々を見やる。


 総計7人。


 三年、二年の混成チームだ。


 没交渉な深窓の令嬢。


 峯風アヤ。


 一見クールに見えて相棒の少年に振り回される少女。


 璃琉・アイネート・ヘルツ。


 共和国からの留学生兼白馬の王子様兼容姿端麗ボクサー。


 ゲオルグ・シューマッハ。


 鳳市フォーチュン若手ホープにして機械工学の天才。


 鉄宗慈。


 フェニックスパークに出資する大会社ヴェッセーラ重工創業者一族の一人娘にして鳳市高校の金髪生徒会長。


 クリス・ヴェッセーラ。


 戦災孤児院ひまわりの家から奨学金を得て高校に通う努力家にしてバスケットボール部のポイントゲッター。


 遠峰サナエ。


 サナエの親友にして防衛軍に兄を持つクラス委員長を務める優等生眼鏡少女。


 常盤ミナト。


 サナエ以外の全員がフォーチュンに対して何らかの関係を持っているというが、殆ど雰囲気は友達同士の楽しい遊園地散策である。


 だが、彼らには致命的な欠点があった。


 そう、盛り上げ役はいるものの、アヤ、璃琉、ゲオルグのトリプルむっつりトリオが混ざっていたのだ。


 いつも偵察機でフォーチュンに貢献しているアヤは今も眼鏡越しに一言も発さず。


 少し騒がしい仲間達から距離を取っているし、璃琉は始めて来たという遊園地に興味津々であったが、遊ぶ事に慣れないせいか気後れしている感がある。


 ゲオルグなどは完全に『どうしてこんなところに来なければならないんだ……』と不機嫌を絵に描いたような顔になっていて、それをまぁまぁと宥め透かしながらにこやかに誘導しているのは今回のチケットをフォーチュンに送ったと思しきクリス・ヴェッセーラだ。


 年上のお姉さん。


 金髪美人。


 お祭り好きの台風の目。


 諸々の賛辞を受ける超VIPな生徒会長はどうやら今回の奈落獣騒動の解決にいたく感銘を受けたらしく。


 自分の家が出資する遊園地の無料優待チケットを鳳市防衛に参加した関係部署にばら撒いたのだと言う。


『少しでも日頃の憂さを晴らして、これからも頑張って下さい』


 とフォーチュンにもチケットが大量に回されたわけだ。


 その横にいるサナエとミナトは何でも璃琉と友人関係なのだとか。


 フォーチュンのリンケージと協力者。


 彼らと共に出掛けるという緊急事態にいつもあまり活動的ではない璃琉は友人へ助っ人を頼んだらしい。


 何の助っ人かは聞かない方が誰にとってもいい結果になるだろう。


「それにしても本当にありがとね。璃琉ちゃん」


 サナエが元気な笑顔でそう銀髪少女に何度目かのお礼を伝える。


「こういうのは大勢で行った方が楽しいと言っていました……上司が……」


 璃琉は感謝される事に慣れない様子で微妙に顔を赤くした。


 もう言わなくていいからと親しい友人に恥しさからストップを掛ける姿は微笑ましい。


 その脳裏にはきっと酔いどれ支部長の姿が浮かんでいるのだろう。


「璃琉さんのそういう奥ゆかしさは非常に好ましく思いますよ。私は」


 サナエの横でミナトが眼鏡の位置を片手で直しながら、生真面目そうに頷いた。


「え、ぅ……」


 いつもは真面目な委員長も弄り甲斐のある璃琉の様子に口元が僅か緩んでいる。


 学校に転校してきた当初はまるでお人形のように何も話さない少女だった璃琉がこうも感情豊かになった事が彼女には本当に好ましかったのである。


「………」


 そんな様子を素知らぬ顔で眺めているサヤの横に宗慈が近寄ると声を掛けた。


「混ざらなくていいのか?」


「……必要ないから」


「今日は休日なんだから。お前も愉しめよ。アヤ」


「うん。ありがとう……宗慈君」


 コクンと一度だけ頷いた読書家の回答に他の仲間達が一瞬驚いた様子になる。


 話した事が無いどころか。


 声すら聞いた事が無かった者が多数だったからだ。


 それはゲオルグすら驚いているところから推し量れるだろう。


「宗慈。あなた凄いわね。吃驚したわ」


 クリス・ヴェッセーラが頭部にフェニックスパークのシンボルである紅の羽飾を付けつつ、目を丸くした。


「何がですか? 先輩」


「何がって……アヤをこんなに喋らせた事よ。生徒会の会計業務ですら“出来ました”“帰ります”“お疲れ様でした”“用事があるので”以外を聞いた事が無い私が断言するわ」


「そんな……言い過ぎですよ先輩。アヤは確かに口数は少ないですけど、結構話は出来る方で―――」


 その唇がピタッと細く繊細な指で閉ざされた。


「んぐ。アヤ?」


「……あまり話さないで……その……」


 いつも無表情な少女が困ったような顔をするので宗慈が悪い悪いと悪気も無さそうにカラカラと笑った。


 そんなやり取りに更なる驚きを隠せなかった面々であったが、璃琉が視線を鋭くしてススッと宗慈の傍へ寄って呟く。


「宗慈。案内してくれるんじゃなかったの?」


「ん? あぁ、そうだな。じゃ、さっそく行くか。こう見えて此処には結構来てるからな。自分で言うのも何だが中々詳しいんだぜ?」


 その返しに璃琉の視線が半眼になる。


「……誰と来てるの?」


「誰と? いや、やっぱこういう乗り物ってのはさ。機械工学を齧ってると色々と気になるもんなんだよ。そうそう、例えば、あのジェットコースターの柱とか揺れの計算や強度が―――」


 機械の話になると途端に雄弁となる相棒に一人で来ていたのかと何となく安堵した璃琉だったが、すぐ傍でクリスや友人達がニヤニヤしている事に気付き、ゴホンゴホンと咳払いをして諸々を誤魔化した。


「はぁ……どうして此処に来たんだ……僕は?」


 姦しい女性陣と同性たる宗慈の鈍さに呆れながら、ゲオルグが後ろを正面の建造物の窓の反射で確認する。


(荒那七士……あいつもフォーチュンの関係者だったのか? 僕とあの偵察機パイロットくらいしか気付いてないようだが……それにあの女……確かクラスメイトの間で話題になってたな)


 七士の事をゲオルグは知っていた。


 理由は単純だ。


 足音を完全に消して歩いているところを目撃していたからだ。


 その上、校舎裏からよく帰る姿も見ていた。


 明らかに軍人のスキルを持つ彼が一体何者なのか。


 公言している自分と違って隠れフォーチュンかとも思ったが、その様子からそういった業務に携わっているようには見えなかった。


 これで怪しまない方がどうかしている。


 取り立てて不良という事は無いが……授業で寝ているとか、教師の話を無視するとか、そういう類の素行の悪さは学内でも少し目立つ。


 毎日のように居眠りをしているのに点数は落ちる様子もなく。


 また、教師達の間には少年をまるで特別視するような、ある種の諦めのようなものを感じていた事も、ゲオルグが七士を意識するようになった理由の一つだろう。


 それは最後には一つの結論へ至る事となった。


 つまり、少年は自分と同年代でありながら、優秀であり、同時に本気を出していない。


 要は学校という空間内にいながら、システム自体を舐めている。


 つまり、お遊び程度に見ているとゲオルグは思い到ったのだ。


 だから、怪しい七士は極めて不真面目な人間という事で彼の中では評価されていた。


 元々軍人志望でコロニーから留学という身分で来ている彼にしてみれば、勉学の場に最も相応しくない類の相手が少年だったわけだ。


(フォーチュンもあんなやつを関係者に持つとすれば……)


 しばし、ネガティブな思考に取り付かれた彼は仲間達へ手洗いに行くと伝えて、その場を離れた。


 すると七士は宗慈達の方へと向かうが、ゲオルグの後ろにはアイラが付いて来る。


(尾行……いや、護衛してるのか?)


 園内の至る場所にある反射物で相手を確認しながら、彼はすぐ横手の手洗いに入る。


(このまま出て行くのも癪だな)


 見られていると知ってしまえば、決して良い気持ちはしない。


 それが不真面目極まると認識した相手と一緒にいる者なら尚更だ。


 小奇麗な個室内へ入ってゲオルグがザッと窓の大きさを確認し、その場所から出られる事を確認した。


 *


―――鳳市フォーチュン社屋内部。


 硬い廊下をコツコツと歩いている者達が二人。


 スイスイと浮遊して進む者が一人。


 二人は黒いマントを羽織り、一人は奇妙な衣装を顕にしていた。


 まるでファンタジー世界からやってきた女。


 少なくとも彼女の纏う衣服は既存の機甲暦アーマード・センチュリーの前時代から近代まで作られた事など無い代物だろう。


 白を基調にした鎧とピッチリとした布地、金と赤で装飾を施された衣装は体付きがモロに出る為、肉体の曲線ラインに自信が無い者は着るのを躊躇うだろう。


 腰と肩は申し訳程度に鎧われているが、実際に実用品なのかと言われれば大抵見た人間は返答に困る。


 そんなもので銃弾は防げないし、当れば貫通するか弾かれて人体を損傷するに違いないと考えるからだ。


 彼女の姿は一言で言えばコスプレであり、そういった類のイベント会場にいるレイヤーだ。


 そもそも股間が白いビキニアーマーを金具で固定しているだけ、それでも余った部分の肌が丸見えな時点で色々間違っているのは間違いない。


 が、まったくもって遺憾な事に彼女は本物だ。


 鎧もピッチリファンタジー衣装も全部実戦用だ。


 彼女に向かう銃弾は鎧に刻まれた魔術の紋様で弾かれるし、防御力0っぽい下半身は真冬でも寒くないし、風邪だって引く事はない。


 それは彼女が現代科学ですら到達しない叡智に身を寄せる魔術師。


 否、魔導を扱う騎士とでも呼ぶべき存在だからである。


 名を【アーテリア・エルン・クラインテ】と言う。


 実際には“あちら”の言語を翻訳したに過ぎないらしいが、事実として彼女はイヅモでアーテリアと呼ばれて久しい。


 整った顔立ちと騎士として鍛えられた鋭利な眼差し。


 気高い魂が宿る帯剣を腰に下げている姿は正しくファンタジー世界の住人として不足無い。


 これが本人の恵まれた容姿と相まって清廉な気配に溢れているのだから、常人には近寄り難い存在だろう。


 魔法王国レムリア。


 突如として世界に現れたハイパーボレアと同じ、別世界からの来訪者。


 彼らの国は第一次大戦前より数百年も昔、中世と言われた時代には有り得たのだろう専制君主が国を治め、騎士が国を守るという社会契約が成立する稀有な場所だ。


 イヅモの南海にレムリア大陸と呼ばれる巨大な陸地と共に現れた彼らは出現初期こそ連邦や共和国からも攻撃を受けていたが、その尽くを彼らの国において【神霊機マナリス】と呼ばれるガーディアンによって防衛し切った。


 武装中立を国是として掲げるレムリアを已む無く連邦や共和国が暗黙の了解として受け入れたのは彼らが他の来訪者、蜥蜴人間の帝国ハイパーボレアや異次元からの侵略者メタガイストとは異なり、人間として付き合っていけると感じたからである。


 各国の外交官が心を砕き、商人や企業体が新たなる市場の創出に期待した面もあろうが、基本的には信頼関係が構築出来る相手かどうか。


 それが国家にとっては大きな問題だったのだ。


 人間として信頼関係構築が可能かどうか。


 多くの試験もんだいをパスしたレムリアは世界の国々に受け入れられ、数年が経った。


 アーテリアはまだ二十代前半。


 レムリア出現時にはまだ十代であったとされる。


 そんな時から騎士の位を拝命していたらしく。


 連邦や共和国との実戦も経験した彼女は生粋のエリートという、本人にしてみれば眉を寄せたくなるような言葉が相応しい存在でもある。


 何故、中立のレムリアがフォーチュンにそんな有能人材を貸し出して協力しているのか。


 それは彼らの国の中の問題であって、疑問を抱く者は少ない。


 現場の人間達からしてみれば、まったくもって頼もしい助っ人である事に疑いないのだから、堅苦しい“上”の話は横に置いておこうというのがフォーチュン鳳支部の見解だ。


 レムリアの意図がどうあれ、アーテリアは現在主戦力の一人として数えられている。


 同時に豊満な胸部が空中を移動する度にフユンフユンと揺れる様子がフォーチュン男性職員達の間では癒しとして有名だ。


 鋼のエンブレムに玉石をあしらった奇妙な鍔付きの帽子。


 1mmのズレも無く被られたソレの下から蔑んだ視線を受けたい人間向けの癒しだとしても、癒しなものは癒しだ。


 それが自分の職場で惜しげもなく晒されていたら、万年女日照りのメカマン達がガン見していても責められるものではない。


「お~嬢ちゃん。帰ったか」


 整備主任にして格納庫の主たる老人。


 東江タカオはそんな相手を見る事もなく。


 足音もしないのに後ろ手に腕を上げて、白き龍の甲冑を着たファンタズム級ガーディアン。


 エルドリッヒの金に彩られた装甲表面を木槌で叩いて検査していた。


「タカオ。エルドリッヒの整備は?」


 彼女は自分の郎党である後ろの二人組みが何処からか出現させた椅子に腰掛け、虚空で足を組んで老人に尋ねる。


「本当にお前さんの機体は整備のしがいがねぇなぁ。綺麗過ぎて涙が出てくらぁ」


「そうか……」


「とりあえず。補給はした。魔導コンバーターの調子も良いし、機体内部の制御系にも異常は見られない。オレに魔導の心得がありゃ、もっと弄り回して調整チューニングしてやるんだが、生憎とコイツがオレの片腕だからな」


 スパナが片手で揺らされる。


「構わない。最低限の補給と整備さえ受けられれば、後はこちらの問題だ」


「だろうな。受け取った整備用マニュアルを見てもオレにはチンプンカンプンだった。この歳でまさか魔法なんぞ学ぶ事になるとは……機体制御OSのバグ探しの方がよっぽど楽だわな。ははは」


 愚痴ったというよりは、新しい分野を学ぶ喜びを語るタカオにフッとアーテリアが微笑む。


「……タカオ。一つ聞いていいか?」


「何だ?」


「あの機体はタカオが今整備しているのだろう。アレの事を教えて欲しい」


「あん? どれだ? あのお嬢ちゃんのか? それともあっちのオーパーツ嬢ちゃんのか?」


 メカマン達とは違う白衣姿の男達。


 秘密結社テラネシアからやってきた人員が重整備しているヴォイジャーXとようやく遠出の任務から戻ってきて、今はハンガー内部で固定されている全身黒尽くめで金の装飾を施されたスーパー級。


 二つをスパナで指したタカオにアーテリアが首を横に振る。


「あの七つの剣を持った奴だ」


「ああ、剛刃桜か」


「ごーじんおー?」


「そうだ。それがあの機体の名前だ。正式名称は確かエクストラ・ガーディアン・ゼロ。第一次大戦、こっちの昔の戦争の時にここら一帯を治めてた東亜連邦っつー国が開発したもんらしい」


「らしい?」


「ああ、具体的な事はまだ分かってねぇんだ。こいつが発掘されたのはフォーチュンの管轄外地域でな。諸々の政治であいつは“預かってる”状態なんだと」


「……パイロットは?」


「ああ、七士の事だな」


「知っているのか?」


「まぁ、機体の調査で時々来るからな」


「どういう人間?」


「どういう……か。個人情報は渡せねぇが、オレの所見で良けりゃ聞かせてやる」


「それでいい」


「なら、そうだな……勘だが……あいつは見た目よりもずっと歳を食ってるな」


「歳? 年齢よりも強いという事?」


「いや、話した通りだ。あいつはガキみたいな顔してるが、少なくともオレと同年代か。それ以上の、食わせ者だぞ」


「タカオが言うなら、そうなのだろう」


「驚かないのか?」


「レムリアでは歳の割りに若いというのは有り得る事だから……」


「ああ、そうか。そうだな。お前さんらの魔法ってのは何でもありの部分があるからな。そういう事もあるか」


「ありがとう。参考になった」


「じゃあ、エルドリッヒの事はもう任せていいな? こっちはこっちで重整備の機体が五万と立て込んでて、首が回らねぇんだわ」


「ええ、仕事を邪魔してしまって悪かった。エリーズ、ダリア、整備なさい」


「「了解しました。アーテリア様」」


 後ろのフードを被った二人組みがバッとマントを剥ぎ取って何処かへ消すとエルドリッヒの方へと走っていく。


 その姿を見て、メカマン達が色めき立った。


 というのも、彼女達が見目麗しい少女だからだ。


 エリーズと呼ばれた少女は主であるアーテリアと同じ色合いであるものの、全身を覆って肌を見せないゆったりとした衣装に身を包んでいた。


 その容姿は良家の子女。


 銀髪を細く編み込んで後ろに撫で付けた髪型が独特だが、気品の良さと切れ長の瞳が印象的で見る者に息を飲ませるだけの高貴さが滲み出ている。


 ダリアと呼ばれた少女は衣装こそ同じであるが、こちらは黒髪の長髪だった。


 しかし、大きくクリクリとした瞳と活発な子猫のような愛嬌のある顔でチョコマカと動く姿は小動物を見ているようであり、メカマン達の顔にはホンワカの文字が刻まれている。


 二人とも現場では既知の存在だ。


 エルドリッヒが戦線に加わってからというもの。


 工具と美少女に囲まれたメカマン達の仕事の能率は130%を超えていた。


 しかし、長期の単独任務にアーテリアが出発してからというもの、エルドリッヒの調整と整備を行なう二人は消えてしまった為、フォーチュンのメカマン達は血の涙を流したものだ。


 『癒しが消えた!! この世に神なんぞいねぇ!!?』と。


 それが今帰ってきた。


 もう感涙で前が見えないよ(メカマン談)。


 そんな彼らから声援とお帰りの声が飛ぶ。


「どうも、ただいま帰還いたしました。皆様これからもどうぞよろしくお願い致します」


 エリーズが上品に頭を下げると“エリーズちゃーん”と声が応える。


「みんな~~ただいま~~またよろしくね~~」


 間延びした声で手を振ったダリアの笑顔にええ子や~~と感涙する者多数。


 メカマン達が二人に一頻り声を送った後、猛烈な勢いで整備を再開し始める。


「ったくよぉ。やれば出来るんじゃねぇか。これが常時ならなぁ」


 タカオが苦笑して愚痴ると重い腰を上げて振り返った。


 だが、もう其処にアーテリアの姿は無い。


「……あ、忘れてたな。こいつをやるの……」


 タカオが支部長から直々に渡すように頼まれていたフェニックスパークのチケットを三枚取り出して、まぁ良いかと今もエルドリッヒを整備する二人娘の方へと歩いていく。


 夢を売る遊園地に空だって飛べるファンタジーの人間がどれだけ楽しめる要素があるのか。


 まるで分からなかったが、孫に小遣いをやる祖父気分でタカオはチケットを彼女達に渡したのだった。


 *


「ん……?」


 薄らと目を開けて、朧げながらも覚醒した小虎は薄らと香る葉巻の臭いに顔を顰めた。


「お、目ぇ醒めたか? お嬢ちゃん」


「―――お前は!? ぼ、僕はどうして……!?」


 フラッシュバックした脳裏の記憶。


 戦いの結末に彼女はようやく辿り着き、目の前が真っ暗になった。


「そんな……嘘、だ……嘘……だよ……っ」


 控え室の寝台上でうわ言のように呟く少女の打ち拉がれようにアーリがボリボリと頬を描いた。


「残念だが、現実だ。お前さんの所属はもう裏社会じゃない」


「…………」


 完全に生気を失った様子でブツブツとどうすればとかお母さんとか呟いている小虎にヤレヤレと肩を竦めて。


 アーリはさっそく事情聴取する事とした。


 生年月日、年齢、住所、特技、学校での成績、家族構成、そして彼女が裏社会に身を投じた理由。


 その全てに彼女が受け答えしたのは少なからず自分が言った事を守っていたからなのだろう。


 しかし、もう絶望に染まり切った顔からは血の気が引いている。


 まるで幽霊のように揺れる上半身は鋼鉄武侠と名乗っていた時からすれば、圧せば倒れる枯れ草を思わせた。


「やれやれだぜ。こんなところで事件の被害者に会うっつーのは」


「………」


 顔を俯けて何も喋らなくなった小虎に付いて来いと促して。


 彼が足早に駐車場まで歩いていく。


 その後ろを覚束ない足取りで歩く少女にはもう目の耀きが失せていた。


「ほら、乗れ」


 二人の前に現れたのは巨大なコンテナを後ろに繋いだトレーラーだった。


 襤褸い外見で錆び付いていたが、まだ十分に使えるものだ。


 助手席に小虎を乗せてアーリがエンジンを掛ける。


「お前の母親とやらがいる病院は何処だ?」


「―――お、お母さんは関係ない!! これは僕がやった事でッ、だ、だから!!」


「いいから答えろ。焼いて食おうなんぞ思っちゃいねぇよ」


「………鳳市大学病院」


「分かった」


 アーリは聞き出した住所に向けて車両を出発させた。


 旧市街から車で二十分弱。


 その運転間、一言も少女は話さなかった。


 大学病院の裏手にトレーラーを止めて、何処かに小型端末で連絡していたアーリはその時になって初めて助手席の少女の方を向いた。


「一つ聞きたいんだが、お嬢ちゃんの加護は何だ?」


「加護……まだ、分からない……」


「ああん? 分からない、ねぇ……随分とおざなりな教育を受けてたようだな」


「え……」


「まぁ、いい。今回の一件で確証は得た。スッカラカンだが、その分はお嬢ちゃんの働きに期待させて貰おうか。とりあえず、ほらよ」


 アーリが懐から取り出した長方形の容姿にサラサラと何事かを書き込んで小虎に渡す。


 其処には幾つかの項目が並んでおり、その横に其々に対応した金額が書き込まれていた。


 中古トラックの代金。


 燃料代。


 グレイハウンドの修理代。


 消費した地雷と改造費用。


 〆て中流家庭の一年の年収程。


「支払いは分割で構わねぇ。後、利息はきっちり法定限度一杯だ。複利は無しだから安心しろ」


 小虎は“ああ”と思う。


 やはり、この薄汚い方法で王竜に勝った男は自分を地獄に突き落す気なのだと。


「さて、と。娘さんの働き口に付いて説明するのに挨拶と行こうか」


「ッ、お母さんに手は出すな!!!」


「お嬢ちゃん。そんな事が言える立場だと思ってんのか? それと大人に対する礼儀がなってねぇな」


「ッッ、手を……出さないで、下さい……お願いします」


 震える手を押さえて少女が頭を下げる。


「死に掛けた人間に手なんぞ出して捕まりたい馬鹿がいるかっつーんだよ。しばらく此処で待ってろ」


 アーリがおざなりに言い置いてトレーラーから出て行くと。


 小虎はあんな男に頭を下げる自分の惨めさと無能さに打ちのめされ、黄ばんだシートにポロポロと雫を落とした。


(僕があんな奴に負けなきゃ……ッ、お母さんを守れたのにッ……僕がッ、僕がッ……っ……っく……ぅう……)


 悔恨が、後悔が、懺悔が、どうしようもない虚無感が後から後から押し寄せてきて。


 父に、祖母に、祖父に、申し訳なくて。


 押し殺した嗚咽が止まらなくなる。


 そんな時、ガタンと音がして彼女が顔を上げると。


 車椅子に複数の点滴を受けながら運ばれてくる女性が見えた。


「お母さんッ!!?!」


 それは彼女の母親だった。


 今も絶対安静のはずの相手。


 それが車椅子に乗せられて、小虎の乗るトレーラーの前まで移動させられていた。


「お母さんに手を出さないって言った癖に!! この悪魔!!! 嘘吐きッ!!! お母さんを返せッッ!!!!」


 思わず助手席から飛び出して躍り掛かろうとした彼女だったが、その手は途中で連れ添っていた病院関係者の看護婦や医師に止められた。


「なッ!? 離せッ!! 離してよッ!! お母さんがッ!! お母さんがッ!! 殺されちゃうッッ!!!!?」


『落ち着くんだ君ッ!!』


『きゃ、小虎ちゃん!! 落ち着いてッ!! お母さんは大丈夫だから!!』


 母親の世話をする馴染みの看護婦や医者まで金の亡者の言いなりなのかと更なる絶望が少女の心を襲う。


 その間にもトレーラー横の機器を操作したアーリがハッチを開けていく。


「え!?」


 小虎が驚いたのは其処に自分の王竜と負けた相手、グレイハウンドが並んで詰められていたからだ。


「さて、と。上手く行くか? 戦場じゃあよくよく失敗したもんだが……まぁ、可能性があるだけ十分か」


 何を言っているのか分からない。


 しかし、彼女の前で母親の乗った車椅子がガーディアンの前に止められて、アーリがよっこらしょとトレーラーの荷台へと乗り込み、グレイハウンドと王竜、二機に左右の手を付く。


「おい!! お嬢ちゃん!! 自分の母親の事なんだ。加護が使えねぇなら、せめて祈れ。上手くいきますようにってな。リンケージの祈りは世界すら書き換える。お前さんがこれからも鋼鉄武侠を名乗りたきゃ、まずは自分の母親くらい救ってみせろ!!」


「な、何を言って?!?」


『いいから、言う通りにしなさい。私もこういう事例は知っていたが、滅多にない事だ……君がリンケージになっていたとは知らなかったが、お母さんを助けたいなら、彼の言う事を聞いた方がいい』


『小虎ちゃん。あの人の言う事を信じてあげて。きっと悪いようにはならないから』


 医者と看護婦の話に意味がまるで分からなかった少女だったが、アーリは理解を待つ事も無かった。


「行くぞ……少しは役に立てよ。ポンコツ共!!」


 バイザーを目元から取り、投棄てて。


 アーリが瞳を閉じ、カッと見開いた。


「イドゥンッッッ!!!!」


 ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!


 まるで爆風の如きAL粒子の本流がトレーラーを中心にして天に向かい吹き伸びる。


「ヘイムダルッッッ!!!!!!」


 ベギッと限界まで戦ったグレイハウンドの全身に亀裂が入った。


 その中から膨大な粒子が更に吹き上げ、目も開けられぬような閃光と化していく。


「バルドルッッッッ!!!!!!!!!!!!」


 その時、パキャァアアンと澄んだ音色が響いて、小虎はグレイハウンドが粒子の中に解けて消えていくのを目にした。


 彼女の心にはただ母親への思いと願いだけが溢れて――――――。


「ぐッ、届けよッ!!! たかが病人一人癒せなくて何が神の力だッッッッッ!!!!!!!!!」


 ようやく。


 本当にようやく。


 王小虎は目の前の男が何をしようとしているのかを知った。


 シュアァアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ。


 粒子の本流が収束し、車椅子へと集中していく。


「お母さん……帰ってきてよッ!!」


 そんな娘の声と共に光の粒子が不意に已んだ。


 気を失い掛けていた医者と看護婦が眩んだ目を瞬かせ、頭を振って意識をハッキリさせると急いで車椅子の方へと向かう。


 両腕に付けられていた点滴の管は既にもう外れていた。


 それから数秒。


 何やら簡易の計測機器を当てた調べていた医者が驚きの声を上げる。


「……信じられない。でも、これがリンケージの、いや……AL粒子の力。成功ですッ!!」


「脈拍、呼吸、正常。小虎ちゃん!! お母さん良くなってるッ!! 良くなってるわよッ!!」


「お母さん!!?」


 走り寄った小虎が母の顔色が今までとはまるで違う事を確認して、ボロボロと涙を零し始める。


『すぐに精密検査だ!!』


『はい。先生』


 車椅子が押されようとした時。


「ん……」


「お母さん!?」


 母の久方振りの声に少女が身体へと縋る。


「どう、したの? シャオ」


「お母さんッ!! お母さんッ!!!」


「あらあら、今日はアマエンボウね。ガッコウ遅れちゃうわよ」


 薄らと笑む家族の姿にもう小虎の顔は涙腺が崩壊して歪んでいた。


 うぁああああああああぁあ……。


 誰にも構う事の無い泣き声が、喜びの涙が後から後から零れていく。


「お゛かあ゛さんッ!! おか゛あさ゛んッ!!!」


 何度も何度も自分を呼ぶ娘を抱き締める母親。


 その再会に医者も看護婦も僅か貰い泣きしていた。


 横のトレーラーでバッタリと倒れ付したアーリは泣き声を聞きながら溜息を一つ。


(加護を最後まで使わず取っといたのは正解だったな。仕事も半分はこなしたか。裏クラッシャーバトルのリンケージ確保問題……スカウトマンまでは辿り着かなかったが、お嬢ちゃんの話があれば、事態の進展はあるだろ)


 年甲斐も無く。


 連続で加護を発動させた影響か。


 もう彼は身体に力が入らなかった。


(加護は一人で同時に発動出来ないはずだが、上手くいった……オレの力じゃねぇ……ふ、何だ……ちゃんと出来るじゃねぇか。お嬢ちゃんも……)


 意識が落ちていくのを感じて。


 母娘の再会を横目に傭兵の唇の端が歪む。


(さて、さっさとあの支部長に仕事をもら、い……に………)


 随分と無かった深い眠りへと誘われ、男は満足げに力尽きる事とした。


 ピン札の風呂に埋もれる。


 そんな少し切れて血の滲む夢を堪能しながら―――。

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