Scene12「その楽園の黄昏」


―――フェニックスパーク園内。


 アイラがその不意打ちを避ける事が出来たのは弛まぬ努力の賜物でも無ければ、勘が働いたからというわけでもない。


 単純に園内の雑踏に紛れる自分を遠巻きに回り込んだ足音を精確に感知し、己へ向かって飛んでくる投擲物の風切り音から位置を把握して避けたに過ぎかった。


「!?」


 相手の息を飲む音。


 そして、ジャキュッとタイルの上に散らばった砂を踏み締める靴音。


 フェニックスパーク内のデータを一時間で完璧に脳裏に叩き込んだ彼女が見るのは子供用のサンドアート体験が可能なすぐ傍の出入り口。


 補足した相手の衣擦れの音は僅かに半歩、足を後ろに引き摺っている。


 驚いて思わず固まったのだろう。


 視線を向けると其処には護衛対象の少年がいた。


 そのまま見つめていると何やら溜息を吐いた後に視線を険しくしてからツカツカと彼女の下までやってくる。


「君はアイラ・荒那・ナヴァグラハだな」


「はい。そうですが、何方でしょうか?」


「……どうして僕を……いや、僕達を尾行している? それとも護衛か? 荒那七士と一緒にこちらをツケていただろう?」


「何の事でしょうか。私は七士さ……んとフェニックスパークに遊び……デートに来ていただけですが」


「デートだって?」


 思わず驚いたゲオルグは明らかに嘘と思われる言い訳にさりとて可能性は否定も出来なかった為、ふんと鼻を鳴らすしかなかった。


「仮にそうだったとしても、まるで監視しているように後ろからズッと付いて来るのはどうかと思うんだが」


「もしも、そのように見えてしまったのなら申し訳ありません。七士さ……んと共に別の場所で愉しむ事としますので、ニアミスしないよう貴方達のコースを教えて頂ければ幸いです」


 サラッと返した口の回り様は滑らかだ。


 ゲオルグは腹立たしいものを感じたが、此処で言い合っていても絶対相手は口を割らないだろうと会話の中でアイラの性格を幾分か掴んだので肩を竦めるに留めた。


「僕はこれから帰る」


「………」


 ゲオルグが思わずビキッと青筋を立てた。


 何故か?


 アイラが本当に仕方無さそうな溜息を吐いたからだ。


 それはどちらかと言えば、彼を馬鹿にしたニュアンスだった。


 表情に乏しい彼女の視線が言っている。


 団体行動も出来ないのか、と。


「………僕の投擲をどうやって見破った……」


 本来なら突っ込まずにいようと思っていた事がゲオルグの口を衝いて出ていた。


 先程は怪我をさせないよう肩へ小石を投げ掛けただけだが、それを見る事も無くアイラが避けたのは尋常ではないと彼にも理解出来ている。


 如何に学生の身分とはいえ、それくらいの判断は彼にも可能だった。


「分かり易い足音が8mを保って遠巻きにしていれば、誰でも警戒するのでは?」


「何だって? あの雑踏の中でどうやって……」


「……足運びに切れがありません。また、地形を把握していない為に靴底の接地面を強く擦る等、愚の骨頂です。鍛えていれば、また赴く先の情報さえあれば、靴音を消す事は然程難しい事ではない。貴方のような兵隊に憧れる子供には訓練をお勧めします」


「なッ!? お前ッ!!」


 自分の最も痛いところを不用意にぶち抜いたアイラに思わず言い募ろうとしたゲオルグだったが、不意にアイラが右手で制止したので、語気を強める機を逸した。


「黙って……三? 七? どうしてこんなところに……直ちに七士様へ報告を」


 小型のピンマイクにアイラが何やらボソボソと話し掛けたが、そこで彼女の顔色が変わった。


「まさか、ECM? こんな遊興施設の中で……」


「おい。どうした? 何をしてるんだ!」


 ゲオルグが思わず強く訊ねた後ろで一般人らしい男女の声が上がった。


『あれ? ねぇ。何か端末繋がらないんだけど。充電ちゃんと今日したのに』


『此処って電波届いてるだろ? あ? なんだか端末の画面が変だな?』


 ゲオルグがその声に周囲を見渡すと何やら自分の小型端末を見て首を傾げる一般人が複数立ち止まっていた。


「どういうことだ? 無線がジャミングされてるのか? おい! どういう事なんだ!!」


「静かに。速やかに皆さんのところに戻ってください。出来る限り急いで、この遊園地から退園を」


 ゲオルグの方を振り向きもせず周囲に視線を投げ掛けたアイラが動き出そうとして、袖が掴まれた。


「何が起こってるのか説明しろ。これはお前達に関係あるのか!」


「分かりません。ですが、もしもこういった施設でこのような状況があるとすれば、仕掛けた者達の意図は確実にこの園で最も重要な資源を巻き込むでしょう。あるいはソレこそが目的かもしれません」


「資源?」


「リンケージは現在世界的に見ても不足する最重要の人的資源です」


「ッ」


 ゾッと背筋を凍らせて、彼は思わず袖を離した。


 自分を見るアイラの瞳に冷徹なものが宿っていたからだ。


「此処からは軍人スペシャリストの時間です。素人アマチュアに出来る事はありません。退園後はフォーチュンに連絡を。目標は最小で十八人以上。園内に散らばる爆発物は内部に向かって仕掛けられている可能性が高い。避難を最優先にしてガーディアンを最低四機向かわせるようにと。奈落獣の卵が持ち込まれている可能性も否定し切れません。出来れば、専門の方の派遣を、と」


「なッ!?!」


 その具体的な指示に思わず絶句したゲオルグだったが、アイラが嘘を吐いているようにも見えなかった為、最後に一つだけ聞いた。


「お前は一体……」


「アイラ・荒那・ナヴァグラハです。今はそれ以上でもそれ以下でもありません」


「……分かった。すぐにあいつらと合流して、七士にも伝えよう」


「ありがとうございます」


 アイラが今度こそ早足に園内の奥へと消えていく。


 ゲオルグはその後姿から完全に足音が消えているのを理解して呟く。


素人アマチュア、か……姉さん。僕は……」


 ギュッと拳を握って、少年は静かに出来るだけ早く仲間達へ合流しようと早足に歩き始めた。


 *


 フリーダ・ヴェロニカ。


 ディスティニー部隊の中核人員にして今はしがない監視役の女は自分の目に映るものが信じられずにいた。


「まさか、こんなものまで!!? これを用意するような奴がいるとすれば?! くっ!! あいつッ!!!」


 憎々しいと呻き声を上げて、彼女は倉庫内にあった恐ろしい物体に背を向けて外へ走り出そうとした。


「おっと、待ってくれないか。ヴェロニカぁ」


「やはり貴様か!! ヴァンガード!!!?」


 フェニックスパーク園内の物資流通の中枢。


 最奥にある城の地下三階。


 硝煙と血の臭いに咽る事なく。


 天井の大型ライトの影にその男を認めて、彼女は吼える。


「おいおい。そんなに叫ぶなよ。可愛いマスコットが驚くぜ?」


 夥しい血が今も天井からはボタボタと床に滴っている。


 倉庫内には弾痕と空薬莢が至る場所に散らばっていた。


 しかし、その犠牲者達の姿は何処にも無い。


「どうしてこんな事をした!? これではただ悪戯に憎悪を煽るだけではないか!!」


「そりゃぁ、そっちの方が面白いだろ? 殺すのも殺されるのもやっぱり憎んで憎まれての方がいいじゃないか? なぁ?」


 ケタケタと嗤いながら階段を下りてきた男が肩を竦める。


 半分は黒髪を後ろに撫で付け、また半分は紅に染めた長髪を伸ばした独特の頭部。


 その顔は酷薄という字を絵に起こした如き、凄惨な陰影を刻んでいる。


 白いワイシャツに白いスーツ姿の男は倉庫の様々な場所から出てきた数人の一般人に偽装した隊員達に囲まれて、ニヤニヤとフリーダを見つめた。


「貴様の下卑た薄汚い嗜好などどうでもいい!! コレを止めろ!!」


 フリーダが後ろにある大きな柱をガンッと拳で叩いた。


「おいおい!? お前も随分とヤバイだろ!! 普通、叩くか?」


 呆れたように嗤って。


 ヴァンガードがおどけてノックのジェスチャーで返す。


「貴様が振動感知式の信管など使うわけがない!! 人間の苦しむ様が好きな貴様が爆発物を用意すれば、それは不安定に起爆するようなものであるはずもないッ!!」


「オレ達、案外通じ合ってる?」


 にこやかなナイスガイを気取った犯罪者にフリーダが拳を握った。


「こんなものを此処で使ってどうするつもりだ!! ただの殺戮を作戦とは言わないッ!!」


「いいやぁ? ただの殺戮だなんて誰が言ったんだ? ん?」


「違うと言うのか!!」


「違うね。ああ、断じて違う。今回は単なるフォーチュンのリンケージ駆除だ。一網打尽に平和な遊園地で眠ってもらおうってな寸法だ♪」


「貴様ッ、何処でその情報をッ!!」


「ははは、オレも指揮官の一人だって事を忘れてるんじゃねぇか?」


「今回の一件はお前に伝わらないよう。直接上に上げていたはずだッ」


「だぁ~か~ら~その上ってのが今回の一件を指示したんだよ? ドゥ~ユ~アンダスタ~ン?」


「そんな、まさか?!」


「お前は園の外で見てろ。今日は楽しいヴァンガード先生のカ~ニバルだよ~~♪」


 パチンと指を弾かれ。


 小型端末を持ったテロリストが一人彼女の前に内容を確認させるように突き出す。


「正規の指令書!? クソッ、こんな事が許されると思っているのか!! ヴァンガードッ」


「あ~もう。五月蝿いな。お前には作戦指揮権を持つオレの名義で退避を命じる。無論、此処で巻き込まれて死んでくれてもまったく構わないが、お前の任務は果たせなくなるな」


「くッ……」


 あくまで彼女は軍人だ。


 現地の作戦指揮を行う人間へ形式的に逆らえない。


「分かったら、さっさと消えろ。余計なことはするなよ?」


「―――ッ」


 フリーダが全身を怒気で震わせながらも、ギリギリと唇を引き結んで、その倉庫内を後にした。


 その背中を愉快そうに見送って。


 ヴァンガードが部下達に指示を飛ばしていく。


「ゲートはどうだ?」


「はい!! 全ての設置を完了いたしました!!」


「なら、もうこんな場所に用は無ぇ。そろそろテロリストからの犯行声明を出そうか。フォーチュン共が憐れな一般人を守って爆死してくれるように時間ギリギリでな」


「了解しました」


「さぁ、楽しいパーティーの始まりだ!! はは、ははは、ははははははははッ!!!!!」


 倉庫内から彼らの声が消えたのはそれから数分後。


 後にはカウントダウンする機器を取り付けた巨大な柱だけが残される。


 「こちらフリーダ・ヴェロニカ。大至急ランヌ司令に“足”を用意し―――」


 女はひっそりと動き出した。


 *


 アイラは走っていた。


 人々が怪訝な顔をする最中を全速力で。


 その耳には雑踏や遊具の騒音の中でも確かに仕掛けられた爆発物の僅かな作動音が聞こえていた。


 集中力を研ぎ澄ましながら、園を時計回りに回って数分。


 やはりかと彼女の脳裏に現在の状況を開始した相手が思い浮かぶ。


 メリーゴーランドの付近で十五秒の休憩。


 その合間にも彼女は周囲に人員が配置されていないかを確認し、一人もいなくなっているという事実に時が近い事を悟る。


(これは二年前の大陸での作戦と同じ手法。外縁部の爆発で客を内部に集めるならば、その先には)


 彼女の軍事用端末は基本的に対ECM仕様。


 七士が普段使っているものだ。


 軍事用強度の電磁波が周囲で拡散されていても端末本体の機能が阻害される事も破壊される事も無い。


 無論、通信は出来なくなるが、基本的な能力はまったく問題なく使える。


(外縁部に二十一個。この全てから一番遠い中央の構造物は……)


 表示された園内地図から彼女は物資の集積センターという一点を割り出す。


 この情報を何とか七士に送れないものかとアイラが考えたその時、ピコンと端末が通信可能である事を示すアイコンが復帰した。


「まずい!?」


 彼女は即座に事態が緊迫しているのを悟って、七士へメールで『止めてくる』と短く一言だけ送信する。


「ッ」


 全身の筋肉を効率的に使い、脳裏で汲み上げた園内の最短ルートへと駆け出す。


 周辺の人は全て障害物。


 飛び越し、追い越し、建造物すら内部の扉を蹴破り、窓を身体で割り砕きながら進む。


 その甲斐あって、一分四十秒で目的地に到達。


 大きな白い城のアトラクション体験施設の横。


 何故かまったく先に進まずザワつく客達よりも先。


 スタッフオンリーの看板が掛かったドアへ向かった。


 ドアは施錠されておらず。


 そのまま開け放って内部へ。


 本命の中央は集積センターのある地下だ。


 トラップの類が無いか慎重に進んで階段を二階分、ドアを三つ開けた先。


 昔はよく嗅いだ臭いに間違いないと急ぐ。


 アイラが辿り着いた時にはもう其処は地獄だった。


 大量の血痕の跡。


 しかし、死体は一つも残っていない。


 そうして周囲の索敵を終えて、もう相手がいない事を確認し、本命を見つけようとして、それに気付く。


 巨大な柱が集積所の中央にあった。


 いや、それは柱ではない。


 運搬用の巨大カートに載せられた彼女の手では回し切れない太さの代物だ。


 どうやってこんな場所に運び込んだのか。


 アトラクションの補修用資材に紛れ込ませたとしても、まったくもって無粋極まる。


「デイジーカッター……」


 軍事用語のスラング。


 本来は敵国の密林や森林地帯にヘリの着陸地点、輸送機の物資投下地点などを確保する為に用いられる樹木を薙ぎ払う巨大な爆弾の事を示す。


 今では建造物の密集する重要拠点を更地にするロケットやミサイルの類をそう呼ぶ。


 密林よりも人や建物を薙ぎ倒すようになってからは雑草狩り。


 デイジーカッターなんて名前が定着した。


 人道支援組織や国際的な人権団体からしたら噴飯ものな話だろう。


 だが、それが必要とされる紛争地帯は未だ世界に数多い。


(確認しなければ)


 端末以外にも持ち歩いている明度の強いペンライトで円柱の表面をザッと照らし、種類を確定。


 更に仕掛けられている起爆用の機器を見付けて傍に近寄る。


 罠は無いか確認するも周辺にはそういった類のものは一切無し。


 そうして、タイマーを確認すれば、すぐに理由は分かった。


(残り七分。フォーチュンが掛け付けて来ても間に合わない。それにこれは……外はハリボテ? アトラクション用資材に紛れ込ませたとすれば……)


 アイラがバリッとナイフで機器の横のガワを剥いだ。


 中身はスカスカの細い竹が使われていて、ご丁寧にもミッチリ特殊なビニールで覆われた個体(ナニカ)が詰まっている。


(……AL粒子観測機器。加護を使う前兆を捉えて爆発させる為の……完全にリンケージ殺しの方法。でも、この爆薬……プラスチック爆薬じゃない……)


 スンスンと内部を嗅いで僅かに香る化学薬品の臭いに彼女はその爆発物の種類を特定。


「これなら、何とかなるかもしれない」


 その瞳が自身の手に握られたナイフを見つめた。


 *


 七士とご一行様が異変に気付いたのは強行偵察のプロ。


 アヤがチョイチョイと宗慈の袖を引っ張った事に始まる。


 その様子にクリスはニヤニヤし、璃琉は思わず目を見開き、他の女子はこれから女性が最も好物とするところの修羅場というやつが始まるのかとドキドキしたのだが、少年の耳に耳打ちしたアヤの言葉はその甘い期待を裏切りまくる現実を告げたに過ぎなかった。


「璃琉。こっちに」


「あ、え?」


 すぐ様に璃琉の手を引いて一行から離れ、ヒソヒソと耳打ちした宗慈は最悪の事態に備え、すぐ様小型端末で外部と連絡を取ろうとしたが、端末が繋がらない事を確認して、自分達が今どういう状況なのかを確信した。


「会長!! 悪いんですが、ちょっとこれからやる事が出来たみたいです。其処の二人とゲオルグの事を頼んでいいですか?」


「ええ、いいけど。どうすればいいかしら?」


「出来れば、外のパークホテルにある“施設”とか利用してみたらいいんじゃないかと」


 宗慈の顔と言葉に何事かあったのだと気付いたクリス・ヴェッセーラは今までの顔を改め、すぐに頷いた。


 横で宗慈の発言に首を傾げたサナエとミナトににこやかな笑顔で『これから仕事があるみたいだから、一端パーク外にあるホテルで昼食を取りながら待っていよう』とすぐに説き伏せた。


「あ、じゃあ、三人ともまた後でね」


「璃琉ちゃん。頑張って」


 クラスメイト達からの応援に笑顔で頷いて、その背中が雑踏に消えていくのを見送る事なく。


 三人が現状を整理し始める。


「確かなんだな? アヤ」


「間違いない。あれはラーフの工作員の足運び」


 宗慈にアヤが頷く。


「何人くらいが?」


 璃琉の言葉に十人以上との答えが返った。


「とにかくまたディスティニーが暗躍してるとなれば、此処でテロなんて事にもなりかねない。未然に防ぐぞ。まずは応援を呼ぼう。チトセさんと何とか連絡を―――」


 その言葉が途中で途絶える。


 というのも全館放送のスイッチが入れられ、同じ声がパーク内に響き渡ったからだ。


『ぴんぽんぱんぽ~~ん。え~~こちらはフェッニクス・ディスティニー・パークのご利用アリガトウございま~~~ス。本日、ご来場の皆様にはフォーチュン関係者と共に行なう一大スペクタクル!! パークの外に出たら爆発物で吹き飛ぶよ♪ という斬新なアトラクションを―――』


 ふざけた男の声と共にドガァアアアアアアアアッとパーク外縁部にある一部の壁が爆発し、黒煙が上がった。


『行なってもらいたいと思いまぁ~~~す♪』


 一瞬の静寂の後。


 周囲がパニックとなった。


 慌てて外へ出ようとする観客がいなかったのが不幸中の幸いだろう。


 少なくとも、テロリストの言葉は観客のその場に釘付けとしていた。


『え~~では、ご来場のフォーチュン関係者の皆様。今から十五分後、パーク中央のお城で大花火パ~リィ~があるので、奮って爆発物処理競争にご参加くださ~~い♪ 尚、制限時間内に爆発物が解除出来ないと……』


 パチンと指の弾かれる音と共にパークの空に大きな立体映像が映し出される。


 その光景に観客達からは悲鳴が上がった。


「クソ!? 何て事をッッ!!? ディスティニー!!!」


 歯を軋ませる宗慈が拳を握る。


 映像の中でパーク職員と思われる全身穴だらけの屍が縄で吊るされていたからだ。


『この穴だらけの、おっと失礼。ご婦人方の前で卑猥でしたね。丸い型の付いた肉の塊を吊る縄がプッチン切れて』


 映像の中で死体の下にあるものがクローズアップされる。


『ちょっとした怪獣が沢山生まれる事になるでしょう♪』


 それは……黒い卵。


 いや、実際には卵どころか。


 奈落獣を生み出す極小規模のアビスゲートだった。


『ああ、こんな小さなゲートでも可愛い可愛い奈落獣ちゃん達が沢山生まれてくるのは確実。せいぜいゆっくり絶望していってね♪ 以上、フェニックス・ディスティニー・パークからの広報でした~~』


 最後までふざけた男の声には愉悦の響きだけがあった。


 周囲であまりの事態に泣き喚く者が続出し始める。


「オレは中央の城に行く!! 二人は一般人の避難と奈落獣の卵が何処にあるのか把握してくれ!!」


 勢いのまま駆け出そうとした宗慈の肩が掴まれた。


「アヤ!?」


「これは、罠」


「そんな事は分かってる!!」


「分かってない。冷静になって。宗慈」


「オレは冷静だ!!」


「冷静じゃない。これはたぶん中央にフォーチュンを集めて、そのまま爆破する気。でも、それだけじゃない。フォーチュンの隊員が死ぬ様を見せ付けて、アビスゲートを極限まで活性化させる為のものだと思う」


 ハッとしたように宗慈が動きを止めた。


 アビスゲートは人の不の感情を糧に増大する。


 複数のゲートがもしも爆発的に開放される事態となれば、パークどころか。


 鳳市そのものが消滅する可能性すらあった。


「じゃあ、どうする?」


 アヤが至極冷静に答えた。


「出来る限り、奈落獣の卵を発見して爆発物の位置を確認。パーク内の一般人を安全な場所へ避難させて爆発をやり過ごす」


「だが、中央の爆発はパーク内を全部吹っ飛ばすかもしれないんだぞ」


「それまでにガーディアンが来れば、話は別。問題は爆発物よりもパーク内に潜伏してるディスティニーの構成員の方。彼らがこの短時間でパークから退園出来たとは思えない。しかも、一般人を園内に釘付けにしている以上、自分達だけ逃げ出そうとすれば、私達みたいなフォーチュンの隊員に見付かる可能性もある」


「じゃあ、連中は何処か見付からなくて安全な場所に避難してるってのか」


「その可能性が高い。あるいは一般人に偽装しているか。なら、やる事は一つ」


「あいつらを見つけ出して、直接叩くのか?」


「もしも遠隔起爆式なら、途中で爆発を防げる可能性もある。時限式でも自分達だけは助かる為にガーディアンの類は持ってきてるはず」


「そうか。悪りぃ……確かに頭に血が上ってたな」


「分かればいい。構成員の発見と確保はこちらでやる。宗慈は園内の監視カメラがある警備室に行って。もし、其処を制圧出来れば、相手の通信や動向を左右出来るかもしれない」


「そうか。ECM下で不測の事態が起きても、やり取り出来なきゃ、連携は断てるってわけだ」


 コクンと頷いたアヤにさすがと宗慈は頷いた。


 そのやり取りを見ていた璃琉が愕然とした様子で、どうして自分がそんなにも衝撃ショックを受けているのか理解出来ず。


 それでも今は体を動かすしかないと気持ちに蓋をして打ち合わせへ参加した。


 それから数分後。


 彼らの姿は園内の各地に散らばっていく。


 慌てて中央の城から逃げ出した人混みの流れに逆らって爆発地点へ向かうフォーチュンの人間は誰もいなかった。


 ただ、一人。


 フォーチュン御一行様の尾行に付いていた少年以外は。


 *


「カウントダウン入ります。3、2、1、起爆―――」


 ドゴンと遥か頭上の爆発音が地価下水溝内。


 巨大なトンネルの中に響いた。


 噴水や水を使ったアトラクションは今時の遊園地には不可欠な代物だ。


 更に園内各地にあるトイレ、飲食店、その他の場所から流される下水は地下に巨大な処理用施設を必要とする。


 張り巡らされた下水の通り道は直径で10m。


 何とかギリギリ、ライトニング級が通る事の出来る太さだ。


 そこに四機のガーディアン。


 途中で乗り捨てる気満々なのだろう雷剛が固まっていた。


「どうやら、片は付いたようだな。くくくくく」


 ヴァンガードがニタニタと笑みを浮かべる。


「隊長。おかしいです……」


「ああん?」


 部下の一人がレーザー通信で報告する。


「爆発の振動が予定よりもかなり小さいようで。それに場所も……」


「んなのはフォーチュンの馬鹿共が肉壁になったんじゃねぇのか? AL粒子を感知した瞬間に起爆するように設定してあるからな。ガーディアンを持ち出してくれば、思う壺ってもんだろう。それだけの量は用意したつもりだが」


 彼らディスティニーとて、基本的に資金も物資も潤沢ではない。


 どうしても敵地での行動には制限があるし、持ち込める武装にも限りがある。だから、そう大きなテロ計画は何度も立てられないし、基本的には奈落獣というコストの比較的安い手段を使うのが常道だ。


 故に今回のようなガーディアンを数機丸々粉々に出来るレベルの爆薬を使う計画は事前に綿密な計算が行なわれる。


 ヴァンガードはディスティニー前線指揮官の中で最も残酷にして酷薄な男と評判であったが、そういった頭を使う仕事にも長けている。


 もし最短でガーディアンが城まで到達したとしても、三機までならAL粒子を感知した不意打ちの爆発で完全破壊。


 爆発が加護で軽減されたとしても、その瞬間に外縁部に仕掛けていた爆薬を起爆して、園内の一般人の絶望を煽り、アビスゲートを拡大して、奈落獣を大量に生産する。


 加護を失って善戦したとしても、相手が消耗したところを襲撃すれば、楽に倒せるわけで、実に三段階に分けられたテロ計画はこの上なく完璧だと彼は自画自賛するところだ。


 まぁ、奈落獣で有象無象を踏み潰し、阿鼻叫喚の地獄絵図を好む彼からすれば、今回のテロは序の口と言ったところだが、フォーチュンに対する打撃はまぁまぁと見込んでいた。


 それがおかしい等と言われては不機嫌にもなるだろう。


「まぁ、いい。じゃあ、さっさと掃討戦と洒落込もうか」


 ヴァンガードが号令を掛けて、外へと向かう出入り口へ先頭の雷剛が動き出した瞬間だった。


 バギョンッッ!!!!!


 一瞬の貫徹音と共に先頭の機体が崩れ落ちた。


「敵襲!? そんなまさ―――」


 バガンッッ!!!!!!!


 再び、次の機体が沈黙する。


「【ヘルモード】!!!」


 其処が死地と化した事を悟ったヴァンガードが空間転移で即座にフェニックスパークの上空へ機体を移動させた。


「な―――無傷だと?!!」


 思わず彼が怒鳴ったのも無理は無い。


 城が、吹き飛んでいるはずの場所が、厳然として其処に存在していたのだから。


 その上、フェニックスパークの外縁部が一部更地になっていた。


 まだ焼け付いている其処を一般人が渡って逃げている。


 落下し、着地してから、彼が喚いた。


「何がどうなってやがる!?!」


 ECMの発生装置が破壊されたのか。


 通信状態が戻ると通信が入った。


『やはり、あなたでしたか。ヴァンガード隊長』


『お前、その声は……あの木偶人形か!?』


『お変わりなく。お元気そうで』


『そういうお前は人形よろしく運び屋に飼われてるんだってなぁ? どうだ? 随分と可愛がられたんじゃねぇか?』


 下卑た嗤いに少しの沈黙。


 アイラは無線機越しの相手へ告げる。


『……現在は良くして頂いています』


『ふん。まさか、お前が敵に回るとはなぁ。どんな手品を使いやがった?』


『貴方の装備品の癖は合理的です。この計画の為に爆発物検査に極力掛からないものを選んだ結果、解体は時間さえあれば容易でした』


『クソがッ、振動感知も付けときゃ良かったぜ』


『サーモバリック式の爆薬は気化爆発するまでは安定な物質です。また、多用されるC4等と違って正規軍以外ではあまり出回らないせいで爆発物探知犬にも見付かり難い。こういった任務で如何にも貴方が使いそうなものだと推測できました。しかも、計画を短時間で済ませる為に信管は簡易のもの。であるならば、周辺と共に刳り貫けばいい。あの量の爆薬が一斉起爆するならば、確かに脅威でしたが、信管にこびり付いたものだけならば、起爆してもその半径は知れている。そして、AL粒子を発さない私ならば、あの観測機器は無効です』


 彼のいる城の目の前。


 20m程離れた地面が崩落し、その中から剛刃桜が飛び出して着地した。


 その掌には巨大な対物ライフルにインカムを装備したアイラがいる。


『チッ、例の機体か!!』


 ジリッと僅かにガーディアンの足を後ろに下げて。


 ヴァンガードが舌打ちした。


『終わりです。既にパークから500m圏内は封鎖済み。フォーチュンと警察、軍の出動も要請済み。勝ち目はありません』


『おいおい。人形が随分と饒舌だな?』


『部下の大半は抑えました。大人しく投降を……捕まってもこの国では電気椅子でも銃殺でもなく絞首刑。人道的ですよ?』


『ふん。まだエッグは健在なんだな?』


『………』


『図星かよ。なら、一発ぶち上げてから撤退させて貰おうか』


『妙な素振りをすれば、撃ちます。ミーレスの装甲では加護を使わない限り、貫徹しますが』


『やってみろよ!!? 木偶人形がッッ!!!!』


 言われた通り。


 雷剛の最も装甲の薄い首筋に対物ライフルが撃ち込まれ―――。


 AL粒子とアビスリアクターの黒いオーラが遮った。


 途端、ミーレスから人影が前方へ飛び降りる。


 着地するよりも先に地面の中。


 下水道に隠されていたのだろう機体の手が現れ、全身を現すとコックピットへヴァンガードを運ぶ。


『いいぜ。そいつがどれだけの力を持ってるか知らねぇが、このグランヴァンガードが相手になろう!!』


 すると、アイラの姿が緑炎に撒かれて、次の瞬間には剛刃桜のコックピット内へと転移していた。


「七士様……」


「狭いが我慢しろ」


「はい……」


 少年の膝の上にお姫様抱っこされるような形で座らされたアイラの表情は何処か気恥ずかしそうだった。


(ギリギリだったが、何とかなったな……)


 七士が城に辿り着いた時、既に一部の爆薬と共に切り離した信管を持ってアイラは走っていた。


 時間が無いのは明白。


 一か八か。


 剛刃桜を呼んだのは賭けだったが、そのおかげで何とか信管を一度爆発していた外縁部の一角に投擲する事が出来た。


 その後、アイラがいつの間にか公園内の物流センター内に送り込んでいた対物ライフルをイソイソ持ち出してきたのには驚いたが、相手の事を知っているとの話に嘘は見受けられず。


 剛刃桜を同伴させて地下道の狐狩りと相成ったのだ。


 通常、対物ライフルなんてものは生身の十代の少女が連射出来る代物ではない。


 しかし、地下道における暗視装置も無しの狙撃は狙い違わず。


 相手のコックピット内部まで貫徹し、伝送系の中枢を打ち抜いた。


 内部で爆発した機器に致命傷を負わされていなければ、テロリスト達も生きているだろう。


 自分の言った事を何処までも律儀に守っている姿が少年にはとても眩かった。


 無論、対物ライフルなので“人間に向ける”事は想定していなかったのは確実。


 だが、遊園地にガーディアンがテロ行為を仕掛けてくるというのは今現在イヅモに在住する七士には中々出てこない発想だ。


 自分が平和ボケしていた事は否めず。


 さりとて、自分を鍛え直すよりまず先にやらねばならない事があると少年は両腕の操縦桿に力を込める。


「七士様。あれのコード名を降魔爆装グラン・ヴァンガード。複数存在するディスティニー部隊の降魔爆装シリーズの一体です。スーパー級の装甲と火力をアビテクによって強化している為、その能力は通常指揮官機を遥かに上回ります。主兵装は両手両肩のミサイルポット。胸部の骸骨型エンブレムからのアビス・エネルギー放射には気を付けて下さい。並みの戦艦の装甲なら0.2秒で融かし切ります」


「了解した」


『グチャグチャ五月蝿せぇええええ!!? 今回の失態はお前の命で償ってもらうぜ?! 木偶人形ッッ!!!! アビスゲートよ!! 開放してやるッ!! オレに従えッ!!!』


 轟々と先鋭的で巨大な体躯を持つスーパー級の各部から黒いアビスエネギーが解き放たれると園内の各地に設置されていたエッグと呼ばれる極小のアビスゲートを活性化させ、その内部へとパーク職員達の死体を落とした。


 ドクン。


 まるで心臓が脈打つような音と共にゲートが瞬間的に拡大して、内部から何かが飛び出して、ゲートが全て崩壊した。


 グルルルルルゥゥゥゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!


『ははは、こいつはいいッ!!! ソードヘッドとシャドーニンジャ、ついでにバッヘルベルときたか!!? 殺してやるよッ!!! エネルギーなら幾らでもくれてやる!! 奈落獣共!! 破壊ッ、破壊ッ、破壊ッ、破壊し尽せぇええええええええええ!!!!』


 一面の小型奈落獣は巨大な刀状の部位を頭部に持つソードヘッド。


 その中に数体屹立する人型は頭部が蟲のようで棚引くマフラーのようなものを靡かせ、姿をブレさせながら敵を撹乱するシャドーニンジャ。


 そして、その軍団の上に三体浮かぶのは浮遊する正十面体に光のリングを持つ奈落獣バッヘルベル。


 どれも比較的知られた類型の災厄達だ。


 それらの頭上へと飛び上がったグラン・ヴァンガードが巨大な悪魔の如き翼をはためかせ、胸の骸骨のエンブレムから漆黒のオーラ、アビス・エネルギーを化物達に照射した。


 すると、それに幾分満足したのか。


 今まで統制の取れていなかった獣達が吼え猛り、全ての視線を剛刃桜へと向ける。


『全軍突撃ぃいいいいいいいいいいいいいッッッ!!! ヒャッハァアアアアァアアアアアアアッッ!!!!』


 たった一時の事なのだろう。


 が、アビスの力を喰らい、破壊衝動に駆られた獣達は全ての牙をたった一機へ向けた。


 人間の言葉を解しているわけではないにしても、敵意と殺意と捕食者としての衝動のまま。


 雪崩を打って数mしかない機体へと押し寄せていく。


「行くぞ。しっかり、掴まれ」


「はいッ!!」


 まるで奈落獣の津波。


 されど、それに臆する事なく。


 七士の言葉に応えたアイラは頷いた。


「やるぞ。剛刃桜」


 モノアイが耀き、機体が跳ぶ。


 瞬間的に後ろへ下がるかと思われたが、そうではない。


 跳躍は前にだった。


 最初に最も大きなデカブツを掃除する事としたのだ。


 奈落獣バッヘルベル。


 その最大の能力は周囲に浮かぶ輪。


 エネルギーリングによって加速する電荷粒子を使う砲撃。


 普通のガーディアンなら蒸発待った無しの相手だ。


 戦っている最中に味方の奈落獣ごと撃たれては堪らない。


 剛刃桜の背後から一本の剣が迫り出し、片刃の大刀がその手に握られた。


不動ふゆるぎ、何人も我を圧す事、あたわず!! 【矜羯羅コンガラ】ッ!!! 【制咜迦セイタカ】ッ!!!」


 ブンッ。


 大刀がブレたかと思うと機体の左右に二つの光球を中心に持つ正八角形の盾が現れた。


 その色は大刀と同じ。


 鈍色の地金には複数の球体の絵が褐色の幾何学的な陣、曼荼羅として描き込まれている。


 フィイイイイイイイイ―――。


 加速した周辺のエネルギーリングの光が一点で耀いた。


 速攻。


 三体のバッヘルベルの同時射撃が突撃してくる剛刃桜を捉える。


 チュドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!


『蒸発しろぉおおおおおお!!! ははははははは―――っ?!』


 途中でヴァンガードの哄笑が止まった。


 その理由がバッヘルベル三体の荷電粒子の中から現われ、大刀が一刀両断の下に中央の正十面体を斬り捨てている。


(あの砲撃の中を進んで来ただと?! 圧し戻されてすらいねぇってのか!!? これがあの機体の―――)


 しかし、驚いている間にも左右のバッヘルベルに向かって今まで荷電粒子砲を防いでいた盾が飛ばされた。


 中央にある光球が変形し、ドリル状になって今も放射し続けられている砲撃を削り散らし、エネルギーリングを砕き、本体の中央に大穴を開けて、そのままブンッと巨大な奈落獣を剛刃桜へ向かって投擲する。


 機体が着地と同時にそのモノアイが紅に染まった。


 ガンッガンッガンッガ、ガガガガガガガガガガ。


 まるで成長するように。


 激音を響かせながら大刀の刀身が延長、構築されていく。


 その真横に寝かせられた刃はもはやライトニング級が持っているのが嘘としか思えないような直径。


 実に40mもの臥した塔の如く完成した。


「全てを叩き切れッ!!! 剛刃桜ッッッ!!!!! 降魔降伏―――【大転回だいてんかい】ッッッ!!!!」


 ボッ。


 刀の両面の波紋から緑炎が噴出し、刃を前に押し出して加速する。


 ドシュンッ。


 まるで呆気なく。


 落ちてきたバッヘルベルと地面に屯していた奈落獣達を横一線。


 半円を描いて、全てが真っ二つとなった。


 しかし、刃を構築出来るのは一瞬なのか。


 すぐ元の大きさに大刀が戻る。


 辛うじて上空へと逃げていたシャドーニンジャが二体。


 背後からの奇襲を掛けるも、その更に背後から二つの盾がドリル状の光球で背中を貫いた。


「何の冗談だッッ?! 何の冗談なんだよッ?!! お前ぇえええええええええええええええええッッ!!!?」


 激高したヴァンガードが胸部の骸骨状のエンブレムからエネルギーを放射する。


 その黒い閃光が二つの盾に防がれる寸前。


 遥か頭上から強襲する影がグラン・ヴァンガードの攻撃にその身を晒した。


(気を取られ過ぎた!? ヘルモードの強襲だとッ?! 味な真似をッッ!!!)


 ポットから数発のミサイルを飛ばして、距離を取ったヴァンガードが見たのは剛刃桜の盾の前に落着した鉄の巨躯に黄金の紋様を描き出されたスーパー級。


 だが、それは歴戦のテロリストであり、戦場を渡り歩いてきた彼も見た事の無い機体だった。


(こいつ?! さっきのをモロに喰らって、装甲が焦げただけか?! しかも、この外見……現在何処かの企業が出したものじゃない。ご丁寧にこっちのセンサーで解析不能。これは……こいつも、あのライトニング級と同じ!!)


 兵士として戦い続けた男の勘は当たっている。


 それは既存の兵器体系、それどころか既存の技術体系とまったく無縁の機体。


 遺跡から発掘されたスーパー級ガーディアンだった。


『大丈夫ですか!!』


 フォーチュンの周波数からの通信に七士が答える。


『問題ない。そちらは直撃を受けたはずだが、大丈夫なのか?』


『はい!! この子は頑丈ですし、両腕で防御してましたから!! それよりも奈落獣達は―――って?! な、な、何ですかコレぇええええええええええ!?!』


 阿鼻叫喚の地獄絵図に少女らしき悲鳴が上がる。


 周囲には無数の奈落獣の死骸が、真っ二つになった体が、未だにピクピクしながら血溜まりを作っていた。


『こちらは片付けた。後はあのスーパー級だけだ。力を借りられるか?』


『は、はい!!? 分かりましたッ!! そ、それにしても凄い、お、お強いんですね。こんなのアーテリアさん並みじゃないですか……』


 何処か呆然として呟いたのも束の間。


『こちらのサポートに回って欲しい。左右から挟撃する!!』


『了解ッ!! この子は空を飛べませんが、高く跳べますッ!! 行きますよッ!!』


『ああ』


 剛刃桜が左。


 謎のスーパー級は右。


 両者が高速で距離を取ったグラン・ヴァンガードへ突撃を掛ける。


『貴様等はオレを怒らせた……せいぜい足掻いて死ねッ!!』


 ミサイルポットが向けられたのは―――スーパー級だ。


 一斉射撃と同時に高速で旋回した機体が如何にも鈍重そうな鉄の巨体の真横に付けた。


『あ?!』


『消えろッ』


 全力疾走で防御体勢を取る暇も無く。


 グランヴァンガードのエンブレムが光り輝き、その合間を光球の盾【矜羯羅コンガラ】と【制咜迦セイタカ】が駆け抜けた。


『クソがッ?!! 邪魔しやがってぇえぇえぇえええええ!!!?』


 ブンッと腕でドリル以外の部分を払い除けて、再度距離を取ったヴァンガードに通信。


『気を散らし過ぎだ』


『何!?』


『左に避けろッ!!』


 続いて増援のスーパー級へも通信が入り、機体が左へ横っ飛びに退いた。


 刹那。


 ズドッ!!!


 巨躯の背後から不意打ちで吹き伸びた大刀の先端が辛うじて直撃を避けたグラン・ヴァンガードの左肩を貫き、腕を脱落させる。


『殺すっ?!!! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すぅうううううううううううううううううううううう!!!!!?』


 愛機を傷付けられた男の怨嗟が最高潮に達しようとした時だった。


『そこまでだ。ヴァンガード。貴様にはランヌ総司令から撤退命令が出た』


『ッ―――フリーダぁああああああ!!?』


 喚いた男が血眼になって周囲に声を探したが、それを嘲笑うようにフリーダ・ヴェロニカが通信を続ける。


『聞いているのか? 撤退だ。命令に背くなら、私が貴様を殺してやろう。跡形も無く。塵一つ残さずな』


 その声にハッとした様子でヴァンガードが遥か遥か先。


 数十kmも離れた山岳部の中腹に僅かな光を見た。


 彼の機体のレンズの先にあるのはたぶん砲塔と光学センサーだ。


 超遠距離射撃を可能とする高精度の望遠レンズによって、きっと今現在、射角をグランヴァンガードに向けて微調整しているに違いなかった。


『……クソがッ、どうやってこの短時間で?! チッ、いいだろう。今日のところは引いてやる』


 一瞬で男が醒めたのは相手の本気を知ったから、ではない。


 相手が加護を使うに違いないと分かっていたからだ。


『それでいい。さっさと帰り支度をするんだな。貴様は本国に召還される事が決定した』


『……お前もいつか殺してやる』


『ああ、そうか。ならば、精々暗殺しに来るが良い。だが、覚えておけ』


 キィィン。


 遥か先の山岳部でAL粒子が立ち上る。


『この機体で静止状態のまま加護を使った時』


 ドッ。


 遠方から巨大な光が立ち上ると高速で撃ち上げられた何かが音速を超えて―――数秒後。


 フェニックスパークのある一帯が眩い閃光に包まれた。


『私の砲弾は120km先の“動く的”を撃ち抜くのだとな』


 グランヴァンガードが全てのガンポットをパージして、残ったエネルギーの全てを加速に回した。


 そうして残された二機が視界を遮られたまま動きを止める。


(……これは無理だな)


 七士が周囲を見回したが、付いて来れそうな相手がいない事に気付いて追撃を諦めた。


 現在、周囲を強烈な波長で覆い隠している閃光弾。


 とても普通の代物ではない。


 それは剛刃桜の画面が微妙に白くなっている事からも明白だ。。


 AL粒子を使った機体の反応を撹乱する類のものだろう。


 数十秒間ものロス。


 更に画面が白く焼け付いている状態の機体では追い付いても相手をするのも難しい。


 周囲の部隊が追撃へ向かうだろうが、相手の向かった先が海の方角である事を考慮すれば、潜水艦の類で深海に逃げられるのは確定的。


 今日のところはこれで良しとしておくのが最良だと七士はコックピット内で力を抜いた。


「お疲れ様でした。七士様」


「ああ……」


『大丈夫ですか!? ライトニング級の人!!』


 相手の撤退を確認したスーパー級から通信が入る。


『問題ない。そ、それより誰か中にいるんですか? 民間人の方を保護しているなら、この状況が終わり次第、こちらで保護しますが』


『いや、こっちの関係者だ。その提案は遠慮させてもらおう』


『は、はい。分かりました。あ……現在、沿岸警備隊が相手を補足しているって連絡が。でも、敵が早過ぎて捕捉するより先に海上に逃げられるかもしれないそうです』


『了解した』


 しばらくして。


 周囲を照らし出していた閃光弾は消え、周囲が普通の明度へと戻る。


 見渡せば、警察と防衛隊のガーディアン、更に遠方からフォーチュンのトレーラーらしきものがやってくる。


 パーク周辺には未だに民間人が多数取り残されているらしく。


 強烈な閃光の影響を振り切ろうと頭を振っている者が多数。


「終わったな。そろそろ帰ろう……」


 少年が呟けば、もうそろそろ夕方も迫る時間帯。


 薄らと橙色に染まっていく景色はパークの半分以上を廃墟にした戦闘の後だと言うのに文句の付けようもなく美しかった。


「七士様」


「何だ?」


「……遊園地とは命の危険に満ちていて、スリル満載な場所なのですね」


 どうやって、この微妙にいつも要点がズレる少女へ常識を教え込もうかと少年は思案したが、その答えが口を突いて出るよりも先に……アイラの顔には薄らと笑みが零れて。


「でも、もう一度来て見たいと思います」


 そんな言葉がコックピットに響いた。


「―――そうか。なら、また来るか?」


「どのような任務になるのでしょうか?」


 真顔で尋ねてくる相手に苦笑した声はこう答えた。


「市街地における男女関係を用いた都市迷彩の実地訓練だ」


「……はい。喜んで」


 その声が彼らの横にいるスーパー級を介してフォーチュンのオープンチャンネルで駄々漏れになっている事を二人はまだ知らない。


―――イ、イチャイチャしてる?! こ、これって聞いちゃっていいのかなぁ……ぅう、私も彼氏欲しいかも……。


 そんな寂しい一人身主に応えるよう。


 迫る黄昏の中、スーパーロボットの頭部はウンウンと小刻みに揺れていたのだった。

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